第17話「議論しに行きました」
2週間経ってました(;;)
申し訳ありません!
速筆のスキルにステを振り分けたい。
今まで一度も来たことがない、とある村の入り口。
そこは他の畑と違って、よく肥えているように見えた。
麦畑は金色に光り、風になびいてグラデーション作っていた。
他の畑では見られない光景だ。
とはいえ、あくまで他の村と比べてであって、日本で見たような絨毯のように見える麦畑はではない。
麦と麦との間から土の部分が見え、全体としては斑状に茶色が見える。
近くに来て見れば、成長不良や枯れているのもある。
「ここは豊かに見えますね。話に乗ってくれるかどうか」
先生はそう言った。
話とは、「今の政府に不満あるだろ? 俺が政権をとったあかつきには、国民のことを第一に考えた政治をおこなっていくぜ! だから俺に協力しろよ?」という話を柔らかく伝えることである。
「どうでしょうか。どちらにせよ、こちらとしては話をするしかないですね。あとは向こう次第です」
とはいえ、もうちょっとうまく話せたら違うんだろうなと思う。
今まで20を超える村々を回ってきたが、快い返答をもらえたのは半数程度。
まあ、交渉やプレゼンなんてやったことがない俺がやった割には、上手くいっているほうじゃないかとは思う。
麦畑が風に揺れている。
隣に目を見ると、アリスが髪を抑えながらその光景に見入っている。
似合うな。
日本の麦畑を見せてあげたいと思った。
そんでもって麦わら帽子をかぶせたい。
いや、日本に連れて行く、なんて、今はもうできないことを考えてもしかたない。
でも、この国を日本並みの豊かな国にすることは、可能性はゼロじゃない。
麦わら帽子に白いワンピースのアリスと、麦畑で追いかけっこするぞ。
「ここは本当に豊かですね。土質が違うのかしれません。城内の森といい、豊かな土地は点在しているんでしょうか。原因が分かればいいのですが」
俺がそう言うと、先生はふふっと笑った。
「殿下は、今は大事の前であるのに、民のことを考えていらっしゃるのですね。さすがです」
先生はいつも俺を褒めてくれる。
民のことじゃなくて、アリスのことしか考えてなくて申し訳ないっす……。
今日も村長の家におじゃまする。
第一村人のお爺さまに、自分の身分を明かして村長の居場所を聞いてみたら快く教えてくれた。
「命があるのも王様のおかげでございますのに、王様が苦しんでいらっしゃるときにまともに税を納められずに心苦しいばかりでございます」
第一村人さんの尋常じゃない肯定具合にびびる。
不作による飢饉、そのうえに重税に増税。
王族への信頼なんて無くなっていてもおかしくない、っていうか、マイナスだろ。
こんな状況なのに、自分の生活をさておいて、王族の心配をしてくれるとは。
この国の人の心はどこから来ているんだろうと思う。
いい人すぎる。
だからこそ、怒りを覚える。
これ以上、この国民を裏切り続ける政権にこの国を委ねるわけにはいかない。
言われた通りに行き、村長の家と思われる家宅に到着する。
だいたいが土作りの簡素な家なんだが、これは結構な家だなあ。
三階建だぞ。民家でこれは初めて見たわ。
腕のいい土魔法使いがいるのかな。
ノックすると、女性が出てきた。
結構若い。胸がでかい。いやいやどこ見ているんだ俺。
この人が村長?
