第20話「覚悟を決めました」
遅くなりました_:(´ཀ`」 ∠):
申し訳ありません_:(´ཀ`」 ∠):
メアリの部屋。
採光するための穴が土の壁に空いていて、陽の当たらない地下のこの部屋を照らしている。
夕焼けでオレンジ色になったテーブルに、メアリはロウソクを置いた。
四角形で1L牛乳パックくらいのロウソクが、長い長い影をつくる。
そのロウソクにアリスは人差し指を近づけ、火を灯した。
先に席に座っていたアマリリスの端正な顔と長い黒髪が照らされる。
俺も座ると、それを見計らって先生が座った。
メアリとアリスは、二人で人数分のお茶を用意してから座った。
「殿下の顔を見る限り、あまり良い話ではなさそうですね」
先生は、皆が着席してからそう言った。
今日は俺から話があるということで集まってもらった。
アリスは口を結んで、心配そうな表情を隠さずに俺を見てくる。
「実は昨日、兄様が…第一王子が俺の部屋に来ました」
アマリリスと先生は驚いた顔を見せた。
先生はすぐに表情を元に戻して、
「それは、無茶をされましたね」
と相づちを打った。
「それでリアム殿下はなんと?」
「僕のやろうとしていることは、誰も幸せにならないから、やめろと」
「それは、殿下の理念を知ったうえでの言葉なのですか?」
「そうです。僕は、兄様の言葉に何も返せませんでした。そして今も」
「今も……」
先生は僕の言葉を反芻して、考え込む仕草を見せた。
「その理由を聞かせてもらえませんか?」
その理由とは、俺が言葉を返せなかったことなのか、第一王子が誰も幸せにならないと考えたことなのか。
どちらもか。
どこから説明したものか……。
「僕は重税に苦しんでいるのは、貴族たちの失政と贅沢によるものだと思っていました。しかし兄様は、戦争という略奪をしなくなったためだと。重税を選ぶか、戦争を選ぶか、王に託すということは、戦争を選ぶことになります。僕は、何も考えていなかった。王族が政権を手に入れさえすれば、どうにかなると思ってた。とても浅はかで、無責任でした」
「それは違います。政権を取り戻したあとまで殿下が背負い込む必要はありません」
先生は即座に否定してくれた。
ありがたいけれど、それは違う。
そこまで考えないといけなかった。
そこまで考えずに動いてはいけなかった。
「違くないわよ!」
アマリリスはテーブルを叩いて、立ち上がった。
「黙って聞いてれば……、リアム王子がどういう気持ちで忠告したと思ってるの!? 今、王子がどういう立場にあるかぐらい分かってるでしょ! ……この5年間、私がどんな気持ちであんたに言ってきたか考えたことなんてないんでしょ!」
アマリリスは俺のことを心配してくれていたのか。
知らなかった。
ただ俺が気に入らないだけだと思ってた。
アマリリスはうなだれて、そのままイスに座った。
「……もうやめなさいよ。これでもう、さすがのあんたでも分かったでしょ。あんたはあんたなりに頑張ってきたのは認めてあげるから」
アマリリスはうなだれたまま、小さな声で言った
今までのアマリリスからは想像できないくらいのしおらしさだ。
それほどまでに本気で心配してくれているのだろう。
「ありがとう。でも俺は、やめるにしても、……実行するにしても、納得して決めたい」
俺がそう言うと、アマリリスはさっと顔を上げた。
とても怒っていらっしゃる。
眉をつり上げ眉間にシワを寄せて俺を睨みつけながら、手をわなわなと震わせている。
「もう勝手にすればいいじゃない!」
そう吐き捨てて乱暴に席を立った。
イスが倒れる。
扉が力任せに開かれる音がした。
メアリは心配そうにアマリリスが去っていくのを見て、振り返って俺に困り顔を見せた。
メアリとアマリリスが会話を交わしているところを見たことがない。
それでもメアリは、律儀にアマリリスの席まで用意していた。
アマリリスが来ない日も。
それがメアリの優しさだと思っていたが、そうでもないようだ。
さっきメアリがお茶を注いだ時、あのアマリリスが礼をしていた。
別にメアリにだけ敬意を払っているわけではなく、俺にだけ礼儀をわきまえてないだけの可能性もあるが。
