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UNITED  作者: maria
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 リュウイチとリュウジが中学三年になったばかりの時、担任教師より進路希望調査の紙が配布された。

 リュウイチは少々悩んでから、施設の担当の職員に相談をし、県下ナンバー1と言われる進学校の名を書いて提出をした。担任もそれを後押しすべく、塾に通えないリュウイチのために特別の課題を与え、放課後は遅くまで熱心に勉強を見てくれることを約束してくれた。

 一方、リュウジの方はと言えば、高校欄に悉くバツが付けられ、そして案の定「ギタリストになる」となんぞ書き殴って勝手に提出して来たものだから、慌てた担任から施設に即日電話があった。無論誰もそんな話は聞いていないし、許可をするはずもない。このご時世、さすがに中卒で社会に出すことは誰も考えてもいなかった。

 「……だって。」施設長と職員が揃いも揃った夜の食堂に呼び出され、不貞腐れてリュウジは言った。「俺、勉強なんて、したくねえし。」

 「したいしたくない、じゃないんだよ。」

 リュウジとは十歳しか変わらない、いわば兄とも言うべき齢のリュウジの担当職員は、ほとんど泣き付くようにして言った。

 「この時代、高校を卒業しなければちゃんと給料を取れる仕事には就けないんだ。今でこそここで食べ物に困らない環境に君はいるけれど、これからは自分の足でちゃんと立って食べていかなきゃいけない。そのために高校を出ることは必須なんだよ。そういうことを、ちゃんと考えてくれよ。」

 「だって。」リュウジは繰り返す。「俺は、ギタリストになりたいんだ。」

 隣の席で白髪の施設長は頭を抱える。

 「もちろん……。」極力冷静さを装って青年は答える。「ギタリストになるのをやめろとは誰も言ってない。高校を出たって、大学を出たって、ギタリストにはなれる。実際に活躍している人たちはみんな、そうしている人がほとんどだろう? 今や高校進学率は百パーセント近いんだから。」

 「そうだよ、リュウジが高校を卒業するまではきちんと県からお金も貰えるんだし、それを自ら放棄するのはもったいないよ。」アイナの担当である溝渕も真剣に語り掛ける。

 リュウジの説得は施設総出で行われた。

 「……ふうん。俺には難しいことはわからないけど……。でも、ギターを弾いていたいんだ。教室で先生の話を聞く時間よりも、ギターを弾く時間が欲しいんだ。俺の人生じゃないか。俺の時間をどう使うかは自分で決めるべきだろ?」

 「リュウジは何も社会のことが、わかってないんだよ。社会では高校を出ないとどれだけ不利益を被るのか。どれだけ大変な目に遭うのか。」

 「そうだよ、リュウジ。君がギタリストになるのは誰も反対しない。でもね、最低限勉強をしておかなければどの世界だって通用しない。幾ら君が今まで好き放題やってきて許されてきたとしても、それが今後も順調に続いていくとは限らないんだ。」

 「大丈夫だよ。」

 そう言い捨てると、リュウジは立ち上がり食堂を出ていこうとした。その矢先である。

 「リュウジ!」リュウジを説得しようとやって来たリュウイチが慌ててリュウジの腕を引っ掴んだ。

 リュウジは面倒くさそうにそれを振り払って通り過ぎようとする。しかしリュウイチは離さなかった。腕を掴んだまま一緒に歩いて、部屋に戻る。

 「……あのさ、リュウジの気持ちはわかるけど、やっぱ、高校は行くべきだよ。絶対に。」

 「やーだって。」リュウジはベッドに倒れ込んだ。

 「お前は厭でもさ、そしたらアイナはどうすんだよ。」

 「アイナ?」意外だとでも言うようにリュウジは眉を潜めた。

 「さっき、溝渕さん言ってただろう? この時代、中卒なんて就職できなくなる。自分で生活できなくなる。」

 「大丈夫だよ。俺、体頑丈だし。肉体労働でも何でもできるから。」

 「そういう問題じゃないだろう。だってアイナの面倒は誰が看るんだ。アイナを養っていかないと。」

 「アイナを養う?」リュウジは困ったような顔をして、「何で?」と言った。

 「アイナを一人、世間にほっぽり出すつもりなのか?」

 「アイナは花屋になりたいんだ。自分で稼ぐよ。」

 「……アイナは俺らの妹だろ?。」

 「……。」

 「俺らには親も兄弟もないから、三人で兄弟になろうって、そう、決めたじゃないか。」

 「リュウイチが、……」不貞腐れたように言った。「リュウイチが医者んなって、アイナの面倒見てやってくれよ。病院に花屋作ってやればいい。でっかい病院には入院患者に渡す用の花屋、あるじゃん。」

 リュウイチはあんぐりと口を開けた。

 「お前、本気か。」

 「……ごめん。幾らリュウイチに言われも、無理だ。」

 それは初めてリュウジからリュウイチに与えられた謝罪だった。

 それに気づいたリュウイチは黙した。もうどうしたって第三者がああだこうだと言ったところで、曲げられる信念ではない。そう、リュウイチは確信させられてしまったのである。


 一方、食堂では三人の職員たちが頭を抱えていた。無論赤子の頃からリュウジを育ててきたのであるから、彼の性格は熟知している。すなわち、発想力が豊かで、すなわちその分突拍子もないことを始終思い付き、そして自分の思ったことを必ず敢行してみせる実行力までもが伴ってしまっていることを。

 「本当に、中学を出たらここを出て行くつもりなのか、リュウジは。」青年職員の遠藤はそう言って深々と溜め息を吐いた。「どうにか説得できないものか……。」

 「アイナに言わせてみる? あの子、アイナのことはとてもよく可愛がってくれるから。」溝渕が頼りなさげに言った。「アイナが『あと三年一緒にいてよ』、とでも言ったらリュウジはうん、と言ってくれるかも……。」

 「アイナを利用するのもなあ……。ちゃんと納得してくれないと高校に入ったところで、途中で辞めかねない。」

 「でも、今までリュウジが自分の意見を翻したことは、……なかったよなあ。」それまで黙していた施設長がぼそりと呟く。「今のタイミングでは高校に行かせることは難しいかもしれんな。……だとしたら、せいぜい私たちができることは、最高の環境を整えて送り出してやること、なのかもしれない。」

 二人は顔を見合わせて、深々と溜め息を吐いた。

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