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俺、今作ってる性転換薬が出来たら、気になるあの子に飲ませて告白するんだ

タイトルでもわかると思いますが、性に関する話があるので人によっては不快になる部分があると思います。そのように感じると思った方はプラウザバックをすることをお勧めします。

1日目



 私は3年生で、もうすぐ夏休みに入る頃だった。

 その時、私は部活中だった。


 キーンコーンカーンコーン


 放課後タイムが終わり下校を告げる余鈴が鳴った。

 つまり、あと10分で第二理科室を片付けて、学校を出て行かなければならない。

 が、しかし


「そろそろ帰るぞって……、おい、まだ実験器具出しっぱなしじゃねーか」


 三人しかいない化学部の部員の一人が声をかける。一人はここにおらず、残りの一人は私のことである。

 私はまだ実験中だった。それも将来のことに関わるほど重大な実験を。


「片づけないと、明日、授業ができないから先公に怒られるだろ」


「もう少し……、もう少しだけ待ってくれ」


 私は部員に懇願しながらも、スポイドを片手にコンマ1ccの狂いもないように慎重に試験管の中に液体を加える。


「わかった。わかった。でも、関係なさそうなところは片づけるからな」


 私の部活態度に理解のある部員は使ってないフラスコや薬を棚にしまったり、洗ったりしてくれている。


「ところでさ、何の実験をしてるんだ?」


「性転換できる薬の製造さ」


 数秒、フラスコを洗う部員の手が止まった。私の言葉を深く噛みしめているようだ。


 性転換=雌または雄の生物が何らかの原因によって反対の性になることを指す。TSと略されて表記されることもある。


「お前って天才なのになんで……、それは何のために作るんだ」


「私は好きな女性がいる」


「へえ」


 突然の私のカミングアウトにとまどいながらも、部員の目に興味の色がこもった。


「それは初めて聞いたな。でも、それとその薬に何の関係があるんだ?」


「決まっているだろう。それを相手に飲ませて告白するんだ」


 再び、部員はフリーズした。

 しばらく待つと平静さを取り戻した部員が肩を震わせながら会話を再開する。


「ごめん。わからないわ」


「ふむ。ならまとめよう。私には好きな相手がいる。告白したい。そのためには性転換薬が必要。これでわからないところあるか?」


「わかったけど、おかしいだろ。お前はアブノーマルなのか!」


「私は女性が好きだ。ノーマルだよ」


「普通じゃねえよ!一体誰なんだよ。お前に狙われた奴は」


「言ってもいいが、条件がある」


「何だ」


「試しにこの薬を飲んでくれ」


 まあ、条件なんて無くても飲ませるけどな。


「ばかかあぁぁー。なら、聞きたくないわ。はっ、まさか……相手は俺なのか。俺を女体化させて付き合おうと企んでいたのか」


「何を言っている、このあほう。誰がお前なんぞと」


 そう言いながら時計を見る、あと5分しかない。私は試験管片手に部員に近寄り、押し倒して無理矢理薬を飲ませる。


「けほけほ。何すんだよ!やっぱり、俺のことを狙って……」


「黙れ。それに実際の所、性転換薬と呼ぶにはまだ中途半端だ。女にはならない」


「なんか嫌な予感がするんだけど……中途半端って?」


「胸が膨らむだけだ」


「ふ○なりかよぉぉーー。女になるよりひどいじゃねえか!」


「もう下校時間だな、急げ」


「流すな!」






2日目



「本当に胸が膨らみました」


 放課後、部室に入ってきた部員は結果を報告しながら、証拠として半袖シャツのボタンを軽く開けて、ふくらみがあることを示してくれた。


「おし、実験は成功だな。協力感謝する」


「って待てやこらぁ」


「なんだ。まだ何かあるのか」


「あるに決まってるだろ。一体、誰に飲ませるんだよ」


「何で、お前に言わなければならない」


「薬飲んだじゃねえか、交換条件だろ。ほら早く話せよ」


「あれはお前が飲んだんじゃなく、私が飲ませたのだ。全然違う」


「おい。そう言うのを詐欺って言うんだろう」


 そう言うと、私は部員に押し倒された。奇しくも昨日とは逆の立場になった。


「まあいいさ。どうせそんな奴だとわかっている。覚悟はいいか」


「何をする気だ?」


「思いっきり殴る。痛いだろうが因果応報だ」


 部員の目は血走っている。

 しょうがない。正直、私も勝手に実験台にしてほんの少しぐらいは悪いと思っていた。ならば部員の復讐を甘んじて受けようではないか。


「わかった。では、思う存分やれ!」


 その瞬間。

 ガラガラ。

 

