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UNITED  作者: maria
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 リュウイチはどさりとリュックを床に置くと、「お前にも、土産。」といたずらっぽい笑みを浮かべて、手のひら大の小箱を手渡した。不審げにリュウジがそっと蓋を開けると、中から人形、らしきものが二つ、出てきた。

 そっと摘まんで目の前に持ってくる。

 「なんだ、これ。」

 「アイナが作ったんだ。リュウイチとリュウジの人形だって。」

 「え。」

 「この前学校から余った紙粘土もらってきてさあ、同じようなの六つも作って、全部俺らなの。それで、リュウジに渡してって。」

 「マジかあ。」

 人形は目鼻が小さく描かれ、体は青い絵の具か何かで塗りたくられていた。

 「そういえば昔、アイナのやつ、雛人形欲しがってたんだよな。多分そんなノリなんだろう。」

 リュウジは小箱に入った二体の人形をどこか寂し気な目で見つめていた。その時、階下から女将が「リュウジ、お茶とお菓子持ってって!」と声がした。

 「はーい!」聞き分けの良い子供のような返事をすると、リュウジは人形をそっとタンスに仕舞い、階段を下りて行った。

 リュウジにとってみれば、話したいことは山ほどあれどリュウイチにとってみれば、自分の人生が決定付けられる大切な大学受験の前日である。二人して番茶を啜りながら作り立ての、そしてやたら大きなあんころ餅を食べ終えると、リュウジは「もう、明日、だろ。」と恐々呟いた。

リュウイチは苦笑しながら、「ああ。最後の復習」と誰へともつかぬ弁解を口にし、にわかにリュックから大量の問題集だの参考書だのを取り出し、勉強を開始した。リュウジは懐かし気にしばらくそのさまをじっと見つめていたが、やがて階下へ行き店主の手伝いを始めた。

 「リュウジの相棒は、勉強か。」店主は仕入れてきたばかりのマグロの頭に包丁を入れながら言った。

 「はい。明日、受験ですからね。」

 「大したもんだ。」

 「リュウイチは昔っから、滅茶苦茶頭良かったから。だってさあ、テスト終わって先生が丸つけするでしょ? あれ、リュウイチのを最初に丸付けするんですよ。だって全部丸でしょ、あとはそれとおんなじように丸付けすればいいから。リュウイチがいれば模範解答作らなくてもいいんだって、言ってた先生いたもんなあ。」

 「先生より頭いいんじゃないのか。」

 「そうかもしれない。だって先生に聞いてもよくわかんない所、リュウイチに聞けば一発でわかったもんなあ。俺だけじゃなくって、クラスのみんなにも頼りにされててさ、だからリュウイチは先生になればいいのにって思ってたら、医者になるんだって言い出して。うん、どっちでも合ってるって思った。……だから絶対合格するよ。リュウイチより頭いいやつなんて、俺、見たことないし。」

 「そっか。じゃあ、今晩はしっかり栄養付けて貰わねえとな。」

 「親父さん、頼むよ。女将さんも、リュウイチの好物のマカロニサラダ無茶苦茶いっぱい作ってくれるって言ってるし。」

 「ああ、ああ、任せときな。旨い飯作るのは、こう見えても俺の仕事だかんな。」

 「知ってるよ。」

 「リュウジも手伝ってくれよ。」

 「あったりまえだよ!」

 いつもリュウジたちは、夕方早くに夕飯を済ませ、仕事が終わってから少し賄いを食べるか、あまりに遅い時間帯であるとそのまま寝てしまったりも、する。しかし今日はリュウイチが来ているのだからと、店主はいつもは客に出すメニューをリュウジに命じて、リュウイチの部屋まで持っていかせた。リュウイチは数時間前と全く同じ姿勢で、ちゃぶ台に胡坐をかいて勉強をしていた。

 「夕飯だよ。」

 リュウイチは目を丸くして振り向いた。

 「本当に?」

 「飯に本当も嘘もあるかよ。ほら、お前の好きなマカロニサラダ、こんないっぱい女将さん作ってくれてんだぞ。多分明日も出てくるぞ。それから親父さん特製のマグロ漬け丼だろ、それから蟹の味噌汁。これなんてすーぐ売り切れちゃうやつなんだから、しっかり味わって食べてくれよ。」