自分の身分と名前を名乗って、話があるので時間をもらえないか尋ねた。
そうすると、ご主人様は今来客中です、またお越しください、とのことだ。
メイドさんだったのか。
村長なのに、メイドさんがいるのか。
よっぽど潤っているんだな、この村は。
「いや、その人も大切なお客さんだよ。お通しなさい」
白ひげを蓄えた、恰幅のよい初老の男性が出てきた。
「給仕が失礼をしましたな。なかなか王子のようなご身分の方が訪ねられることは少ないもので」
「いえ、疑われて当然だと思います。むしろ、疑わないのですか?」
「その身なりと言葉遣いで、高貴な身分であることは分かりますよ。それに、農民の味方であるジャン王子の話は聞いていました。状況的にここにいる方がジャン王子だと考えるのが普通でしょう」
それを見越しての成りすましの可能性もありますが、と村長は笑った。
中に通された。
カーペットのようなものが敷かれており、花瓶やツボなどの調度品が置かれている。
2階へ続く階段が螺旋になっているし、貴族の部屋みたいだな。
先生もそう感じているようで、視線だけを動かして観察してるようだった。
アリスは無邪気にキョロキョロしながら目を輝かせていた。
こういうの珍しいんだろうな。
「この国のほとんどの村を回っていらっしゃるそうで。そのお年で大した行動力だ」
気をきかせてくれたのか、村長が話題をふってくれた。
こんなスマホも手紙もない世界で、よくそんな話が伝わってくるもんだ。
変なふうに伝わってなけりゃいいけど。
「ほとんどと言っても、半分も回れていません」
「半分といってもすごい数でしょう。私には想像もつきません」
どれくらいだろうか。
狭い国なんだが、村の数はめっちゃ多い。
1つの村が小規模だ。
なので、村の数的には多くはなる。
「来客中と聞きましたが、良かったのですか?」
「そう言っておりましたか。確かに来客がおりましたが、もう帰られました。給仕が把握していなかったのでしょう」
まあ、この家は広くて家事は大変そうだし、そういうこともあるか。
「さあ、こちらへどうぞ」
応接室のようなところに通される。
木製のしっかりしたテーブルに、麻製のカバーが被らせられた椅子。
今までこんな村長はいなかった。
「お座りください」
勧められるがまま座る。
何か、怪しいな……。
先生に視線を送ると、先生は既にこちらを向いていて、うなずいた。
アリスはにこっと笑った。
アリスは何も考えていないのが、最高にかわいいと思います。
「話とは、いったんなんですかな」
「政治のあり方について、議論したいと思いまして」
「一介の村長でしかない私が、王族である貴方と議論だなんて、畏れ多いことですな。もっと相応しい方がいらっしゃるのではないですか?」
「いえ、貴方だから良いのです」
この国のシステムは、村人がいて、それらをまとめる村長がいて、村長をまとめる地方貴族、いわゆる領主がいる。
城内の貴族と領主は同じ貴族だが、中央貴族はこの国の中枢で、国の戦力も人材も資源も富も集まってくる。
領主のほとんどは、中央貴族に尻尾をふっている。
尻尾をふらなかったパトリックの父親はあんなことになってしまった。
そんなわけで、貴族や領主とは会話にならないのは目に見えている。
村長はその農村の代表者で、国民だ。
貴族目線ではなく、国民目線で考えている。
現場のことをよく知っているから、今の現状も分かっている。
「民に寄り添う村長さんに、この国がどうあるべきかを聞きたいのです」
俺がそう言うと、村長は大仰そうに頷いた。
「王子は立派だ。しかし、理解される人は少ないでしょう」
まあ、確かに理解してくれる人は多くはない。
驚くべきことに、政治のことは貴族が考えることであるという考え方は、貴族だけでなく国民にも深く浸透している。
だからこんな現状でも、盲目的に王族を信奉し続ける理由にもなっている。
「今まで余程ご苦労なされたと察してあまりあります。私でよければなんでもお話ししましょう」
理解があるな。いやに。
その村長が言うには、この村は昔から豊かな土地だったそうな。
税は重いが、国が大変な時期と思えば、不満に思う者もいないそうな。
なるほどね。
自分の生活が確保できているレベルの収穫高はあるから、それほど民は不満に思わないと。
ほんと、慎ましい国民性だな。
村長としては、国には国の考えがあるだろうから、それに従うだけだと。
国防がなされていて、村同士の諍いもない、これ以上の現状を望むべきもない、らしい。
「そうでしたか。分かりました。大変、ためになる話をありがとうございました」
この村に、今の政府を打倒するための協力を頼むのは筋違いだな。
こういう豊かな村もあると知ることができて良かった。
歩いてみないと実情は見えてこないもんだな。
「待ってください。まだ王子の話を聞いていません。これは議論なのでしょう?」
完全に帰ろうとしていたのを止められた。
議論しようと持ちかけて、ひとりで勝手に納得して帰ろうとするのはルール違反だな。
