第19話「第1王子が来てくれました」
遅くなりました_:(´ཀ`」 ∠):
いつも申し訳ありません_:(´ཀ`」 ∠):
パーティ会場に来た。
バランが気になってあたりを見渡すと、普通にいた。
一瞬目が合ったが、何もなかったかのように視線を逸らす。
まあ、そういう態度だろうね。
今すぐ糾弾してやりたいが、今はどうにもならない。我慢だ。
いずれ吠え面かかせてやる。
今日の目的はバランじゃない。
第一王子だ。
あたりを見渡すと、目が合った。
いつものヨッって感じで手をあげ、俺のほうに来てくれた。
爽やかな笑顔に白い歯が映える。
「お、だいぶ気合の入った服を着てるなあ」
「母様がこしらえてくれたんです……」
パーティに参加するなら当然着るよね? 初お披露目だね!?
という母さんのキラキラした目に負けてしまった。
デビューはまだ先にしたかったのに……。
「かっこいいじゃないか。似合ってるぞ」
「本気で言ってるんですか?」
そう返すと第一王子が笑った。
衣装について、第一王子と話が盛り上がった。
シルクはなかなか手に入らないのに、よくもまあこんなに贅沢に使ってるもんだ、とか、刺繍の入れ具合に執念もとい愛情を感じるとか、銀製のボタンとか国花がデザインされてるとか。
「すごいなあ、お前の母親。愛情を感じるよ。この服のデザインはさておいて」
一番さておいてはいけないところなんですがそれは。
そのあと他愛もない話をした。
ある貴族が笑いすぎてアゴが外れて、それを見て笑ってた貴族もアゴが外れたとか、豚の丸焼きが実はまだ生きてて突進してきたとか。
「こうしてお前とのんびり話すのも、なんだか久しぶりな気もするな」
あいさつ程度なら何度もあるが、そういえば、こんなふうに談笑するのは確かに久しぶりな気もする。
父親ほどじゃないが、第一王子も監視されているからな。
今でも黒装束の二人が後ろにいて、俺たちの話を聞いている。
趣味が悪いな、まったく。
たまには兄弟水入らずにしてくれたっていいのに。
楽しいな。
アリスや先生とも楽しいんだけど、やっぱり男同士だと違うよね。
第一王子が聞き上手ってのもあるとは思うけど。
「うらやましいな」
誰に言うでもないような感じで、第一王子がそう漏らした。
「うらやましい?」
「ん、いや、こんな衣装を繕ってくれる女性が母親なんて、うらやましいな、てな」
第一王子が、少し寂しげな表情を見せた。
「あ、変な誤解しないでくれよ。別に俺の母親がどうということはないんだ。ただ、王の正妻なんて、正気じゃやってけないって話さ」
寂しげな表情はすぐ消えて、おどけた感じで言った。
でも台詞が表情と裏腹に、何かディープな感じなんですが……。
そういや、第一王子の母親って見たことないんだよな。
王妃なはずなのに。
「最近、いろいろと動き回っているそうだな」
第一王子が声のトーンを変えずに、日常会話をするかのように聞いてきた。
いろいろ、というのは、クーデターを起こすために動いていることか。
「ぼちぼちでんな」
不自然な応答にならないように心がけたらこのざまです。
「ぼちぼち……? お前が思っている以上に敵は強大だぞ。そういう行動力があるところがお前のいいところだけど、命を大切にしろよな」
監視の二人には聞こえているだろう。
細かいところは伏せてあるが、それだけ心配してくれているんだな。
「ありがとうございます。いろいろと懲りたので、もうおとなしくしているつもりです」
命を狙われたばかりだし、肝に命じておこう。とは思う。
でもこれくらいの妨害で、本当におとなしくしているつもりはない。
それに先生とアリスがそばにいる限りは大丈夫だろう。
という人任せ。
「兄様、時間作れますか?」
