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UNITED  作者: maria
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 規模はさすがに東京を比べると小さいが、この地方では有数のライブハウスということで、音作りも非常に満足のいくものであった。

 四人はスムーズにリハを終えると、店長に聞いた、地元で人気のあるラーメン屋に赴き腹を十分に過ぎる程満たした。

 そうして再び四人はライブハウスへと戻り、楽屋でアレンとキョウヘイはストレッチに興じ、リュウジとヨシは楽器を取り出して運指を始めた。やがて開場時間になると、客席のざわめきが楽屋にまで聞こえてきた。

 「どこでも一緒なんだな。」リュウジがしみじみと語った。

 「たりめえだろ。ライブは世界共通だ。」キョウヘイが答える。

 「それを証明しに行きてえもんだ。」アレンがうっとりと呟いた。

 アレンのとび色がかった美しい眼差しには何が映っているのだろうと、リュウジは思った。以前インタビュアーに語っていたように、日本を超え、世界で活躍する姿が既に想定されているのであろう。それに自分も乗ってみたい、リュウジはそう思った。

 初ツアー初日となる今日は、その一歩なのに相違ない。

 そして、開演時間がやってきた。


 Day of Salvationは三番手であった。ステージ脇で四人はほとんど息を潜めながら、最初のバンドを見つめていた。

 派手な照明。重い音圧。迫りくる気迫。――リュウジは素直に圧倒された。しかしその時脳裏に、ふとアレンの言葉が浮かんだ。アレンはライブの度に、「俺は仲良しグループを作りたくてライブやってんじゃねえ。ただ、俺ら以外の全部をぶっ飛ばしてえ。はっ倒してえって思いでやってる。」と言う。

 正直リュウジにはそこまでの敵対心、というべき感情はない。というよりも、他のバンドにそれほどの執着がない。ただ自分の曲を聴かせ、自分のギターを聴かせ、そして音楽によって生み出される世界を共有できれば。そういう思いだけである。幼少時から何度も指摘されたように、自分は自己中心的なのだ。

 でも、否、だからこそ自分の生育環境は特異であるから、そこから生み出される音楽がいいのかは自信がない。でも、両親に愛されて育っているアレンがそんな自分の音楽を高く評価してくれると、間違っていないのだと思うことができる。アレンを羨んだり妬んだりする気持ちは毛頭ないが、アレンに褒めて貰えると自信がつく。浅はかと言われようが、それは事実だ。アレンが、自分の作曲には必要だ。

 リュウジはそっと目を閉じる。もし自分に親がいて、店主と女将のように特別扱いして貰えたら、生み出される音楽は何か違っていたのだろうか。考えるよりも沸き起こるように生まれて来る曲は、全く違ったものになっていたのであろうか。そんなことを思った。

 派手なシンバルの音が鳴り響く。そこにギターとベースの音も流れるように鳴り渡る。どうやら終了したらしい。

 アレンはリュウジの肩を叩いた。

 「負ける気がしねえな。」聞かれたら袋叩きに合いそうなことを、平気で言ってのける。

 「そうだな。」リュウジも今はそれに同調したかった。輝くアレンの自信が、今自分にも必要だった。

 アレンはそれを聞き、さも嬉し気に微笑む。

 「お前の曲があれば、どこだって行ける。どこまでだって這い上がっていける。」アレンは自身とリュウジに言い聞かせるように言うとゆっくりと頷き、そして幕の下りたステージに一歩を踏み出した。


 薄暗いステージで機材の準備を終えると、アレンは満足げにステージの壁に掲げられたバックドロップを仁王立ちで見つめていた。自ずとリュウジも、ヨシも、キョウヘイもそれに倣う。

 「……こうしてみると、やっぱかっけえな。」リュウジが言った。

 「今日からはこいつが俺らのライブを見守ってくれる、っつう訳か。」ヨシも腕組みしながら言った。

 「Day of Salvation《救済の日》、……やっぱいい名前だな。」アレンがそう言ってにっと笑った。

 リュウジはバックドロップを食い入るように見つめていていた。あれだけ周囲の全員に反対されても上京して来た、あの制御できない熱情はここに辿り着くための布石であったのだ。そう思えてならなかった。

