第26話「演説しました」
いつも申し訳なく思っておりますが、更新をなるべく早くしようという気持ちは失っておりません!
獣族を前にして、貴族たちが慌てふためいて逃げる。
貴族は戦って民を守るのが仕事じゃないんかい。
「指揮は私、バランが執る!」
じじいの声が、この騒ぎの中でもよく響いた。
「聖騎士隊は要人の安全を最優先せよ! その他の隊は各獣族の殲滅に……」
!
殲滅!?
「待ってください! 彼らは私が招いた友人です。攻撃はやめていただきたい!」
ここで戦闘が始まったら、今までの努力が消える。
頼むよ、この数の獣族を相手にしたら、国自体がただじゃ済まないことは分かるだろ?
「彼らに攻撃の意図はありません。なぜなら、彼らは友人であり、私の兵でもあるからです。私の命がなければ攻撃はしません。もちろん、そちらから危害を加えられることがあれば、その限りではありませんが」
ここにいる会場の視線がこちらに向いていた。
一様に、何言ってんだこいつ、みたいな表情をしている。
王から遺伝したこの声は、本当に良く通る。
おかげで戦闘は始まらなかった。今のところ。
獣族のほうを振り返ると、臨戦態勢をとっているが、いきり立っている感じはしない。
“よくはるばる来てくださいました”
と、新長老の獣人に獣語で話しかけると、
“我が故郷を取り戻せるなら、これくらいのことは大したことではない”
そう返事が返ってきた。
ありがたいね。
獣族がこれほど友好的なんだ。
獣族アレルギーもほどほどにして欲しい。
せめて国を司っているはずの皆さんには、冷静に対応願いたいね。
この国の中枢に、この数の獣族だ。
どうなるかは冷静に考えてもらいたいところだ。
そこは、やり方はともかく、この国を支えてきたじじいの冷静な判断力を信頼するしかない。
貴族は相変わらず、ざわついているのだけど、それはさっきまでのような奇声ではなくて、こちらの様子を窺っている感じだ。
このままずっと余計なことをせず見守っていただきたい。
「自分の主張を通すために、よりによって獣族に国を売り渡すようなまねをするとは」
じじいが口を開いた。
「貴方をもっと早く処罰すべきでした」
「売り渡す? 彼らにこの国を獲ろうなどという意思はありませんよ」
たぶんね。
少なくとも、魔族から土地を奪い返すという約束が信じられている限りは。
「到底、信じられませんね。こやつらが、この国を獲ろうとするために、浅はかな貴方を抱き込んでいると考えたほうが自然でしょう。獣族が配下になるということを信じているのは、幼稚な貴方だけですよ」
うん、自然かどうかはともかく、国家としてはそれくらい慎重であるべきだと思う。
ただ、俺を浅はかとか、幼稚とかという言葉を選んでいるあたり、俺を悪者にしたい意図を感じる。
本心からそう言っているだけかもしれないけども。
「それこそ、到底、考えられないことです」
黙っていれば、言葉が事実になってしまうので反論させてもらう。
「何を根拠に」
「根拠は、今戦闘が起こっていないことですね。もし僕を抱き込んでるだけだとしたら、この国の中枢である議会に侵入できた時点で、彼らは行動を起こすでしょう」
「では、何が目的だというのです。なんの見返りもなく、獣が我らに協力するわけがないでしょう」
疑っているということは良いことだ。
興味があるということだから。
「その疑念は当然です。何の見返りもなく、獣族が人族に協力するわけがない」
やはり、という雰囲気が流れる。
だからって結論を急がないでくれよ?