今日はここにきたのは第1王子と話をするためだ。
Xデーに向けて、第一王子の助けがあれば心強い。
第一王子は俺の目をのぞき込むようにして見つめた。
俺の意図を読み取ろうとしているのだろうか。
なるべく真剣に見つめ返した。
しばらく見つめ合った後、第一王子はうなずいた。
そして、こう言った。
「いんや、それは無理そうだ。後ろのこわいお二人さんが許してくれないだろう」
無理なのか……。
さっきの見つめ合っていた時間はなんだったのか。
例の監視の二人を見ると、フードに隠れて表情が読み取れない。
第1王子でも、さすがに無理なんだろうな。
無理してもらって悪いし、第1王子の協力は諦めるか。
「分かりました。無理を言って申し訳ありません。僕は僕なりにやってみます」
「悪いな。積もる話でもしたかったんだけどな。それはまた今度にとっておくよ」
夜になった。
俺の部屋で月を眺める。
そういや、前世では月なんか眺めたことなかったのに、ここでは毎晩眺めてるな。
きょうは三日月だ。
もうすぐ新月だから、メロン食べ終わったあとの皮みたいになってる。
弓張り月って言うんだっけか。
でもメロンの皮にしか見えない。
時々、父親がメロンを家に持ち帰ってきたが、あれはパチンコか何かの景品だったのだろうか。
その時だけは父親が輝いて見えたもんだ。
メロン、甘かったよな……。
この世界に甘いものといったら、ふかし芋くらいだ。
すっぱいカシス系っぽい果物はあるが、甘みがあるのはない。
バナナやスイカ、メロン……。
「あの自然界に反するような糖度がある果物が食べたい……」
「よおジャン。あんだけパーティで食べてたのに、もう腹が減ったのか」
「え?」
第一王子の声が聞こえたのであたりを見渡してみる。
扉が開いた感じもしなかったし、外に人の気配はない。
聞き間違えだろうか。
疲れてるのかもしれない。
「ここだよ」
俺の布団が動めいている。
「待たせたな」
掛け布団がめくれあがり、中から第1王子が顔を出した。
いつものヨッって感じで手をあげ、爽やかな笑顔に白い歯が映える。
「な、な、な」
思わぬ出来事に言葉が出てこない。
「驚いたろ?」
第一王子が無邪気にそう言う。
「いつから俺の布団に……? そもそもなぜ布団?」
「人目につきたくないからな、外の階段使わずに下の階からあがってきたんだ。そしたらたまたま布団の中に出た」
「出た?」
第一王子がそんな説明をしながら、掛け布団の端を持ち、匂いを嗅ぎ始めた。
「お前の布団、いい匂いがするなあ」
ウットリとした表情で言う。
第一王子の言っていることが意味不明過ぎるが、よく整理をしてみよう。
この部屋に中の階段はなく、出入りは外にむき出しになってる通路兼階段しかない。
上にあがったら布団だった?
「じゃあ、床をすり抜けてあがってきたってことですか?」
「それが俺の能力だからな。知らなかったか?」
知らなかった……。そんな能力あったのか。
いや、そういえば先生から習ってたな。
7種類ある魔術のうちの一つ、陰魔術。
物体を通り抜けたり、逆に見えない壁(結界)を作ったりできる。
「その能力のおかげで、監視にバレずにここに来られたというわけですね」
ってことは、第一王子は自由に動けていたということか。
あれは演技だったのか。
「そんなんだったら話は楽なんだけどな。あの2人も陰魔術師だ」
「え、じゃあ今日は?」
「倒して来た。 今頃よく眠っているだろうな」
ぶっそうなことをサラリと言い放つ。
「そんなことして大丈夫なんですか?」
「なに、監視の人数を増やされて、ちょっと問いただされるだけだよ」
監視の人数を増やされたら、今度こそこうして自由に動けなくなるんじゃ?
