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UNITED  作者: maria
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 リュウジは昼の準備を終えると、店主と女将に頭を下げ、ギターとエフェクターボードを持って家を出た。

 秋らしい、空気の爽やかな晴れの日であった。

 リュウジはこの日を必ずや覚えておこうと、物珍し気に街並みを眺めながら駅まで歩き、そして電車に乗った。

 ライブハウスの場所まではよし屋から三十分足らずである。アレン曰く、メタルバンドを得意とするハコで、PAの力量も申し分なく、初めて出るには最も適切であるということであった。


 一歩足を踏み入れると、既に対バン相手がリハーサルを行っている最中であり、メンバーは店長への挨拶を済ませるととそのまま楽屋で機材の準備をして待機し、順番を待つことになった。

 リュウジは準備もそこそこに、ステージの袖で前バンドのリハーサルの様子をじっと見ていた。今日のヘッドライナーを務める、四人構成のベテランバンドである。落ち着いた風にまずはドラムから音を出し、続いてベースはエフェクターごとに数種類、それから同じようにギター、最後にボーカルがグロウル、シャウトを織り交ぜてPAとやりとりをしていた。

 「ああやってやるんか……。」

 一番年下のリュウジに、アレンもヨシもキョウヘイも微笑まし気に笑いながら近づき、ライブの手順を教えた。

 「そうそう。だからお前はリフ用、ソロ用、それからアルペジオ用のクリアトーンもあったか、それを順番に鳴らして適当に弾いてって、そしたらあの一番後ろにいるPAさんがOK出してくれっから。後はアンプのツマミを覚えておきゃあ、大丈夫。お前のはマーシャル2000で頼んどいたし、スタジオでやってんのと何ら変わんねえよ。」

 「そっか。」と答えてみたものの、やはり広々とした客席を目の前にした場所はスタジオとは異なる。

 「今日の俺らの客数は30ちょっとか。まあ、最初にしては上々だろ。でもな、これからもっとデカくして、CDも出して、全国あっちこっち回る。その最初が、今日だ。」

 アレンの声をリュウジはどこか遠いもののように聴いていた。


 ――とかく、自分はここまでやって来たのだ。

 何の因果かゴミ捨て場でギターを拾って、ギターが好きになり、毎日のように弾きまくった。高校受験も辞し、さんざ我儘を言って縁にも恵まれ、とにもかくにも上京を果たし、そしてバンドのメンバーと邂逅することができ、遂にライブを行えるまで来たのだ。それは一つ一つ全てが奇跡の積み重ねであるような気がした。しかし自分の曲を、ギターを、多くの人々に聞いて貰えるのは心躍る反面、恐怖にも似た感情を伴った。

 自分はアレンのように恵まれた環境にいた訳ではないから、音作りも作曲方法も上京してから学んだと言って過言ではない。それに施設にいた頃はCDなんて高価なものは一枚とても買えないものだから、よく職員の使っているパソコンであれこれバンドのライブ映像やらミュージックビデオを観ていただけであり、それ程多くのバンドを知っている訳でもない。ギターを弾く時間だけはあったから、やたら弾いてはいたもののアンプも持っていなかった自分は、エレキギターであるのに生音でしか練習できなかった。

 アレンは「あれこれ聞いているのが偉いっつう訳じゃねえ、逆に色々聴いてると無意識の内にパクっちまうこともあるしな。それに、どんないい機材持ってても、機材が曲を作ってくれる訳じゃねえんだから、機材があるから偉いんじゃねえよ。」と慰めてくれた。

 そんなことを漠然と思い起こしている内に、やがてDay of Salvationの出番がやって来た。リュウジはいよいよ初のステージに踏み出していく。

 とはいえリハーサルの客席は無論空であり、奥のドリンクコーナーで数人の店員が準備のためにいそいそと働いているだけであったが、やはりスタジオとはまるで違っていた。その広がり、高さ――。

 リュウジは早々とアンプの前にしゃがみ込むとエフェクターボードを設置し、手早く準備を済ませると、アンプのスイッチを入れた。PAから挨拶が入り、まずはヨシがバスドラムを踏みしだき、タム回し、スネア、金物のチェックを行う。次はキョウヘイ。キョウヘイはギター陣を差し置いて一番エフェクターの数が多い。人一倍音作りには気遣っているので、チェックもやはり入念であった。そしてリュウジである。まずはリフを刻むとすぐにPAはOKを出した。それからソロを数種類弾き、やはりすべてにOKを貰うとアレンに譲った。

