第7話「指導されました」
だいぶ日が空いてしまいました。
それでも閲覧に来てくださる方、ブックマークしてくださる方、ありがとうございます。
この世界で生き抜くためにどうするか。
予見眼だけでは不足なのは分かってる。
何かが必要だ。
その何かが分からないまま、ただ遠い空を見上げている。
まあ今見上げているのは、ただ先生の手厚い剣術指導を受け、倒されてひっくり返されただけだが。
ああ、鳥になりたい。
飛べない鳥はもうこりごりだ。
「筋がいいですね」
「そうでしょうか」
先生に手も足も出ず、さんざん打ち込まれたあとに言われてもね。
手加減して打ってくれているんだろうけど、打たれた所がひりひりする。
それに足が熱をもって腫れている。
この体はすぐ筋肉痛になるな。
まあ、この感覚は嫌いじゃない。
生きてるって感じがする。
ここのところ、先生が住処としている森に毎日通い込み、剣術の指南を受けている。
剣術を身につけること以上に、予見眼を使いこなすことが主たる目的らしい。
草木が生い茂って足下が悪い上に、先生が木の死角から飛び出すもんだから、剣術以前にまともに動くことすら困難だ。
予見眼がちゃんと使えていれば、木の陰だろうと土の中だろうと予見できるはず。
なのだけど、予見眼を使用しているときは極端に視野が狭まる。
これだけ木が多いと、どの木から飛び出すか分からないので追い切れない。
必死に目を凝らしていくうちに、視野が広がるのだそうだ。
「手元から剣先が読みにくいです。足運びに無駄が少ない」
「ありがとうございます」
剣道の授業を思い出しながらやっているせいだろうか。
冬の畳を素足で歩くのはしんどかったが、人生なにが役に立つか分からないものだ。
5歳児にしては、という注釈はつくだろうけど。
「次は試合形式でやってみましょう」
「わかりました」
胸に手を当て礼をしてから剣を握り直す。
さっきの奇襲形式が視野を拡大するのが目的なら、試合形式は、予見眼を使った組み手なようなものだ。
敵と相対したとき、予見眼を使ってどのような攻撃ができるかを把握、鍛錬、応用する。
予見眼と剣術を組み合わせて使って、先生を打ち据えれば成功なわけだ。
先生を凝視する。
予見眼は常に未来が見えっぱなしかと言うとそうではなく。
ピントが合ったものを見るので、目の前のものしか未来は見えない。
今は先生ひとりだから不便は感じないが、ものを投げてきたり、多数を相手にするときは大変そうだ。
先生は試合が始まっても、数秒は待っていてくれる。
予見眼のピントを合わせるのはかなり疲れる。
フォントサイズ5.0を頑張って読む感じだ。
慣れれば自然にピントが合わせられるようになるらしいが。
慣れるまではこうしてくれているが、実戦ではこの時点で死んでいるんだろうな。
先生から出るホログラフィーのような黒い像は俺に向けて連続し折り重なり、薄くなりながら、俺の面、胴、足、手元を打ち据えている。
予見眼について、わかったことがある。
1つめは、こちらの動きにより像(未来)の濃淡が変わる。
例えば、面を打たせないように上を防御すると下方面の像が色濃くなる。
胴や小手を警戒すると、上方面の像が色濃くなる。
こちらの動きで像(可能性)は変わっていく。
ならば、可能性を誘導することもできるはず。
まず右に踏み込む。
先生も右のほうに踏み込み、像も右よりになり、像の範囲が狭まった。
1つめは、言ってしまえばフェイントだ。
相手の動きを誘い込み、あわよくば体勢を崩して動きを制限する。
熟練者なら予見眼なんて無くてもできるんだろうけど。
2つめ。
先生に負けている原因は、やはりスピードだ。
いくつかの未来が分かっても、追いつけなければ意味がない。
だったら、動けない部分を狙えばいい。
動きの起点となっている部分、つまり動きが分岐しない部分を狙った。
できるだけ速いスピードで、まっすぐ突く。
「…っ!」
剣(木の枝)で受け流された。
そのまま面を食らった。
剣の動きも像の動きに含まれているんだった。
先生はこちらを驚いたように見てる。
「さすがですね」
「さすがなことありましたか?」
「あと少し遅ければやられてました」
本当か?
