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UNITED  作者: maria
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 翌朝早くによし屋の前には、アレンのキャンピングカーが停まった。リュウジはギターを共に乗り込み、早速名古屋に向けて出立をすることとなった。運転席には前回同様、アレンが勢い込んで座っている。

 「ちゃんと寝たか?」アレンが問いかけた。

 「ガキ扱いすんなよ。大丈夫大丈夫。」

 後部座席のヨシもキョウヘイも、笑みを湛えたまま同じく肯く。

 「よし、じゃあ行くぞ。」

 「あ、これ、女将さんが差し入れって。」

 リュウジが風呂敷包みを広げると、中には四人分の弁当が入っていた。

 「うおおおお。」キョウヘイが後ろから身を乗り出して歓声を上げる。「まさか、これは。」

 「うん。ヒレカツ弁当。女将さんが頑張ってくれって。」

 「ありがてえ!」キョウヘイが叫び、ヨシが歓声を上げ、アレンがハンドルを一層力を籠めて握り締めた。

 車を走らせるにつれ、曇天の空が少しずつ晴れてきた。

 ツアーは過酷であればある程(または予算が僅少であればある程)、メンバー間の確執が生じやすく、また、決裂し易いとは他のベテランバンドから度々聞かされた理論であったが、Day of Salvationは各地の観客の盛り上がりも、それからライブハウスでの音作りも良く、更にアレンの利便に過ぎる自家用車と自炊の準備、そしてリュウジの差し入れ等によって、初のツアーとはとても思われぬぐらいに極めて順調に進んで行った。

 まるで修学旅行か何かのように四人は笑顔に包まれながら名古屋を終え、大阪を終え、そして東京に戻ることとなった。その晩、四人は星空の下を車で走らせながらツアーラストとなる東京でのライブに思いを馳せた。今回のツアーは仙台にせよ、名古屋にせよ、大阪にせよ、非常に良い出来であった。自分たちの満足感という点においてもそうであるし、ライブハウスの店長やPAが口々に、曲とパフォーマンスの良さを湛えてくれたのである。

 「最後はさ、社長に観て貰いてえな。」リュウジはぼそりと呟く。

 地方ツアーであるから仕方がないものの、真っ先に自分たちを評価してくれたその人にやはり最後を観届けて貰いたかった。

 「だよな。ま、東京は来てくれんだろ。」キョウヘイの問い掛けに、アレンは首を傾げた。

 「そういや特に聞いてねえな。リュウジ、社長何か言ってた?」

 「……いや。」ここ数日はツアーで店に出ていないものであるから、当然社長と話もしていない。

 「まあ、でもレコーディングでさえああやってまいんち来てくれたんだから、ツアーラストなんざ最前にいるかもよ。そしたらやべえ、俺笑っちまう。」ヨシは勝手に想像し腹を抱え出した。

 「たしかに! 社長が最前なんていたら、俺歌えねえかもしれねえ!」アレンもそう言って哄笑した。美しい満月が、大きなキャンピングカーをどこまでもどこまでも追いかけてくるのであった。


 帰宅すると、リュウジは社長の携帯電話に連絡をしたものの、社長が出ることはなく間もなく留守電になってしまった。仕方なく無事に三都市のツアーが終わり、来週いよいよラストになるとの旨と、ここで成長できた自分を見て欲しいとのメッセージを入れた。いつもであればすぐに折り返しの電話が来るのであったが、社長からの返信はいつまで経ってもなかった。しかし自分たちのバンドにばかりかかずりあってはいられぬ身なのであるから、と納得し、リュウジはリュウイチに電話を入れた。リュウイチは前回よりは元気な声をしていたので、リュウジも安堵した。そろそろ貯金もたまって来たので、一度施設に帰りたいと言うと、リュウイチは大層喜んだ。


 あくる日、リュウジが店の仕込みの手伝いを行っていると、「ごめんください」と皴枯れた男の声が扉の向こうから響いた。外には準備中の札が掛けられている筈であるし、常連客は開店時間も熟知している筈である。店主と不審げな瞳を見合せながら、リュウジは手拭いで濡れた手を拭き、「すんません。開店は十一時からなんですよ。」と言いながら扉を開けた。するとそこにいたのは社長であった。

 「あ、社長! 親父さん! 社長なんですけど。」

 「入って貰え。」店主は即答した。

 「どうぞどうぞ。社長、今仕込み中なんでもちっと待ってて下さいね。今日は何にします? 旨いヒレ肉入ってますよ。」

 「否、今日は、実は、……リュウジに話があって来たんだ。」そう言う社長の顔は明らかに暗く沈んでいた。リュウジはそう言えばと、数日前のメッセージに返信がなかったことを、今更ながら思い出した。

 「どうしたんですか? 具体でも悪いんですか?」

 「否……。」絞り出した声は微かに震えさえ帯びていた。

 「まあまあ、立ち話もなんですから、とりあえずどうぞこちらへ。」店長も心配そうに奥の座敷へと誘う。

 そこで掃除をしていた女将も「よくいらっしゃいました」と挨拶をするなり異変を察し、「お茶持ってきますからね。どうぞ座ってお待ち下さい。」と言った。

 社長は申し訳なさそうに頭を下げて座敷に座る。

 リュウジもその前に正座し、首を傾げて社長の言葉を待った。

 女将が茶を二人の前に置く。そのまま立ち去ろうとするのを、

 「女将さん、も、聞いて頂けますか。」と再び社長は苦し気に言葉を発した。

 「え、私も?」

 「できましたら、……親父さんにも聞いてもらいたいのですが。」

 「私もですか。」頓狂な声がすぐ近くで上がる。

 女将と店主は目配せし合って、リュウジの両脇に座り込んだ。

 「……一体、どうしたって言うんです? リュウジの、あの、……音楽のことでしょうか。」店長が恐る恐る尋ねた。

 「否、違うんです。」

リュウジはその言葉にとりあえず安堵した。

 「何か、こいつがあっちこっちでやってきたコンサートででも、失礼なことでもしちまったんですかねえ。」

 「とんでもありません。」

 店主と女将は顔を見合って、首を傾げた。

 「……本当は電話をしようと思っていたんです。少なくとも、こんな、不躾な、急に訪問するなんて、考えてなかったんです。」意気消沈、というのがぴったりの声色で社長は呟いた。

 「別にそんなこと気にしねえで構わないですよ。昼飯の仕込みも大体終わってますから。」店主が慌てて言う。

 「そうですよ、座敷は夜しか使わないですし。よくねえ、子供たちの家庭訪問なんてのもここでやりましたよ。」女将も微笑んで言った。

 「練習も夜ですから、日中は大丈夫ですよ。」リュウジも継いだ。「それで、……一体、どうしたってんです?」

 店主と女将も自然と身を乗り出した。

 「実は……、」社長は明らかに苦しそうであった。「リュウジの父親は、私です。」

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