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UNITED  作者: maria
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 まだ幕の下りたステージの後ろで、アレンは何も言わずにリュウジの肩を叩いた。「大丈夫だ」とも「期待しているぞ」とも取れるその掌の重みに、とりあえずリュウジは安堵した。その時耳朶に「お前は俺が選んだんだ。教えたんだ。間違いはない。」というアレンの相変わらず独断的思い込みが、響いてきたような気がした。

 暗闇の中で、客席からのざわめきをバックに各自セッティングを終えると、四人は自ずと見つめ合った。

 ニッと笑ったアレンの「いくぞ。」という声とほぼ同時に、ヨシのスティックが落とされる。と同時に始まったアレンとリュウジとキョウヘイとのリフが、いつものスタジオでの空気を創り上げていく。

 --ただ一つ違うのは、その世界にぎっしりと埋まった観客が共存していること。

 リュウジは否応なしに鼓動を速め、一層自分の創り出した音楽の世界に没頭した。自ら作り出す以外には何の縁も持たず、気付けばこの世に誕生していた人間の不安と孤独とが、一音一音には確かに込められていた。今まで正視できなかった感情を、抉り出すように音にした。ギターが、音楽があるからこそ、自分の感情が形を得て観客の耳に届けられたのである。リュウジはそれで酷く心が救われるような気がした。アレンが命名したというDay of Salvationはだから、何かの天啓であるようにしか思えなかった。

 そもそもリュウジがアレンに誘われるまま、Day of Salvation以外にバンド活動の場を求めようともせずバンド活動をスタートさせたのは、アレンの強引さに負けたというよりも、どのような意図が込められているかは知らないが、このバンド名に拠るところが実は、大きい。無論そんなことはアレンにも、それ以外のメンバーにも口にしたことはなかったが、もっと自分の満足のいく曲が多く作られ、そしてそれを表現する場であるライブを重ねられたならば、告白しよう。そんな希望が、リュウジの心に密かに灯った。

 観客は初めて聴く曲とも思われぬ盛り上がりぶりで、彼らの世界に参入した。リュウジの創り出す絶望に慟哭し、そしてそこから脱そうとする勇気に同調し讃嘆した。リュウジは自らの生み出す音楽の世界に没頭しつつも、それをどこか不思議に眺める自分がいるのを感じていた。上京して来て明らかになった自分の特異、とも言える生育環境、すなわち人生を如実に表現した音楽にここまで賛同して貰えるとは思っていなかった。今、自分は異端、ではなかった。音楽が繋いだのである。音楽が、あらゆる個別的情況を捨象し、普遍へと導いたのである。--だからこのままいけば、自分は世界だって繋げる。

 アレンはメロディに乗せてがなりたてながらも、幸福そうにステージ中央で客を盛り立てている。彼の優れて美麗な容姿はステージ上で、更に輝きを増しているように思われた。キョウヘイもその隣で、激しくヘッドバンキングをしながら、しかし僅かなズレも許さぬベースラインを地平線にどこまでも長く長く敷いていく。ヨシは僅かな疲労も見せずに激しくも煌びやかなドラミングを繰り出している。リュウジの目の前では絶えず拳が上がる。歓喜の声が上がる。

 ――《UNITED》繋がった。そう、リュウジは確信した。生まれついた繋がりの無いリュウジにとっては、それは自身の存在を強固にする、生を肯定してくれる唯一無二の感情であった。

 もとよりDay of Salvationに与えられた時間は40分であった。そこで厳選された6曲を終えると、リュウジたちは温かくも惜しむ歓声に包まれながらステージを去った。


 「良かったな。」アレンが満足げに汗にまみれた額を、頬を拭う。

 「結構盛り上がってくれてたな。」

 「ああ、でもやっぱ荒くなっちまった。精進だな。」

 そんなことを三人で口々に言い合っている。リュウジはただ茫然とギターを抱えたまま立ち竦んでいた。

 「どうした、リュウジ。」アレンの優しい眼差しがリュウジを見上げる。

 リュウジは言葉を探す。何と言えばいいのだろう。この共振を。この連帯感を。

 「……ライブって、凄ぇな。」

 三人は噴き出した。

 「そうだな。俺らは何だかんだ、ライブやりたくてバンドやってんだと思うよ。別に曲作って自己満足するだけなら、パソコン向いてぽちぽちして、部屋でギター弾いてりゃいいんだからよ。でも、そういうのを目指してるんじゃあねえ。何ていうのかな……。」アレンは少し考え込んだ。

