少年の追い求めるもの
モンスタースレイヤーの称号を持つティアと白薔薇姫の諍いがあった日の夜。俺はベッドの上で考え事をしながら眠れぬ夜を過ごしていた。
ティアに次いで史上2番目の早さでモンスタースレイヤーの称号を得た白薔薇姫。ティアと並んで天才的で才能あるそんな人が俺の師匠になる事を買って出てくれたのは、俺にとってとても名誉な事だと思う。
しかし、俺にはもうティアという師匠が居るから、その申し出はありがたさ半分、困った半分なのだ。
「…………そういえば、ティアと出会ってから色んな事があったな」
ティアと白薔薇姫について色々と考えている内に、俺はふとティアと初めて出会い、修行の旅へ出るまでの事を思い出していた。
俺がティアと出会い、こうして修行の旅を始めるまでには色々な事があった。しかしその旅を始めるまでの色々な事も、俺がティアと出会わなければ無かった事だ。
500年という長いモンスタースレイヤーの歴史の中で、若干七歳という史上最年少記録でモンスタースレイヤーの称号を得たティアと初めて出会ったのは、俺がまだ八歳になって間も無い、暖かな陽射しが心地良くなってきた春の頃だった。
あの日、赤子のティアは真っ白な布地に優しく包まれ、俺達の暮らしていた孤児院の設立者であるブライアンに連れて来られた。そして赤子のティアはブライアンの腕に抱かれたまま、とても元気に泣いていた。
その時のブライアンは、『どんなにあやしても泣き止んでくれないんだよ』と、珍しく困り顔を見せていたのを覚えている。
俺はそんなブライアンに近付き、大きな声で泣いている赤子を見た。まだ目も開いていない赤子が何を思って泣いているのか、それは誰にも分からない。
しかし今から思えば、何も見えないからこそ不安で泣いていたのかもしれないと思える。だが、まだ八歳になって間も無かった俺にそんな事が考えつくわけもなく、当時の俺はただ黙って泣き続ける赤子と困っているブライアンを見ていた。
だけど、いつまでも泣き止まない赤子に困り果てていたブライアンを何とか助けてあげたいと、子供ながらにそう思った俺は、その手始めとしてブライアンに赤子の名前を尋ねた。
するとブライアンは困り顔からいつもの優しい表情を浮かべ、『この子の名前はティアーユ。ティアーユ・ドロップだよ』と答えてくれた。
名前を聞いた俺はブライアンから泣き続ける赤子を受け取り、よしよしとあやしながら『ティアーユ、泣かなくても大丈夫だよ』と口にした。
泣き続ける赤子に向かって優しくそう言うと、その赤子は俺の言葉が理解できたかの様にしてピタリと泣き止んだ。この時、それを見たブライアンがとても驚いた表情をしていたのは、今でもはっきりと覚えている。
そしてそんな事があったからだろうけど、俺はブライアンからティアのお世話をよく頼まれる様になり、そしていつの間にかティアの世話は俺が担当する流れになっていた。
その理由はとても単純なもので、どうしてかティアは俺以外の人が世話をしようとするとすぐに泣き始めてしまい、手に負えなかったからだ。
こんな感じで赤子の頃から一癖あったティアだが、俺達の世話を受けながらすくすくと成長していった。
しかし、主に俺が世話を担当していたせいか、成長しても俺以外の人に対してとても人見知りが激しい女の子に育ってしまったのは誤算だったと思う。
そしてそんな性格的なものもあり、ティアはどこへ行くにも俺の後からついて来て、ほぼどんな時でも一緒だった。当時の俺はそんなティアの事が妹みたいで可愛らしくてしょうがなかったけど、今思えばそれが原因でティアの甘えん坊なところや人見知りに拍車がかかった様に思える。
そんなティアがモンスタースレイヤーになった切っ掛けは、俺が十一歳になってモンスタースレイヤーになる為の修行をブライアンから受け始めた事だった。
ブライアンは俺達の暮らす孤児院の設立者であると同時に、数少ないモンスタースレイヤーの称号を持つ者でもあった。俺はそんなブライアンに憧れると同時に、俺達を育ててくれている場所である孤児院へ恩返しをしたいと常々思っていた。
その為の手段として俺が思いついたのが、モンスタースレイヤーになってみんなを守り、孤児院を存続させていく事だった。