 リュウイチは神妙そうに眼をしばたたかせたまま固まっていた。

 「何? 腹減ってねえの?」

 「……い、否違う。違う。そんなこと、あるもんかよ、ただ……。」

 リュウイチは肩をすぼめてうつむいた。

 「こんなに、して貰って。」

 「ああ、だから言ったろ? 親父さんも、女将さんも本当にいい人なんだって。親父さんもしっかり仕事教えてくれるし、女将さんもあれこれ世話焼いてくれるし。お前も、……」と言いかけて口ごもった。リュウイチは医者になる人間なのだ。ここで一緒に住むことなんて、できやしない。

 「……そっか。上京してきたら、ここでバイトさせて貰いたいな。」

リュウジは身を乗り出した。

「マ、マ、マジで? でも、医者になる大学って滅茶苦茶忙しいんだろ? ほら、だって、医者になったアレンの兄ちゃんがそんな感じだって言うからさ。」

「そう、だよな。うん。」

「でも、でも、たまにだったらバイトぐらいできるよ、きっと、うん、たぶん。親父さんに俺が頼んでおいてやるよ。大学受かったらここでバイトさせてくれって。」

「受かったら……。」リュウイチが小さく微笑んだ。

「受かるよ。リュウイチなら、受かる。絶対大丈夫だ。」

リュウイチはありがたく夕飯を前に、一口一口、かみしめるようにしっかと味わって完食した。食べ終えた皿を下に運ぶと、店の方から威勢の良い声が響いた。

「リュウイチ君!」

客との付き合いで一杯やった店主である。

「おお、こいつがリュウジの兄貴か!」ほろ酔いの客の一人が言った。

「兄貴じゃねえだろうよ、まったくお前はリュウジの話を聞いてねえな?」向かいに座った客がそう言って笑った。

「でも一緒に育ったっつうのは、兄弟とおんなじだ。名前もちょうど兄貴みてえじゃねえか。リュウジにリュウイチなんてよ。」

「将来は医者様になるんだって? 大したもんだよなあ。」

「ほらほら、リュウイチの邪魔しねえで下さいよ。明日受験なんだから。」リュウジはそう言って、客の綺麗になった皿を片付ける。

「明日? 明日なのかい?」客は頓狂な声を上げた。

「そうだって。だからうちに来てんの。もう、マサさんはマジで人の話聞いてねえな。」

マサ、と呼ばれてた客は真剣な顔つきになり、スーツの内ポケットを漁り、財布から千円札を数枚抜き取るとティッシュにくるみ「これな、餞別だ。」と、リュウイチに手渡した。

「え。」

「おお、マサさんいいのかい?」店主が手を拭い厨房の中からやってくる。

「いいって、いいって。俺もなあ、今年の健康診断ではあっちこっち引っかかっちまって、いずれは医者様の世話んなる身よ。どうか頑張っておくれ。リュウイチ君。」

リュウイチは明らかに困惑の眼差しで客を見、それから店主を見、そしてリュウジを見た。

「マサさんは酔っぱらうと人の話を聞かないんだけどね、根はいい人だよ。リュウイチ君、貰っておきな。明日の運賃にでもしたらいいよ。」女将が笑って、新たな小皿を盆に載せてやってくる。

「でも……。」リュウイチからしてみれば、今日顔を見合わせたばかりの人間からおそらくは数千円もの大金を、何の見返りもなく渡せる人間がいるということさえ信じられなかった。

リュウジはそんなリュウイチの心境を承知した上で、大きく頷いてやった。リュウイチは恐る恐る手を伸ばし、「ありがとうございます。この御恩は、決して……。」

「そうだ。女将さん、リュウイチが大学合格してこっち来たらさ、ここでバイトさせてやってくれない? リュウイチ、ここで働きたいんだって。」

リュウイチは何を言い出すのだ、とばかりに目を丸くした。

「ああ、そりゃいいね! 何なら今使ってるあの部屋、リュウイチ君の部屋にしたらいいよ。あのまんま、綺麗に春まで取っとくから。」

「本当に!」リュウイチは飛び上がった。

「ああ、ああ。春が楽しみだねえ、ねえ、あんた。」

「そうだなあ。春からはリュウイチとリュウジが手伝ってくれんのか。こりゃ、左団扇だな。あっはははは。」

よし屋の夜は賑やかに更けていく。

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