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UNITED  作者: maria
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 リュウジが施設を出て、一週間もするとアイナは久方ぶりの歓声を上げた。

 リュウジが出立したその晩に書いた手紙の返事が、来たのである。

 アイナは職員から手渡された花柄の封筒にリュウイチの名が記されているのを見るなり、飛び上がった。そして職員たちの見守る中、食堂で丹念に封を開けると、中の花柄の便箋を取り出してじっと読み始めた。


あいなへ

 東京でのくらしが始まりました。いろいろしんぱいしてくれて、ありがとう。おれは元気です。

 まいにち、お客さんにおいしいご飯を作るお手伝いをしています。といっても、まだお皿を洗ったり、もりつけを教えてもらったり、だけど。お店のてんちょうさんはとても優しい人で、おれのために部屋も用意してくれていて、そこはとても住みごこちが良いです。そして、バイト以外ではそっちにいた時とおなじように、まいにちギターをひいています。

 アイナも勉強がんばってる? お花やさんになるにも、算数とか、国語とか、たいせつだと思うよ。たいへんだけど、がんばれ。

 おれもね、そっちにいた時は、リュウイチとアイナだけがおれのお客さんだったけれど、これからはもっともっとたくさんの人にきかせられるように、頑張ります。だからアイナも頑張れよ。また、手紙かくね。

リュウジ


 「元気、そうだな。」施設長はほっと安堵の笑みを漏らしながら言った。

 「とりあえずバイトも順調にやってるみたいね。」溝渕がそう言ってアイナに微笑みかける。

 「吉村さんにご迷惑かけてないか、こっちからも電話してみないとな。」リュウジの担当をしていた職員もそう言って、にっと笑みを浮かべた。「リュウジは大丈夫だって言っても、吉村さんから見たら、とんでもないってことも十分あり得るからなあ。」

 アイナは満足げに手紙を丁寧に折り畳んで持ち帰ると、大事に部屋の壁に張り、暫く嬉し気に眺めていた。

 その後帰って来たリュウイチにもアイナは手紙を携えて見せてやった。リュウイチも手紙を見て安堵する。

 これからも、皆から愛され、夢を追い求めて行ってくれれば……。いつか会いに行こう。高校を出て、奨学金を取って東京の医学部のある大学に行き、そして、医者になれればリュウジもアイナも呼んで、また皆で暮らすことができるのではないか。リュウイチはそんな希望に胸を温かくした。


 リュウジは十数年に及ぶ施設での暮らしに、特に不満を抱いたことはなかった。物心ついてからそこしか知らない、というのもあるが、職員は皆リュウジに対して親切かつ愛情をもって接してくれたので、彼らが保護者代わりということに一切の不満を抱いたことはなかったのである。

 しかしそれでもリュウジは吉村宅において、愛情というのを思い知らされることが多々あった。

 まず、店主と女将は夕飯にリュウジの好物をよく作ってくれた。「何が好きなの」、そう直接的に聞かれることもあれば、リュウジが美味しい美味しいと言って食べたメニューをまた翌日出してくれることもあった。夕飯のメニューが自分の好みで決定されるなぞ、食堂での決まった食事しか経験したことのないリュウジにとっては、初めてのことであり、大層驚かざるを得なかった。

 それに、リュウジにはバイトの給料以外にも、服だの鞄だの、普段の生活に必要と思われる私物もプレゼントと称して与えられることが少なくなかった。施設にいた時にも、篤志家からの贈り物はあった(店が潰れるというので、処分するより良いであろうと商品をそのまま贈答されることもあったが)。しかしそれはリュウジに与えられるというよりは、施設に入っている子どもたち全員に与えられるものなのであって、リュウジの趣味などというものを考慮したものは皆無、であった。

 しかし店主と女将は、リュウジの「好き」を何かにつけて聞いてくる。それはリュウジにとって意識したことがなかったのも多く、それゆえ答えに窮することも少なくなかった。

 勿論ギターは好きである。音楽も、好きである。でもそれ以外で自分がどういうファッションをしたいのか、どういう部屋で生活を送りたいのか、あるもので心足りてきたリュウジにとってはわからないのである。

