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UNITED  作者: maria
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 早速添付されていた曲のデータを開くと、ロックともヘヴィメタルとも言えるようなジャンルで、アレンが作った曲であるようだった。

 なかなかいいじゃん、とメッセージを送ると、アレンは「俺のはもう飽きた」と、本心か冗談かわからぬようなことを言ってのけた挙げ句、リュウジに早々に自宅のレコーディングルームに来るよう、頻りに説き伏せた。

 バイトがあるから、と言っても夜中でも早朝でもいいから、とアレンはなかなか意見を曲げようとはしない。リュウジは仕方なくスタジオに入る前にアレンの家へ行くことになった。


 アレンの家は豪邸そのものであった。

 広々とした芝の庭に、これまた大きな煉瓦造りの洋館が建っている。表札を見るまで、ここは結婚式場ではないかとリュウジは訝った程である。でもさすがにこんな家にアレンが住んでいる訳がないと勝手に思い込み、電話を掛けると大腕振ったアレンが豪邸から出てきて、リュウジは驚嘆した。

 「なあ、近いだろ? すぐ傍だったろ?」

 アレンに半ば強引に促されて玄関を入ると、見たことのない大きな絵画に、女神のような彫刻が飾られ、リュウジは圧倒されると共に手土産の一つも持ってこなかったことを後悔した。が、アレンはそんなことは全く気にすることもなく、レコーディングルームとやらに案内した。


 ずらりと並んだギターに各種アンプ、見たことのないレコーディング用の機材、ドラムセットにピアノまで用意してあるそこが、どうして家の中にあるのかリュウジは全く見当もつかなかった。アレンは、好きなのを取って、とギターをリュウジに弾かせ、懇切丁寧に一からリュウジに曲の作り方を教え、しきりに作曲を勧めた。その熱心さはまるで、リュウジの奥底に眠っている才能を確信しているようでもあった。


 リュウジはなかなか楽しい経験であったこともあり、それからも度々アレンの家に通った。

 店主に頼んで、手土産にカツを揚げて貰ったのを持って行くと、アレンは頗る絶賛し、今度店にも行くからと約束をしたかと思いきや、その晩、リュウジを送って行くとの名目で店にやって来て、晩飯を食べていったこともあった。

 ともかくアレンは、年下のリュウジに作曲をさせようと苦心し続けた。しかしアレンの期待は決して裏切られることはなかったのである。今まで音楽理論を知らなかったリュウジは、自分の思いを曲に表現する術を手に入れ、それを武器に溢れ出すように多くの曲を生み出すことができるようになった。

 それはアレンの想像していた以上の出来で、アレンはもう自分の曲はやらなくていいと、リュウジの曲ばかりを完成させることに心血を注いだ。それは必ずしもリーダーの独断という訳ではなかった。スタジオでのバンド練習も始まっていたが、アレンと付き合いの深い、ベースのヨシ、ドラムのキョウヘイもこの新たなメンバーの持ってきた曲に魅入られ、新曲をいつしか心待ちにするようになった。リュウジはバンドの核たる存在へとなっていったのである。


 「リュウジはさ、上京する前はどこに住んでたの。」練習後に自ずとそんな話になることも、珍しくはなかった。

 「M県の山ん中。」

 「へえ、でもよく中学出ると同時に上京するなんて、親も許したもんだなあ。」ヨシがしみじみと腕組みをしながら呟く。

 「親はいねえよ。」

 「え。」ヨシは目を丸くする。

 「俺、施設で育ったんだよ。親は……、どこにいるんだかいねえんだか、何も聞いてねえんだよ。普通は高校出るタイミングで教わるみてえなんだけど、俺、中学出ると同時に出てきちゃったから。いつか、教えて貰えんのかなあ……。」

 三人は目を瞬かせた。

 「え、お、お、お前、ず、ずっと、施設で育ったの?」アレンはどもりながら言った。

 「そう。一歳から、その、児童養護施設に隣接してる、乳児院っていうの? まずはそこに入って。それから中学出るまではずっと施設。」

 三人は合わせたように同時に溜め息を吐いた。

 「その、……飯とかちゃんと食わせて貰えてた?」キョウヘイが眉根を顰めて尋ねた。

 「あったりめえじゃん! たまに議員の人とか偉い人が視察に来たりするし、職員さんもみんな優しいしな。担当者も付いてて、何でも相談できんだ。まあ、でも好きなもの食わして貰えるってことは、なかったかな。まあ、朝昼晩給食って感じだよ。でも、不味くはなかったよ、好きな食いモンもいっぱいあったし。デザートもな、週に一回ぐらい食えた。」

 「え、でもギターは? 買って貰えたの?」ヨシが尋ねる。

 「それがさ!」リュウジは意気揚々と声を高くした。「中学の近くのごみ捨て場に捨てられてたの! 弾けるかなあって思って楽器屋持ってったら、ネック反りもねえし、フレットも擦れもねえし、弦さえ張り替えれば弾けるよって言われて。ああ、小遣いってのが一応あるんだ。月千円。それで弦とか教本とか買って、ずっとギター弾いてた。」

 「ひ、ひ、拾ったギターだったんか、これ。」アレンは目を丸くしてリュウジのギターを凝視した。

 「ああ、前の人あんまり弾いてなかったんじゃねえかなって、楽器屋さん言ってたな。ま、とにかくラッキーだったよラッキー。だってネック反りありますとかって言われても、あの時メンテ代はさすがに持ってなかったかんなー。」

 「ラッキー、か……。」アレンは疲弊したようにぼそりと繰り返す。

 

 夜中にスタジオでの練習を終え、リュウジの帰途に着く後姿を見守りながら、三人は自然とリュウジの話になった。

 もちろん三人ともリュウジの才能も、それから裏表のない、あっけらかんとした性格も愛している。突然アレンがリュウジを連れてきた時は驚きこそすれ、リュウジのギターを聴き、それから暫く話をしている内に、アレンの決断に喝采を送ったものだ。

 しかし親もなく施設で育ったとは、とてもではないが思われなかった。親の愛情を一心に受けて来たような、そんな暖かみを彼等全員がリュウジから感じていたのである。

 「あいつ、大変な環境で育ってきたんだなあ。」ヨシがしみじみと言った。

 「アレンは知ってたの?」

 「否、知らねえ。」と言い、茫然と考え込んでいる。

 アレンは裕福な家に生まれ育ち、何不自由なく育った。両親の仲も頗る良好でケンカしている様子なんぞ一度だって見たことがないし、兄や姉も全員優秀で名のある大学を出て、医師、弁護士、大学教授とそれぞれがそうそうたる職に就いている。

 自分だけが勉強嫌いで、何が何でも大学だけは行きたくないと駄々をこね、そこだけは親兄弟挙って文句を言い募ったものの、結局我を押し通したら今では気前よく応援をしてくれている。

 父親が経営している内の一つの小さなバーの、名ばかり経営者として収入は確保され、モデルの仕事も定期的にあり、家に帰れば毎日豪勢な食事が待っている。家政婦は頗る有能で、料理も掃除も常に完璧だ。

 そんなアレンにとってみれば、親も家もなく、そればかりかあれだけの腕を持つギターもゴミ捨て場から拾って来たことがきっかけであるなど、信じられないことであった。と同時に、酷く興味を惹かれていった。そんな状況に生きてきた人間が何を考え、何を思うのか、もっと知りたいという欲求が一気に溢れ出してきた。

 いよいよアレンはリュウジの曲を心待ちにするようになった。作曲で悩んでいるのだと聞けば、いつでも快く家に呼んで一緒に作曲し、バンドでデモのレコーディングにも勤しんだ。

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