「お前が頑張ってるのに、部屋でゴロゴロしているわけにはいかないだろ」
第一王子がそう続けた。
俺が時間が欲しいと言ったから、応えてくれたんだ。
この時間を無駄にしてはいけない。
「兄様、政権を取り戻す準備ができました」
「ほう。すごいなそれは」
口調はいつものようだが、表情は真剣に見えた。
そんなことできるわけないだろ、とか言わないのが第一王子のいいところだと思う。
「ところでジャン、なんでそんなに政権を取り戻したいんだ?」
一瞬、質問の意味がわからなかった。
てっきり、どうやって政権を取り戻すのか聞かれると思って、その質問の答えしか用意していなかったから。
「兄様は、政権を取り戻したいとは思わないのですか?」
「……ジャン、権力なんて虚しいだけだぞ。責任ばかり重くて、その恩恵は大したもんじゃない。しかもその責任は、家族を不幸にする。国のため民のためにと、時に大切な人を切り捨てる決断をする」
それは俺が獣族にさらわれたことを言っているのだろう。
いや、それ以外にもきっと、第一王子はいろんな場面を見てきたのだろう。
王のそばで。
「誤解です。僕は権力が欲しいわけじゃない。ただ、民が苦しむのを黙って見ていられないんです」
俺がそう言うと、第一王子はうなずいた。
「まあ、そうだよな。お前ならそうだよな。悪いな、周りにそういうやつが多くてな」
第一王子は寂しげに笑った。
その笑いは、その“周り”に煩わされただろうことを感じさせるには十分だった。
そして、すぐ笑いは消えた。
「そんなお前だからこそ、伝えたかった。もう、やめとけ」
「やめとけ? 危ないから、命の危険があるから、やめておけということですか? でも、どうにかなりそうなんです」
「それも知ってる。危ないからやめろって言われて、やめるやつじゃない。それに、お前なら本当にやり遂げられそうだ。ただ、やり遂げた後、どうするんだ?」
「やり遂げたあと?」
そう言われて考える。
今の現状が酷すぎるから政権を奪うことしか考えていない。
「そこからは王の仕事なのでは?」
俺がそう言うと、沈黙が流れた。
虫の鳴き声が聞こえた。
弓張り月の明かりは弱々しく、第一王子の表情が読み取れない。
いつもの顔に見えるけど、そうではないものを感じる。
「王に委ねるのか」
第一王子がそう言った。
「三国統一とか夢物語を掲げて戦争を繰り返して、あげく議会を無視して勝手に行動する、あの王に」
第一王子の言葉に驚いた。
第一王子からは、そんなふうに王が見えていたのか。
「兄様は……、王に任せるくらいなら今のままでいいと……」
第一王子は黙ったまま答えない。
そんな煮え切らない第一王子にカチンときた。
「兄様は、民がどれだけ苦しんでいるか知らないのです。それでいて、貴族たちはパーティざんまいですよ!」
「ジャン、貴族たちがどんなに贅沢をしようと、全体からみたらわずかなもんだ。民の生活がなんとかなっていたのは、戦争という名の略奪のおかげだ。重税は何も、貴族が贅沢をしたいだけの理由じゃない」
そう言われて、言葉がつまる。
そうなのだろうか。
そんなこと、先生は何も言ってなかった。
「それでも、それでも僕は、重税に苦しむ民を放っておけはおけません」
「それでいいよ。お前はお前なりに、農業王子とバカにされてもやってきたじゃないか。成果も出ている。民を懐柔して一揆を興そうなんて、誰も幸せになれないことはやめろって言いたいんだ」
一揆を起こそうとしているように、第一王子からは見えているのか。
違う。
でも、目的は一緒だ。
「兄様、それなら兄様が王になりませんか!? 今のままじゃ、国は滅びます!」
「今の政府がどう見えているのか知らないが、機能している。俺たち王族だけじゃ、国の運営はできない」
そうなのか?
それじゃ、俺がやってることって。
「俺はお前が好きだ。そして、この国に必要な存在だ。変な気を起こすな。これは忠告じゃない。俺の願いだ。頼む。今度ばかりは聞いてくれ」
第王子は俺を抱きしめた。
優しい香りがした。




