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UNITED  作者: maria
51/61

51

 リョウは目を細めて、スモークの中にその影を揺らす四人の姿を見下ろした。

 一曲目。

 想像以上の音圧にリョウの口許が綻んだ。ギターのリフも強力である。これは、ただの音作りだけで出せる音ではない。ピッキング。強力な右手から繰り出されるそれが、ここまでの「圧」を出させているのだ。

リョウはその張本人をきつく見据えた。

あいつが、曲を作っているのか。若いギタリストの姿に、何故だかリョウはかつての自分を重ね合わせていた。容姿が似ているわけでもないし、ギタープレイがことさら似通っているという訳でもない。ただ、音に底流する何かが、自分の過去を彷彿とさせた。リョウは自ずと身を乗り出してステージを凝視していた。

 メロディー、音には逐一必然性があった。これはリョウが最も重視しているものの一つである。作曲上においても、演奏上においても、これでしかありえないという必然性が一音一音に漲っていた。

 しばらくはギターばかりに専念してはいたが、アキが言うようボーカルには他のバンドにはない華があった。観客を自由自在に煽る姿は、見る者に海外のビッグバンドのような印象を抱かせ、単純に言えばカリスマ性ということになろうか、とかく目を引いた。

 CDで音は聴いていたものの、生となると全てが増幅されてあたかも轟く、と称すべき勢いとエネルギーがあった。リョウはまるで自宅の白猫が日向ぼっこするようにうっとりと目を閉じ、その音に身を浸した。

 そして一曲目が終わる。続けて怒涛のように二曲目が始まっていく。イントロの凄まじいドラミング、うねるようなベースライン、天地を引き裂くかのようなギターソロ、奮い立つような咆哮、全てが圧巻であった。

 「これまだ、結成一年ちょっとのバンドだぞ。」アキがリョウの肩を小突き、嘯く。

 「マジで。」リョウは思わず目を見開いた。

 「ギター、どっかでやってた奴じゃねえの?」

 「否、これが初めてのバンドだって。そんな埋もれてる奴、いるんだなあ。」

 リョウは再び目を細めて食い入るようにDay of Salvationを見つめていた。そこには未来があった。希望があった。それは自分が新たな魅力溢れる音楽に身を浸せることへの期待であり、彼等こそが自分の後、この小さな島国でデスメタルを盛り立ててくれるに相違ないという希望であった。それはI AM KILLEDを発見した時と同じ、身が震えるような感動を覚えさせた。

 勢いは少しも減ずることなく、熱意は更に滾るようにして曲は次々に展開される。リョウは遂には立ち上がり、二階席から身を乗り出して四人を見詰めていた。眼下には勢い溢れるサークルピットが生じ、幾つもの拳が突き上げられていた。そうしてライブは最後の幕を閉じた。冷淡な様子もしばしば見受けられる関係者席も、今回ばかりは心からの拍手がいつまでも鳴りやまず、それはリョウも同様であった。


 「いいな。楽しみだな。」リョウは微笑みを讃えたまま何度もそう呟いた。

 「まだ、若いバンドだからな。」前に座っていた音楽雑誌のライターが、連れ合いにそう語り掛ける。「何せ、ギタリストなんて高校生だぞ。」

 「マジで。」突然リョウに間近に迫られ、少なからず小柄なライターはたじろいだ。

 「リョ、リョウさん、じゃ、……ないですか。」

 「ねえねえ、あのギタリスト高校生なの? マジで?」

 「え、ええ。日中はバイトしながら、通信制高校? に通っているらしいですよ。アレン、……ってボーカルの子を先週取材した時に言ってましたね。」

 「ええ? つうことは、まだ、15、6、7、8? ぐれえ?」

 「え、ええ。たしか、16って言ってたかな。」

 「マジか……。」リョウは口をぽっかりを開いた。

 「ええ、これは噂ですが、東北の山の中の施設で育って、親もなくて、生活も大変な中バンドやってるらしいですよ。アレンは実家が金持ちですから、アレンが面倒見てるって噂もあって。まあ、これは本人らが言った訳じゃないから、本当かどうかはわかり兼ねますけどね……。」

