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リョウの進言が効いたのか、ツアーファイナルを終えるとすぐに、アレンの元に社長よりセカンドアルバムのレコーディングの打診があった。
「一年に一枚、とは言わないが、そのぐらいコンスタントに質の高いアルバムを出していけば、きっと名声が高まっていくと思う。それから、そのぐらいの熱意を持ってやる覚悟がなければ、この世界では生きていけないよ。」とは社長の言である。
毎晩スタジオでアレンジを重ね、曲を完成形に持って行くのは骨が折れる作業であるも、充実感に満ちていた。社長はそこにも度々顔を見せた。練習後四人を食事に連れて行くことも多く、元バンドマンなだけあって音楽的な相談にも快く乗ってくれた。
そして、そんな距離感がリュウジには有難かった。正直、急に父親だと言われても、それまでそんな存在が身近にいた例はないのであるから、なかなか実感は持てない。せいぜいドラマや映画で見た父親像を反芻するばかりなのであった。そんなリュウジを慮ってか、社長は相変わらず社長として温かくDay of Salvationの活動をバックアップし続けた。四人もリュウジから社長が実父であるという話は聞いたものの、それまでと変わらず、特別扱いを期することもなく接していた。それもまた、リュウジにとってはありがたかった。
りゅうじへ
元気ですか。お父さんも元気ですか。アイナは先生とみぞぶちさんと相談して、S商業高校めざして勉強をがんばることに決めました。なので、りゅういちが勉強教えてくれます。学校の先生よりもわかりやすくて、テストもいい点数取れるようになりました。
この間友達と高校見学に行ったら、お店でひつような勉強ができるって言ってくれて、もっとがんばろうって思いました。しょうらいお花屋さんになりたいから。
りゅういちは大学受験です。お医者さんになるのは大変なので、学校にとまらしてもらって勉強してるよ。そんで土曜日と日曜日しか帰ってきません。さびしいけど、お医者さんになるためです。りゅういちはすごくすごくがんばってます。りゅうじも頑張ってる? ふたりはアイナの近くにはいないけど、でもふたりとも頑張ってるって思ってるよ。
アイナ
リュウジは我が事のようにリュウイチの受験を心配していた。アイナが手紙に記していたように、リュウイチは校内の学力試験において選抜メンバーに選ばれたとかで、学校にある宿泊施設に缶詰になりながら、朝から晩まで医学部受験に向けた学習に励んでいるので、連絡はできなかった。医学部のある大学ならどこでもいいというのであれば、リュウイチの学力であればどこかしらには合格できるのだが、医学部は私立だと、それこそ家が何件も買えるような学費が必要で、とてもではないが奨学金では賄えない。それで国立大学を目指すことにしたのだが、その場合全国どこに飛ぼうがとてつもない学力が必要だということを、リュウイチから聞いていた。
どうかリュウイチが長年の夢である、医師になれるように、何かにつけてリュウジはそう強く祈った。
そもそもどうしてリュウイチが医者を目指したのかを考えると、もちろん病気やケガをした人たちを救いたいという気持ちもあるのだが、世のどこかに存在するかもしれない親と会いたいという気持ちが底流していることも何となく知っていた。そこがアイナとは違う点だ。アイナには母も祖母も存在していて、アイナは彼女たちと生活を共にしていたこともあるのである。でも自分たちは違った。それを負い目に感ずることはなくとも、自分たちは他の子どもたちとは違っているのだという、妙な連帯感さえ抱かせるに至ったのである。
親の存在を知らないということは、自分という存在がどこからやって来たのかという当然の問いに対し、何の答えも得られないということである。リュウジも社長と邂逅する以前には、自分はどのような男女の下に生まれたのであろうということに度々想像を巡らした。彼等は愛し合ったのであろうか、自分が産まれた時に何を感じたのであろうか、自分は腹にいた時には? ――考えたところで答えが出るはずもないのだが、何かにつけてそんなことを考えずにはいられなかった。子どもの頃、落ち着きがないとよく言われたものだが、それを言われる時には決まって自分の出生についてあれこれ考えを巡らせていたのだから、仕方がない。でも、自分が存在する以上、存在させた人間がいるということは当然の理である。だのに自分はその人を知らない。それは足元をすくわれるような心許無さを覚えさせた。突然自分は存在なんぞしていなくて、透明人間にでもなってしまうのではないかと思う時もあった。
だからリュウイチが親の顔を見たい、とまでは叶わなくとも親の存在を知りたい、感じたいと思うのを非難することは出来ない。そんなことをしてリュウイチと共に親の存在を知らないということから生じる、種々の感情を脱したくはなかった。でもリュウイチはどうなのであろう。
リュウジは自分に父親が現れたことで、リュウイチが自分に対し複雑な感情を抱くことを危惧した。もっと言えば、十数年かけて築いて生きた親密な関係にひびが入ることを、恐れた。リュウイチとの間にまさか、そんなことが起こりえないという気持ちと、しかしリュウイチが親と巡り合えた自分に対し、嫉妬、寂寥、悲嘆、そういった感情を抱くことを、心の底から恐れた。それはリュウイチが受験のためとはいえ学校に泊りがけで勉強に専念し、連絡も断ったことによって助長させていったのである。
リュウジはだから今まで以上に、一層、リュウイチが将来、医師になり、何らかの特別な事情で今まで存在を明かせなかった両親と温かな邂逅を交わすことを夢見た。そのために、どうにかして志望の大学に受かるよう、心から祈った。




