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UNITED  作者: maria
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 リュウイチはリュウイチで、幾ら心配であるとはいえ、いつまでもリュウジの説得ばかりに専念することはできなかった。

 何分、目指すは県下ナンバーワンの進学校である。

 部活を引退しても塾に通えぬリュウイチには、学校の教員から進学校対策の大量の問題集やらプリントやらが与えられ、それをこなすだけで日々はあっという間に過ぎて行った。


 リュウジは相変わらず夜な夜な講堂に行ってギターの練習をしていたが、よくリュウイチが夜遅くまで勉強をしていると、食堂から夜食用のおにぎりだの、うどんだのを持って来てくれた。以前とは逆転したその役割が、何だか二人にとっておかしかった。

 「体、壊さねえようにな。」リュウジは幾分疲れたような顔のリュウイチにそう語り掛けた。

 「ああ……。」

 リュウイチの机の上には相変わらず問題集だのプリントだのが山を成している。

 「こーんなに、渡しやがって。リュウイチを何だと思ってんだよ。……ま、先生も、リュウイチには期待してるっつうことなんだろうけど。」

 「塾行けないことわかってて、色々用意してくれてんだよ。わかんないところも、放課後聞きに行くと遅くまで教えてくれるし。何とか、期待に応えなきゃ。」

 「大丈夫だよ、リュウイチなら。この間も実力試験で、学年一位だったじゃん。」

 「でも、本番は何が出るかはわかんないから、油断は禁物。この後しばらく勉強続けるけど、電気眩しかったら……。」食堂でやるから、そう言おうとするのを、

 「ああ、俺のことは気にすんなよ。」とリュウジは慌てて制した。

 カーテンが敷かれた二段ベッドの下にリュウジはさっさと籠って、寝るか、ギター教本を読むかをしていた。

 そうしながらも、リュウジはどうかリュウイチが志望する高校に合格するように、とそう祈らずにはいられなかった。

 --こんなに頑張っているのだから、絶対に、努力が実りますように。一生のお願いだから。リュウイチを立派な医者にさせてやってください。リュウイチにはその才能がある。

 そんなことを強く強く念じつつ、夢の中へと誘われて行った。


 「リュウジ、ちょっと来なさい。」

 そう、夕飯後にわざわざ部屋にやってきた施設長にそう呼ばれた時には、何か重大な話であることはさすがのリュウジにもすぐに知れた。担当の職員ではなく、直接施設長が部屋に来るなどということは、ほとんどなかったから。

 リュウジは机に向かいながらも心配そうに見送るリュウイチをちらと見て、不満げに口を尖らせながら施設長の後ろを歩んだ。

 「そこに座って。」

 食堂の隅に座らされ、「何ですか。」リュウジは拗ねたように言った。

 「リュウジの卒業後のことについて、話がしたい。」

 「だから高校には行かないって……。」

 「それは、わかった。」

 リュウジは目を見開いた。

 「え?」

 「でもな、ギタリストとして四月からお金が貰えるかと言ったら、それは厳しいだろう。」

 「だから、バイトしますよ。でもバンドしながらやるつもりだから、バイト先は東京で探す。」

 「ああ。それもわかってる。」

 リュウジはさすがに訝し気に眉根を顰めた。

 「話をしたいのは、そのアルバイト先についてだ。」

 リュウジは不思議そうに施設長の顔をじっと見つめた。

 「今時な、高校にも行かない子をバイトさせてくれる所というのも、そうそうない。しかもお前みたいな世間を知らない子どもは雇って貰えたところで騙されたり、いいように使われてしまう可能性もある。」

 また脅しかとリュウジは不満げに鼻を鳴らした。

 「リュウジ、よく聞きなさい。これは最後の交渉だ。もしこれでも厭だというのなら、もう私たちはお前に何の手助けもしない。否、……できない。」

 リュウジはさすがに幾分緊張の面立ちになって、施設長の顔を見詰めた。

 「十年程前まで、うちの子どもたちを次々と里親として受け入れてくれていたご夫婦がいるんだ。もう年齢も年齢だからと仰られて、十年程前に里親はお辞めになったんだが、東京のM区でご夫婦だけの小さな定食屋さんをされていてな。里子の受け入れはもう無理だが、中学を出た子であればアルバイトとして雇うことはできるかもしれないと仰って下さった。」

 「え。」

 「年も年だし、出前なんかもあるらしくってな、ちょうど手伝いをしてくれるような若い子がいればと仰っているんだ。お前の卒業後のアルバイト先だよ。もしこの話が厭だと言うなら……、」

 「厭じゃありません!」リュウジは立ち上がった。全身が震えた。視界さえ滲んでくる。

 「俺、そこ行きたい。俺、定食屋で働く。その人たちが年取ってんなら、俺人一倍体使って働く。絶対迷惑はかけない! 役に立ってみせる! だから話してください、お願いします!」

 施設長はふっと安堵の笑みを溢した。

 「……良かった。ああ、本当に良かった。」

 再び大きな溜息を吐いて、

 「これでもな、みんなお前のことを心配してるんだよ。その御夫婦、……吉村さんのことはな溝渕が思い出して、どうにかならないかって掛け合ってみてくれって言われて、それで私が電話をしてな。そうしたら今言ったようなことを仰られて……。私もとにかく元気は有り余ってるような子だから、どうか使ってやってくれないかと頼んで……。」

 「ありがとうございます。」

 「私らもな、何も頭ごなしにお前のやりたいことを阻んでいるんじゃあない。とにかくお前に幸せになって貰いたいんだ。ただ、それだけだ。」

 リュウジの目から遂に一筋の涙が零れ落ちた。

 「吉村さんもな、うちのような環境で育った子供にとても理解のある方でな。まあ、そうじゃなければ、何人も里子を受け入れて下さるなんてことはないだろうが……。」

 リュウジの拳は細かく震えていた。瞼を拭おうとして、恥ずかしく、ただただ滲みゆくテーブルクロスの花柄を見詰めていた。

 「ともかくお前は来週末、吉村さんの所にお伺いして、まあ、面接試験というか、住居もアパートに住めるだけのお金が貯まるまでは、里子たちが使っていた部屋を使ってもいいと仰って下さっているので、その下見というか準備に伺うんだ。とにかく来週末、一度私と東京へ行く。いいな。」

 リュウジは俯いて目頭を押さえたまま何度も頷いた。自らの身に突如起きた幸運に突き上げる感謝と喜びの念がいつまでも体を震わせ続けていた。

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