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哺乳瓶に電気ポットの湯を入れ粉ミルクを溶かし、流水で人肌まで冷まし、赤ん坊を沙扇を抱き上げ首を支えて、ミルクを飲ませた。ぴょくぴょくと沙扇は飲む、瞳はしかし別のことを考えてるような眼差しだった。伊間井郎は、いちいち、沙扇を眺めながら、は〜いぃ、は〜いぃとイクラちゃんの真似をする、イクラちゃんは赤ちゃんでは無いのになと思いながら、規定量で作った8分目くらい沙扇は飲み、そろそろな感じがしたので、哺乳瓶を置き、確かゲップさせてから寝かせないと嘔吐物で息が詰まるとかを思い出し、優しく揺らしながら沙扇の顔をよく見ると良い顔をしている、眉も眼も既に何か自立したものを感じる。芝坂のオヤジは所謂鬼瓦顔で濃い、沙扇はすっきりとした涼しさのある顔立ちである、母親に似たんだろうと思った。大きくなれよ〜と、う〜と沙扇に頬に頬を寄せるといぃいぃひ、と笑いとても可愛い、胸がきゅんきゅんした。伊間井郎は、口を開けてこの世の物では無い物を見ているように、目が点になり放心しながら肩をなでていた。
「確かミルクは1日に4、5回くらいだったと思う、お前の仕事だったんだからな、」
「なら、全部ぃまとめてぃ1回にしりぃてぃとこお」
伊間井郎を無視し、俺も沙扇に歌を聴いて貰いたくなり、朧月夜を歌いながら沙扇とゆっくり揺れた。しばらくし沙扇はゲップみたいな音を口から出したので、腹も膨れたろうし布団に寝かせた。沙扇はうぅ、とか、いいぃ、と、ゆっゆっと可愛い無垢な体を動かし独り遊びしている。実に可愛いらしい。俺もいつかはなと思った。伊間井郎は、沙扇の動きに今度はタラちゃんの歩行時のトゥクトゥク〜ンという効果音を入れていた。暫くし沙扇はすやすやと眠りだし、まあ、この繰り返しだなとほっとし、タバコを吸いに表に出た。火を付けて、したら携帯が鳴った。芝坂のオヤジからだった。
「お、沙扇をイマに預けた、イマだけじゃ無理やから、お前今からでもイマんとこ行って様子見て来てくれいや、あかんか?」
「お疲れ様です。伊間井郎から電話あって今伊間井郎の自宅にいますわ、大丈夫す。ご心配無く。」
「わるいな、すまんけど。飯なりいるもんなんでもは全部イマに払わせてな、なら」
「ありがとうございます。また何かあったら、こちらからも連絡しますし、ご連絡下さいす。失礼します。」
「お、」
いつもオヤジの前では緊張する。自分の子供時分からのヒーローである。初めてオヤジをテレビで見た時にガキなりに歌に痺れ聞き入り過ぎ小便を漏らしてしまった事がある。それ以来自分の将来の夢は芝坂光波になった。そして歳を重ね、演歌歌手として日々歌唱の鍛錬を重ねて来た。19歳になる年の春より芝坂の門下生として弟子入りというか師事することになった。芝坂光波のコンサートに出かけ、コンサートスタッフにどうか芝坂サンに渡して欲しいと自分の歌声を録ったカセットテープに弟子入りを希望する旨の手紙を添えたものを預けたことが始まりだった。はじめの1年はオヤジの出入りする場所なりに付き人的に付いて回った。毎日ガチガチに緊張している自分を気の毒に思ったオヤジは、自分が呼んだ時だけでいいと、言ってくれ、今の生活の毎日になった。伊間井郎も自分と同じような経緯でオヤジの門下生になった。伊間井郎とは初めてあってから3日もせずにずっとこの調子であり、伊間井郎が自分を嫌わないのも不思議である。伊間井郎もいつの間にか沙扇の横で同じような格好で昼寝に入っていた。
自分は独りになると、たまに強力な漆黒のような渦が胸を荒らすことがある、自分では何故かは分からない。もし魂というものがあり、その力に種類があるなら自分は生まれ付きの魔的なところの住民なんだと思う。朝方急に運ばれるように岬に出たのも、その漆黒の渦に苛まれてのことだった。そんな時は歌を歌ったり、気持ちを自然に帰すようにしてる。
暫くしは大丈夫だろうと思い、自分は深夜の着信を思い出し、自分の車に乗りドラックストアの駐車場に車を止め、着信先の咲に電話した。
「わるいな、寝てたわ、どうした?」
「ううん、何でもない、」
「そか、調子いいか?」
「わるい」
「大分か?」
「ううん、少し、」
「出れそうか?」
「うーん」
「腹へってないか?」
「少し、」
「飯食いいこ、あかん?」
「うーん」
「行きたいて言ってたこ、場所わかったし」
「何時頃?」
「昼飯やからな12時くらい?」
「行く」
「なら迎え行くわ、12時ころ、適当に出てきて、そんくらいにいるし」
「ありがとう」
咲とは付き合ってはいない、何故か2年程音信不通となり、恋心のあった自分はあかんのはわかるが悩んだあげく咲の家にも訪ねてしまい、しかし引っ越しした後で、終わりを受け入れた。ある日、知らない番号から電話があり、それが咲だった。再開し、やはり自分の気持ちは変わらずあり、所謂ところの恋人未満友達以上である。2人とも酔い、からだの関係があるのでこんな調子である。
伊間井郎の借家に戻り、11時くらいにまた沙扇に同じようにミルクを飲ませ、ゲップさせ寝かせて、昼寝の伊間井郎をおいて、咲のマンションに向かった。12時にまだ30分以上あり、席を倒し車で眠った。
トントンと窓を叩く音がし、起きた。レイディと思い、助手席のドアを中から開け、咲を乗せた。
「おはよ、」
「おはよ、」
思ったより元気そうで安心し、
「話しはいつでも聞くし、話せるときに話してな、」
「夜中にごめんね、」
「なんも、いつでもいいよ、出れんくてすまんかった。」
「カツ丼食べたい」
「お、ならいきまひょいきまひょ」
マンションの駐車場を出て、知ってる蕎麦屋に向かった。
車中あんまり話さなかった。咲の心的な落ち込みは結構なものを感じてて、自分がなんとか出来る次元とはまた別のものを感じる。あんまり気のままにはしゃいだら疲れさせそうで、ただ元気になって欲しかった。
蕎麦屋でふたりでカツ丼を食べ、店を出、このまま帰るのもと思い。公園で話した。咲は、泣くばかりで自分は何にもしてあげれなかった。咲をマンションまで送り、また、いつでも連絡してな、とだけ伝え、別れた。自分は咲を癒すのは時間だけだと思った。咲は半年か近く経った今でも結局何も話してくれない。もしかすると自分にも関わることなのかと思ったりするところも感じたこともある。自分は咲とはきちんと将来のことも考えてはいる。まだ自分は23歳、夢もある。追い追いと余裕を持ちながら行かなあかんとは思う。




