鬼影15
剣戟の音は一度、だから桜はその一撃に、己が持ちうる全てを込めた。
前のめりなその一撃は、躱されれば、桜は壁に突っ込んでいた事だろう。
だがそれを善は両腕で持った刀でしっかりと押さえ込んでいた。
「どうして!何で!何故ですか!」
絶叫とも咆哮とも取れる問いかけに善は刀を返す事で答える。
二人の剣戟の幕が上がったのだ。
偽城天音は冷や汗をかきながらも、なんとか紬の猛攻を凌いでいた。
「やっぱ、普通じゃあらへん。こりゃ、困ってまうな〜」
「その前髪、切りそろえる」
「アカンて!ちょっ!手え!のばすなや!」
紬が無理に伸ばした腕を、天音がそのまま払いのけ距離を取る。
「えらいこっちゃで、ツムギン!今ウチの前髪掴もうとしたやろ!切りそろえるちゃうんかい!」
「引きちぎるのも切るのも、その前髪じゃ大差が無い」
「東京は怖い所やわ〜こんなんがぎょうさんおるんかいな!」
「ぎょうさんおるんやで」
「ムカつくわ〜それ!こっちでやりはったら嫌われるで!ツムギン!」
返すのも精一杯の防戦一方。
紬の小太刀は遊びが多く、偽城はそれ故にギリギリで命を繋いでいた。
「ツムギン……いけずやわ!手え抜いてはる事丸分かりやないかい!」
「別に人殺しをしたい訳じゃない、だから早めに投降して」
「ツムギン向こう見てみい〜向こうさんも、おっぱじまったみたいやわ」
「桜は善には負けない。お前はこっちに集中した方が賢明」
「歯に衣着せぬとはほんまこの事やで!ツムギン!少しはオブラートに包むちゅう事覚えんと、ほんまに人に嫌われるで!」
「大丈夫、お前が牢屋に入れば、そこで教わるから」
「ウチが教えるんかいな!」
「誰も困らない」
「ウチが困るちゅう話やろがい!」
「その京都と大阪が混じった言葉を聞き取る事の忙しさに比べたら、瑣末な問題」
「仕方あらへんやろ!ウチだって、なおしたいんや!」
「なら牢屋で私が標準語を教える」
「ウチが牢屋に入る事前提で話を進めなさんなや!」
壁際に追いつめられながらも偽城は一つの場所に注目していた。
その人物が現れたというのは、つまりはこの茶番の終わりを示していた。
「ツムギン、そっちさんにとって、ぎょうさん悪い知らせがあんねんけど……」
「その手には乗らない」
「いや、ツムギンこりゃ結構マジの方やで」
引きつった偽城の顔に、紬は振り返る事をしなかった。




