表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
UNITED  作者: maria
23/61

23

 リュウジ加入後初のライブの評判は上々で、あちこちのライブハウスからもDay of Salvationに出演依頼が来るようになった。アレンはその中でも集客の見込めそうなメタルイベントのみをピックアップして、スタジオリハ後、メンバーと相談をして、次々にライブの日程を決めていった。

 少しでも多くの人に聞いて貰う必要があるということを、アレンは常々語っていた。一度聴いてさえもらえば、曲の良さが伝わるから、と。

 リュウジはそれを聴くたびにむずがゆいような、変に心地よいような妙な気持ちになった。とにかく自分が期待されていることは明白であったので、どうしたって作曲に勤しむ以外にはなかった。

 リュウジは店の手伝いをする以外にはほとんど部屋に籠って、作曲とギターの練習に励んだ。それを店主や女将が心配して、「たまにはお友達と遊びに行ったらいいのに」だとか、「都会暮らしが合わないのではないのか」などと心配される始末であった。

 しかしリュウジの作曲家としての、またはギタリストとしての存在感は確実に大きくなっていった。ライブをこなす毎に動員数も徐々に増え、そうして足を運んでくれるファンの多くはやはり口を揃えて楽曲の良さを讃えた。無論それを表現する上でのテクニックや、バンドとしての色も評価がなされぬのではなかったが、そこに底流するメロディアスでありながら絶望から歓喜まで様々に表現し得る楽曲にやはり賛嘆の声は集まっていったのである。さすがにリュウジに直接的には言わぬものの、リュウジの出生についても、時折尾ひれを付ける形ではあったがまことしやかにファンの間に広まって行った。

 ――最も年若いリュウジであるが、幼少時に親に捨てられ、誰からの援助も身寄りもなく、辛酸を舐め尽くし、その人生経験においては随一の存在であると。そうして路傍で飢えていたリュウジを、裕福なアレンが拾いバンドに引き入れ、生活の面倒を見ると同時に作曲のイロハを叩き込んだのであると。はたまたアレンに恩義を感じたリュウジが作曲に勤しみ、それ故にあれだけのスピードで次々に曲を生み出し、バンドに貢献しているのだと。

 「俺、路傍で餓えるどこか、三食食えなかった時なんて、よっぽど風邪が酷かった時以外、ねえかんな。もちろんそりゃあ、飯持って来てはくれるが、食欲ねえで食えねえっつうことだかんな。」リュウジはそんな噂話を耳に入れるたびにそう弁明するが、人は真偽如何よりも面白い方に飛びつく。

 「だから、別に施設っつったって、普通なんだって。ランドセルだって通学鞄だって、それから、文房具も服も普通にくれんだって。ま、ギターは誰もくれなかったけど……。でも、わざわざ俺の行ってた中学のすぐ近くゴミ捨て場に捨てたっつうことが、もしかすっと間接的な俺へのプレゼントだったかもしんねえなあ。」


 そうこうするうちにリュウジの住む街にも、キラキラと輝くイルミネーションが目立ち始め、クリスマスがやってきた。施設では誕生日がわからぬ者も多く、あまり大々的に誕生日のお祝いなんぞはやった例がないが、クリスマスだけは別であった。どこぞの篤志家がプレゼントを送ってくれることもあれば、職員らが話し合って(おそらくは資金も捻出し合い)、プレゼントをくれることもあった。きっと今頃はあの場所でリュウイチもアイナも楽しみにしているのだろうと思えば、リュウジはバイト代から何かを買って送ってやりたいという念に駆られ出した。


 一歩街に出れば、クリスマスソングとイルミネーションの嵐である。リュウイチは高校生となって十カ月近くになる。今頃どんな生活を送っているのだろう。あそこに住んでいた頃は他愛のない会話がいつでも溢れていたのに、今やたまに手紙をやりとりするだけである。アイナも随分痩せて小さな子であったが、少しでも大きくなったであろうか。背の順で並ぶ時、一番前になるのが嫌だと言っていた。そんなアイナもたどたどしい字で度々手紙を送ってくれる。リュウジに会いたいと書いてくれる。寒風に吹かれつつリュウジは彼らとの思い出に胸を温かくした。


 リュウジは店休日に街へと繰り出し、クリスマスプレゼントを選んだ。リュウイチは勉強家であるし、やはり今も医者を目指していると手紙に書いて寄越していたから、それには問題集やら参考書が必要であろうと図書カードを、少々額面も弾んだものを選んだ。

