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話はいつになっても尽きなかったが、うっすらと東の空が明るむ頃、社長は疲弊を滲ませながらも笑顔で部屋に戻った。そして社長とリュウジは幸福な夢を見ながら少しばかり睡眠を取ると、間もなく出立の頃合いとなった。
起きてきた社長の目はさすがに充血していたけれど、表情は明るかった。少しばかり縮まった距離を示すように、帰りの新幹線ではリュウジと社長とは隣に座った。二人はやはり昨日同様、同じ駅弁を食べ、そしてこれからのバンドの話やら作曲の話に興じ、来た時と本当に同じ時間しかかっていないのかと訝る程早く、東京に着いた。
「ありがとうございました。」社長はそう言って深々と頭を下げた。「これで、自分の人生に一区切りつけたような気がします。」
吉村夫婦も頭を下げた。
「これからも、いつでも来て下さいよ。ご飯食べなくても、顔出して下さるだけでも、私らもリュウジも嬉しいですから。」
「ありがとうございます。」
「これからもよろしくお願いします。」リュウジはそう言って社長の手を取った。
「こちらこそ。何でも、力になれることがあれば遠慮なく言ってくれ。」
「それはそれはリュウジの音楽を広めてくれる、その手伝いをして下されば俺らも嬉しいよなあ。」
「そうそう。リュウジが笑顔でいてくれるのが、私らの幸せだから。」
「ええ。リュウジが笑ってくれていると、妻が笑ってくれているような気がします。これからも全力でバックアップしていきます。」
社長はそう言ってタクシーに乗って帰って行った。
その様を見送りながら、店主が呟く。「お前が、お父さんと暮らしたいというのなら、お前の意見をうちらは尊重するからな。」
「……ううん。そういうのとは、違うんだ。俺は親父さんと女将さんの下で仕事覚えて、そして高校もちゃんと出て、それからバンドマンとしてやってければ独立して出てく。それが、あっちのおやっさんとの約束だし。」
「じゃあ、そのつもりでこっちも仕事教えるぞ。」
「よろしくお願いします!」
店主はリュウジの肩を叩き、自宅へと歩き出した。
Day of Salvationのツアーファイナルのチケットは、当初こそさほど芳しい売れ行きではなかったものの、蓋を開けてみれば完売であった。1STアルバムの評価が高まるのと同時に、じりじりと売れていったのである。ライブ当日、二階に設置された関係者席も満員であった。
「こいつら、最近勢い付いてるっつう話だな。」
関係者席に座りながら、赤髪を掻き上げつつ本日のチラシを見る男の姿があった。日本のデスメタル界では最も高い人気を誇る、Last Rebellionのボーカルスト兼ギタリストのリョウである。
「ボーカルが白人系のハーフで滅茶苦茶イケメンなのと、曲がいいらしい。」隣で同バンドのドラマーであるアキが平然と言った。
「はあ? イケメンだあ?」
「そうだ。」
「メタラーでイケメンで、それが人気の要因になんのか。メタルは音一択だろ。アイドルじゃねえんだからよお。」リョウは不機嫌そうに言い、チラシを折り畳んだ。
「音を聴くきっかけになってくれりゃ、何だっていいじゃねえか。ボーカルはモデルとかもやってて、デスメタルバンドにゃ珍しく、女の客も相当いるみてえだぞ。お前も女受けするようにそろそろその赤っ髪止めたらどうだ。」
「何で、んなことしなきゃなんねえんだよ!」リョウは慌てて頭を両手で掴んだ。
「あ? まさか、お前が人の意見に左右されるような人間だとは思っちゃいねえよ。」
とはいえ、かつてリョウが妹ミリアの養育権をかけて法廷に立つ際に、何の未練もなく短髪黒髪にしたことをアキは知っている。
「でもさ、冗談抜きにしても曲はいいよな。若手ん中じゃトップクラスだろ。」アキの言葉にリョウも素直に肯く。
「ギターが書いてんだろ。今度メタルギター会に呼ぶかな。」
「メタルギター会?」聞き慣れぬ単語に、アキは首を傾げた。
「そうだ。ヒロキとタツキが発足した、メタルバンドのギタリスト連中集めた飲み会。懇親と情報交換を目的とし、更なる国内メタルの発展を志すから俺も入れって言われた。ちなみにな、俺は名誉顧問だ。」
アキは口許を歪めて赤髪の名誉顧問を横目に見る。
「名誉顧問って、……何すんだ。」
「知るかよ。懇親と情報交換と発展、じゃねえの。ヒロキがそう言ってんだから、そうだろ。」
「真面目な目的意識があんだな。」
「ギタリストは真面目な奴が多いからな。」
「そうか? 一番気違いが多い気がすっけどな。」
「ふざけんな。気違い率でいやあボーカルだろ、ボーカル。」
「お前、両方やってんじゃねえか。」
「あ。」
そんな雑談に興じつつ、やがて開演時間となった。ステージにはスモークが炊かれ、ライトが散じる。どこか物哀しいSEは、やはりギタリストが作ったものなのだろうか。リョウがそんなことを考えている内に、そこにDay of Salvationの面々が躍り出て来た。




