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UNITED  作者: maria
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 いよいよ中学の卒業式を終え、帰宅すると、リュウジは中学の卒業証書を空っぽになった部屋の、ベッドの上にそっと置いた。

 リュウイチはそれを部屋の入口で見守りながら、何と声を掛けていいものかわからなかった。

 リュウジの背は感傷的にも見えた。さすがに十年以上過ごしたここでの生活の思い出が去来しているのだろうと思えば、リュウイチはただリュウジの後姿を見詰めるより他はなかった。というよりも、自身もまた、どこか一蓮托生のように思っていたリュウジと明日からは生活を異にするのだということが、未だどこか信じられない気がしていた。

 今晩、リュウイチは東京に旅立つ。

 ふと、リュウジは振り返ってリュウイチを見た。

 「今まで、ありがとな。」寂しさと喜びとが入り混じった妙な、顔付きだった。それ以前に、あまりにもリュウジには似合わない言葉だったので、リュウイチは一瞬、どのように返答していいのかわからなかった。

 「何だよ、今までって……。」

 これからだって、生活の場は離れてしまうかもしれないが、電話をしたりメールをしたり、当然の如く無二の親友として一生涯手を携えていくつもりであった。その気持ちが否定されたような気がして、リュウイチは酷く寂しかった。

 「リュウイチと暮らせて、最高だったよ。」

 「……俺もさ、高校出たら東京行くかもしれないし……。」

 「そっか。もしそうなったら、嬉しいな。」今日はやけにリュウジは似合わぬことばかり、言う。「あとさ、アイナのこと。宜しくな。」

 リュウイチはまた何と返していいかわからず、曖昧に肯く。

 「アイナも大きくなったよな。最初こっち来た頃はさ、まるで話もできなくて痩せこけて、見る影もなかったけど。」

 「でも、今は毎日休みもしないで学校行ってるし、友達もいるし、まあ、勉強はちょっと、苦手みたいだけど。」

 リュウジはまた、寂しげに笑った。

 「リュウイチがここ出る時と、アイナがここ出る時には、絶対戻ってくるから。」

 「そうか。」UNITED《繋がり》、を初めて提示され、リュウイチは胸が躍った。

 「じゃあ、行ってくるね。」

 「何だよ、これ置いていくのか。」ベッドの上に投げ出された卒業証書をリュウイチは指差した。

 「ああ、置いといて。」

 リュウジはそう言って照れくさそうにギターとボストンバッグを担ぎ上げた。

 「持つよ。」リュウイチはバッグを持ってやる。

 二人は無言裡に部屋を出、食堂を過ぎ、そして玄関に行った。見慣れた風景が今日は何だか寂しかった。

 ――当たり前の日常の風景から、リュウジが今日から姿を消してしまう。一番やかましく好き勝手やらかす、誰よりも存在感の強いリュウジが。

 

 玄関には職員たちが総勢六名、寂寥を必死に隠そうとする変な笑みを浮かべながら互いに目配せしていた。その様に自分以上に心配をしているのだということがはっきり知れて、リュウイチは安堵した。その中にはアイナが溝渕と手を繋ぎながらも、俯きつつふらふらと立っていた。

 「アイナ。」リュウジが真っ先にアイナの前にしゃがみ込んで、頭を撫でた。

 「俺、行ってくるな。何か困ったことがあったらさ、リュウイチでも、職員さんでも、誰にでも言えな。」

 アイナは不貞腐れたように口を尖らせていたが、強く頭を押し下げられて、渋々肯く形になった。

 「ほんとに行っちゃうの?」アイナは顔を上げてリュウイチを見詰める。

 「俺には夢があんだよ。アイナだって、大きくなったら大好きなお花に囲まれる、お花屋さんになりたいだろ?」

 アイナは途端に眉根を寄せた。

 「うん……。」

 「俺もギターが好きなんだよ。」と言って、リュウジは手にしていた真新しいギターケースを見せ付けた。卒業祝い兼上京祝いにと、散々世話になってきた例の楽器屋の青年から贈られたものであった。

 「でも、アイナのことは絶対忘れないし、リュウイチのことも、それからみんなのことも絶対忘れない。」リュウジはそう言って立ち上がった。

 「だから、笑って送ってくれよ。」リュウジはアイナの拳を追い遣ると、真っ赤な目をじっと見つめた。

 アイナは震える口許をどうにか、ぐっと引いた。懸命に笑顔を作っているのである。

 「いってらっしゃい、って言って?」

 「いってらっしゃい。」アイナの声はどうしようもなく震えていた。

 「ありがとう。じゃあ、元気でな。」リュウイチはアイナの背を優しく撫でると、職員たちに向き直り、「今まで、ありがとうございました。また、連絡するね。」と微笑み、すたすたと玄関先に止められたタクシーへと乗り込んだ。

 慌ててリュウイチが駆け寄る。

 「もし、飯食えなくなったらいつでも戻って来いよ。本当に。」

 「わーかったって。でも大丈夫。バイト先定食屋さんだから。」

 それは知っている。でも、都会の片隅で誰かに傷付けられたり、騙されたりしたら……、リュウイチの胸は相変わらずそれを思って痛んだ。

 リュウジを苦しめられることは、自身を苦しめられるのと同一だった。

 「本当に、辛いことがあったらいつでも戻って来いよ、待ってるから。」

 リュウジはあはは、と笑い飛ばすようにして「心配性だなあ、リュウイチは。でもそうやってずっと面倒看てくれて本当にありがたかったよ。」と言い、タクシーに乗り込んだ。リュウイチは真剣な面持ちで手荷物を渡す。

 「じゃあ、本当に、今までありがとう。いってきます。」

 想像していたどの言葉よりも当り前で、呆気なかった。リュウイチは茫然とタクシーの戸が閉まり、出発するのを茫然と見つめていた。

 タクシーが去ると、「リュウジは、……大丈夫かな。」職員の一人が言った。

 「あの性格なら、きっとどこでもやっていけるよ。」

 「うん。誰にでも好かれる子だから。」

 諦めたようなセリフが行き交う。

 「そうそう。しかもリュウジを受け入れてくれた所は、吉村さんだもの。あんなに温かいご夫婦はそうそういないよ。」

 職員らは慰め合うようにして肯き合った。

 「アイナ、後でリュウジにお手紙書こうね。」溝渕はそう言ってアイナを中へと促そうとした。

 しかしアイナは赤い目で、タクシーの去って行った方をじっと見つめていた。

 「アイナ?」

 「アイナ、リュウジと一緒がいい。一緒がいいのに。」

 「仕方ないわよ。誰も高校を出たらここを出ていく決まりなんだから。それがリュウジは少し、早かっただけ。」

 アイナはそれはリュウジにも言われた言葉と思い出し、隣に立っていた溝渕の腰に顔を埋めて肩を震わせた。

 「大丈夫。離れていても、リュウジはアイナのことを忘れたりはしないから。アイナのことが、大好きだから。」それが自身に言い聞かせるような形になったのを、リュウイチはほんの少し恥ずかしく思った。

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