第14話「手札がそろいました」
「お前か」
月が世界を縁取ったような夜に、パトリックはそう言った。
パーティ会場からパトリックが出てくるのを待ち構えていた。
夜はやはり冷える。
「月がきれいだったので」
俺はあの時のように、そう言った。
月はあの時よりもこうこうと輝いている。
「何しに来た?」
「約束を果たしに来ました」
冷たい風が頬をなでた。
「話は聞いてやろう」
上から目線が相変わらずだが、態度の軟化を感じる。
前回の話に、何か思うところでもあっただろうか。
「獣族を仲間にしました」
単刀直入に言った。
パトリックはさっと表情を変えた。
眉をひそめ、目を伏せ、ひどく落胆しているような表情だ。
それでいて、瞳に怒気を感じる。
「言うに事欠いて、獣族を仲間にしただと……? ハッタリにしては、度が過ぎているな。どのような手法で俺に取り入ろうとするのか、興味を持った俺がバカだったようだな」
少しでも俺に期待してくれていたってことだろうか。
うれしいね。
「見てもらえば信じてもらえるでしょう」
手をあげる。
すると、一陣の風とともに獣族が隣に現れた。
どこにいたんだろうか。
説明もなしに獣族がいると話がややこしくなるから、どこかに潜んでいてくれと言ったのは俺だけども。
一瞬過ぎてびびるわ。
獣族は前をにらんでいる。
視線の先を追うと、パトリックが剣を抜いていた。
「彼は仲間です。剣をおさめてください」
なぜにらみ合いになっているのか。
人族の獣族アレルギーは相当だな。
こんなことで余計な軋轢を生じさせないでもらいたい。
パトリックに代わり、獣族に無礼をわびておく。
「こんなことが、ありうるのか」
パトリックはそううめいた。
パトリックは自分の家に通してくれた。
バランの権力にすり寄った割には、質素な家だ。
農村の民家と変わりのない、土づくり。
東塔の近くにあるのは、有事に備えるためか。
「お前をここに通したのも、獣族と接触したのも、向こうに筒抜けだと思ったほうがいい」
室内に入るなり、パトリックはそう言った。
「ここに来ないほうが良かったですかね?」
「どこかで密会してそれがバレてしまうより、家に通したほうがまだ言い訳もたつ。それにここなら、お前の仲間も外に控えているようだしな?」
さすがにそれくらい分かったか。
筒抜けね。
それはそれでいい。
獣族とパトリックが、俺と手を組んでいるかもしれない。
その情報はむしろ、向こうに渡っていたほうがいい。
どちらにせよ、パトリックは相応のリスクを冒して俺に会おうとしてくれたってことか。
これは期待に応えなければなりませんな。
もうその覚悟はできている。
パトリックは周りをうかがうように視線を動かしたあと、こちらを見据えた。
パトリックの部屋は、剣と鎧とベッド、それ以外に物はなかった。
テーブルとイスすらもない。
「お前を認めよう」
パトリックはそう言った。
背筋に温かいものが流れたような気がした。
いや、喜んではいけない。
俺と手を組むとまでは言っていない。
「獣族をどう取り込んだかは聞かないが、俺と……、それどころか獣と手を組んで、どうして行くか聞かせてもらおう」
「その話は、筒抜けでは困るのですが?」
「俺の話が聞こえる位置まで距離を詰められるようなやつはいない」
やけに自信たっぷりだが、だいじょうぶだろうか。
……どうせパトリックを仲間にできないなら、この作戦も成り立たない。
危ない橋を渡るのにはもうなれた。
「パトリックさん、貴方に不信任案を提議していただきたい」
「………?」
パトリックは眉をひそめ、俺の言葉を飲みきれないでいる。
言葉を続ける。
この国に不信任案というシステムはない。
今の執政官に、辞職をしろと迫るだけに過ぎない。
当然、否認されるなり、一笑に付されるなりするだろう。
それにもし決議されたとして、そのバックが変わらなければ何も変わらない。
けど、影響は残る。
パトリックは貴族側の人間であり、大きな力を持っている。
パトリックが明確に、バランと敵対した。
その事実が必要だ。
そして、次は獣族である。
第二王子が獣族と、そして村人たちを率いて、城を取り囲む。
内部ではパトリック、外部では獣族と民衆。
この勢力に対抗しようとものはいないだろう。
バランを追放、執政官制度を廃止。
政権を王に戻す。
「目指すところは、無血革命です」
パトリックを見据える。
ここで俺の言葉ひとつで、今までのみんなの思いも労力も泡となって消える。
村びとの思いも、先生やアリス、メアリ、アマリリス、第二王子。
つばを飲み込む。
「王による専制政治を志すつもりか。それで、何かが変わるのか?」
パトリックは俺の言葉を待っている。
パトリックの言葉を思い起こす。
綺麗な正義を振りかざすつもりか、と。
誰が治めても同じだ、と。
「最終的には王制も廃止するつもりです」
「……? どういうことだ? 統治するものがいなくなるが?」
「統治するものは、民衆です」
「民衆、だと……?」
パトリックは目頭を押さえた。
「愚かな」
パトリックはそう吐き捨てる。
母さんも言っていた。
民衆は、自分の生活しか考えないものだと。衆愚政治になると。
そういう考えがあることを俺は知っている。
「魚は空を飛べない。しかし鳥にない能力を持っている。民衆は生産を、貴族は統治を、それは自然の理だ」
パトリックは民衆を魚、鳥を貴族に例えた。
この考えは、この国に根付いたルールであり、歴史であり文化なのだろう。
しかし、それでは限界がきている。
「鳥は飛ぶのをやめてしまいました。魚が翼を持ったものを選ぶ時代が来たのです」
パトリックに、俺の世界を見せてやる。