獣族のほうに向き直り、頷いて見せる。
獣族の中で人語が分かる者がいないから、獣族の反応はないが、それが了解を得ているように周囲から見える。といいな。
「彼らが欲している見返りは、魔族から奪われた土地を奪い返すことです」
一瞬、空気が止まった。
「魔族だと!」
周囲がいきり立つ。
「ええ。私と私の兵は、獣族と共闘し、魔族から土地を奪い返します」
「愚かな」
じじいはこめかみをおさえた。
「祖先がどんな思いでこの土地を手に入れたと思っているのか。その思いを踏みにじる行為だ!」
できる、できないという話ではなく、祖先の思い、か。
これが、王が公に、魔族からの土地を奪還することを言えなかった理由か。
「祖先が望んでいるのは、現状に甘んじることなのでしょうか」
崩れた扉から風が吹いた。
湿りカビたような臭いが流されていく。
「獣族は魔族に土地を奪われました。そして、我らの祖先も。追い詰められ、逃げ込んだこの狭い貧弱な土地に縛られていていいのですか!」
「祖先たちが血と命を引き換えにしたこの神聖な土地を愚弄する気ですか!やはり貴方は逆賊のようだ!」
「貴族たちよ! 兵たちよ! 気付いているはずです! このままでは限界があると! このまま自分の利権をむさぼって、この国の財産を食い尽くしていけば、いずれ国は滅びます!」
「獣は、祖先や家族の尊い命を奪ってきました。決して許されない敵である! 保身のために、獣に魂を売った王子とともに獣らをせん滅せよ!」
言葉をかぶせるように、じじいが叫ぶ。
問答無用でつぶしに来るか。
それも想像していた。
手を上げる。
暖かい空気とともに、白い煙のようなものが立ちこめる。
鉄のような匂いがする。
雨が降る前の湿った空気を連れて。
やがて白い煙は左回りに、規則的に回転し始める。
白い煙が、壁が壊れてのぞく外の向こう側へ、そこにある回転の中心に吸い込まれていく。
回転の中心にいるのは、アリスとウィール。
アリスが炎を渦状に発生させ、そこにウィールが水をかけ続ける。
最初は、水が蒸発するだけだ。
それら水蒸気が、ある一定の濃度になって、自由に動き回っていた水分子が、ある挙動を始める。
それはアリスが発生させた熱源。
アリスが発生させた熱は、空気を暖める。
暖まった空気は、上昇する。気球が浮く原理と一緒だ。
空気と一緒に水蒸気も巻き込まれる。
これに、アリスが炎を回転させることで、回転方向を定めてやる。
反時計回りにするのがコツだ。
地軸の回転方向だからな。
試していた時に分かった。ここはどうやら、北半球らしい。
南半球だと時計回りになるからな。
もう分かっただろ?
トルネードだ。
と言いたいところだけど、ただのつむじ風です。
「なんだ、これは!」
つむじ風と言っても、高さ100m、直径5mくらいはある。
これくらいなら、家屋とまではいかなくても、農家のビニルハウスを全壊させるくらいのパワーはあるだろう。
ここまでくれば、旋風と言っていいレベル。
さすがアリスさんやでえ。
話は戻るけども、熱エネルギーで自由に動き回っていた水分子は、上空にあがると凝固して液体になる。
上空は温度が低いので、熱が奪われるからだ。
高度があがっていけば、温度もどんどん下がり、氷の粒になる。
氷の粒の集合体は、見た目は白くて、わたあめのようにも見える。
うん、雲だね。
ここは巨大カルデラだけあって、標高が高い。
ここで生まれ育った俺は、まったく意識せずに順応しちゃっているから気づかなかったけども。
国が3つも存在しちゃうレベルの広さなんだから、エベレストなんか比べものにならないくらい、巨大な山だったんだろう。
エベレスト行ったことないからわからないけど。
それが凹んでできたから、多少は標高が低くなっているが、それでも、雲は十分作りやすい。
氷の粒たちは、上昇気球によって次々に巻き上げられ現れる氷の粒たちに擦られ、小さい粒のほうが正の電荷を帯び、大きいほう粒が負の電荷を帯びる。
小さい粒は上昇し、大きい粒は地表付近に滞留する。
マイナスの電荷が溜まりまくる。
ドン、と鈍い音がして、石像が破壊された。
「なにが起きている!」
貴族は慌てふためている。
聖騎士は剣を振りかざし、突撃していた。
「バッ! やめろ!」
叫ぶ。
でも声は遅かった。
剣が避雷針になって、剣がくだけた。
剣を持っていた聖騎士が何人か、地面に倒れて動かなくなった。
雷だ。
「これは、俺が作り出したものだ! 攻撃すれば命の保証はない!」
雷とはいえ小規模だから……、人命に影響がないと思いたい。
「これが、お前が作り出したもの……?」
貴方と言っていた言葉が、お前に変わった。
じじいも動揺を隠せていない。
「マジカを使えないお前が、なぜ!」
「これが私の、能力だからです」
科学。
獣族が欲しがっている俺の能力だ。
雷の正体は、ただの静電気。
下敷きをセーターで擦って、髪の毛を逆立てるやつだ。
冬になれば、バチッという嫌な音がして、痛みをともなう憎いやつになる。
それが大規模になれば、人命を一瞬で奪う。
「貴族の皆さん」
大声で呼びかける。
「貴方がたも知っているはずです! 私の力を! この国から水源を発掘することもできるし、土を変え農法を変え多大な収穫量を生み出すこともできる! 皆さんに、新しい土地と、新しい兵力と、新しい生産を約束する!」
貴族の視線は一斉にこちらを向いている。
王から遺伝したこの声は、本当に良く通る。
「バラン公爵の時代は終わりました! 私が、この私が時代です!」
言い訳ですが、この話はフィクションであり、エセ科学が多分に含まれます。
今回で言うなら、これくらいの規模の雷では、人が倒れたり物が壊れるほどの威力はきっとありません。
そもそも雷すら発生しないかもしれません。
そこら辺は、この世界ならではとあたたかい目で見ていただければと思います。




