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UNITED  作者: maria
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 都心のライブハウスで行われる、ベテランバンドをヘッドライナーとした大規模メタルバンドイベントに、Day of Salvationも招聘されることとなった。しかも最後から二番目、というなかなかの好条件である。とりわけアレンはほくほく顔でそれをメンバーに報告をし、そろそろ俺らも中堅になってきたかもしんねえ、などと珍しく自惚れた発言さえしてみせた。

 そのライブイベントは毎年恒例で行われているものである。ライブハウスはもともとはダンスホールか何かであったかということで、独特の作りをしていて、ステージが客席を挟み、向き合うようにして二面ある。そこで大規模フェスのようにセットチェンジの間さえほとんどなく、次々にライブが展開されていくのであった。その分出演バンド数も多く、それに伴って観客数も今までDay of Salvationが出演してきたものとは比較にならぬくらいに多かった。

 そのためにスタジオリハを今まで以上に頻繁に行うのはいわば必然の理なのであって、リハが終わると暫くロビーで反省会という名の休憩を取るのが常であった。

 「……おお。次のライブもう、当日券は出せねえとよ。」ライブハウスとのやり取りをしていたキョウヘイが、スマホを見ながらそんなことを言い出したので、リュウジは目を丸くした。

 「それって、どういうこと?」

 「だから、……もうチケット完売したってことだ。」

 「マジか。」

 今まで出演してきたライブハウスでそんなことは一度もなかった。当日になって他バンドのメンバーが今から行きたいからチケット取っといて、などと言ってきて取ってやったことさえ何度もあるのだ。「親父さんと女将さんの分、取っといてよかったな……。」

 「おお、凄ぇえ。」再びスマホを見ながら、「店長さん曰く、Nightmare Recordsの社長も来るらしいぜ。」とキョウヘイは驚嘆の声を上げる。

 「ナイトメア……?」リュウジはそう言って首を傾げる。

 「マジかよ!」リュウジを押しのけてアレンが身を乗り出す。

 「何だよナイトメアって!」

 「日本のメタルレーベルん中ではかなりでけえ所だよ。」キョウヘイが優しく説明する。

 「へえ、じゃ、もしそこに声かけて貰ったら……。」リュウジが言い終わらぬ内に、

 「死ぬ気でやろう。」アレンが鋭い眼差しを三人に向けていく。「ここが正念場だ。次からスタジオリハは今までの倍時間かけてやる。いいな。」

 リュウジはヨシとキョウヘイの顔をちら、と見た。二人は苦笑しながら肯いていた。


 「アレンはさ、たまに情熱的だよな。」スタジオからの帰途、ヨシと二人きりになったリュウジはそう呟いた。

 「そうだなあ。」ヨシは茫然と肯く。

 「普段は結構適当そうなとこ、あんのに。やっぱ何だかんだ言ってリーダーだからかな。」リュウジはそう言って口の端にかすかな笑みを浮かべた。

 「まあ。……たしかに野心的な所はあるよな。成功、してえのかな。でもだったらデスメタルなんかやんねえで、ロックだパンクだやってりゃいいのに、あの面だったら受けいいのやれば確実に当たるだろ。よくわかんねえ奴だよ。」

 「たしかに。でもアレンはメタルが好きなんだよ。アレンの部屋凄えのな! CDが壁一面びーっしり。全部メタルばっかでさ。あれ、集めるんだって相当だろ。」

 「まあ、アレンがメタル好きなのは当然だとしても、アレンの家は、みんな立派じゃん? 父ちゃん母ちゃんはもちろん、お兄さんもお姉さんもみんな。大学教授だの医者だのって。だからあいつはあいつなりに、プレッシャー感じてんのかなあって思うことがあるよ。」

 「プレッシャー?」

 「そう。あの家に生まれたら偉くなって金持ちになって当然、みてえなさ。そういうのあんじゃん。ましてやアレンは親兄弟の反対押し切って、大学も行かねえでバンドオンリーにしちまった訳だから。だからアレンも躍起になってんのかも。」

 「ふうん。」リュウジはそう肯いたものの、「家」というものがない以上、そのような家のもたらすプレッシャーなどという感覚は想像だにできなかった。

 「ヨシもそういうの、あんの?」

 「いやいや。」ヨシはぶっと噴き出すと慌てて顔の前で手を振った。「うちは平凡な家だから。親父もおふくろも、いたって普通。弟も普通。人様に迷惑かけなけりゃ、何やってもいいって言ってくれてる。そういう家庭。」