そう思い直して、姿勢を整える。
「私の意見をお話しします」
他の村のほとんどは、貧困に喘いでいること。
その血税が、民のためではなく、貴族の贅沢に使われてしまっていること。
貴族が政治する役割を担っているなら、税を国民の生活のために使うべきだと。
そんな話を、村長は相づちを打ちながら聞いてくれた。
「それで、王子はそのためにどうされるおつもりですか? 理想論を語って終わりでは、あまりに拙い」
「緊急に実行しなければいけないのは、減税です。国民が健康で人間らしい生活を取り戻せなければ、この国に未来はないでしょう」
「でも、貴方にそれを実行できる力はないと」
「そうですね。僕だけではなく、王族が発言権を失っています。政権をもつ貴族院に、民に寄り添った考えを持つ者がいればいいのですが、残念ながらそうではありません」
『それで、クーデターを起こすために仲間を増やしていると』
聞き慣れた不快な声が後ろから聞こえた。
振り向くと、じじいがいた。
『いけませんね。王族である貴方がそんな物騒なことを考えていらっしゃるとは』
「バラン侯爵。来客は貴方でしたか。そして村長さんとは、ただの客の間柄というわけではなさそうだ」
村長さんに視線を戻すと、村長はニヤニヤ笑っていた。
村長の後ろには、いつの間に現れたのか、いかにも腕が立ちそうな剣士が7人も取り囲んでいる。
「僕のような反乱分子は、排除されるということですね?」
『王子である貴方に、そのようなことをするはずがない。ただ、貴方の言う通り、今の政府に不満を持つ者もたくさんいるらしいですから? そのような者たちに危害を加えられないか、心配ですね?』
「お心遣い、ありがとうございます。まさか、バラン侯爵が自らお出でになるとは思っていませんでしたよ」
『ジャン王子、貴方はいろいろと動き過ぎましたね。うちの大事な家族にも手を出してくれたようだ』
じじいがそう言うと、パトリックがじじいの背後から現れた。
俺の味方ではいてくれなさそうな雰囲気を出している。
とうとう俺を排除しに来たか。
これだけ動き回ったんだから当然か。
クーデターを起こそうと、国民を扇動している。
そして国民の何割程度の説得に成功している。
そして極めつけに、パトリックを取り込もうとしている。
じじいの視線から見ると、こんな感じか。
気に入らないことだらけだろうな。
そして、俺の動きを読んで先回りした、と。
ここでは、俺が死んだとしてもどうとでもなるということなんだろう。
逃げ場もないこの狭い部屋で戦いになったら確実に負ける。
先生とアリスに目配せする。
2人はうなずく。
閃光弾を転がす。
そこにアリスが火を放つ。
手で目を覆ってもなお、まぶたを突き抜ける強い光が襲った。
その間に先生が木を生やす。
その木にしがみつき、木の生長に乗って外に出た。
三階建家屋をゆうに突き抜ける大木だ。
先ほどいた家屋がジオラマの模型みたいに見える。
そんなことを思ったら、先生のだと思われるツタに絡まれ締め付けられる。
次の瞬間、すごい遠心力と風と流れる景色を感じながら、地面に叩きつけられた。
いてえ……。
気絶していたらしい。
痛みで目が覚めた。
「殿下、ご無事ですか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
叩きつけられた衝撃か。
呼吸がうまくできないながらもそう答えた。
「あそこにいた者が手練れで、逃すのに精一杯でした。お許しください」
「そんな、許すどころか感謝しています」
星が飛んでた頭も落ち着いてきて先生を見ると、肩口に傷を受けていた。
獣族の襲撃くらいしか怪我をしない先生が怪我をしている。
それだけ向こうも本気だったということか。
そう思うとゾッとするな……。
「アリスは? アリスは無事ですか!?」
あたりを見渡すと、アリスの顔が頭上からローアングルで見えた。
一瞬どういうことかわからなかったが、アリスが膝枕してくれているらしいと気づいた。
ということは、頭の後ろの感触は、アリスの太もも!
なんということでしょう。
とっても心地よいお……。
いや、そうじゃない。
俺が目を覚まして安心したのか、アリスが笑ってくれている。
その口元にアザができて出血している。
アリスももう守られるだけの立場じゃないから、無理して大立ち回りでもしたのだろう。
体の方は大丈夫なのだろうか。
アリスの体調を気遣うと、アリスは嬉しそうにうんうんと頷いた。
「殿下、相手もなりふり構わなくなってきているようです。殿下の身が心配です。これまでのように外を歩き回れるのは自粛されたほうが」
先生がそう心配してくれる。
アリスも心配そうな眼差しで俺を見ている。
でも、それでも、先生やアリスには申し訳ないが、やめる気はしない。
「向こうも焦っているということでしょう。ということは、それだけ僕らがバラン侯爵の脅威になりえているということです。ここからが本当の勝負です」




