表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
UNITED  作者: maria
27/61

27

 ラーメンで十分に腹を満たし終えると、再び四人はライブハウスへと戻った。既に開場時間は過ぎていて、多くの客が既にステージ前ではひしめき合っていた。バンドロゴの入ったタオルをかけ、出番を待つ者。友人同士で興奮気味に雑談に興じる者……。アレンはさすがに顔が広く、バンドメンバーや観客たちに盛んに声を掛けられ、客席を通って楽屋に行く間何度も足を停めた。相変わらず女性ファンも多く、黄色い声で囲まれ始めると、ヨシとリュウジは先に楽屋に入り、楽器を取り出し、指を動かし始めた。

 「寒いと指動きづらくって。」リュウジは丁寧に基礎練として自分に課している、音階を上り下がりする練習を繰り返していく。

 「わかるわ。こうやって時間取れねえ時なんかはカイロ握ってなきゃ、一曲目死ぬもん。」

 そんなことを言いながら二人してバンドの曲、それから海外のメタルバンドの代表曲なんかを次々に弾いていくと、やがて開演時間となり一番目のバンドの演奏が始まった。ステージから待ちわびていた観客の歓声が唸るように轟き渡る。

 「もう、レコード会社の社長さんって人はいるのかな。」ヨシに訊かれたものの、無論リュウジが知るべくもない。

 「どうかね。二階が関係者席になってるから、そこにいるのかも。」

 「でも、……正直どうなのかね。レコード会社に所属すると、何かいいことあんのかな。」

 「さあ。ま、アレンが言ってたみたいに、ライブにしてもCDの販路にしても、全国拡大するには所属してた方が色々やりやすいんじゃね。」

 「リュウジは正直、どうなの。」

 「俺?」リュウジは頓狂な声を上げてから暫く黙し、「俺は、自分の曲が色んな人に聴いて貰ったらいいな、とは思うけど……。」と呟くように言った。

 「だな。」ヨシはにっと笑った。「俺もだ。」

 そこにアレンとキョウヘイが戻って来る。アレンはファンから貰った花やらビールやら、それから何かプレゼントの入った紙袋を幾つも携えてきた。

 「まーた随分色々貰ってきたなあ。」ヨシが呆れたような声で言った。

 「別に何もいらねえし、ライブ来てくれるだけで十分なんだけどさあ、いらねえっつうのも何か、悪いし。」

 アレンはそう言いながらプレゼントを自分の荷物の場所にまとめ、ふと、

 「どっかにレコード会社の社長、いんだろうなあ。」ぼそりと呟く。「俺が今一番欲しいのは、Nightmare Recordsとの契約なんだよな……。」

 「そこ、悪徳じゃあねえの?」リュウジが尋ねる。「ほら、売り込むツールもろくすぽねえのに、月謝取ったりなんかするところもあるって話じゃねえか。」

 「まあ、そういう所もあるみてえだけど、あそこに所属してんのがBlack Sun、Death Engaged、Siren Charmsと粒揃い。Siren Charmsなんて、東北のど田舎で細々やってたのを社長さんが直々見っけてきて、大々的に広告売ってあんだけでかくしたっつう話だ。それからBlack Sunも海外のバンドの前座に付けまくって、ファン増やしたりとかな。悪徳どころか、かなりのやり手だって話だ。」

 「そうだったんか。」

 「ま、契約内容は親父と、それからうちの付き合いのある弁護士にも見てもらうつもりだし、胡散臭かったら契約しなきゃあいいだけの話だ。……つうかその前に声かけて貰えるかどうかもわかんねえかんな! 社長の目論見は店長曰く、トリのBatteryだっつう話だから、俺らを見てくれるのかどうかもわかんねえし。」

 レコード会社に声を掛けられる正夢を見たという割には随分気弱なことを言うものだ、とリュウジは呆れた。

 「社長ってどんな人なんかな。」キョウヘイが首を捻る。「わかりゃあ、そいつに向けて、こう、ステージングバリバリ決めてやるんだがなあ。やっぱこう、ハゲてデブって高い背広着た人なんかな。」

 「昔バンドやってた人らしいぞ。しかもメタルバンド。」アレンはどこで情報収集してきたのか、そう滔々と語った。

 「マジで。」自ずと三人の声が揃う。

 「おお。だからバンドマンの内情もよくわかってくれる人なんだって、噂で聞いた。まあ、あくまで噂だけどな。」噂の割には事細かな情報である。さすが顔の広いアレンだとリュウジは密かに嘆息した。

 「だから、バンドのことちゃんと売れんのか。月謝ぼったくったりしねえで。」ヨシが言い、四人は勝手に納得し合う。

 「ま、俺はやるべきことをやるだけだ。」そうリュウジが言ったのと、オープニングアクトのバンドのライブが終わるのがほぼ同時であった。ステージからは大きな歓声が上がっていた。


 それからセカンドステージでライブが始まり、その間に次のバンドが幕の閉じたステージの中で忙しなくセッティングを始める。

 「こういうの、効率的でいいな。」リュウジが言ったものの、

 「まあ、でもこういう特殊な作りじゃねえとできねえかんな。もしくは大規模フェス。」アレンが淡々と言う。

 「大規模フェスかあ。」リュウジはうっとりと呟く。「いいな。」

 「ラウドパークにヴァッケンに……。」キョウヘイが悪戯っぽく呟いて、四人は顔を見合わせにっと笑い合った。

 「いつか、行こうな。」アレンがにっと笑い、照れ隠しのように「まあ、リュウジがこれからもバンバンいい曲書いてくれたらな。」と付け加えた。そうしてあれこれ雑談に興じる内にやがてDay of Salvationの出番がやって来た。


 四人は幕の降りたままの暗がりのステージに出、セッティングを行っていく。リュウジも足下のエフェクターを片っ端から踏み、次々とランプが灯るのを見、今一度アンプのツマミを見、先程のリハ通りであることを確認すると、対岸のバンドの音に耳を傾けた。隣ではアレンも背筋を伸ばして、すっくと立ったまま見えもせぬステージの向こうを見据えているようであった。

 こうしているとアレンは生身の人間というより、彫刻のように見える。魂などという不純かつ未完成なものが詰まった存在とは思われない。もっと崇高で、もっと純粋な存在に見える。

 リュウジがほうと溜め息を吐いた瞬間、アレンがちら、とリュウジを振り返った。リュウジの心臓がどくり、と高鳴った。

 「やるぞ。」

 前のバンドの演奏が終わったのだ。リュウジはアレンに言われて初めてそれに気付いた。

 「お前さ、……なんか今、人形みたいだった。」

 「はあ? 人形?」アレンは顔を顰めてみせたが、特に珍しい言葉ではなかったのだろう。すぐに「この人形はなあ、怒りも絶望も全部織り交ぜてがなり立てて観客を熱狂の渦にぶち込んでやる。そういう人形だ。」と面白そうに言い放った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