第13話「作戦を執行しました」
久しぶりに間に合いました( ;∀;)
年度末と年度始まりは終わったのだ!
夜。
辺りは何も見えない。
街灯も星もない。
目の前に草木が生い茂っていて、隣に多くの獣族がいるはずなのだが、それすらも分からない。
獣族たちの黄色く光る眼と、息遣いだけが感じられる。
俺と第二王子は、草むらの中に潜む。
“青鬼”が来た時にいつでも飛び出せるように臨戦態勢をとっている。
手には剣がある。
鉄製を感じさせる重さが命の重さに感じ、手から出た汗が柄に巻かれた革に吸いこまれていった。
「来たな」
第二王子がそう言った。
暗闇の中でも、第二王子が剣を握りなおしたのが分かった。
そしてすぐ小さな突風が吹いた。
第二王子は向かったようだ。
“青鬼”のもとへ。
なぜ分かるんだろうか。
これもマジカなのか、武道をたしなんでいる人が感じられる気というやつなのか。
ともかく、周りの獣族も気づいているようだ。
目をつりあげ、唸り声をあげている。
こんな闇の中、先生はよく軽傷程度でこの獣族と戦えていたもんだ。
先生にだけは勝てる気がしない。
そんなことを考えていたら、ぐじゅっと音がした。
隣の獣族が何かに貫かれたようだ。
獣族がうめきながら、それを引き抜いた。
風を切る音が聞こえた。
隣の獣族たちの息遣いが消えた。
その変わり、うめき声が残った。
先生の攻撃を避けきれず、負傷したものか。
先生の、木系魔術だ。
怖い。
獣族の血の臭いが、ここが戦場だということを実感させる。
覚悟をしてきたつもりだったけれど、足らなかったか。
先生は命を賭けて、“青鬼”を演じている。
ビビっている場合じゃない。
第二王子はちゃんと向かったのだろうか。
先生を“誘導”できているだろうか。
オレンジ色の光が、目の前に現れた。
そこに、アリスの端正な顔が照らされていた。
アリスの瞳は、ゆらゆら揺れる炎を映しながら、俺の言葉を待っていた。
「アリス、ありがとう。さあ急ごう」
目的の場所へ。
アリスの炎に照らされた夜道を歩き、数分。
そこに目的の場所がある。
「……お兄様!」
メアリの声。
普段はボソっと小さくしゃべるメアリが、声を張り上げている。
「何かあったか!?」
そう言って辺りを見渡して見るが、メアリの姿は見えない。
黒い砂鉄に包まれて、闇に紛れているのだろう。
「……いえ、準備が、整っています。予定通り、です。誤解を、与えてしまったら、すみません」
メアリの言葉にホッと胸を撫で下ろす。
あやまらなくていいのに。
それどころか感謝したいくらいだ。
「そんなことないよ。こちらも予定通りだ、ありがとう」
そう返事をする。
東のほうから音がする。
木がなぎ倒されるような音。
獣族と先生が戦っている音だ。
緊張が走る。
俺が見えないほどのスピードで物事が進行するだろう。
「かがり火を!」
俺がそう言うと、アリスが四方向に小さな火球を放つ。
それが油をかぶせた木に引火し、燃え上がる。
これは、先生と第二王子に目的の場所を知らせるための誘導灯だ。
目的の場所とは、穴だ。
直径3メートル、深さ15メートルほどの、大きな穴。
壁面と底が鉄で覆われ、鏡面に仕上げられ、油が塗られている。
先生お得意の木魔術は鉄に邪魔されて生やせないし、油で滑って脱出が困難。
先生といえど、そう簡単には脱出はできないだろう。
ここに先生を落とす。
その役割を、第二王子と獣族たちに担ってもらう。
その落とし穴から、何かがたたき落ちる音がした。
水しぶきならぬ油しぶきが飛び散る。
「ヒュムアテ!」
先生の言葉が聞こえる。
魔族語で、人間め!という意味らしい。
これが合図だ。
「火を放て!」
俺の合図で、アリスが落とし穴に向けて火を放つ。
その火は穴の直径より大きく、穴の底に届くほどに広範囲だ。
