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「おめでとう、コナ。お前の結婚が決まったよ。」

 夕食の最中、突如としてこう言い出したのは彼女の父グロワール公爵だった。

 家族そろって囲む食卓には会話が溢れ、スープが湯気をたて彩りよく盛られた焼き野菜に鶏の蒸し焼きが切り分けられ皿に供されている。

 四角い窓の外は茜色に染まり、海を照らしていた。夏の熱風が湿り気を帯び、昼の暑気を和らげ始めていた。

 いつもと何ら変わらないはずだった。

 しん、と会話が止んでいた。

 コナと呼ばれた少女は、18才の愛らしい顔に驚きを隠せなかった。口をきけないでいる次女に母フレールはにこやかに続けた。

「お相手はね、ベルクール公爵の長男のアシル・クロード殿よ。何度かお会いしたことがあったでしょう」

 続きは父が引き取った。

「王城への打診もすんで、許可も下りている。秋には収穫祭とあわせて盛大な祝宴が開かれるだろう」

 父は満足げに目を細めた。

 この愛くるしい娘を手放すのは寂しいが隣領地との友好のためなら仕方ない。愛娘と政治を秤にかけてしまうのは領主として当然の所業だった。

 コナにもわかっていた。

「しかし、準備期間もなく性急すぎませんか?」

 兄ユベールが静かに口をはさんだ。それは正しくコナが言いたかったことだ。

「7年前に打診をして以後は表向き婚約者ということになっている。問題なかろう」

「そんな話、知りません!」

 たまらずコナが声をあげると、母がころころと笑った。

「あちらからのたっての希望なのよ。アシル殿の初恋の相手があなたなのですって。素敵でしょう?」

 コナは俯いて唇をかんだ。七年も前から婚約していただなんて聞いていない。

「だから、お父様もお母様もコナの結婚を焦らなかったのね。ちょっと意地悪ではなくて?」

 姉のラサラが同情的なのが慰めだろうか。ユベールは食事の手を止めて沈黙を守り、弟テュートはスープをお代わりしようか考え込んでいた。

「心配しなくても準備はもう出来ているの。後はあなたの結婚のドレスを仕立てるだけよ」

 笑顔の母に何も答えずコナは無言で食事を再開した。カトラリーを扱う音が若干大きいような気がする、と姉と兄はそっと目配せして頷きあった。

 彼女が何も知らされずに婚約していたことを怒っているのは明らかだった。

 また彼女が意地っ張りで、決めたことは頑として貫きとおすことも家族は皆知っている。

 だからこの態度も彼女なりの抵抗なのだろう、と両親は悟った。しかし決まったものを娘かわいさに翻すほど彼らはお人よしでもなかった。グロワールという領地を背負っている以上その責務は果たさなければならない。

 グロワール公爵は少し優しい声で話しかけた。

「アシル殿は公正で穏やかな人柄というし25と18では少し年が離れているが私とフレールもそんなものだ。気にすることはない。お前が幸せになってくれることを願っているよ」

 コナは少しだけ顔を上げて、小さく頷いた。食欲はうせ、再び皿に手はつけなかった。

 コナ自身、いずれは顔も知らない誰かと結婚することくらい覚悟していた。そのように育てられたし立場も理解しているつもりだった。ただ、まだ先のことだと思っていた。

 隣にいたラサラがそっとその巻き毛をなで、ぽつりと言った。

「さみしくなるわね」

 流れるような金髪と美貌をもつ姉はグロワールの真珠と称えられコナの自慢である。

 コナと容貌が違うのは異母姉妹のためであるが姉妹の仲は非常に良かった。

 余談ではあるが早くに母を亡くしたラサラは後妻として嫁いできたフレールの生んだ弟や妹を可愛がり、それは家族の絆を深めグロワール公爵家の家族仲の良さを内外に広めることとなった。

「そうね。でもこれから忙しくなりますよ。すぐにでもお支度を始めないとね」

 湿っぽさをかき消すように母が明るい声で応じた。

「祝宴のドレスにガウンと宝石も合わせましょう。特別大きなパニエもね」

 楽しげな母に兄がぼそりともらした。

「女性は大変ですね...」

「そう言っていられるのも今のうちだぞ。次はお前だからな、ユベール・ジェルマン」

 含み笑いの父に兄は眉をしかめた。

「ご冗談。僕にはまだまだ早いですよ。だいたい僕より先に姉上でしょう」

 矛先を逸らそうとユベールはラサラを見、その笑顔に言葉を失った。失言だったのだ。

「私は一度嫁いだからもういいの。もらって下さる奇特な方がいれば考えますけれど、ねお父様」

 父は渋い顔をした。

 他領へ嫁いだ姉がどんな魔法を使ったのか、一年ののちに莫大な財産と共に戻ってきたことは、この城に仕える者は知っている。そしてそのことは暗黙の掟として一切語られないことも。

 以来、父は姉の処遇に手を余しているらしい。

「コナはアシル殿を覚えている?ほら新年のパーティで」

 ユベールがとりなすように言ったがコナにははっきりとした記憶はなかった。

 毎年、家族揃って訪れる国王主催の新年の宴席には2度参加したが、挨拶と笑顔でのりきった記憶しかない。

「ではパーティに参加できなかった頃は覚えている?僕たちみたいな子供がひとまとめにされて王宮のナニーに面倒を見てもらいながら父上たちを待っていた時、コナは彼によく本を読んでもらっていたよね」

「緑色の立派な装丁のご本をいただいたのじゃなくて?」

 母に言われるとそうだった気もする。

「...探してみます」


 窓の外は暗くなっていた。吹き込む風もやや涼しくなり、ちらちらと星が輝きだしている。

 城下の家々にも小さな火が灯り夜の風景に変わっていく。

「きっと大丈夫よ。悪い噂は聞かないし万が一、何かあったとしても戻ってくればいいわ。あなたの家族はここにいるんですもの」

 コナはラサラの言葉に勇気づけられ力強く頷いた。

 父母は複雑な顔で見合わせ、ユベールは苦笑い。末弟のテュートは場が少し和んだのを感じ、姉さまおめでとうととびきりの笑顔を見せた。

 その天使の笑顔にひきこまれ、コナもつい、ありがとうと言ってしまった。

 いつまでも子供じみた反発をしても不毛なだけだ。母の様子からして明日から早速準備が始まるだろう。前向きに考えなければつまらないし、せっかく結婚するのだ。楽しい方がいいに決まっている。

(父様と母様みたいに仲の良い夫婦になれたらいいな。それに)

 ちら、とラサラを見る。

(最悪、離婚って手もあるもの)

 不謹慎な思いを巡らせる妹に姉はにっこりと頷いたのだった。

 


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