 「リュウジは欲がなくって、いい子ねえ。」夜の宴会の予約に向けて、早目に夕飯を取っていたある日のこと、女将はそんな見当違いなことを口にした。

 「いやいやいや、そんなことないです。欲があるから、高校も行かねえで東京出てきたんですよ。」リュウジは憮然と答える。

 「だって服も別に何でもいい、髪切りに行くのもどこでもいいって、……ねえ。若いのに。」

 「だけどなあ……」店主はねじり鉢巻きを巻き付けた剥げ頭を摩り、摩り、「服やら頭なんぞ何だっていいけど、やっぱ高校ぐれえは、行っておいた方がよくはねえか?」

 「でも、……悪いですけど俺はバンドやるために上京してきたんであって、勉強するためじゃあないんです。高校だったら、あっちにもあった訳だし。」

 「バンドなあ……。」店主は女将を顔を見合わせ、「……そうだ、こっちにはなあ、通信制の高校ってのもあるぞ。」

 「ツウシンセイ?」

 「そうだ。たしか、……学校に通うのはたまにでいいし、宿題やってれば高校卒業になる。」と言った。

 「へえ……。」

 「ああ、前うちにいた子やってたじゃないの、それ。リュウジ、それだったらバンドに支障は出ないんじゃないの。学校に行くのも、授業受けるのも、たまにでいいんだし。」

 女将はそう言ってしみじみと肯き、「あんたはいい子だし、直にバンドだかギタリストだかわかんないけど、きっと将来たくさんの人たちに愛されるようになるよ。でもそのためには、たとえばさ、海外の人と一緒に演奏するなんてなった時には、英語やっておいた方が得なんだし、コンサートやってチケットの売り上げだのなんだのってことになったら、数学だって勉強しといたほうがいいんだし。それ以外でも、勉強しといて損ってことはないわよ。うちの手伝いをしてもらうのだって、お金の計算だの税金の計算だの、いつかやるようになってくれたら助かるし。」

 「お前は、自分のことばっかり。……でも、そうだな。無理強いはできないけど、うちに置く以上、やっぱ十五でバイトだけさせておくのも肩身が狭いしなあ。」

 「え。」

 「何だか、若い子を学校にも行かせねえでこき使ってるみてえでよお。」店主は照れ笑いを浮かべる。「常連さんにもリュウジは学校行ってねえのかって、何やってんだよってお叱り受けることもあるしなあ。」

 リュウジの顔がみるみる曇った。

 「でも、……今更高校つっても。」

 「大丈夫だよ、通信制っていうのはいつだって入れるんだから。」

 「金のことなら、心配するな。」女将も隣で激しく肯く。

 「否、そんなこと……。」

 「私らは、あんたをただのアルバイトとして迎えた訳じゃないよ。私らが『希望の家』から子供預かって来たのはさ、……」

 「おい、それは、また、今度でいいじゃねえか。まあ、ともかく考えといてくれよ。な、リュウジ。」

 「は、はい。……ありがとうございます。」

 そんなやりとりが頻繁に行われるようになり、遂にリュウジは意を決して通信制高校に入学することになったのである。その一報を得た施設では歓喜の声が上がった。


 早速数校の通信制高校を覗き、その中の一校に入学を定め書類を申請すると、リュウジはいち早く施設に電話をした。

 電話口では、「もし勉強でわからないことがあれば、いつでも連絡くれよ。教えてやるから。」リュウイチの頼もしい声もあり、「アイナ、しゅくだい忘れないの。ちゃんとやるの。」という自慢の声もあった。

 職員も、「ああ、これで心配の種が一つ消えたよ。ちゃんと最後まで頑張って卒業できるようにな、もしわからないことがればいつでもリュウイチに聞いて……。」

 「さすが吉村さんだ。リュウジに高校行かせられるなんて。」

 「子どもたちを何人も迎えてくれているだけあるなあ。」

 「本当にうちの『分校』だよ、吉村さんのお宅は。」

 「本当に、リュウジはいい所で生活を始められたもんだよ。何だかんだ言ってあいつは恵まれているね。」

 そう、嬉しい話題に花を咲かせた。


 リュウジは早速高校の学業を始めつつ、一方一層バイトにも精を出しながら、調理の腕も磨いて行った。三年後には調理師免許を取得し、手に職を付けた方がよいという更なる店主の助言で、リュウジは張り合いを持ってバイトにも取り組み、それを見守ってくれる女将も、一層あれこれと丹念に世話を焼いてくれるのであった。

 間もなくやってきた、書類に記入する以外にはほとんどその存在を忘れていた誕生日には、何と、ずらりと好物ばかりがテーブルに並べ立てられ、見事なイチゴのケーキまで用意してもくれた。常連客もリュウジに祝いだと、運動靴やら鞄やら、次々に携えて持ってきてくれたのである。

 また、リュウジがやってきたその月末には少なくない給料も与えられた。リュウジは恐縮しつつも、さすがに最初の給料は店主と女将、それから施設で世話になった職員とリュウイチ、アイナにプレゼントを贈ろうと、初めて東京の街へと出かけたのであった。

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