白き少女の起源
鎮魂を済ませた翌日の朝。
俺はモンスタースレイヤーの称号を持つ白薔薇姫こと、ユキ・ホワイトスノーさんからの指導を受けていた。
「いい感じよ。今の流れを忘れない様にしなさい」
「はいっ!」
結局、あの時のティアと白薔薇姫の言い争いの結果がどうなったのかを簡単に説明すると、俺がティアと白薔薇姫から1日交代で2週間ずつの指導を受け、その結果でどちらが俺にふさわしい師匠かを俺に決めてもらおう――という事に勝手に決まってしまった。
俺としてはとても困った展開なのだが、師匠であるティアや白薔薇姫がそう言っている以上、俺は渋々とは言えそれに従うしかない。と言う訳で初日の今日は白薔薇姫の指導を受けているんだけど、白薔薇姫の指導はモンスターとの実戦が主流のティアとは違い、白薔薇姫本人が俺の相手となる対人戦闘のシュミレーションだ。
モンスターと戦う事が前提になるモンスタースレイヤーなのに、なぜこんな形の修行をする必要があるのか。そう尋ねた俺に対し白薔薇姫は、『この世界の敵は決してモンスターだけではないの。時には人間が敵に回る事もあるから、この修行も大事』と答えた。
確かに人間の中にも悪い奴は居て、時にはモンスターよりも残酷な事をする奴も居ると聞く。俺はまだそんな奴に出会った事は無いけど、これからの旅でそう言った輩に出会わないとも限らないし、対峙する事にならないとも言えない。そう言った点では白薔薇姫の教えは役に立つと言えるだろう。
「人間はモンスターの様に殺すわけにはいかないから、力の加減は必要よ。だけど人間もモンスターと同じで強さに個体差があるから、そのさじ加減を誤れば相手を殺しちゃうし、こちらが殺される可能性だって出てくる。だから相手の力量をしっかりと見定める術と、その為の身のこなしを身に付けなさい。これはモンスターを倒す時にも必ず役立ってくるはずだから」
「はいっ! 分かりました!」
ティアとは違った切り口の指導はとても新鮮に感じるし、そのどれもがちゃんと聞けば理に適っていると思える。さすがはティアに対し、『私の方が遥かに良い指導をしてあげられる』などと言っただけの事はあると思った。
こんな感じで白薔薇姫の厳しい指導は進み、疲れでヘトヘトになる頃にはお昼を迎えていた。
「――お昼の準備ができました」
「分かったわ」
暑い陽射しから逃れる様にして大きな木の下にシートを敷き、俺達はそこで昼食を摂る事にした。
ちなみにどうしてこの場にティアが居ないのかと言えば、指導者が近場に2人も居ると弟子が集中できなくなると言う理由から、街で待機をしている。まあ、今頃は時間を持て余して街をぶらぶらしているかもしれないけど、たまにはそんな時間があってもいいと思う。
「予め街で買っておいた出来合いの物ですが、大丈夫ですか? 白薔薇姫」
「……言い忘れていたけど、その呼び方はあまり好きじゃないから止めてもらえる?」
「えっ? あ、はい。では何とお呼びすればいいですかね?」
「……ユキでいいわ」
「えっ!? でも、さすがに呼び捨てはマズイんじゃ」
「私がそれで良いと言ってるんだから、そう呼びなさい」
「は、はい。分かりました。それではユキ、どれを食べますか?」
「もっと普通に話しなさい。堅苦し過ぎて私が疲れるから」
「……分かった。それじゃあそうするよ。それでユキ、ユキはどれを食べたい?」
「…………」
ユキのお言葉どおりにすると、今度は黙って俺を見つめ始めた。
「あの、どうかした?」
「……何でもないわ。とりあえず、そこにあるミニトマトをいただこうかしら」
「了解。それじゃあ、はい」
俺はミニトマトが入った器をユキへと近付け、その後で食べる為のフォークを手渡そうとユキの前へそれを差し出した。
しかしユキはなぜか差し出したフォークを受け取ろうとはしなかった。
「あの、どうして受け取らないの?」
「あら、エリオスが食べさせてくれるんじゃないの?」
「いやいや、さすがに食事は自分の手を使って食べた方がいいと思うけど?」