「先輩。何が思う存分なのかい?」


 わわわわ、ああああぁ。


 突然、第二理科室の入り口を開けて入ってきたのはこの暑い中、お前は応援団員かと言いたくなるような学生服、ズボンを着た化学部員、昨日は部活に来ていなかった最後の一人の部員。

 そいつの名前は遠矢(とおや)(まこと)。1年生である。

 弓道部にも入っており、最近は大会が近いから化学部のほうには来ないと言っていたはずだが……。


「って、先輩方は何をしてるんだ」


 何をしてるんだって、部員が私の上に馬乗りになっていて、部員は胸をはだけていて……ってこの状況はまずい。

 私は部員を突き飛ばすと、懸命に真に弁解を始めた。


「真。違うんだ。こいつとは遊びだったんだよ。何の関係も無い。ちょっと魔が差しただけなんだ」


「先輩。大丈夫だよ。僕もそういう世界(ボーイズラブ)は知っている。僕には理解できないけど、それが己の魂に殉じた生き方なんだろ。なら、僕は別に否定はしない」


 うわああ、話がかみ合わない。


「待て。勘違いしないでくれ」


「いや、僕の方こそ済まなかった。弓道部の顧問が遅くなると聞いたから、ちょっとこちらのほうに顔を出してみようと思っただけさ。邪魔して悪かったね。それでは先輩方ごゆっくり」


 真はきびすを返して第二理科室から出て行った。

 後に取り残された二人。しばらく無言だった。


「おい。今の反応。態度。言葉……」


 部員が私にきつく問い詰めようとしている。


「飲ませたい相手って遠矢なのか」


「……そうだ」


「女子を性転換させて告白しようと考えているのか。お前は」


 部員の目はおぞましいものを見るようだった。




 私と真は家が隣どうしであり、母親が同じヨガ教室に通う仲間だったので、私たちも自然と仲良くなった。いわゆる幼馴染というやつだ。

 私のほうが2つほど年上だったので、真は雛鳥のように私の後ろをよくついてきたものだった。


 変わってしまったのは中学1年の頃、真は中二病を発症した。


「世界は何十億も昔からあったと言うけれど、本当にそう思うかい?実はこの世界は僕だけが生きている世界で、周りは僕が見ているだけの実感の伴った幻覚で、過去というものは何者かに作られた過去という可能性もあると思うんだけど、そう思わないか」


 実感の伴った幻覚って、それただの現実だよ!