 「そっか。」

 「逆にお前は、施設で育って見返してやろうみてえな、そういう野心はねえの?」

 リュウジは暫く黙して考えた。

 「……ねえな。」

 ヨシは噴き出す。

 「俺はゴミ捨て場でギター拾って、ここまで来ただけだから。」

 「それもある意味凄ぇよなあ。……神様がお前に与えてくれたのかな。」

 「何の神様だよ?」

 「ふうん、そうだなあ。……やっぱメタルの神様か。」

 「メタル・ゴッド。……強そうだな。」

 二人はその後言葉を喪い、暫く都会の灰色の夜空を見詰めながら歩いた。


 スタジオリハの回数を重ねるごとに、曲の完成度は明らかに高まっていった。一曲一曲録音をし、終わればアレンの家で小節毎に聴きながらあれこれ吟味する。アレンは自分のパートは無論、全ての楽器に事細かに注文をつけた。リュウジもアレンジを強いられ、しかしそれによって曲は明らかに進化した。そうしてレコーディングもかくやとばかりに緻密にリハを重ねていくこと数回。いよいよメタルイベント当日がやってきた。

 とはいえリュウジはいつもの如く昼までは店の仕込みを手伝い、それから家を出る手はずとなっていた。

 「ええと、今日のリュウジたちの出番は八時からでいいんだよな。」仕込みを終えた店主がリビングのカレンダーに書き込んでおいたメモを、昨今すっかり老眼になったと愚痴り、メガネを外しながら読み上げた。

 「あ、ああ、でも親父さん、無理しないで。最近夜、寒いし。」

 「馬鹿な子だね。もう何十回と経験してる日本の東京の寒さ如きでひいひい言って、リュウジの晴れ舞台を観に行かないなんてえことは断じて、ないかんね。」女将がぴしゃりと言い放つ。

 本日の営業は昼までとし、夜は初めて店主と女将がリュウジたちのライブに来ることとなっていたのである。

 「ううん、でもちっと、何つうか、ヘヴィな音だし、うるせえし、女将さんの耳には合わねえかも……。」

 「リュウジが作った曲でリュウジが弾いてる曲なんだから、耳に合わないもないよ。」女将は呆れたように言った。

 リュウジはもう口では女将には絶対に敵わないものだから、肩をそばだてるしかない。

 「ああ、でも久しぶりだねえ。この人と一緒にコンサート行くなんてさあ。結婚前に一回、イルカ聴きに行ったぐらいだよ。」

 「おお、お前よっく覚えてんなあ。」

 「忘れるもんかい。ほら、あそこのTベイホールでさ、お前さん開演だって言ってるのになっかなかトイレから出てこなくって。」

 「あっははは、よく覚えてんなあ。」

 「女はね、大切なことは忘れないもんだよ。その後レストランであんた、私にプロポーズしたんだから。」

 「へえ、そうなんだ。」リュウジは目を丸くする。

 「トイレから出てこなかったのはねえ、私にくれる指輪を確認してたからなんだよ!」

 「お前! んなこと言わなくっても!」

 「だからね、リュウジの大切な大切なコンサートなんだから、雪が降ろうが槍が降ろうが行くったら行くんだよ。」

 「……気を付けてね。」リュウジはテーブルを拭き終えた布巾を絞りながら諦めたように答える。

 「何か、……あれかね。差し入れでも持って行こうか。今日は何人ぐらい来るの?」

 「いいっていいって!」リュウジは慌てて叫んだ。「今日はさ、バンドが滅茶滅茶出て楽屋もぎゅうぎゅう満員なんだ。だから、また今度。アレンの家でも行く時、ヒレカツ持って行かせて。」

 「ああ、そう。アレン君のお父さんとお母さんは今日お見えになんのかしら。」

 「来ないよ。」

 「あら残念。奥さんに今度和食教える約束してんのよ。奥さんフランスの方で、日本の料理作るの苦手だって言うからさ。でもね、苦手でも全然構わないのよ。だってコックさん雇ってるってえんだから。プロの料理人がまいんち家に来るんだってさ! そんだったら料理なんか習わなくたっていいでしょうにって言ったら、でもいつか孫が出来て、いつまでもお料理できないおばあちゃんじゃあ、恥ずかしいからって。そんなものかねえ。」

 「まあ、適材適所だな。お前が料理下手じゃ、うちじゃ商売なんねえかんな。くいっぱぐれちまう。」

 「そうだね。私が奥様だったらあんた、大変だよ。」

 店主と女将はそうして笑い合った。リュウジは呆れつつも、こんな両親の元で育ったらどんなに楽しいだろうかと思った。

 「……じゃ、そろそろ行ってくるから。ほんと、無理しないでね。」

 「ああ、わかったわかった。八時には着くようにするから、頑張れよ。」店主はそう言ってガッツポーズを取った。

 「ありがとう。」

 リュウジはにっと微笑むと和帽子を取って二階へ上がり、ライブに出かける準備を始めた。

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