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そんな話をしている内に夜も更け、リュウジと吉村夫婦と社長は、施設を辞し、駅近くのホテルに一泊をして明日一番に新幹線に乗って戻ることとなった。
社長は終始言葉少なで、リュウジは何だかその様に甚く同情を引かれた。好きな音楽を仕事にしているからこそ、何事にもパワフルにこなし、それなりの結果も出せているのかもしれないが、もしかすると本当は弱い人なのかもしれないと思うようになっていた。妻の死と息子との離別が、彼の身も心も蝕んでいたのは事実であり、だからこそ自分に対し親としての愛情を示したいが、なかなかそうもいかず、葛藤を覚えているのかもしれないと思えば、リュウジの方が今度はどうしたらよいものかと頭を捻らせることとなった。
ホテルに向かう車中、吉村夫婦はリュウイチのことやらアイナのことを褒め、話を盛り上げようとしたが、さすがに社長は乗るに乗れない。社長、と呼びかけようとしてその呼びかけがまた傷つけてしまうのではないかと思うと、リュウジも黙する以外にない。
ホテルに着くなり荷物を置いて、四人揃ってのホテル内の和食レストランでの夕飯となったが、吉村夫婦と社長、リュウジの間には明確な明暗が生じていた。
「私はこの、牛鍋っていうのにしてみようかしら。社長は何にします?」女将が自分のメニュー表を手渡す。
「……空腹でもないものですから。」
女将は目を丸くして、「ダメですよ、食べなくちゃ。ほら、小鉢だってありますよ。一つでも。……リュウジは何にするの。」
「俺も、……あんま腹減ってなくて。」
「何言ってんだ。若いんだから、しっかり食べないと体が作られないだろ。」今度は店主も叱咤する。
「うん。……」リュウジは気もそぞろにメニュー表に目を落とす。その隣で社長も全く同じ素振りを見せているのに、店主は小さく噴き出した。
「こうしてると、そっくりだなあ。」
女将も笑い出す。「本当だよ、離れててもやっぱり親子だね。」
リュウジは驚いて社長を見た。社長も目を丸くしてリュウジを見ていた。二人の視線が交わる。思わず二人は同時に噴き出した。
それからである。社長とリュウジとが親子であるという前提の会話が、吉村夫婦を中心に進んで行ったのは。「親子」は結局、同じ焼き鳥定食を頼み、食事が始まった。
「今までにね、うちでお預かりした子、四人いますけれど、今はみんな自立して、立派になってて、それが嬉しいの。一番初めに預かった子なんてね、昨年、結婚式に招待してくれて。私らに、親の席用意されてたんですよ。もう、びっくりしちゃって。それでお嫁さんの親戚なんかにも、自分らのことを親だって紹介してくれて。」
「そうそう。まさか、子供のない自分らにこんな経験ができるなんて、思ってもなかったからねえ。ありゃあ、びっくりした。それで二番目の子はね、勉強好きで高校ん時も、クラスで一番の成績なんか取ってて、会社入ってから、会社のお金で留学させて貰っていて、今スイスにいるんですよ。この前は俺の誕生日プレゼントだなんて言って、スイスの何ていったか、偉い立派な腕時計送ってきてくれましてねえ。」
「オメガだよ、オメガ。」女将が嬉し気に店主の肩を叩く。
「そうそう、オメガ。何だか滅茶苦茶高価なモンらしく、神棚に上げてますよ。とてもじゃねえが、着けられねえ。」
「吉村さんご夫婦が、愛情込めて育てられたからですね。」
「そんなことないんですよ。うちは自営で、夜遅くまで店開けてることも多いですし。専業主婦のお母さんみたいに付きっきりで子育てができる環境でもなくって。……だから最初ね、お子さんを預かりたいって、施設長さんに面会行った時は緊張しましたよ。もう、自分の子供はできないってのはわかってましたし、最後の希望でしたからねえ。これで断られちまったら、もう子どもとは一生縁のないまま暮らしていかなきゃあいけないんだって。そう、思って。」
「そうだったなあ。でも、何でか許可が下りてなあ。そんで年になるまで次から次へといい子ばっかり、預からせて貰えてなあ。」
「そうそう。そんで四人目が巣立ってった時に、もうこれでお終いかって思って寂しくなってた所、最後、リュウジが来てくれて。村田さんから働き手として使ってやってくれって言われて、最初は面食らったけれど、私があんまり寂しがってたってのもあって、この人がどうぞどうぞっつったら、本当にいい子が来てくれてなあ。」
「火傷ん時はどうしようかと思ったけどなあ。」
「あれは本当に、冷や水被せられたよ。でもそれで、リュウジが赤んぼの頃思い出して、そんで社長さんと親子関係ってわかったんだからねえ。神様の思し召しっていうのかもしれないよ。」
リュウジは再び社長を一瞥した。社長は温かな笑みでリュウジを見つめていた。




