第22話「準備が整いました」
いろいろと申し訳ありませんでした_:(´ཀ`」 ∠):
Xデー前日。
村人たちに明日の流れを説明するために、各地を回る。
狭い国とはいえ、3日くらいはかかるだろうと見込んで5日とったら、見事にギリギリだった。
さすがに村人への説明は自分でやりたいと思ったのだけど、分担しても良かったかな。
なんとか間に合いそうで良かったよほんと。
「殿下、お疲れ様です」
村と村の間の、人がいなさそうな荒れ地。
どこから現れたのか、先生がそう声をかけてくれた。
先生はどこからか、俺を見守ってくれている。
心強いね。
「異常ありませんか?」
「大丈夫そうです」
どこかしらで妨害がありそうだが、今のところ何もない。
嵐の前の静かさって感じで、ちょっと怖い。
「いよいよ明日ですね」
先生がそう言った。
気負っているわけでもなく、緊張しているわけでもなく、日常会話のように。
頼もしい。
「明日の流れは大丈夫ですか?」
俺がそう尋ねると、
「ええ。力になれないのが残念です」
先生は心底残念そう言ってくれた。
「先生にはさんざん力になってもらっていますよ。それに先生には、もしもの時に民を守るというし大切な役目があります」
先生は国から追放された身で、貴族たちに顔が割れてる。
それに獣族に先生の存在がバレたら大変だ。
自作自演がバレてしまう。
先生におおっぴらに活躍してもらうわけにはいかない。
「何かあった時には狼煙弾を使ってください。殿下だけでも助けます」
何かあった時というのは、作戦が失敗して俺の命が危うくなったときのことだ。
先生はいつだって俺の命優先だ。
それは大変ありがたい。
「失敗してみんなを巻き込んで1人だけ助かるようなまねはできません。明日は成功させます」
失敗は許されない。
その日は気が高ぶって眠れないと思ったら、秒で寝ていた。
夜中に目をさましてトイレが行こうと思ったが、そういやこの部屋にはトイレなるものがないことを思い出したので二度寝しようと思ったら、何度もトイレに起きる夢を見てしまい、これはさすがに布団に日本地図を描いてしまうわと意を決して布団をかきあげたらウォッシュレット付き便座に座っているので、あ、これ夢だわ。
そんなことを繰り返して、ようやく目が覚めた。たぶん。
真っ暗で辺りは見えないが、固いベッドの感触、埃っぽい土の匂い、虫の音が聞こえる。
そして夢から現実に引き戻す果てしない尿意。
決壊の日は近い。
繰り返すがこの部屋にトイレはない。
この部屋にというよりは、この国にトイレの習慣はない。
この国では、箱の中にいたしてから肥溜に捨てに行くスタイルか、アウトドアスタイルしかない。
貴族や王族はボックススタイルで、庶民はアウトドアが多い。
俺はもちろんアウトドア派。自分の排泄物を持ち歩く趣味はない。
ん、待てよ。
そうか、メアリは王族だから箱だ。
アリスはアウトドアだろう。
うん、そうに違いあるまい。
どちらも違ってどちらも良い。
そんなことに思いを巡らしている場合ではない。
トイレだ。
いつものように外の茂みに駆け込みたいが、ひとつ問題がある。
外が暗すぎる。
この部屋ですらよく見えない。
一寸先は闇。
明日に影響するようなケガはできないし、もしかしたら闇夜に何者かが潜んでいるかもしれない。
観念せねばならないのか。
とうとう俺も箱デビューをする日がやってきたようだ。
箱はどこへやったろうか。
そう手探りで探し始めたら、月明かりが射した。
窓のほうを見ると、半月がのぞいていた。
どうやら雲に隠れていただけらしい。
これだけ明るかったら、今日もアウトドアスタイルでいけそうだ。
部屋を出ると、母親の部屋の扉が空いていた。
近頃は暖かくなってきはしたが、夜はまだまだ冷える。
扉を閉めようと近づくと音が聞こえる。
いびきかなと思ったら、すすり泣きのように聞こえる。
思わず、すき間から中を覗く。
母さんがいた。
窓の近くに座り、空を眺めている。
淡い月の光が、白い肌をより白く照らしている。
その白さが、元より紅い口唇を際立たせる。
長い睫毛から、雫が月光を反射しながらこぼれ落ちた。
綺麗な人だよなあ。
絵になるというか。
大人っぽくなったから余計にそう思う。
窓枠にもたれかかり、月明りを眺め、月光が整った顔に陰影を作る様なんか、このまま美術館に飾れるな。
脳内お花畑だけど。
こんな草木も眠る丑三つ時なのかはわからないけれど、こんな夜更けに起きてるなんて、眠れないんだろうか。
知らないうちに一人で勝手に地雷踏んでいるような性格しているから、不眠症とかになってなければいいが……。
「オーウェン……」
オーウェン!?
誰!?
母さんが他の男の名前を呟いたぞ!
離婚?から十余年、ようやく新しい人をお見初めになられましたか!
息子は全力で応援しますぞ!
「会いたい。貴方が王でなければ……」
そんな母さんからこぼれた言葉で思い出した。
オーウェン、そういや王の名前だったな……。
すっかり忘れてた。
こんな夜更けに起き出して、月を見て夫の名前をつぶやいていたのか……。
乙女か!
この人、どれだけ王のことが大好きだんだよ!
「貴方はこの国のためじゃなくて、私たちのために生きてくれた?」
母さんのセリフが、凛とした空気の中に響いた。
ずっと心細かったんだろうな。
俺が王になったら、父親と母さんの時間ができるのだろうか。
外に出て無事目的を果たす。
賢者の心持ちになったような気がして上を見上げると、半月がやたら大きく感じた。
思わず、手を合わせる。
「お月様神様仏様、なんとか明日が成功しますように」
ワラにもすがる気持ちって、こういう感じなんだろうな。
今回失敗したら反逆罪とかになるんだろうか。
そうでなくても、向こうは俺を殺しにかかってるからな。
死ぬかもしれない。
そういや昔、グスコーなんとかの伝記という本の感想文を、夏休みの宿題か何かで書かされた気がする。
自分の命で村が救われる。
俺だったら自分の命を第一にして、他の人にやらせる。
自分が死んだら、何もかも終わりだ。
村が救われようが自分には何も関係なくなる。
そう考えていた。
でも今はその気持ちが少し分かるかもしれない。
まあうまくいけば俺が助かるから、グスコーなんとかより、だいぶマシだな。
ただ失敗したら、俺は助からないどころか、みんなも巻き込んでしまう。
失敗は許されない。
協力してくれる民たちへの連絡も、獣族への指示も、パトリックや先生たちとの打ち合わせもできている。
あとは段取り通りに事が進むように祈るだけ。
いよいよ明日だ。