「気にしないでいい」
と、俺がそう言うと、
「……兄様は、少し気にしてください」
メアリが、静かに怒ったような口調でそう言った。
……兄としては、そういう風に肩を持つ相手ができて嬉しい限りだよ。ちょっと悲しいけど。
アリスは俺の方を見たり、メアリの方を見たり、アマリリスが去った方向を見たり、心配そうにキョロキョロしている。
アマリリスが怒るのも分かる。
アマリリスは5年間、俺のそばにいてくれた。
ずっと文句ばかり言っていたのは、俺を変えようとしてくれていたかららしい。
それが全然変わらなかったら、怒りたくもなるだろう。
でも悪いけれど、俺は俺の納得のいくようにしか変われないと思う。
俺って、思ったより頑固だったんだなあ。
「先生、教えてください。王がしようとしていることは、本当に正しいことなのでしょうか」
先生のほうに向き直り、そう尋ねた。
王の夢は、カルデラからの脱出。
貧弱な土地から、肥沃な土地へ。
飢える民に、十分な衣食住を。
王が選んだ道は、戦争だ。
三ヶ国を統一し、富国強兵、そして魔族から土地を奪還する。
王は自分の理想を実現すべく、他国への侵略を続けて来た。
先生の話や第一王子のセリフからみても、この国をある程度潤すほどには勝利をおさめてきたようだ。
負けもしたんだろうけど。
政権が移ってから、そういえば戦争らしい戦争をしていない。
まあ、政権が移る前にどれくらい戦争していたのか知らないんだけど……。
……まさか。
魔族から土地を奪い返すというのは建前で、本当は戦争の口実を作るためだったのでは?
もしかして、戦争によって国民の人口を減らして食料を行き渡せられるようにしているとか……。
いや、生産量が落ちるから元も子もないか。
ちょっと疑心暗鬼になってる。
「王は王なりに、この国のために選択してきました。正しいか正しくないかだけで断罪したくはありません」
先生は、強い口調でそう言った。
いつも俺の言うことを肯定してくれた先生だったから、少し驚いた。
「王は、この国ために考えて選択してきたと」
俺がそう先生の言葉を繰り返すと、先生は肯いた。
国のためにという思いはある。
そこに正しいも何もないかもしれない。
それでも正しい選択をしないといけない。
間違った選択をすれば、命すら失う。
多くの人の命を。
「戦争を、しなければいけないのでしょうか」
「……殿下、貴方は心優しい方です。リアム殿下も。でも生きるためには必ず競争があります。それは魔族も、獣族も、人族も、鳥や動物、虫たちだって同じです。戦争をせずに済むのなら、それはとても素晴らしいことです。しかし、そんなことは一度だって起こったことはないでしょう。それに」
先生は続けた。
「このまま重税を課すことでこの国が成り立っていけるかどうか、それは殿下が一番お分かりになっているのではないですか?」
そう。
もう国民は限界だ。
この税率を続けるのなら、国民の半分は餓死をするだろう。
それは戦争よりもひどい。
だからと言って、資源は戦争によっては増えない。
こちらが豊かになるということは、他国がそれ以上に飢えるということだ。
ふとアリスのほうを見ると、震えていた。
その震えを抑えようと、アリスは腕を組むようにして縮こまっている。
それでも治らない震え。
唇が少し乾いている。
そうだ。
アリスは戦争で親を亡くしている。
声も。
戦争するってことは、こういう悲劇、いや、それ以上の悲劇をを作り続けるということだ。
つくづく平和ボケしてんな俺は。
自分の国が戦争していて、こうして被害者ともに過ごしているというのに、他人事に思ってる。
俺は、何も考えてなかった。
こんな世界だから、戦争は仕方ないくらいに考えていたんだろうか。
戦争がない世界で育った俺だからこそ、もっと戦争について向き合うべきだった。
第一王子は、戦争するくらいなら重税に甘んじたほうが良いと考えてる。
貴族たちの贅沢ざんまいも必要悪だと。
第一王子がそう考えるのも分かる。
今なら、そっちのほうが正しいとすら思える。
でも、国民は限界だ。
王は正しいのか?
