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UNITED  作者: maria
18/61

18

 リュウジは味気ない天井を見上げながら、火傷の痛みに改めて顔を顰めると共に、その痛みから蘇って来た記憶について考えた。

 施設長に記憶が蘇って来たことを言ったら、事実を教えてくれないだろうか。でもそれには火傷のことも言わなければならないし、常々自分の落ち着きのなさを指導していた施設長のこと、成長のなさに落胆し、それから店主や女将に対しいつもの口調でくどくどと謝罪を述べに来ると思えば、なかなか積極的にもなれないのである。


 それにしても、とんだことをしてしまった。店主はどんなに驚き、落胆していることであろう。もしかするとこんな落ち着きのない人間は、危なっかしくて置いていけないと、クビにすることを考えているかもしれない。

 でもそれは致し方のないことに思われた。

 女将は女であるから情け、というものが発達していて自分のことを庇ってはいたが、店主は男一人で店を立ち上げ、やってきた一角の人物なのである。それに対するプライドもあれば厳しさも有しているであろう。だからもしクビになったら、

 ――どこか東京で住み込みで働ける場所を探して、ここを紹介してくれた施設長にはきちんと一度頭を下げに行こう。でも施設には帰らない。帰れない。まだ自分はバンドマンとして何もしていないのだから。リュウジはそんなことを思いながら、うつらうつらと再び夢の世界へと誘われて行った。

 とはいえ背中の痛みが引くわけではない。

 浅い眠りに入ったかと思えば、その熱さとも痛みとも言えない感覚に目覚めざるを得ない。それから夜中も何度か点滴の交換で目を覚まし、なぜだかやけに喉が渇くので、とうとうほとんど眠れもせぬまま朝を迎えることとなった。部屋が明るくなり、そして廊下から台車が運ばれてくる音がし、目の前に朝食が並べられ、遂に朝が来たことを実感させられた。

 「こちら食べ終えたら、お薬もきちんと飲んで下さいね。こちら、傷から黴菌が入ってしまわないための、大事なお薬ですから。」

 リュウジは幾分腫れた目をしながら、それでも出された食事を完食した。そして言われた通りに薬を飲み終えると、「リュウジ」とカーテンが捲られ、店主と女将が顔を出した。

 「お、親父さん。女将さん。」

 「具合はどうだ。」店主は眉根を寄せて言った。

 「い、いいです。全然いいです。」声は上ずって、緊張感をあからさまに提示した。

 「そっか。昨日は来れなくて済まなかったな。腕冷やしてから見舞行こうと思ったら、店の準備しとけって、こいつから電話掛かって来たもんだから。何でだよって言ったけど、リュウジがそうしろって言ってんだからって。」

 リュウジは頭を必死に巡らす。「親父さん、腕は?」

 「全然だよ。お前がふっ飛ばしてくれたおかげで、本当に何ともねえ。咄嗟の判断で俺のこと庇ってくれたのは嬉しいが、その分お前がこんなになっちまって。本当に申し訳ねえことした。」

 「否、自分が悪いんです。面倒くさがって。鍋片手で取ろうとしたから……。そんでこんな大惨事になっちまって。挙げ句の果てにこうして親父さんや女将さんにも心配かけちまって。俺、これでクビにされてもしょうがねえって、ずっと思ってて……、」リュウジは目頭を覆った。

 「何言ってんだ。」親父は頓狂な声を上げた。

 「まだまだ手伝って貰わないと。こんないい男、頼まれたって他にはやらねえよ。」女将も慌てて続ける。「リュウジ、あんたはね、うちの……」子ども、と言おうとしてくれたのかもしれない、という愛情がその声の底にはたしかに流れていた。「大切な、家族じゃないか。」

 リュウジははっとなった。

 目の奥がじんわりと熱くなり、喉の奥がごつごつと痛んだ。リュウジは何度も瞬きをして視界が滲み出しそうになるのを必死に堪えた。

 「……済みません。まだ全然仕事も覚えられてねえのに、こんな騒ぎ起こしちまって。」

 「なあに、大したことなくてよかったよ。これで二度と厨房立てねえっていうんなら、大事だったけど、たった一週間やそこらじっと寝てりゃあ治るって言ってんだからさ。お客さんもいつもの元気坊主がいねえって、がっかりしてらあ。早く怪我治して、また元気に働いてくれよ。」親父はそう言って厚みのある掌で、ぐいぐいとリュウジの頭を抑えた。「じゃあ、これから昼飯の準備入るから、これで、帰るな。何か欲しいもの、あるか。」