 当時の私は突っ込みをいれるだけで精いっぱいで、真の私に対する態度が変化したのに気付かなかった。

 休日遊ぶ仲だったのが、気づいたら学校で顔を合わせる程度になっていた。

 部員不足を理由に無理矢理化学部に入ってもらったが、それでも距離はほとんど縮まらなかった。


「ふーん。じゃあ、何だ。遠矢ってそれでいつも男子の格好してたわけか」


 部員の声に私は現実に引き戻された。


「そうだ」


「つまり、あいつのために男にしてやろうと」


「そう取ってもらってもいい」


「うーん、なあ、お前は女じゃないよな」


「何を言っている。れっきとした男だ」


 失礼な奴である。


「なら、遠矢に性転換薬飲ませたらお前ら男同士になるから、あういう世界(ボーイズラブ)になっちまうんだが、どうするんだ」


「ふっ。そんなの心配ない」


「あん?」


「私も飲めばいいだけだろ」


「はいはい。お前って天才だけど馬鹿だよな」


 本当に失礼な奴だ。






3日目



 放課後、私は部員と「真に薬を飲ませる」作戦を考えていた。ちなみに薬は昨日頑張ったら完成した。今、机の上にはビーカーに入った黄色い液体がある。


「はえーな。おい」


「ふっ。それほどでもない」


「で、どうやって飲ませるんだ」


「勿論、嘘をついて飲ませる」


「おい!もちろん言うな」


「あいつはプロテインマニアでな。これも新薬のプロテインと言えば、飲んでくれるはず」


「プロテインマニアって何だよ。ってか、そんなうまくいくかねえ」


「ああ、だから、挙動や喋りに淀みがあってはいけない。そのために練習をするんだ。さあ。真のような言葉遣いで私に話しかけてくれ!」


「えっ、いきなり言われてもな……。ぼ、僕に何かようか……い」


「真。研究の一環でプロテインを作った。飲んでみないか」


「そ、そうかい。それはとても、こうかのありそうなものだね」


「……何か、違うな。あの無意味に生意気そうな、強気な感じの話し方はできないもんか?」


「あいつの話し方なんて真似できるかよ」


「まあ、いい。私だけで練習しよう」


「そうしてくれ、って遠矢、今日も来ないのか?」


「ああ。今日も弓道部のほうに出るみたいだが……」


 今度も突然

 ガラガラ


「先輩方。こんにちは。今日も少し余裕ができたから来てしまったよ」


 うおわー。何でこのタイミングで。


「おや、先輩。それは何だい?」


 机の上の性転換薬を指さして尋ねる。気付くの早いぞ。ええい。ままよ。


「プ、プロテインだよ。ほら、真、好きじゃないか。生物に効率的なエネルギーの取り方の研究をしててさ、その一環で作ってみたんだよ」


 くっ。準備が足りないせいで白々しくなってしまった。


「嘘だろ。声が上擦ってる」


「ははは、ばれちゃったか」


 くそっ。どうすればいい。


「で、それは本当は何なんだい。あまりプロテインの匂いはしないね」


 机の上の性転換薬を手に取り、匂いを嗅いでいる。このままでは、飲む気配が無い。

 私は助けを求めるように視線を部員のほうにやった。

 私の視線に気付いた部員はニタァと嫌な笑みを浮かべた。


「くっくっくっ。本当のことを教えてやるよ。遠矢」


 な、何を言いだすんだ。部員よ。


「それはなあ、性転換薬なんだよ」


 なっ、この裏切者があ。


「「何で、このタイミングでばらした」って顔してるなあ。気にならなかったか?何で俺がお前に協力的だったか。俺はな、ずっと伺ってたんだよ。お前の企みを破壊する準備を。この胸の恨みを晴らすためになあ」


 許すまじ。

 私は思わず、部員に飛び掛かる。


「胸の?じゃあ、先輩も飲んだのかい」


 私たちがもつれ合う様を冷めた目で見ながら真が聞いてくる。


「ああ。そうだ。まだ膨らみも引きやがらねえ」


 引っ掻こうとした私の手を払いながらも、何とか部員は返答した。


「ああ、だから、昨日服を脱いでて……、愛の営みにしては何か変だと思ったんだよね」


 気づいてたのなら。誤解しないでくれ。

 真は興味深そうにビーカーの中身を見ている。


「ふーん。性転換薬だって……、面白そうじゃないか」


 えっ?


 私たちは喧嘩を止め、お互いに真のほうを見た。

 真はビーカーに入ったそれをあっさり飲んだ


『嘘おぉ!』


 私たちの声が重なった。


「うん、あんまりおいしくないね。それで、効果はいつごろ出るんだい?」


「ああ、明日の朝。起きたら変化が出ているはずだが……」


「うん。それは楽しみだ」


「おっ、おい。遠矢」


「何ですか。先輩」


「何で、お前男になることにためらいが無いんだ。そのいっちゃあ男って結構不利なところも多いぜ、レディースデーの食事は食べられないし、女子といたら力仕事は基本やってあげなきゃいけないし、食事はおごらなきゃいけないぜ」


 世界の半分を敵に回す発言は止めんかい。


 真は、部員の目をまっすぐ見て言いきった。


「僕は強くなりたい。ただそれだけさ」


 はっ?

 私たちの目が点になった。何を言いたいのかわからなかったが、それ以上の理由を真は答えようとしなかった。


 その後は、他愛のない話をして時間をつぶすと、真は弓道部に行くと言って、出て行った。


 それが、学生服を着た真の最後の姿だった。






4日目



 放課後、私が部室に入ると、部員が私の製薬ノートを読んでいた。


「おい。何、勝手に見ている」


 私が注意すると、部員はこちらのほうを真剣な目で見ながら話しかけてきた。


「遠矢が今日、学校に来なかったらしい」


 その言葉から、部員が何故、急に真面目そうにしているのかを私は察した。


「何だって、本当か?」


「ああ、後輩から聞いた。間違いない」


 部員は意外にも静かに本を閉じた。


「さすがに何かしてやりたいと思って、無断でお前のノートを読ませてもらったが……、これ、性転換の薬じゃないだろ」

 