 「行くぞ。」アレンが三人の顔を順繰りに見詰め、そしてゆっくりと客席に振り向いた。静かにSEは流れ続けている。

 キョウヘイはアレンの背を見ながらカウントを打つ。リュウジは息を吸って、1曲目のリフを刻み始めた。幕が剥ぎ取られる。一気に観客が押し寄せてくる。

 アレンは肚の底から叫び狂んだ。


 「決めた。これはDay of Salvationってタイトルにしよう。」

 アレンの自宅でできたばかりの新曲のデモを聞かせたその直後、アレンはそう言った。

 「何だよ、バンド名じゃん。」

 「そうだよ。これが俺らの名刺代わりだ。」

 そんなに自信満々で持ってきた訳ではない。リュウジは腑に落ちない思いを抱えつつ、「まあ、結構印象的なリフが出来たとは思うけどさあ……。」と呟いた。

 アレンはそれをすっかり無視して、「後で英語にはするけど、こんな感じで詩を付ける。――神よ、私はまだ死にたくありません/どうしてここに座っているのかわからない/私は今生まれた/罪業はない/罪を持って産まれてきた者などない/地平に戻して/神よ救いを/今や来たれ救済の日/……まあ、ざっとこんな感じだな。」

 「何だ、死刑台の歌かよ。」

 アレンはふっと微笑んで、

 「Day of Salvationってのはさ、ただの救いじゃねえんだよ。極限の絶望からの救い。だからこそ意味がある。意味が、生じる。俺は意味のある存在になりてえ。だから付けた。」と言った。

 「ふうん。」リュウジは抽象論に頭を傾げながら、小さく肯いた。

 「この曲には、そんな救済のドラマがある。俺にはわかる。」

 当の作曲者である自分にもわからぬのに、アレンはこうも自信満々によく言えたものだと、リュウジは目を丸くした。

 「やっぱ俺の目に狂いはなかった。よっし、これをもってあっちこっちライブに行こう。クッソ楽しみだな!」

 その時にアレンはデビューアルバムを作ることも、ツアーに出ることも想定していたのであろうか。


 「Day of Salvation!」アレンの叫びに合わせて観客が拳を突き上げる。激しいヘッドバンギングの波が起こる。リュウジは腰を低くし、脚を大きく広げ、地鳴りのようなリフを刻んだ。

 自分の特異な環境で培われた人生が、アレンの導きによって普遍的感情へと変換され、多くの観客を魅了していく。そのプロセスをまざまざと味わわされ、リュウジは何故だか泣きたくなった。親からの愛を得られなかった分、今、それを塗り替える程の同志が集結し、自分へ迸る熱情をぶつけて来る。

 それはたしかにドラマ、なのかもしれない。リュウジはかつて聞いたアレンの言葉を胸中で反芻した。

アレンの煽りに、観客たちの熱狂も急速に高まっていく。アレンのステージ上でのパフォーマンスは見事なもので、カリスマ性と呼ばれるに相応しい圧倒的な影響力を発揮していた。

 「ステージ上では客を暴れ回されるのも泣かせるのも、自由自在だ」、といつかアレンは語っていたことがある。だからこそ、集中力をもってライブの全体性を頭に入れながら、つまり熱さと冷たさを併せ持ちながら挑まなくてはならないのだと。アレンは普段は自分を親兄弟を比べ、頭が悪いと言っているが決してそうではない。むしろフロントマンとしての類稀なる才を有しているのではないか、とリュウジは感じていた。

 2曲目、3曲目と曲の展開と共にアレンは救済者としての一層の神々しささえ醸しつつ、世界を牛耳って行った。リュウジの曲はアレンによって色鮮やかに、そして明確な世界を創り上げていく。そうして自分が感じた筈の孤独感や悲痛がその世界の土台として共有されていくのだ。それはアレンの隣にいるからこそ体感できるものなのだとリュウジは感じていた。

 そうして世界は幕を閉ざしていこうとする。処刑台も奈落の底も、次第に雲散霧消していく。光が差す。暖かみが広がっていく。大団円を迎えようとする。救済の日が到来する。

 アレンはその世界の全てを名残惜しそうに、最後まで味わい尽くすように、さも満足げに諸手を伸ばして上を見つめていた。その後ろには《救済の日》と描かれた真新しいバックドロップが静かに四人を見下ろしていた。

 ドラムが打ち鳴らされベースラインが地を掻き回すようにうねる。ギターも最後の光をちりばめるように輝き渡る。音が終息するに従って、幕も静かに降りて来る。観客の拍手と歓声が消えゆく最後の世界を彩る。そうして、完全に、ステージは幕を下ろした。

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