「そう。それじゃあエリオス、指導者としてあなたに命令するわ。これから2人で食事の時は、あなたの手で私に食事を食べさせなさい」
「ええっ!?」
「これは私からの命令よ。拒否は認めないわ」
教えを受けている以上、よほど理不尽でない限りはその命令は絶対だ。
ちょっと面倒ではあるけど、食事を食べさせるくらいはいいだろう。孤児院に居た時には、ティアを含めた小さな子に食べさせたりしてたわけだから。
「分かったよ。それじゃあ、あーん」
「あーん」
フォークに刺さったミニトマトを口元へ近付けると、ユキは素直にその口を小さく開いた。
俺はその小さく開かれた口にミニトマトを入れ込む。するとユキはもぐもぐと租借をし、ごくんとそれを飲み込んだ。
「うん。美味しいわ。次はそのポテトサラダをいただこうかしら」
「了解」
フォークでポテトサラダをすくい取り、再びユキの口もとへと運ぶ。
すると今度は自分から顔を寄せ、フォークに乗っているポテトサラダを口へと含んだ。
「うん。美味しい」
そう言ってにこっと微笑むユキ。
ティアに比べたら表情の変化に乏しいせいか、ユキの笑顔は初めて見た気がする。そんなユキの笑顔は歳相応の少女らしい可愛らしさがあり、そんな笑顔を見た俺は、何だかちょっと嬉しくなってしまった。
「さあ、次はどれを食べたい?」
「もう一つミニトマトをいただくわ」
「はいはい」
こうして穏やか過ぎるほどに穏やかな昼食タイムはあっと言う間に過ぎて行った。
そして昼食を食べ終えた後、俺はユキに対して『どうしてモンスタースレイヤーになろうと思ったの?』という質問を投げかけた。するとユキはその質問に対し、『復讐の為よ』と、短くそう答えた。
その事がどうしても気になった俺がその事に対して質問を続けると、ユキはいつもの様に静かな口調で話を聞かせてくれた。
なんでもユキはエオスでも有数の金持ちとして有名なホワイトスノー家の養女として三歳の頃に引き取られたらしいが、四歳の時にホワイトスノー家の長男と訪れた別邸で額に傷のあるダークカラーのドラゴンに襲われ、その長男はユキを逃がす際に囮になって戦い、無残にも喰われてしまったらしい。
そんな長男とは血の繋がりこそ無かったものの、ユキの事を唯一にしてとても可愛がってくれた人だと言っていた。だからユキは自分を可愛がってくれた義兄の仇を討つ為に必死で戦いの経験を積み、こうしてモンスタースレイヤーの称号を得るまでに至ったとの事だった。
しかし義兄の仇である額に傷を持ったダークカラーのドラゴンは未だ見つかっていないらしく、その復讐はまだ果たされていないと、途中から悔しそうに表情を歪ませながらそう言っていた。
「さあ、この話はここまで。休憩も十分に取ったから、夕暮れまで修行をするわよ」
「……その、辛い話をさせてごめんね」
「いいのよ。エリオスには私のモンスタースレイヤーとしての起源を知ってもらってた方がいいと思うから」
「……ユキ。俺、もっと強くなるよ。もっと強くなって、ユキと一緒に仇であるダークカラーのドラゴンを捜す手伝いをする。だから、この後の修行もよろしくお願いします!」
「わ、私がエリオスを強くするのは当然じゃない。それが指導者としての役目。だからそんなにかしこまる事はないわ。でも、ありがとう……」
そう言いながら少し照れくさそうにするユキ。そんな反応は本当に小さな少女らしく可愛い。
「ユキ、もしかして照れてる?」
「そ、そんな事は無いわよっ! 変な事を言ってないで、さっさと準備をしなさいっ!」
「はい!」
この後、俺は熱の入ったユキの指導をみっちりと受ける事になり、その指導は夕暮れを越えて陽が沈むまで続いた。
ユキのモンスタースレイヤーとしての起源。それを聞いた俺は、ユキの事が少しだけ分かった様な気がした。
そしてユキに教えを乞う事は、確実に俺のプラスになる。その事だけは間違い無いと確信する事ができた1日になった。