 「いえ、そんな。」

 親父はちら、とサイドテーブルに載った朝食の皿を眺め、「こーんな朝飯じゃ足りねえだろ、よし、明日からは俺が持って来てやる。」と笑った。

 「そりゃ、いいね。」女将もにっと微笑む。

 「お前の好きなうちのヒレの上と、それからお前の好きなわかめの味噌汁、水筒にでも入れて持ってきてやるから。」

 「マジすか!」

 「ああ、そうだ。だから早く治しな。」

 「そうそう、こんな、入院なんてことになって、施設長さんに報告しなきゃって言ったら、治った頃自分で言うからいいって、言うんだよ。どうする? あんた。」女将が困惑した顔つきで店主を見詰める。

 「しょうがねえなあ。……まあ、でも、仕事初めてすぐにヘマやっちまったっていうのは、男としてはあんま言いたくねえもんだ。笑い話にできるようなったら、自分で言ったらいいだろ。そんな大した怪我じゃねえんだからよ。」

 「ありがとう。」リュウジは苦笑を漏らす。

 「じゃあ、しっかりやんな。」

 リュウジは額に店主の温かく大きな手を感じていた。いつかこの手に報いられるよう、そんな大人になれるよう、リュウジは心密かに祈った。


 その日の昼過ぎであった。再びカーテンが捲られた。そこからぬっと顔を出したのは、心配そうな顔をしたアレンであった。

 「アレン……。」

 「リュウジ! 大丈夫か、お前……。」点滴とリュウジの顔を交互に見ながら、アレンは色白な顔を一層白くして屈みこんだ。

 「痛いのか?」

 「まあ、痛いっちゃ、痛いけど。何で?」アレンには言っていなかったのである。

 「お前んちに昼飯食いに行ったら、親父さんと女将さんがお前が油鍋被って入院しちまったって言うんで、慌てて来たんだよ。」

 「大したことじゃねえよ。」

 「大したことじゃねえか! こんなモンぶら下げて。」と言って点滴を見上げる。「こんな所で寝やがって。」と言ってリュウジを見下ろす。

 「まあ、ヘマやっちまって、こんなことに。」

 「ああ、聞いたよ。でもよかった。一週間ぐらいで退院は出来るんだろ? 腕は何でもないんだよな?」

 リュウジは何の心配もない両腕を布団からぬっと突き出して見せた。

 「この通りだ。でも、ここは六人部屋だからギターは弾けねえんだ。」

 「マジで?」アレンは顔を顰め、「個室取ってやろうか?」と囁く。

 「い、いいよ、いいよ、つうか絶対やめろよな、そんなこと。」

 「そうか?」不満げにアレンは周囲を見詰めた。

 一応アレンはそのリュウジの希望を尊重してはくれたものの、毎日のようにやって来て、何だかわからないが今までリュウジが見たことさえない高級そうな果物だの、有名店の牛肉弁当だの、それから新しいのを買うからこれで音楽を聴け、とアレンが使っていたというこれもまた高価そうなヘッドホンとiPodもくれた。

 あまりに次々と差し入れを持ってくるので、遂にリュウジは「何かお前、俺を貧乏人だと思ってか色々くれるけど、俺は別に何も欲しくねえかんな。」と言ったが、アレンは平然と、「俺は誰それ構わずくれてんじゃねえ。お前にくれてやったらいい曲作ってくるだろ。だからくれてんだ。まあ、曲と物々交換してるってことだな。平等だ。」と何故だか威張って言い張るのだった。

 アレンとの関係はそういうものであった。確かに音楽理論云々を教えて貰ったことは、リュウジにとっても人生を変える程の衝撃があったと言わざるを得ないものであったが、年上ということもあり、何かにつけてアレンはリュウジの面倒を見たがったり、ものをくれたがったりするのである。

 「リュウイチと似てるな。」とリュウジはふと思った。

 「誰だ、そいつ。」

 「ん? ずっと施設で一緒に育ってきた、……そうだな、兄弟みたいな感じ。同級生だけど。」

 「へえ。何かいいな、そういうの。」

 リュウジはリュウイチの姿を思い浮かべる。真面目で勉強好きで、そしていつでも頼りがいのあるリュウイチを……。

 それにしてもどうにも自分は頼りないためか、どこにいても面倒を見てくれる人が現れる。それは店主も女将もそうであるし、アレンもそうなのだ。これは自分がもう少ししっかりしないといけない、という天啓かもしれないとは思うものの、そうそう性格が早急に変わる訳もなく、相変わらずアレンはリュウジの世話を焼き続け、今日に至ってはリュウジの入院用のパジャマとしてChildren of BodomのTシャツと、Kalmahのパーカーを持ってきてくれた。もう退院は間近なのだから、と言ってもアレンは見舞だから、と言い張り持ち帰ろうとはしない。お陰でベッド付近には来た時とは比較にならぬぐらい物に溢れていくのであった。

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