 それからアイナには、あの子はちょっとおかしいぐらいに花に固執していたから、やはり花柄がいいだろうと思い、ふと立ち寄った寝具店で見つけた花柄のベッドカバーと枕カバー、それからクッションも合わせて送った。恋人にでも贈るものと勘違いしたのか、店員からやはり花柄のメッセージカードまで貰い、その場で「アイナへ メリークリスマス 大きくなるようにしっかりご飯食べなね」と書いて入れて貰った。それから世話になった職員たちにも、温かそうな靴下をそれぞれ選んで送った。

 郵便局に行き発送手続きを済ませると、何だかリュウジはホームシックに駆られたような気になった。この荷物と一緒に一日だけでも施設に戻って、二人と心行くまで話がしたい。そんな甘えた気持ちが沸々と沸き起こってくるのであった。そしてそれはきっと物理的には可能なのである。交通費ぐらいは自分の貯金から捻出できるであろうし、店主も女将も喜んで休みをくれるであろう(実際に年末年始は店を休みにするのである)。でも、果たしてそれが最善の選択であるのか、リュウジにはわからなかった。

 自分はバンドをやるために上京してきた。それでライブをコンスタントにでき、数十人の観客を集められる所までは、きた。でもまだまだやるべきことはたくさんある。CDを作成、販売し、それからもっと大きな場所でもライブをすること。これはアレンが常々口にしていることでもある。少なくともそれを達成するまでは、大手を振って帰るに値しないのではないか。アイナとリュウイチが誇りに思える自分になるまでは……。

 リュウジは早々と夕焼けに染まった街並みを一人歩く。ビルの狭間に除く空には、長く雲が棚引いていた。これを辿っていけば故郷に辿り着くのではないか、そんな妄想がリュウジの胸を苦しくした。


 そうしてよし屋に帰宅をすると、女将が一通の手紙を手渡した。リュウイチとアイナからの手紙であった。

 「さっきね、来てたみたい。よく手紙くれるわねえ。私もこの子たちに会ってみたいわ。リュウジの兄妹たちに。」女将はそう言って笑った。

 リュウジは懐かしい施設の名前の記された封筒を大事そうに胸に当て、部屋に上がってそっと開いた。一瞬、山で嗅いだキンモクセイの香りを感じたような気がした。そうしてまず出てきたのは、アイナの子供らしい字である。


りゅうじへ

きのうは食堂のクリスマスツリーにかざりをしたよ。いちばん上のほしと、高いところはみぞぶちさんとりゅういちがやってくれたよ。クリスマスはきらきらしてて、あいな大好き。

あいなはあさ、ぎゅうにゅうのんでるけどあんまりせがのびません。いつになったら2ばんめになれるかな。りゅうじはどうやって大きくなりましたか。こんど教えてください。

あいな


リュウジは思わず噴き出した。そして次には端正な字で、リュウイチからの手紙が続いていた。


竜司へ

元気ですか。ご飯はちゃんと食べていますか、体調は崩していませんか、周りの人たちとは巧くやっていますか。

そろそろ学校は冬休みです。竜司に会いたいと愛菜も僕も思っています。でもきっと竜司のことだから、もっとバンドで有名になったり自分のやりたいことを突き詰めてからじゃないと、会いにはきてくれないんじゃないかなって、何となく思ってもいます。そりゃあ、会いに来てくれたら凄く嬉しいけど。

竜司にはもう新しい世界があって、そこに僕らはいないということは十分にわかっているつもりなんだけれど、でもやっぱり竜司がいて、愛菜がいて、そして自分がいたあの頃が一番自分にとって大切な時間だったと痛感しています。自分や愛菜に手紙を送ってくれることは、だからとても嬉しいです。愛菜もとても喜んでいます。愛菜は学校で友達も出来て、体の小さいことを気にしてはいるけれど、風邪も引かないで元気だし、勉強はちょっと苦手みたいだけれど、でも、とても素直で明るい子です。竜司がよく知っているままの、お花の大好きな、可愛い子です。

リュウジのことをいつも二人で話します。アイナってああ見えてとても記憶力がいいんだ。リュウジとの思い出を逐一細かい所まで話すんだから。竜司がどんなふうに講堂でギターを弾いていたか、何の曲を弾いていたか、正直、僕も覚えてないようなことをあの子は話すよ。ああ、いつか三人でまた話したいな。ほんの少しの間だけでも。

隆一


 明日にも到着するであろうクリスマスプレゼントを、二人はどんなに驚き、喜んでくれるだろうと思うとリュウジの胸は躍った。今回は間に合わなかったが、いつかバンドでCDを出し、それを送ってやろう。どんなに二人は、職員は、きっと喜んでくれるであろう。リュウジはその様を胸に思い描きながら、ギターを手に新たなフレーズを奏で出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