 リョウは目を見開いた。真偽はともかくとして、そのような経験があるに相違ないということが直観されたのである。曲に感じたシンパシーはそう言った自分と共通する経験が反映されたものだったのだ。少なくとも、リョウにはそう思えて仕方がなかった。リョウは既に幕の下りたステージを、再び呆然と眺めた。

 真偽は間もなく知れるところとなった。Last Rebellionのメンバーが来ている、という話はライブ直後のDay of Salvationのメンバーの知る所となった。関係者席で来客を見ていた社長がアレンにそう告げたのである。

 アレンは興奮から疲弊も忘れ急に快活になった。アレンにしてみれば、Last Rebellionは国内のデスメタルを牽引するバンドであり、世界的に有名なメタルフェスである、ヴァッケン・オープン・エアへの出場を初めとして、ワールドツアーの度重なる実施は目標であり希望でもあるのだった。四人は歓喜した。

 「挨拶行こうぜ!」アレンは有無を言わさずリュウジを引っ張り、二階席へとほとんど駆け上がった。

 お疲れ様、と温かな声を掛けられる中、アレンは発見した。赤い髪の男を。

 「リョウさーん!」アレンは初対面となるにもかかわらず、何の遠慮もなく、そう叫んだ。その勢いは、隣で緊張に身を震わせていたリュウジがああ、と目を覆った程である。

 しかし、指と指の間から、リョウがゆっくり、ゆっくり、振り返ったのをリュウジは信じられないという思いで見た。

 「……お疲れ。」CDで何度も聴いた声が、目の前の赤髪の男から発せられた。そのせいかリュウジは酷く懐かしいもののように思われた。

 「今日はありがとうございます。初めまして。俺、Day of Salvationでボーカルやってますアレンって言います。こっちがギターのリュウジ。」

 リョウは面食らう前に、耐え兼ねるように笑い出した。

 「あっははは、宜しく。凄ぇ、いいライブだったよ。否、お世辞じゃなくって。こいつ、アキに誘われて来て、良かった。」

 「マジですか!」アレンは忠実な犬のようにはしゃいだ。

 「ああ、マジで近くで見るとイケメンだなあ。若い頃のアレキシ・ライホみてえじゃん。」

 「ありがとうございます。」

 「それにいい曲だな。ギターの、……お前が作ってんの?」

 「そうです。」リュウジが緊張の面立ちで言うと、リョウはにっと笑った。

 「こいつ、曲いいなってずっと言ってて、お前をメタルギター会に入れようって言ってたぜ。こいつ、こんな頭して名誉顧問なんだって。」

 「お前な! んなのどうだっていいんだよ! ねえ、お前……曲どうやって作ってんだ?」

 リュウジは緊張こそしていたものの、もとより隠し立てをすることなぞ一つもない。何の虚飾もなく話し出した。施設のことも、親がないことも、全て。その上で自分の過去を見つめていると、それが音を紡いでいくのだと語った。それはきっと自分の孤独や、親がなく切り離され点で存在しているような危うさに起因しているのに違いない。それからリョウに促され、ギターとの出会い、ギターが自分の中に巣食っていた感情を外に導いてくれた、ことも語った。

 既に客席は閑散としてきた。リョウは逐一リュウジから音楽のことを聞き出すと、口の端で微笑み、たった一言、「わかった」と答えた。

 「セカンドは? 曲のストックはあんの?」

 「あります。後は社長がOK出してくれれば、いつでもレコーディングに入りてえなって思ってて。」

 「そうか。じゃ、俺からも言っとくわ。とっとと出さしてやってくれってな。」

 「マジですか。」アレンが頬を紅潮させながら言った。

 「だって、俺が聴きてえんだもん。」リョウは悪戯っぽく笑った。


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