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プラナリア  作者: りんごちゃん
鬼華の残影
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鬼影5

地区遠征まで残り3日

今日、明日と電源供給部設備点検という事で休息日になり、訓練生は休みということになった。

しかし、八城達謹慎組。

通称社畜の朝は早い。

何度も言うが遠征隊に休みなどない。

それが謹慎者ともなると、尚更そんな物はない。

「いつから!遠征隊は!引っ越し業者に!なったんだよ!」

八城と時雨は設備点検のために、倉庫と化していた部屋の荷物を別部屋に移動させるため、せっせと荷物を運び出していた。

「知ってるか?遠征隊は引っ越し業者でもあり、農業従事者でもあり、託児所でもあるんだ。つまり職業選択の自由しかない」

「業種が定まらねえってのは、フリーターと大して違わねえな!クソ!」

「福利厚生も無いからな、考えてみれば遠征隊はフリーターかもしれないな」

此処に来て八城と時雨は重大な事実に気付いた。

「つうこたぁよ?遠征隊はフリーター集団か?」

「……おい、この話俺が言っておいてあれだけど、やめろよ。もうこの世界に公務員も正社員も無いんだ。それならフリーターって概念もないだろ」

「じゃあ元公務員や政界出身者、元社長も務める、他企業からの転職の多い職種ってのはどうだ?」

「お!それめっちゃいいな!それだよ、それ!そういうの待ってたんだよ!なんか良いじゃん、他企業からの転職者が多いとか、魅力的な企業だよ!」

「おうよ大将!しかもこの企業、なんと終身雇用が従業員の大半を占めるんだぜ!」

定年という概念は無く、年金などは勿論貰えず。

働き続け、福利厚生その他企業利点は一切ない。

それに命の危険を伴い、3K揃った職場。

「確かに!死ぬまで抜け出せない。文字通りの終身雇用!もう呪いと大差ない気もするけどな!」

廊下に二人の乾いた笑い声が響き、二人揃って溜め息をついた。

「おい、大将……死にたくなってきた。」

「奇遇だな……俺もだ」

最後の一つの段ボールを部屋に移動させ次に向かったのは善の居る部屋。

八城は軽く部屋をノックして中に入る。

「善、段ボール全部運び終わったんだけど……って誰も居ないのか。」

窓を開け放ったままに遮光カーテンが優しい風に揺れていた。

物が殆ど無くいっそ寒々しいと思える程簡素な部屋。

その中心にある机の上に重しと共に一枚の紙が添えられていた。

「終わったらやる事リスト」

八城がそれを読み上げると時雨は心底嫌そうな表情を作った。

「大将……見なかった事にしねえか?ほら、窓も開いてるしよ、そっからぶん投げれば、風で飛んでいった事に出来るんじゃねえのか?」

重しがあるとはいえ、此れは只のペラ紙一枚。

強い風が吹けば飛んで行くのは道理だろう。

二人は頷き合い…

「あああぁぁ!強い風が吹いて指示の書いてある紙が!空の彼方へ飛んで行ってしまったー(棒)」

「なっ!何やってるんだよ大将!これじゃあ何をしたらいいかわからないじゃないかー(棒)」

「俺は何て事をしたんだー(棒)」

「大将!仕方ないさー失敗は誰にでもあるさー(棒)」

とりあえず何処で誰が見て聞いているか分からない。一芝居うった大根役者二人は飛んで行った窓を見つめながら満足したように一つ頷く。

「こんなもんで良いか?よし!切り替えてこう」

「だな、大将。」

そう言って善の部屋を後にした八城と時雨だったが、中庭で集まっていた訓練生三人は上からヒラリと落ちて来た紙に目を通す。

「ちょっと〜何か飛んで来たんだけど!」

桃は自分の頭の上に落ちて来た紙を鬱陶しく振り払った。

「桃ちゃん、この紙、宛先に……八城って書いて……ある」

「これ何処から落ちてきたんだろう……」

上を見上げる美月は一つだけ窓が空き中のカーテンがはためいていてる部屋を見つける。

「あれ善さんの部屋じゃない?」

桃の声音が一段上がる。

「桃ちゃんは本当に……善さんの事好き……だよね」

「べっ別にそんなんじゃないわよ!っていうか雛の方こそ随分八城とか言う男に執着してるじゃない!」

「私は……八城さんに助けてもらったことが……ある……から……」

「それも随分昔の話じゃないの!」

「私にとっては昔も今も変わらないよ……。ずっとこの気持ちは….変わらない……から」

「でも私は分かるな、雛ちゃんの気持ち。私も八城さん達八番隊に助けられていなかったら今頃はどうなっていたか分からないもん」

「雛も美月も随分八城を認めてるのね。まぁ私も認めない訳じゃないけど、何故かしらね、どうもアイツには苛つくのよ」

桃は胸の内に広がるモヤモヤを口に出そうとして、言葉として線を結べず結局はこうして悪態が口を付く。

だが雛は違う。

雛の気持ちははっきりしていた。

だからこの場でもはっきりとした意思は固まっていた。

ただ衝動的に言葉を紡ぐ事が難しかっただけだ。

今となっては昔の話。

あの、最も恐ろしい存在を知る前の雛なら、迷った挙げ句今頃は桃の言葉に黙り込んでいただろう。

「桃ちゃんは……ちゃんと八城さんに謝るべきだと思う」

「ちょっと、雛ちゃん!」

珍しく雛にしては強い口調。

しかしそれだけで彼女の言わんとしている事は伝わった。

美月からしてみれば、気が気ではない。

何せ今までの経験上、気の強さだけで言えば桃は他の追随を許さない。

しかし珍しい事に、美月のその考えは杞憂に終わる。

「そうね、そうかもしれない。それに、二人にもちゃんと謝ってなかった」

その頭は簡単に下がった。

決して安売りをするつもりは無い。

ただ桃にとって二人の存在は今のプライドなどより、重きを置くに足る存在だ。

「美月に負担を掛けて、雛に怪我をさせた。本当に御免なさい」

守らなければいけないと思っていた。

戦闘において最も重要な前衛は皆を守るのが仕事だ。

だから桃自身が守られている事に気が付かなかった。

「良いよ、私達はチームだもん。桃ちゃんが危ないなら私と雛ちゃんが守るよ」

「ちゃんと後で八城さんにも謝るなら……何も……気にしてない……よ」

雛は真っ直ぐに桃を見つめていた。今までの雛なら気の弱さから直にでも視線を逸らしていた筈だ。

「分かったわ、後でちゃんとアイツにも謝るわ」

「なら、いいよ……私も弱いままで居る訳にはいかない……から」

美月は今までに無い頼もしさを感じながら二人を抱きしめた。

「きっとチームってこういう事なんだね!」

「美月何よ急に!ちょっと恥ずかしいから……」

「苦しいよ……美月ちゃん」

恥ずかしがる桃と、少し苦しそうにする雛の体温を感じながら美月は一際二人を抱きしめた。


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