油が塗られた穴は、一気に燃え上がった。
キャンプファイヤのような炎が立ち上がり、辺りを照らした。
周りは手負いの獣族たちが、臨戦態勢を解かないまま、その炎を見つめている。
「アリス! 火を止めるな!」
俺の言葉にアリスはうなずく。
俺ははたして、臨場感ある感じの演技ができているだろうか。
10分くらい経ったろうか。
火柱は収まってきた。
穴にある油を焼き尽くしたのだろう。
「やめ!」
俺がそう言うと、アリスは火を止めた。
あたりは暗闇を取り戻したが、熱を帯びた鉄が、やや赤黒い光を放っていた。
「ぼぼぼ」
獣族が、「やったのか」と俺に聞いてくる。
俺はその問いに答えないまま穴のほうに歩き、穴の縁に立つ。
中をのぞいてみる。
油の残りカスが、なごり火を灯していて中を照らしていた。
そこには、黒い物体が横たわっているのが見えた。
もはや原型をとどめておらず、黒い消し炭の中に、人型をした骨が白く姿を露わにしている。
先生の死体だ。
もちろんフェイクだが。
『魔族は死んだ』
そう獣語で伝えた。
黄色い瞳が見開かれた。
リーダー獣人が、穴を降りた。
死体を確認する気か。
緊張が走る。
暗闇のせいか、自分の鼓動がやけに聞こえる。
ここで自作自演がバレれば、今までの努力がすべて泡となって消える。
いや、それだけじゃすまない。
獣族たちの逆鱗に触れ、俺らは全滅だ。
この数でこの暗闇の中で獣族に勝てるわけがない。
先生は助けに来られない場所にいる。
フェイクの死体を火にかけて、一番の懸念であった死体の臭いを分からなくした。
見た目ももはや消し炭。
骨はある程度原型をとどめてはいるが、ジャイルと先生――医者と魔族本人の自信作だ。
骨格でフェイクだと分かるほど、獣族の知識はないだろう。
それに、魔族をまじまじと見つめる機会なんてなかったはずだ。
そう簡単にばれないとは思うが、なにしろ獣族だ。
俺らが分からない何かを感じる可能性はないわけではない。
『本当に、あの魔族なのか?』
リーダー獣人の言葉に、心臓が冷たくなった。
いや違う、確信をもった質問じゃない。
『あの魔族でなければ、誰の死体なんだ?』
そう獣語で返す。
沈黙が訪れる。
魔族ではないとバレる何かが出ないでくれ、頼む!
もういいだろ、もう認めろ!
そう強く頭の中で祈った。
あの落とし穴には、すでにフェイクの死体はあった。
油の中に浮いており、腐臭と腐敗は抑えられているが、完全ではない。
そこだけが心配だった。
穴は深くしており、死体を入れたのは作戦が始まってからだ。
大丈夫なはずだ。
その死体入りの油の池に、先生は叩き落される。
先生はすぐさま、落とし穴に作られた、脱出用の側溝に入る。
そこで合図をする。
合図はなんでもいい。
でも獣族にバレないよう、人間め、という捨て台詞にした。
魔族が人間にしてやられたということを、獣族に印象付けるためでもある。
その合図を聞いたメアリは、側溝の入り口を塞ぐ。
周りの鏡面の壁と同じように、側溝なんて元からなかったようにしなくてはいけない。
リーダー獣人が壁を気にせず死体ばかりを見ているあたり、メアリの仕事は完ぺきだったようだ。
そして、アリスは火を放った。
あとは俺と獣族が見た景色は同じである。
リーダー獣人が跳躍した。
壁を蹴って外に出ようとしたが、壁が鏡面で油まみれなせいで中に戻される。
中で長老獣人が何かを言ったと思ったら、外にいた一人の獣人がツタのようなものを垂らした。
それに捕まり、リーダー獣人が救出された。
ちょっと和んだ。
いや、和んでいる場合じゃないな。
すぐに逃げられる準備だけはしておく。
『おい、人間』
リーダー獣人がそう言った。
『お前を信用しよう。力を貸す代わりに、我々の里を奪還してもらうぞ』