「ああ。わかったんだな」


「女性ホルモンの分泌を促すためだけの薬。男にとっちゃ胸が膨らむ程度だろうが、女にとっちゃホルモンバランスが崩れるから……」


「生理痛に悩まされたり、突然イライラしたりするだろうな。わかって……」


「ふざけんな。遠矢に謝れ」


 他人事のような言い方に耐え切れなくなったのか、部員は非難の声を上げる。


「お前のやってることは人に薬と偽って毒を飲ませているんだよ。ただの嘘つきだ」


「嘘も方便というだろう。それにあれはあいつにとっては本当に薬だ」


「薬?」


「ああ」


 真は中一の頃に中二病を発症した。それと、同時に男の格好をするようになり、プロテインを好むようになり、筋トレを必死にするようになり、プロレスを視聴するようになった。さらに、両親が部屋を掃除していた時に発見した本のタイトルが『性転換手術とは』であった。まるで、筋肉隆々な男になりたがっているようだというわけである。

 真の両親はそれを心配して私に相談してきた。私は一計を案じた。あの性転換薬を飲ませることで、自身が女であることを意識してもらって、女らしくさせる計画を立てたのだ。名付けて「自分に素直に」作戦。

 そんな趣旨のことを私が話すと、部員は一応怒りを解いてくれた。


「何でそこまで馬鹿な計画を……。じゃあ、あれを性転換薬と言ってた理由は?」


「本当のことを言ったら、飲まんだろ」


「じゃあ、俺に飲ませたのは」


「実証を示して、真に飲ませる確率を上げるためだ」


「……だったら、最初から素直にそう言えばいいじゃねえか。それに、あいつあっさり飲みやがったし、俺飲まなくても良かった気がするんだが」


「かもしれんな。おし、じゃあ今から、真の家に行ってくる」


「おう。謝れ。謝れ」


 そして、私は出て行った。残されたのは部員一人。


「……そういえば、あいつ最初飲ませて告白するとか言ってやがったよな」





 ここでちょっと考えてほしいことがある。

 あなたが、他人から健康に良い薬を勧められて、その薬を飲んだら体が痛くなったとする。その痛みで体がつらい時に、張本人が突然やってきて、「好きだ」と言われたとしたら、あなたならどうするか。





「いや。さすがに告白はしないだろう。いくら馬鹿でも」


 部員は自分自身に納得させるようにつぶやいた。








「僕に嘘をついたって言うのか?」


「そうだ」


「何でそんなことを」


「お前のことが好きだからだ」


「真が好きだ。付き合ってくれ」


「……うん。ぼ……じゃないね。私も好きでした。よろしくお願いします」



 ふははははは。こうだ。こうなるに違いない!


 私は今から起こるであろう出来事をシミュレーションしながら一旦帰宅した。

 帰宅したら、髪を整え、くせ毛が無いかチェックをしてから、隣にある真の家に向かった。

 家の玄関では真の母親が出迎えてくれた。


「あの子ね。今日はお腹が痛いから休むって言ってね。部屋から出てこないの」


 私は母親にも薬を飲ませたことは伝えていない。なので、かなり心配していた様子であった。

 ですが、お義母さん大丈夫です。私がどうにかしますから。安心してください。

 

 私は真の部屋の前に行くと、部屋の扉をノックした。


「真。私だ。起きているか」


「……!何しに来たのかい」


「勿論。見舞いに来たのだ」


「要らない。だから帰れ」


「薬はどうだった。よく効いているか」


「うん。よく効いたよ。本当に。じゃあ帰れ」


「実はな。あの薬。本当は性転換薬じゃなかったんだ」


「知ってる。わかったから帰れ」


 ……おかしい。シミュレーションとなにか雰囲気が違う。だが、ここで引くわけにはいかない。


「なあ、何であの薬を作ったか、興味ないか」


「……少し気になる。どんな悪意を持っていたのか」


「いや。好意があったから、作ったんだ」


「好意?」


「ああ」


 私は一拍置いてから、言い切った。


「真が好きだ。付き合ってくれ」






 僕は


 僕は強くなりたかった。

 三年前、中学1年だった僕は痴漢にあった。

 あの日、醜悪で不潔で不愉快な男の右手が僕の尻を撫でた。僕は恐怖心で声が出てこず、永遠にこの時間が続くようにも感じられた。実際の所は3分程度だった。僕の異変に気づいた別の女性客が気づき悲鳴を上げてくれたことで、周りの乗客が男を取り押さえ男は逮捕された。その男が今どうなってるのかは知らない。この事件は僕の精神状態や世間体を考慮して、世間からは秘密ということになった。だからあいつも知らない。