誉めて伸ばす教育も、やりすぎるとバカにされてるように感じるぜ。
まあ、手応えはあった。
もっと動きを制限して、剣ではじかれないような動きがないところを狙えば当たる。
まあ、当たったところでマジカによる防御力アップでノーダメージなんだろうけど。
それに先生のスピードは遅い方だろう。
マジカには、得手不得手がある。
先生は魔法がすごいぶん、身体能力強化は苦手そうだ。
「どうでしょうか。慣れてきましたか?」
「慣れてきましたが、これで戦闘で勝てるイメージはわきませんね」
「兵士クラスならともかく、日常での護身用としてなら、このまま研鑽を重ねていけば問題はないでしょう」
日常の護身用か。
「王に認められるにはどうすれば良いのでしょうか」
護身用程度で、王が満足するとは思えない。
そもそも、どのようにしたら王に満足してもらえるのか、よくわかってなかった。
「まだリハビリ中だというのに、すばらしいことですね」
先生は微笑んだ。
先生から過剰な期待を感じるが、期待を怖がっている段階ではない。
「先生は宮廷魔術師として王に接する機会も多かったのでは? 王の好みなど分かる限り教えてください」
「…そうですね」
先生は考え込む仕草を見せる。
その様子からするに、それほど関わりがなさそうだ。
宮廷魔術師とかいうから、王の右腕的ポジションかと思ったが。
「王の夢は、魔族の豊かな領土を手に入れることです。ゆえに王は強き者を欲しています」
「魔族の領土を手に入れる?」
意外としょぼいな。
「拍子抜け……といった顔ですね」
「もっと大きな野望を抱いているものかと思っていましたので」
「残念ながら、人間にとってはそれすらも夢物語でしょう」
先生による、実際の魔族と人間の関係性について説明された。
人間と魔族には明らかな魔力の差があること。
魔族にとって、基本的には人間は虫程度の扱いであること。
魔族が大部分の環境のよい土地に住み、森などに獣族が住み、その残りの土地に人間が住んでいること。
「その僅かな土地を、人間同士で奪い合っている。そんな状況です」
さんざん絵本では魔王を討ち果たしているというのに、現実には魔族に虫けら扱いされている訳か。
生物界の頂点に君臨していた前世とはえらい違いだな。
「我が領土はミュージリア山の巨大カルデラに位置しています。
この土地に我が国を含め、3カ国が存在し、日々小競り合いをしています。
それでも土地柄のせいで魔族も関与していないので、比較的平和な土地と言えるでしょう。
この土地から離れ、麓にいる魔族を倒し領土を拡大するという考えは、この国にとっては大きな野望と言えるでしょうね」
「以前に聞いていた情報とだいぶ違いますね」
魔族とは、この豊かな土地を奪いにくるならずもの設定だった。
強大な敵ではあるが、人間より格下だ。
「どこに主観を置くかによって違ってきます。私の主観は魔族側ですので」
「攻め入ってきた魔族を討ち果たしたという英雄譚を聞いたことがありますが、作り話ですか?」
「登山家か学者か、もしくは私のような変わり者が、この土地に入り込み、多勢に無勢であえなく亡くなったということでしょう」
「多勢なら、魔族にでも対抗できるのですね」
「そうですね、虫という言い方が悪かったかもしれません。王やその側近程度の力を持つ者が数名で連携すれば、魔族の中程度のレベルなら勝てるでしょう」
思ったより拮抗していた。
それでも人間側が大きく敗北し、魔族に追いやられている現状は事実なのだろう。
「今まで魔族と戦争になったことは?」
「あれば、この国はなくなっているでしょうね。これは私が魔族であるというひいき目なしにしても、勝つ見込みはないでしょう」
「もし魔族と戦争になったら、先生は魔族側になるのでしょうか」
「どちらにもなりませんよ。同族が死ぬのも、人間が殺されるのも、どちらも見たくはありません」
「それなら、なぜ宮廷魔術師に? 人間同士の戦争でも人間は死にます」
「よそ者の私にとって、それが一番生きやすいからです。王は戦闘能力があれば、身元不明の私でも宮廷魔術師に据えてしまうくらい、実力主義ですからね。代わりに作戦の全容などはまったく教えてくれませんでしたが。それとこれは言い訳になりますが」
先生はちょっと寂しそうな顔をした。
「私なら、敵側の犠牲を少なくして目的を達成することができますから…」
「………」
先生みたいな万能感あふれる人でも、苦労して生きているんだな……。
いや、ちょっと待てよ。
「そこまでして得た生活を、なぜ僕のために犠牲にしようと思ったのですか? それに、人間に今まで施したことのない予見眼をなぜ僕に?」
「予見眼については、魔族とバレてしまわないように人間に与えてこなかっただけで、特別な理由はありません。人間にはない能力ですからね。魔族の中でも特殊です。身元が分かってしまうくらいに。それともう一つの質問、宮廷魔術師としての生活を捨てたのは、」
先生は微笑んだ。
「殿下に可能性を感じた、というのは本当のことです。と言っても、そんな大層なことではありません。私の生き方の問題です。ここの社会に頼らずに生きていけるようになってきましたので、無理をして戦争を生業にする必要がなくなりました。折を見て職を辞そうと思ってましたので、良いタイミングです。それに、お気に入りの人間ができたのに縁が切れてしまっては、せっかく人間社会に来たかいがありませんからね」
先生は間を置いて、ハッとなって、
「殿下に対して、お気に入りの人間だなんて、失礼な物言いをしてしまいました」
先生は深いお辞儀をして謝った。
「いえ、とんでもありません。ありがたい限りです」
俺なんか、人間にとっても王族にとっても虫けら同等なのに、先生はかわらず敬意を払ってくれる。
魔族なんだから、俺のことを「おい人間」くらいに言い放っても良さそうだ。
先生なりのけじめなんだろうか。
俺としては、「そこの虫けら」と蔑んだ目で見てもらっても一向に構わないのだが。
卑しい豚でもいい。
「このまま訓練を積んでいけば、王に認められる強さを手に入れることはできるでしょうか?」
「難しいでしょう」
ですよね。
「殿下、私にできるのは予見眼を差し上げることと、護身程度の剣術をお教えする程度です。あとの道は殿下自身が考え、歩んでください」