 「大勢で暴れるのって楽しいじゃん。」キョウヘイが大仰に笑った。

 「だよな。」ヨシもにっと乱杭歯を見せつけて笑う。

 リュウジは安堵の溜め息を吐いて、ギターケースを開けた。そっとそこに古びたギターを寝かす。思えばこれと出会ったことで、ここまで来たのだ。あんな所になぜ、誰が捨てたのだろう。それは自分に人生の歓びを齎すため。人生の意味を見出させるため。リュウジは見たことも無いかつての持ち主に額づきたい気持ちでいっぱいになった。


 その夜はイベントに出たバンドと共に、近くの居酒屋で朝までの飲み会となった。初顔であるのに加え優れた作曲センスとギターテクニックを披露したリュウジは、あらゆる面々に興味を持たれ、次々に質問を寄せられた。そうすれば自ずと、リュウジの特異な出生も明らかとなる。

 施設からこの春、中学卒業と共に上京して来た、という話は瞬く間に話題の中心となった。どんな生活を送ってきたのか、ギターはどうして手に入れたのか、音楽を聴ける環境はあったのか、さすがに親とのかかわりを聞こうとする者はないものの、どうして自分たちとは全く異なる環境で育った者が、こうして同じステージに立っているのか不思議でならないと言った風にリュウジは終始質問攻めであった。

 「……そういう経験が曲に生きてんのかなあ。」とあるバンドのボーカリストがぼそりと呟いた。

 「いや、さあ、なんかDay of Salvationって曲総取っ換えして、全然良くなったじゃん。」

 「たしかに……、曲総取っ換えなんて聞いたことねえよな。随分思い切ったことやんなあ、なんて思ってたらこんな秘密兵器がいんだもんなあ。アレンってマジでついてる野郎だよなあ。」

 「だろう?」

 そしてアレンはなぜだか得意気に、自分が楽器屋でリュウジのギターを聴き、その場で即座に才能を見抜いたのだと力説する。

 リュウジは肩を聳てて静かに目の前のウーロン茶を啜った。酒の飲めぬのはリュウジ一人で、いつか自分もビールだの焼酎だのを呑んで、あんな風に陽気になってみたいものだと思う。そうすればこんな窮屈な思いをしなくとも済むのかもしれないと思った。

 「俺にはわかったんだ。こいつが秘めている才能っていうのをよお! だからバンバンギター弾かせて、曲書かせて、そしてCD出して、いっぱい売って、……。」酒臭い息を吐きながら、アレンは突然ばたり、と倒れた。

 「おい、大丈夫か。」リュウジが恐る恐る顔を覗き込むと、

 「これからも最強の曲を、頼むな。お前にDay of Salvationは全部、任せた。」そう言い放つと寝てしまった。

 アレンは大口を開けたまま、酷い鼾をかいている。リュウジは酒とは大変な飲み物であると思う。

 「俺、二十歳んなっても酒飲むの、やめようかな。」

 「まあ、その方が懸命だな。」呆れ果てたとでも言うようにヨシがぼそりと呟いて、イカの燻製を頬張る。ほんの数杯で顔を真っ赤にしている所を見ると、ヨシもどうやら酒は不得手なようである。

 「酒って旨い?」

 「ライブの出来による。」ヨシは更にホタテのヒモを咥えて、千切った。

 「今日はどうだ?」

 「旨い。……多分このバンド始まって以来、一番旨いな。」

 リュウジは口許を引き結び、笑った。それは最高の褒め言葉だ。鼾をかいて寝そべっているアレンもきっと同じような気分なのであろう。そう思えば、一層もっと人の胸を打つ曲を作ろうと意欲が湧いてくるのであった。

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