 その時、僕が学んだことは、男は獣だということだ。獣を抑えるには力が必要だ。だから、僕は強くなりたかった。まずは獣の恰好をまねた。獣の言葉をまねた。当時の獣の憧れを調べてまねた。


「真が好きだ。付き合ってくれ」


 今、外に獣がいる。嘘つきだから狐だ。

 狐は何をした。騙して薬を飲まして、そして今、僕を誑かそうとしている。

 狐は狡猾だ。口で返すと、必ず何か言い返してくる。

 どうする?そうだ。相手は獣なんだ。

 力でねじ伏せればいいんだ。


 そして、僕は近くにあったそれを手に握って……






「死ねよやあ」


 突然、扉が開き、黒のパジャマに身を包んだ真が鬼気迫る表情で、1kgのダンベル片手に私に迫って来る。


 な、何故告白したのに、襲い掛かって来るんだ。恋愛関係で襲ってくるパターン……まさか、心中?!


「ま、待て。早まるな。私に応えてくれるのは嬉しいが、まだ死ぬの……」


 ゴツン。1HIT!頭が狙われた


「うるさい。その口を開くな」


 2HIT、3HIT!肩が、腕が。真はリズムよく叩く。痛い。


 4HIT!胸をやられ、あまりの痛さに私は前のめりになる。


「まだまだあ」


 5HIT!ゲシッ。6HIT!頭を再びやられ前に倒れた私は、真の右足に踏みつけられる。


「ま、待て。私はまだ死にたくない……」


「畜生がしゃべるな」


 7,8,9HIT!私の言葉をさえぎって連撃が来る。

 さすがにまずい。だが、時間を稼げば、真の母親が異変に気付いてこちらにやってくるはず。


「そ、そうだ。告白の返事だ。まだ聞いてない」


「はあ?告白ぅー?」


 真人はダンベルを両手に持ち替え、天に向ける。気のせいか目が赤く光ったような気がした。


「断るに決まってるんだろうが。このド変態!」


「No!」


 10HIT!とどめの一撃が私の頭に炸裂した。


 その瞬間、私の頭が白くなったのは、振られたせいなのか衝撃のせいなのか。まあ、こうなったらどっちでもいいだろう。






 弱い。男ってこんなに弱かったのか。

 目の前の狐は地に伏して気絶している。なんとなく、ダンベルで殴った痛みで気絶しているわけではなく、何かにショックを受けて気絶しているように感じられた。


「あはは、こんなあっさり……」


 女でも男を倒せるわけだ。

 あんなに恐ろしかった獣なんていなかった。

 何で、こんなのにおびえていたんだろう。

 僕は笑った。高い声で笑った。

 生まれて初めて、こんな高い声を出したような気がする。











最終日



「で、振られたわけだ」


 その日の放課後、第二理科室には机に突っ伏して白くなっている私と一部始終を聞いた部員の二人だけがいた。


「自業自得だな。しかし、この部にはもう来ないかもな。遠矢」


 頭のほうから部員の声が聞こえてくる。突っ伏している私にはどんな顔をしているかわからないが、きっと皮肉そうに笑っているのだろう。


「それは……困る……な。私……たちが……卒業……したら……、唯一の……部員……だぞ」


「でもそんな経緯があったら、こっちには来づらいだろ」


「こんにちは。先輩方」


 うん?


 どうやら真が来たようだ。私は今回の出来事に対する引け目から、なんとなく顔を合わせにくかったので、伏せたまま、二人の会話を聞いていた。


「おっ、噂をしたら……って、遠矢どうしたんだ」


「いつも通りだよ。僕は変わらない。ただ、世界を誤解していただけなんだ」


「おお。そうかよくわからんが、まあいい。って、おい。見ろよ。遠矢の格好」


 揺り起こされた私が顔を上げると女子のブレザーを着た真がいた。

 馬子にも衣装なその姿に私は見直したが、相変わらずの喋り方なので、思わず笑ってしまった。


 なんだあ、少しだけ素直になったじゃないか。

 私はなんとなくほっとした。


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