 アレンはマイクに向かってシャウト、グロウル、スクリーム、ガテラルを出していき、やはりOKを貰うと、曲を数小節ずつ次々に合わせていき、各パートから聞こえてくるモニターからの音量をあれこれ注文すると、リハーサルは終了となった。リュウジは深々と溜め息を吐いて、急いで機材を撤収させていった。


 「いよいよだな。初お披露目。」アレンが楽屋でギターをケースにしまいながら言った。

 「アレンは誰か、呼んでるの?」

 「ああ、昔のバンド仲間が来るよ。ギター新しいの加入して入れたって言ったら興味津々で来てえっていうからさ。」

 「そうそう。今までどっかでバンドやったことのない、完璧新顔だっつったら、バンド界隈は結構興味持つよな。どっから引っ張って来たのかって。」キョウヘイもそう言って肯く。

 「そう、……なのか。」リュウジはごくりと生唾を飲み込んだ。

 「まあ、でもいつもの通りやれば大丈夫だから。何お前あがり症なの?」アレンが面白そうにリュウジの肩を叩く。

 「……あがり症じゃあ、ねえとは思う。でもライブをやったことはねえ。」

 「たしかに。」ヨシは生真面目に肯いた。

 「じゃ、今緊張してるか?」アレンは更に尋ねた。

 「ううん、多分緊張はしてねえ。ただ、……実際始まったらどんな感じなんかなあって、色々細かく想像巡らしてる、だけだ。」

 「イメトレっつうやつだな。いいな、俺もやろう。」

 リュウジの隣でアレンが目を閉じ、何やらぶつぶつと呟き始める。

 「変わってんなあ。」とは言葉にはしないものの、度々リュウジがアレンに対して抱く感情である。とてつもない金持ちに生まれるとこうなるのか、それともハーフとして二つの国の価値観を併合させるとこうなるのか、そんなことを思った。


 そうこうしている内にそう広くはない楽屋には次々と他のバンドが現れ、簡単に新入りのリュウジの紹介がなされていった。

 アレンが、「まあ、メタルバンドなんざ限られた人間しかやらねえからな。」と言ったように、メタルイベントと銘打てば、同じような面々が集まるのは自然の理であるようである。リュウジは自分もこういう世界で生きて行くのか、と自分の行き先を垣間見たような気になった。


 そしていよいよ客が入り始め、本日7バンド中最初のバンドが始まる。ボーカルはハイトーンが伸びやかで、リュウジが加入する前のDay of Salvationの曲調にも似ていた。客席を見遣ると、既になかなかの客入りである。

 アレンによれば、多分これから自分たちの出番までにはもっと入るとのことで、リュウジは何だかこそばゆいような気になった。

 かつて夜遅くまで弾くな、うるさいと言われ、それでもと自己満足だけで弾き続けて来たギターが、これだけのたくさんの人々の前で披露でき、そして運が良ければ誰かの心を動かすことがあるかもしれぬと思えば、胸は躍った。ますますあの時、講堂で毎夜のように聴いてくれていたリュウイチとアイナに会いたかった。会って、今日のこの出発の日を一緒に祝って貰いたかった。

 そうして最初のバンドが終わり、次のバンドの出番が始まり、終わっていく。リュウジは二人の姿を胸にはっきりと思い抱きながら、一人楽屋で出番を焦燥しながら待っていた。


 ライブハウスなんぞ東京には星の数程あるのに相違ない。そこに立つというのも、世間から見れば特筆すべきものでも何でもないのに相違ない。それを十分に了解しつつも、今まで一人で、いわば自己満足だけで弾いていたギターが客を迎え、ステージでライトを浴びながら弾けるということにやはり新たな一歩を踏み出した感を覚えるのであった。

 ――そしてDay of Salvationの出番が来た。

 リュウジはアレンに促され、未だ幕の下りたステージへと立った。否、自分だけではなかった。何だかんだと自分の世話をしてくれていたリュウイチ、実の妹もかくやとばかり甘えん坊なアイナ、それから親代わりに自分を育んでくれた施設の職員たち、そして不意に蘇って来た父と母……。彼らと共にリュウジは、立った。

 自分は点としてここに立っているのではなかった。自分が産まれるべき奇跡が重なり、そして支えられて今日まで来た。リュウジは静まり返った湖の如く、さざ波一つ立たぬ心でもってステージに立った。

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