ブライアンはそんな俺の思いを理解はしてくれたものの、モンスタースレイヤーになる事を最初は良しとしなかった。だが、俺の思いの強さに最終的には折れ、師匠としてモンスタースレイヤーになる為の修行をつけてくれる事になった。
こうしてブライアンを師匠にしての修行が始まり、俺は当然の様にティアと一緒に居てやれる時間が少なくなった。本来ならその時点で他の子と仲良く遊んだりするものだろうけど、ティアはその道を選ばず、俺と一緒にモンスタースレイヤーになる為の修行をする事を選んだ。
もちろんブライアンは幼いティアがモンスタースレイヤーになる事を良しとはしていなかったし、当時の俺も妹的存在であるティアにモンスタースレイヤーになってほしいとは微塵も思っていなかった。なぜならあの時は、俺がティアを守ってあげる側だったのだから。
しかしティアは俺達の意向を無視し、一緒に修行を始めてしまった。
そんなティアに対し、俺もブライアンもその内に修行が辛くなって止めてしまうだろうと思っていた。だがそんな俺達の思いに反し、ティアは一日も欠かさず修行に参加していた。
そして俺の修行に付き合うティアを見る内に、俺もブライアンもそれまでの考えを徐々に改める様になっていった。なぜならティアは修行を重ねる中でどんどんその才能を開花させ、あっと言う間に俺を追い抜き、五歳を迎える頃には並みのモンスターなどあっさりと倒せる程の実力を身に付けていたからだ。
比べて俺はティアよりも遥かに修行の進みが遅く、この時点でまだ戦いの基礎すらクリアーできていない状態だった。
この時の俺は、自分の才能や能力がモンスタースレイヤーに向いていない事を少しずつ自覚し始めていた。だから俺はブライアンに師事を受けると同時に、モンスタースレイヤーになる夢を才能あるティアに託す様になってきていた。
兄的立場の俺としては、そんなティアに嫉妬する気持ちが無かったと言えば嘘になる。だが、自分の力など遠く及ばない存在がどんな高みにまで上り詰めるのか、それを見てみたい気持ちの方が強かった。
こうして俺は修行に励みながらも、ティアがモンスタースレイヤーになる為のバックアップに力を入れる様にもなっていた。
そしてティアが七歳の誕生日を迎えて間も無く、その日は訪れた。ティアがモンスタースレイヤーの称号を得る為の最終条件であるドラゴンの30匹討伐を果たし、史上最年少のモンスタースレイヤーとなったのだ。
あの時は孤児院のみんなで盛大にティアの称号獲得を祝って喜んだものだが、相変わらず人見知りの激しいティアは主役だと言うのに、ずっと俺のそばから離れなかったのをしっかりと覚えている。
こうしてティアがモンスタースレイヤーの称号を得た事で俺はどこか自分の目標が達成された様な感覚になり、このままモンスタースレイヤーになる夢を諦めようと考え始めていた。
そしてティアがモンスタースレイヤーの称号を得てから半年後。
俺は色々と考えた末に、モンスタースレイヤーを目指す事を諦めると師匠であるブライアンに告げた。
当然ブライアンはそんな俺に対してその理由を尋ね、俺はそれに答えた。自分の才能の無さ、能力の低さ、ティアの様な強いモンスタースレイヤーになる自信が無い事などを。
その話をした俺は、当然の様にそれをブライアンが受け入れてくれると思っていた。けれどそんな俺の思いとは違い、ブライアンからは今までに無いくらいに怒られてしまった。
そして俺はその場でブライアンから破門を言い渡され、同時にティアを師匠として修行の旅に出る事を言い渡された。
そんなブライアンに対し、当時はどうして分かってくれないんだろう――みたいな事を思ったりもしたけど、旅を始めて半年も経った今では、あれはブライアンの俺やティアに対する親心みたいなものだったんだろうと思える。
一度はモンスタースレイヤーになる夢を諦めた俺が、ティアを師匠として再びその夢を追いかけ始めたのは、旅立つ前にブライアンに『他者との才能や能力だけを比較して、夢を諦めるなんて愚かな事はするな。お前には、お前にしか出来ない事があるんだから』と言われた事が、再び奮起する切っ掛けだった。
俺にしか出来ない事が何なのかは未だに分からないけど、そんなものがあるなら是非とも知ってみたい。才能も実力もティアや白薔薇姫に遠く及ばない俺だが、俺にしか出来ない事を知りたい。
そんな想いを胸に、俺は明日からの事を考えて不安半分、期待半分と言った感じでなかなか眠れぬ夜を過ごした。




