最後の選択
僅かに残っていた夕陽の赤い光を背に立つユキの姿を見た俺は、夢か幻でも見ているのかと思った。そしてこの時の自分の複雑な感情を、俺は上手く表現できる自信は無かった。
それでもあえてその溢れていた強い感情を口にするとしたら、それは驚きの感情だったと思う。
俺がこのエオスに生まれて過ごして来た中で、驚いた出来事はいくつもあった。
しかしその全てを含めたとしても、今ほど驚いた事は無い。だって死んだはずの大切な人が、こうして俺達の目の前に立っているんだから。
死んだ者は甦りはしない――それは世界に居る誰もが知っている真実で、覆しようがない現実だ。なのに俺はその真実と現実を越えた光景を見ているんだから、驚かないわけがない。
「エリオス。大丈夫?」
俺達に近付いて来たユキは心配そうな表情を見せると、腰を落として俺へ声を掛けてきた。
「……本当に、本当に君はユキなのか?」
「私がユキじゃなかったら、ここに居る私はいったい何だって言うの? エリオスは私と離れたほんの少しの間で、私の顔を忘れたとでも言うのかしら?」
そのもの言いは確かに俺のよく知っているユキそのもので、どこにも彼女がユキじゃないと疑う余地は無い。だがそれでも、俺の中にある信じられないと言う思いは強かった。
でも、これは紛れもない現実で、ユキはちゃんと俺の目の前に存在しているのだ。
「……忘れたりするわけない。だってユキは俺の大切な人で、大事な師匠なんだから……」
「エリオス……ありがとう。ライトヒーリング」
俺の言葉に優しく微笑むと、ユキは右手を俺へ向けて魔法を使った。
そしてユキの右手から優しく淡い白い光が放たれると、俺を襲っていた痛みがどんどん和らいでいく。
「どお? 少しは痛みが引いたかしら?」
「凄い……さっきまであんなに痛みがあったのに……ユキ、いつの間に回復魔法を使える様になったんだ?」
「私だってエリオス達と離れてから遊んでたわけじゃないのよ? それに回復魔法はこれから絶対に必要になるから、その為の修行もしてたのよ」
「ユキ! 生きてたならどうして私達に何も伝えなかったのよっ! ユキが死んだって知った私やお兄ちゃんが、どれだけ悲しくて悔しい思いをしたと思ってるのっ!!」
「……ごめんなさい、ティア。私の仇を討とうと必死になってくれていたあなた達の事は、私も遠くから見てた。でも、アイツの正体を探る為に、私はどうしても表に姿を現すわけにはいかなかったの。だから今回の件は、全部私が悪かったと思う。ごめんなさい……」
ユキは最後にもう一度謝罪の言葉を口にすると、深々と俺とティアに向かって頭を下げた。
「ううっ……ユキッ! 良かった。生きてて本当に良かったよぉ……」
「ティア……」
頭を下げていたユキがその頭を上げると、ティアは感極まったかの様にしてユキに飛び付いて喜んだ。
もちろん俺もティアみたいに飛び付いて喜びたい気持ちはあったけど、その役目はティアに任せておく事にする。
「エリオス。ティア。色々と迷惑をかけたけど、あなた達が表立って動いてくれていたおかげで、私はアイツの正体やディスペルマジックの対応策も知る事ができた。本当に感謝するわ。だからあとの事は、私に任せてくれるかしら?」
「もちろん。だってそれが、ユキがモンスタースレイヤーになった理由なんだからさ」
「お兄ちゃんをあんな目に遭わせたんだから、本当は私がアイツを叩き潰したいんだけど、ここはユキに譲っておくよ。だからユキ、義兄さんの仇をしっかりと討って来るといいよ」
「ありがとう」
俺達に向かって一言そう言うと、ユキはホワイトローズスコールによってもがき苦しんでいたライゼリアの方へと身体を向けた。
「グウウウ……ユキ、キサマはあの時、確かに殺したはず! どうして生きているんだ!!」
「ライゼリア兄さんが殺したと思っていたのは、私そっくりに作った人形に幻視の魔法を施していた物よ。それにしても、まさかライゼリア兄さんがラファエル兄さんを殺したダークドラゴンだとは思ってもいませんでした。ラファエル兄さんはライゼリア兄さんにもとても優しかったのに、どうしてあんな事をしたんですか?」
「ふんっ。何が優しかっただ! 兄貴は自分より劣ると言われ続けていた俺を、哀れんで優しくする振りをしていただけだっ! 本心では俺を馬鹿にしてたんだ! あの両親や周りの奴等の様になっ!」
「それは違います! ラファエル兄さんはいつも言っていました! 『ライゼリアは俺と違ってとても才があるけど、真面目で人の言葉を聞き過ぎるから、親や周りの言葉に潰されてしまわないか心配だ』って。ラファエル兄さんはいつもそうやって、ライゼリア兄さんの心配してたんです!」
「そんなの嘘だっ!!」
「嘘じゃありません! どうして実の兄の事を信じてあげられないんですか!」
「うるさいっ! 実の両親が俺をゴミ屑の様に扱っていたんだ。だから兄貴も同じはずなんだっ!」
「……ではそれが、お父様やお母様を殺した理由なんですか?」
「そのとおりだ! あんな奴等、俺に殺されて当然だ! もちろん兄貴もなっ!」
その言葉を聞いたユキは、頭を深く俯かせた。
ユキの後方に居る俺にはその表情を伺い知る事はできないけど、きっと凄く悲しい表情をしているんじゃないかと思う。何だかんだと言っても、ライゼリアは家族なんだから。
「……ライゼリア兄さん。今まで犯した罪を償ってもらえませんか? 人として。でなければ私は、モンスタースレイヤーとしてライゼリア兄さんを討つ事になります」
悲しそうに。それでいてはっきりと力強くユキはそう言った。
それはユキの中にあった、家族としての最後の情だったのかもしれない。
「上等じゃねえか! 今度こそお前を本当にあの世へ送ってやるよっ!」
「ライゼリア兄さん……残念です…………。私はモンスタースレイヤー! ユキ・ホワイトスノー! 多くの命に仇なすモンスターを狩る者! 私はモンスタースレイヤーとして、多くの命を奪い取ったお前を討つ!!」
自分の中にある情や迷いを振り払うかの様にして力強くそう言ったユキは、ダークドラゴンとなったライゼリアを前に身構えた。




