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父の爆弾発表の翌日から、コナも自身の花嫁衣裳の刺繍を刺した。

トルソーを真ん中に、侍女たちと気兼ねなくおしゃべりしながら姉のラサラも加わって毎日準備が進んでいく。母がこっそりと着実に進めていたおかげで慌てることは何もない。

孤児院の慰問に訪う時間さえあった。

母好みのドレス、パニエに下着と衣類はほぼ揃っていたし、ネックレスや宝飾品もそれらに合わせたものが詰め込むだけ。結婚に心躍らせて、あれこれと自ら先頭にたって準備していないからかコナ自身もひどく冷静だった。

季節が夏を終えようとしていた。




ざざ・・・と波の音を聞きながら、ぼんやり夜の海を眺めていると不意に声がかけられた。窓の外から。

「こんばんわコナ」

 少し低くて優しい声は、もう何年も聞いていない知り合いのもの。

「まさか、ディー?」

 立ち上がって窓へ身を乗り出せば、そこには銀色の魔女の姿があった。

「久しぶりだね?元気だった?」

 彼女はにっこり笑うとするりと身をすべり込ませてきた。彼女の傍らには同じく銀の輝きをまとった美丈夫が浮いていた。

「こちらは?」

「気にしなくていいよ。精霊だからいないものとして扱って」

 相変わらず、魔女は大らかだ。

「ディーも元気そうでよかったわ。あれからどうしたのか気になっていたの。ビモベーラ様に使いをやったら暫く放っておきなさいって返答だけで・・・」

 ディーはふっと微笑んで肩をすくめた。

「私のことはいいの。この精霊のおかげで腐らずにすんだ。それよりも、コナが結婚するってきいたから来たんだよ」

「そう、ありがとう。そろそろ出発の準備が始まっているの。後二週間もすればここを発つわ。今は城中、大騒ぎよね」

 ディーはそっとコナの頭をなでた。昔はよくそうやって慈しんでくれたのを覚えている。

「相手はどんな人?」

「知らない」


「・・・じゃあ、どこの人?」

「ベルクール領の長男」


「何才?」

「25才、名前はアシル・クロード」


「公正で穏やかな人だって」

 コナはディーが何か言う前に続けた。

「あちら側からの希望ですって。アシル様の初恋が私なのだそうよ」

 銀の瞳が続きを促している。

「七年前に婚約していたんですって私。十一才で知らぬ間に婚約して今日まで何もなかったわ。何も!手紙すらなくて贈り物もしたこと、されたこともない。なのに、お母様たちはロマンチックねって言うのよ?

望まれたというだけで、うまくいくと思ってる。私の気持ちは、」

 そこでコナは、ハッと言葉をきった。瞳をさまよわせる少女に少し低くて優しい声が降りかかる。

「貴婦人になったんだね。言ってはいけないと自分でわかってるじゃない」

「私に魔法を使ったの?」

 銀の瞳を見上げれば、ディーはそっと首を振った。

「今まで誰にも言えなかったんでしょう?コナの素直な気持ちを言える相手がいなくて辛かったね。今夜はひとつ、魔女らしく幸せの贈り物をしにきたんだよ」

 うふふ、と銀色の魔女は笑った。その笑顔は美しくて、幸せに満ちていてコナもつられて笑った。

「コナ・グロワールの幸せを願って、印を授ける」

 そっと、額にデイーの唇が触れふわっと温かくなって消えていった。

「今のはなに?」

「一つだけ、本当の願いが叶うおまじない」

 うふふ、といい笑顔を見せると、来た時と同じように唐突に帰ると言った。

 銀の魔女がすい、と右腕を精霊に向かってあげると、それまで微動だにしなかった精霊が優雅にその腕をとり指先に口づけその身を抱き上げた。

「じゃあね、コナ。幸せになって」

 精霊の懐から顔をだしてバイバイと手を振るディーはにこやかに去っていった。窓から。

 銀の軌跡が夜空に光る、幻想的な美しさに見惚れていると姉の声がここまで届いた。

 悲壮な声でディーの名前を呼んでいる。グロワールの真珠の名も泣きそう。

 姉はずっと銀の魔女に焦がれているから。

 暫くすればこちらに来るだろう。姉とディーの絆は私にはよく分からない。母が後妻としてここに嫁いでから二年間、姉は城を出ていてディーと共に育ったということは聞いている。城に戻ってからもその絆は続き姉の結婚を機に壊れた。今も壊れたままだと思う。

 ほら、走ってくる音が聞こえる。遠くで、姫様!って声も。



──────────────────────────────────

 

ばたん、とドアが開き淑女らしからぬ姿の姉が肩で息をしていた。


ラサラ 「コナ!今ここにディーがいたわよね?」

コナ  「今、帰ったところよ」

ラサラ 「どぉしてわたくしを呼んでくれないの!?」

コナ  「・・・およびでなかったから?」

 

 姉がその場にくずれ落ち、追ってきた侍女たちの手によって回収されていった。

 それにしても、ディーが来たことが何故わかったのかしら?彼女は窓からこんばんは状態で城の中は

通過していないのに。

 友愛のなせるワザであってほしい。


 再び、ばたん、とドアが開き流れる汗もそのままに、兄が荒い息を吐いていた。


ユベール  「コナ!さっきディーがここに来たというのは本当かっ?」

コナ    「ええ。もう帰ったけれど」

ユベール  「わ、わたしに何か言伝はなかったか?」

コナ    「いいえ?まったく」

ユベール  「彼女は何をしにきたんだ?」

コナ    「私に結婚のお祝いを言いにきてくれただけよ。

       ところで兄様はどちらからここにいらしたの?」 

ユベール  「ああ、玄関ホールから・・・」

コナ     ( 別の塔の一階から棟を超えてさらに三階まで・・・?どれだけ走ったの兄様 )


 兄は遅い時間にすまなかったな、と言い置いて静かに去っていった。

 グロワール領の未来は銀の魔女の手にゆだねられている・・かもしれない。

 兄様に可愛いお嫁さんが出来ますように、とコナは願わずにはいられなかった。



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