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UNITED  作者: maria
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 「そろそろライブやろう。」

 そうアレンが言ったのは、リュウジが退院してからちょうど一か月後のことであった。

 

 リュウジは退院後、ほぼ通院の必要もなくなり、毎晩店の手伝いを一通り終えると、夜中にバンドメンバーと共にスタジオに入っていた。そのまま明け方近くまで練習に励み、帰って来て一寝入りをしてからランチの仕込みを手伝うというのが、リュウジの日常であった。

 「曲も、だいぶ溜まって来たしな。」

 「いつやるんだ?」リュウジは頬を紅潮させて訊ねた。まだライブ経験のないのはメンバーの中ではリュウジ一人であった。

 「……そうだなあ、来月か再来月ぐらい、かな。」アレンは考えながら言った。

 「どこで?」目をギラギラさせて、リュウジは矢継ぎ早に質問を繰り返す。

 「まあ、今まで出た所でもいいし、新しく開拓してもいいし。……そうだなあ、リュウジはどこに出たい? 今まで出てえなって思ったハコとか、ある?」

 「俺、ライブハウス行ったこと、ねえ。」

 「え。」三人は声を合わせて言った。

 「いやいやいや、演じる側じゃなくって客で、だぞ?」ヨシが恐る恐る尋ねた。

 「だから、ねえって。」

 「マジか!」

 期せず、再びアレンとヨシ、キョウヘイの声が重なった。

 「お前、そんだけギターやっててどういう暮らししてたら、ライブ一本も行ったことねえってなんだよ。」アレンが指を震わせて言った。

 「だって俺が上京して来たのはこの四月だろ。それまでは山ん中に住んでたんだよ。前も言ったろ? タヌキやイタチはいるけど、ライブハウスなんてひっとつもねえところだ。」

 三人は唖然としてリュウジを見つめた。

 「もし、さ、ライブハウスがあったとしたってチケットなんて買えねえから。施設じゃあ中学生の小遣いは月千円。ギターの弦切っちまったら、その月は何も買えねえよ。なのに今はバイトして給料もらえて、好きなもの買えるからいい身分だよなあ。」

 そんなことをしみじみと言われ、アレンはぽっかりと口を開けた。

 「……じゃ、じゃあ、俺らでライブハウスは検討してみっから。今日作ったデモ音源送って、こんな感じなんでブッキングお願いいますって。多分メタル、……メロデスの対バンとかになると思うけど。いいか。」アレンは恐る恐るリュウジに尋ねた。

 「ああ、いい。頼んだ。」そうリュウジは明るく言って、「楽しみだなあ。遂にライブか。」大きく伸びをした。

 三人はリュウイチの顔を見詰め、それから心配そうに顔を見合わせた。


 そしてようやくリュウジ加入以来初となる、ライブが行われることとなった。

 暫くDay of Salvationとしてのライブの期間が開いていたが、ホームページやSNSを通じて告知をしたこともあり、客入りはまずまずであった。

 一抹の不安を感じていたノルマ分もすぐに売れ、次のスタジオ代分が十分に賄える程であった。これを重ねていけば、ゆくゆくは地方にツアーにも行けるようになるとアレンに言われ、リュウジは更に期待を募らせた。

 アレンはこのライブまでにリハを重ねることは勿論、リュウジを連れて、幾つかのメタルバンドのライブに行った。リュウジは初めて見る観客のモッシュやウォールブデスに目を白黒させていたが、自分の立つ場がどういう場であるのか、明確に視覚化されたようではあった。

 アレンは、ステージングの重要性を説き、スタジオでもリュウジにヘッドバンキングをさせたり、モニターに足を乗せて弾かせたり、様々ライブに向けての「魅せる」練習をさせた。更にリュウジはアレン行きつけの楽器屋に暫く入り浸って多種多様なエフェクターを試し、あのような爆音でも自分の理想とする音を出せるものはどれかと、音作りにも試行錯誤を繰り返していった。

 リュウジのために何度も事細かにリハを繰り返し、そしていよいよライブ当日を迎えることとなった。しかしリュウジは昼前まではいつも通り店に立ち、忙しくなる昼時の準備を店主と共に行っていた。

 「お前、大丈夫なのかよ。今日はライブなんだろ。」店主は、自慢のヒレ肉に下ごしらえを加えながら、思い立ったように言った。

 「はい。だから、夜はちっと、休ませて貰います。すんません。」

 「まあ、今夜は予約もねえし、そんなのはどうでもいいんだけどよ……。初のお披露目だっつうのに行けなくって悪いな。」

 リュウジは驚いて洗い物の手を止めた。「い、いい、いいですよ、そんな。」

 「いやあ、でもリュウジの初舞台だろう。観ておきたかったんだけどなあ。」

 「でも俺らの、うるせえメタルですから。つうか、そん中でもドマイナージャンルのデスメタルですから。」

 「そうか、でもリュウジがステージで、でっけえ音でギター弾いてるんだろう。今度店休みにして行こうな。おい。」

 裏にいた女将にそう大声で宣った。

 「そうだよ! 今度行くからね!」

 リュウジは口許をぎゅっと噤んで笑みを堪えた。

 みんなが自分の音楽活動を喜んでくれるのが、嬉しかった。ちょうどその前日には、アイナからも手紙が届いていたのである。


リュウジへ

らいぶやるのね。お客さんいっぱい来るといいね。リュウジはギター上手だから、きっといっぱいお客さん来るよ。だってアイナも行きたいもん。今、とってもリュウジのギターがききたいです。リュウジがいたころは、こうどうで毎日夜聞いてた。おもしろかったな。おにぎりもたべたね。おいしかったね。

リュウジが東京行っちゃってさびしかったけれど、アイナはリュウジにもらったかばんと、いつもいっしょにねてるし、リュウイチともよくリュウジのお話します。だから遠くにいてもずっといっしょのきもちです。またね。

アイナ


 リュウジの脳裏には、古びた講堂で夜な夜なギターを弾いていたことがまざまざと思い浮かんだ。よくぞ飽きずに毎晩アイナは傍にいてくれたものだ。寒い日にはコートをきっちり着込み、ぐるぐるとマフラーを巻いてまで、来てくれていた。思えばアイナが自分の最初のお客さんだったのかもしれない。そんなことを思うと、リュウジは不思議と出たくて出たくて仕様のなかったあの施設に、一日だけでも戻りたいような気さえした。今度休みをもらってリュウイチとアイナに逢いに行こうか。そんなことも考えた。

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