第一王子が正しいのか?
何が正しいのだろう。
俺は、この答えが出せるのだろうか。
顔を上げると、めっちゃ近くにメアリがいた。
思わずイスから落ちそうになった
俺の顔をじっと見つめている。
「どうしたんだ?」
俺がそう尋ねると、両手を差し出した。
「……兄様、これを」
メアリの手のひらには金属が握られていた。
銅と、あとなんだろうか?
その金属がどうしたのだろうと見ていると、それらを合わせて粘土のようにこねてアリスに渡した。
アリスは何かを察したらしく、受け取った。
アリスはそのまま、炎を立ち上がらせた。
金属はドロドロに溶け、テーブルに流れ落ちた。
金属が落ちたところから、火がついた。
溶けるまで熱せられた金属が、木製のテーブルに落ちたらそうなる。
「お、おい! このままだと火事になるぞ!」
慌ててやめさせようとすると、気づいた。
炎の中にある液体の金属が、金色に光っていることを。
そうか。
これは、俺が2人に見せた『真鍮』……。
「……兄様はおっしゃいました。私たちなら、世界を変えることだってできるって」
そうだ、確かに俺はそう言った。
世界を変える。
メアリが言いたいことは、戦争もなく、重税もない世界に変えられるということか。
俺たちなら……。
できるのだろうか。
簡単な話じゃない。
できるんだったら、王も第一王子も誰も最初から悩んではいない。
この合金だって、メアリを励ますための方便だ。
口だけでセリフを言っていただけだ。
それを今まで素直に信じてきてくれたのか……。
「これは金……!? 確かに銅と錫だったはず……。殿下、これは.どのような魔術なのですか?」
まだ数百度はあるであろう真鍮に触れて、先生はそう言う。
そうか。先生にはまだ見せたことがなかったか。
というより、熱くないのだろうか。
「これは、合金という技術です。ある数種の金属をある割合で熱して合わせると、元の金属にはない特徴が生まれることがあります」
「そんなことが……」
先生は真鍮を見つめながら、そう言った。
「大したことではありません。前世では当たり前のことでした。その知識を流用しているだけ……」
そう言いかけて言葉が止まった。
そうだ。
俺は知っている。
戦争も、重税もなく、豊かに暮らしている国を。
「できるかもしれません……。戦争も重税もない世界を」
俺の浅い知識では到底、実現できないかもしれない。
でも、少しでも近づけることができるんじゃないか。
この世界のマジカと、俺の前世の記憶で。
顔をあげると、アリスと目があった。
アリスはまっすぐ俺を見つめて、人差し指を突き立てる。
人差し指から、火文字が現れた。
『私の命、あげる』
命をくれ。
俺が言った言葉だ。
なんだよ。
なんでみんな、こんなにも俺のことを信じてくれるんだ。
もう、やるしかないじゃないか。
「メアリ、アリス、先生。俺は決めました」
俺は王の言葉、第一王子の言葉、自分の言葉じゃない言葉に振り回されていた。
どっちかが正しいか、じゃない。
どっちもだ。
俺は、いや、俺たちは実現できる。
メアリも、アリスも、先生も、俺をまっすぐ見つめて次の言葉を待っている。
俺はうなずいた。
何に対してのうなずきかはわからない。
でも俺は確かにしっかりとこう言葉を発した。
「俺は王になります」
と。




