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UNITED  作者: maria
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 しかし、だからといって高瀬の手が弛む訳ではない。

 四人は寿司桶をあっという間に空にすると、それからも緊張の糸を巡らせながら必死に楽器を弾き、叩き、歌を歌った。そうこうする内にどうにか今日の分の曲が完成した。その出来上がった曲を聴くと、メンバーはその出来に一層勢い込んだ。社長は翌日も、翌々日も美味なる差し入れを携え(その都度リュウジを驚嘆させ)、それからCDジャケット案も何種類も持って来て、一層メンバーに勢いとやる気とを漲らせて行った。

 「でも、……所属してんのは俺らばっかじゃねえのに、社長まいんちのようにうちらん所来てて、いいんですか。」一通り自分の出番を終えたリュウジが社長の隣に座って言った。

 「ああ、今他にレコーディングしている所もないからな。それに来るのも日中だけだし。」

 「ふうん。……社長って優しいんですね。」

 「優しい?」

 「うん。俺、最初に会った時から、なんつうか……、安心感与えてくれる人だなって思ってたんですよ。」

 「安心感? ……そりゃあ、嬉しいな。」目尻に皺を寄せて微笑んだ。

 「でね、親父さんに、社長と喋ってっと安心するって言ったら、相性がいいんだろって。」

 「……そうか。」社長は目を細めて遠くを見つめていた。

 「女将さんはね、俺が上京してきたばっかの頃、東京っつう所は人と人との騙し合いだなんて言って、そうそう人を信用しちゃいけねえ、リュウジは騙されそうな顔してるから気を付けろとかって言ってたんですけど、今は全然そんなこと言わねえ。」

 「あはははは。女将さんはしっかり者なんだな。」

 「うん。女将さんはお喋りで、お客さんとも喋ってばっかいっからよっく親父さんに小言言われてっけど、でも多分女将さんのが強いって思うな。」

 「そういう方が夫婦は巧く行くんだろうな。」

 「ああ、そうかも。何だかんだ言って親父さんと女将さん、仲良いし。……そういや社長さんは、奥さんいねえんですか?」

 社長は一瞬驚いたような顔になり、それから苦笑を浮かべて、「昔は結婚してたんだけどね、もう長いこと独身だ。」と苦渋を滲ませるように言った。

 「あ、……すんません。つまんねえこと、訊いちまって……。」リュウジは慌てて俯いた。

 「否、いいんだよ。」とは言いつつ、社長は黙した。

 「……人間関係っていうのは、多分この世で一番難しいことだ。一度の失敗が取り返しのつかない事態を招いてしまう。リュウジもまだ若いが、……もしこれから愛する人ができたら、どんなに周りに阻まれたとしても責められたとしても、がむしゃらに戦いなさい。僕は、……戦えなかったんだ。戦いを放棄してしまったんだ。そうして大切なものを手放してしまった。だからもう、二度と会うことはできない。その資格が、ない。どんなに後悔をしても時間は元には戻せない。人生は一方通行なんだ。」

 リュウジは唐突によく意味の解らぬことを言い出した社長の顔を、不思議そうに見つめていた。

 「……済まない。つまらない話をしたな。忘れておくれ。」

 社長はそう言って、ガラス越しに非常な勢いでもって派手なドラミングを披露しているキョウヘイの姿をじっと見つめていた。


 ちょうど一週間を経て、レコーディングは予定通りどうにかこうにか終了した。後は高瀬にリミックスを任せ、それをチェックしたら完成、というタイミングで社長はメンバーを引き連れ、というよりはリュウジに案内をされて、初めてよし屋の暖簾を潜った。

 「ようこそ社長さん、よくいらっしゃいました。」親父がそう言って和帽子を脱いで社長の前に深々と頭を下げる。

 「社長さん、今日はお越し頂いてありがとうございます。いつもリュウジが世話んなってまして。」女将もその隣で頭を下げる。

 「いえいえ、こちらこそリュウジ君たちと契約が出来て、毎日いい刺激を貰っていますよ。メンバー全員、どうしてもよし屋さんのご飯でレコーディングの打ち上げをしたいっていうものですから、今日は連れてきて貰いました。」

 「さあさ、立ち話もなんですからこちらへ。」そう言って女将は奥の座席に五人を案内する。

 「あ、女将さん。俺手伝うから。」

 「何言ってんのよ。今日はお疲れ様会なんだから、しっかりこっちでお客さんやんな。」

 そう肩を抑え付けられ、リュウジは苦笑しながら「すんません」と呟く。

 社長は物珍し気に、店内を見回した。そこにはずらりとお勧めの一品が書かれた札が、下げられているのである。

 「一番お勧めなのは、何ですかね。」社長に問われ、

 「うちは昼はヒレカツを売りにしてるんですよ。肉もね、何十年も前にこの斜向かいで肉屋やられてた方から、牧場主さん紹介して貰って、特別いい肉を直で仕入れていますからねえ。自慢なんですよ。」

 「ほお、それは凄い。」

 「夜はこいつが煮物だのなんだのこまごま拵えて、小料理屋みてえな真似をしてますんで、今度は夜も、是非。」

 社長は深々と頭を下げ、まじまじと再び物珍し気に店内を見回した。

 座席には掘り炬燵が設えられており、隣には囲炉裏もある。表には厨房と対面するカウンター席もあり、いずれも小奇麗に掃除が行き届いていて幾らでもいたくなる、そんな雰囲気の店であった。

 「いいお店ですね。」

 「ああ、古い店ですけどね、こういう雰囲気の店はなかなか都内にはないってえんで、常連さんも多いんですよ。わざわざ電車で一時間もかけて来て下さる方もいて。」店主は自慢げに言った。

 「たしかに。……こんな風に味のある店はなかなかないですね。」

 「親父さんと女将さんと話してえからって来るお客さんも、いっぱいいますよ。」リュウジが小声で社長に耳打ちする。

 「そうか。いい方たちなんだな。」


 やがて運ばれて来たヒレカツ定食に、女将もあれこれと自慢の小鉢を並べてくれた。どれもこれも心尽くしの品で、社長は勿論メンバーも誰もが旨い旨いと言いつつ舌鼓を打った。

 「いやあ、これは美味しい。昔から料理は愛情と言いますからね。愛情深いご夫婦なんでしょう。」社長も満足しきりに次々に箸を伸ばしていく。

 「否ですよ。」女将がエプロンに顔を当てて笑った。

 「そうそう。うちは遠縁同士の見合いでしてね、そんな恋愛なんてモノとはとんと無縁で。」

 「恋愛結婚をしたからって、長く続くものではないですからね。」その社長の言い方が寂しげであったので、女将は慌てて作り笑いを浮かべて、

 「さあさ、こちらの煮卵もいい味が染みてますから、お箸をつけてみて下さいよ。」と大皿に入った大根と卵の煮物を置いた。


 打ち上げは心尽くしの料理と、店主と女将のもてなしによって非常に温かなものとなった。二時間、三時間とレコ発ライブの予定やら、それに伴うツアーの予定やらで話は尽きず、また必ず来ます、と社長がいい残して席を立ったのは夕方であった。

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