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UNITED  作者: maria
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 そんなある日のことであった。社長の鶴の一声で今ある曲を厳選し、ファーストアルバムを制作することとなった。レコーディングには、都内にあるレコーディング専門のスタジオを一週間丸々抑えられることとなり、その開始は一か月後とのことであった。

 たしかにフルアルバムに足る曲数は十分にあった。大抵40分程度の枠で行うイベントで披露できる曲は5、6曲であるものの、Day of Salvationの場合には曲が毎回固定されてはおらず、他のバンドと比べてかなり流動的であった。次々にリュウジが曲を作ってくるので、そうならざるを得ないのである。しかしそれらをそのままの形でCDに録り込んでよいものか、ということになると話は別である。メンバーはスタジオやアレンのレコーディングルームにしばしば入り浸り、選曲は無論のこと、それらのアレンジを詰めていった。

 リュウジも、連日連夜続くアレンジを確定するレコーディング準備には、作曲とはまた違った精神的疲弊を感じ、店の手伝いをしながら頭の中では始終曲が鳴り続ける始末であった。

 彼らの初めてのレコーディングに試行錯誤する姿を垣間見、打ち合わせと称して社長は四人を例のバーに呼んだ。そこで社長は歴代有名メタルバンドの例を出しつつ、ファーストアルバムの大切さを諄々と説き、とりわけその1~3曲目の重要性を説いた。そこで誰もが唸るキラーチューンを連続して入れることができれば、「勝ち」であると。

 「『勝ち』って何すか。」アレンが不審げに尋ねる。

 「勝ち、か。……それはな、君らの達成感もであり、売れ行き、すなわち商業的成功でもあり、何よりリスナーの胸に残ること。それができなければ会社に所属してバンドをやってる意味なんて、ない。」

 リュウジは肯いた。

 アレンは恐る恐る、自宅で散々アレンジを詰めてデモ用にレコーディングしたCDを手渡した。社長はその場で聴き、2、30分もすると(その間四人は生唾を呑み込みながらひたすら社長の顔色を窺っていた)、すぐさま「勝ち」だと断言した。

 一曲目にライブのSEで多用するインストゥルメンタル風の曲を持ってこさせることだけアドバイスすると、後は信頼のおける、メタルバンドのレコーディングにもう十年以上関わり続けている腕利きのエンジニアをスタジオにスタンバイさせると言って、簡単なレコーディングの計画表を出した。そこには日付と曲名が記されており、できればこの予定に添って進めて欲しいが、もし延長が止むを得ないのであればまた言って欲しい、とのことであった。

 おそらくはレコードのプレスの日程のズレやら、はたまたレコーディングスタジオを抑える金銭的負担も掛かってくるのであろうと直感し、アレンは極力規定通りに終われるよう尽力しますと言い、そうしていよいよその翌週からスタジオに入り、レコーディングが開始されることとなった。

 デモとは比べ物にならぬくらいに緻密に仕上げ、全国流通の販路に乗せるのだと思えば、非常な緊張感をもって四人はレコーディングに挑んだ。リュウジは前夜、ほとんど眠ることができなかったし、それはそれ以外のメンバーも全く同様であった。CDショップに自分の作品が並べられるだなんて、夢のまた夢だと思っていた。しかしそれが、今、叶おうとしている。まさに夢を叶えるための作業が始まるのだ。


 四人が自ずと珍しくも待ち合わせ、なんぞをして初めてレコーディングスタジオに赴いた日、既にエンジニアの高瀬は機材の前に座り、レコーディングの準備を整えていた。高瀬は、五十間近の白髪の混じった壮年で、社長とも長い付き合いとのことであるが、世辞めいた笑みも、余計な雑話も一切不要とでもいったように、メンバーとの初対面の挨拶もそこそこに、とにかくすぐさま準備をするよう命じた。

「一日延長すれば、十万は軽く飛ぶ。」

 高瀬はそう言い放つと、真っ先にキョウヘイをガラス張りのレコーディングルームに入れると、ドラムセットの準備をさせた。高瀬は社長経由で既に手に入れていたデモCDを聴き込んでおり、一曲目から細かなアレンジの指示をしたので、四人は驚いた。

 「言っておくがな、このデモのクオリティではとてもではないが金は取れない。」

 わかってはいたことであるが、そうもはっきり口にされるとメンバーの心は明確に痛んだ。

 「君らの経験値ではこの完成度で致し方がないのかもしれない。だからそこは責めない。ただ、僕は君らの倍は軽く生きている。そこで得た知識と経験を全て出し切って、この曲を金になる音楽に変えてみせる。それが、毎度のことながら菅野との約束なんだ。」

 「社長と、仲いいんですか。」恐る恐るリュウジが尋ねる。

 高瀬はふん、と鼻を鳴らしてにやりと口の端を上げ、「かつてのバンド仲間だ。」と言った。

 四人は一斉に息を呑んだ。


 そうしてレコーディングの日々が始まって行った。

 高瀬によって設定されたハードルは、勢いでクリアできる点も多々あるライブとは一変して、相当に高いものであった。メンバーが無意識に「流していた」所を追究するように何度も何度も、時には執拗なまでに繰り返し録り直させる。社長がバンドに相談もなく、いわば問答無用でこの高瀬を選んだ理由が、四人には嫌という程わかってきた。

 無論、長年の付き合いがあるから、というようなつまらぬ理由ではない。今、これをきっかけに高瀬の要求をクリアできるレベルに到達しろ、ということなのである。もしかすると、ファーストアルバムを作らせようというのもあくまで名目上なのであって、本心では高瀬にしごいて貰おうということであったのではないかとさえ、メンバーは思った。

 「小節の頭、もっとアタック強めに。土台が作れなければ明日から始まれないぞ。」

 そう言われ、キョウヘイは必死になってライブで何度も演奏している筈のキラーチューンを叩いていくが、なかなかそう簡単に高瀬のOKは出ない。

 ほとんど恐怖心に駆られながら、アレンとリュウジ、ヨシはその様をじっと息を呑んで見詰めていた。今まで何度もライブで演じてきた、というプライドもズタズタに引き裂かれた。リュウジに至っては、自分が作ったのだというプライドも。でも、社長が選んだこの人を信じてやるしかない。キョウヘイは一心不乱に食らいつき、どうにかこうにか一曲目が終わると、ヨシ、リュウジ、アレン、と一人も容易に終わることはなく、一日目は日付の変わる頃、ようやく高瀬が「もうこれ以上やっても今よりいいのは録れないな。休んで明日に備えよう。」そう、諦めのような言葉を発したことで終了した。それを夢現に聞きながら、四人はスタジオの二階の、広々とした和室に、隅に積まれた布団を各自引っ張り出すと、そのまま倒れ込み、旭日が部屋を明るく照らすまで一切誰も、目覚めることはなかった。

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