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UNITED  作者: maria
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 精魂ともに尽き果てた三日目の晩のことである。社長が突如レコーディングスタジオに現れた。高瀬も知らされてはなかったのであろう。幾分目を見開き、「何だ、来たのか。」とだけ呟いた。

 「調子はどうだい。」

 ガラス窓越しに充血した目でアレンは素直に、「死ぬ気でやってますよ。じゃねえとおっかねえんで。」と答えた。

 「死ぬ気というのなら、もっと震えるようなグロウル出るだろう。男気出せよ。」高瀬が冷たく言い放つ。

 社長は噴き出しながらも、「ほら、差し入れ持ってきたから食べてくれよ。」と言って、風呂敷包みの立派な寿司桶をテーブルに開いた。

 「うおおおおおお。」自ずと四人の嘆声が重なる。

 「凄ぇ。ピッカピカしてる。」アレンの処刑場とも見紛うレコーディングの様子を見ていたヨシが、今度は美しい寿司桶を覗き込むようにして言った。

 「これ食べて、メタル史に名を残すCDを作ってくれよ。」

 高瀬は少々不満げに口をひん曲げたが、「まあ、食ってからやるか。」とアレンを手招きし、少々早い昼飯の時間となった。


 「おいおい、リュウジ。お前が一番の立役者なんだから、先に好きなの取れよ。」

 キョウヘイが強引にリュウジを寿司桶の前に突き出した。

 「ほれ、どれがいい? いくら? 海胆? 凄ぇ、鮑もある!」

 リュウジは暫く口を半開きにして寿司の大群を眺めていたが、「俺……、寿司なんて食ったことねえ。初めて見た。」と、周囲を驚嘆させる一言を漏らした。

 「え。」三人が目を丸くしてリュウジを見つめる。

 高瀬と社長は顔を見合わせた。

 「リュウジは、海外で育ったのか。」などと見当違いな社長の発言を皮切りに、何も隠し立てのないリュウジのこと、リュウジは寿司を食べながら自分が生まれ育った施設での生活ぶりを、特筆すべきこともないですがと前置きしながら訥々と話していった。時折、旨ぇ、何だこりゃ、などという感嘆を挟みつつ、リュウジは淡々と自分の出生を語っていった。

 「別に何も、悲惨なことなんてないんですよ。飯だって三食ちゃんと出してくれるし、風呂も服もある。先生たちだって、そりゃ俺は我儘だったから怒られたこともあっけど、基本優しいし、何でも相談に乗ってくれる。宿題教えてくれたりとかも、あったし。学校から呼び出しくらって来てくれたこともあったなあ……。それに兄弟みてえに仲いい同級生の友達もいたし。妹みたいに可愛がってた子もいた。施設は山ん中だったから、一緒にバス乗って学校行って、帰って来て、そのまんま宿題やれって職員さんに言われても無視して山に遊びに行って。で、腹減って帰ってきてみんなで食堂で飯食って風呂入って、そんで部屋戻って、宿題はやったりやんなかったり。ああだこうだくっちゃべってる内に寝ちゃって。そんなのの繰り返し。」

 「リュウジは、いつから施設に入ってたの。」眉根を寄せて渋い顔をした社長が問うた。

 「一歳。正確には三歳からかな。一歳からは、施設の隣にある乳児院って所に入ってたんですよ。そこで面倒見てもらって、ある程度大きくなったら児童養護施設に入るの。そこは基本高校卒業までなんですけど、俺はどうしても上京してバンドやりたくって、中学出ると同時に出てきちゃったんです。滅茶苦茶反対されたけど。」

 社長は物思いにふけるように俯いていた。

 「あ、でも、別に施設が厭で出てきた訳じゃあないんです。マジで山ん中で、イタチとかタヌキとかしかいねえ所で、バンドやってくれる人もいねえから出てきたんであって。そこは、本当に。」

 「……リュウジの、親御さんは?」今まで聞いたことのない、押し殺すような声だった。

 「それが知らねえんですよ。面会来てくれたこともねえし。名前、顔、どういう人かも知らねえ。そういうのは基本、高校出るタイミングで教えて貰えるみてえなんだけど、俺は中学卒業と同時に出ちまったから、イレギュラー的な扱いなのかなあ、まあ、まだ教えて貰ってなくて。でも、今通信行ってるから、それが終わったら教えて貰える、のかも。まあ、でも俺の場合親の顔も知んねえから、滅茶苦茶気になるってことは、特に、なくて。別に知らないままでもいいかな、って。まあ、生きてるかどうかもわかんねえですからねえ。こればっかりは。経済的事情とか健康的事情とか色々ありますけど、両親が事故とかで死んじゃったっていうケースも多いみたいですし。」

 同情を引くような話になるのは避けたかった。リュウジは努めて明るく言ったが、社長の顔色はそれとは反比例するように沈んでいった。

 「社長? ……俺、別に不幸でも何でもないすからね。寿司はこれから食っていけばいいんであって。ああ、マジで旨え。」マグロの赤身をするりと口の中に放り入れた。

 「……そうだな。」

 そうは言っても口数はどんどん少なくなっていく。恵まれた境遇を自認するアレンもまた、リュウジのこれまでの話を聞くのは胸が痛んだ。

 「でも、今こいつの面倒見てくれている親父さんと女将さん、滅茶苦茶いい人なんですよ。」ヨシが朗らかに発した。

 「親父さん? 女将さん?」

 「ああ、そうなんです。今、俺住み込みで飯屋で働かせて貰ってて。昼は定食メイン、夜は居酒屋ってな感じの気のいい店なんで、来て下さいよ。寿司とはまた違って、旨いですから。」リュウジは話題が明るい方向に進んだことを確認して、ホッとして言った。

 「本当ですよ。マジで旨いですから。キョウヘイなんてスタジオリハとかでこいつの店からの差し入れ入ると、俄然頑張り出すんですよ。それが無茶苦茶露骨で。」ヨシが告げ口をする。

 「うちの親父もおふくろも、よし屋……、吉村さんのよし屋って言うんですけど、マジでファンで。」アレンも身を乗り出す。

 「そうそう、こいつんち滅茶苦茶金持ちだし、おふくろさんフランス人だから、あんまそういう飯って縁ねえ筈なのに、何度も通ってるみてえですからね。」キョウヘイが言った。

 「そうなのか。……じゃ、僕も今度行ってみようかな。」

 リュウジは腰ポケットに入れた財布を取り出して、店の名刺を差し出した。

 「ここです。裏に地図も書いてありますから。是非来て下さいよ。」

 「何だよ営業かよ。」アレンに突っ込まれたものの、社長は穏やかに破顔した。

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