第9話「作戦を伝えました」
申し訳ありません。
遅くなりました(>_<。)
「それは、どういうことですか?」
先生は自分の聞き間違いか勘違いかというような面持ちでそう聞き返した。
話は、第二王子に会いに行く前にさかのぼる。
孤児院で生徒が遊びに興じているのを横目に、獣族を仲間にしたいという旨を皆に話した。
ジャイルも先生と同じ顔をしていて、アリスは呆けた顔をしていて、アマリリスに至ってはドン引きしている。
まあ、そうなりますよね。
「言葉の通りです。獣族を仲間にします」
先生は言葉を失っている。
まあ、この反応は予想通り。
「頭、わいてるわね」
アマリリスの罵詈も予想通り……、いやいやもうちょっと言葉選べよ!?
「じじい、いえ、バラン侯爵に対抗しうるには、これが一番だと思いました」
「……、一度さらわれて命の危険にさらさせた相手を、仲間にするということですよ」
「獣族が自分の勢力下にあるというメリットの前では、ささいなことです」
この国の人は、獣族に恐怖の気持ちを持ち、また、集落ひとつの獣族でこの国の戦力に匹敵しうる。
「しかし殿下、仮に仲間になったとして、信用できません。自分やその種族の利さえあれば、簡単に裏切りますよ」
「それは、逆に言えば、向こうが僕たちを裏切らないほうが利があると思わせればいいということです」
先生は口を閉じ、考え込む仕草をした。
命がけで獣族と戦った身としては、思うところも多くあるのだろう。
正直、俺も不安しかない。
言い出しておいてなんだけども。
しかし、この国でじじいの息がかかっていない者や、義心を持つものを寄せ集めても、じじいの権力に対抗しうる戦力にはなる気がしない。
それに、パトリックという切り札を手に入れるためもある。
「わかりました。殿下がそうおっしゃるのであれば、そうなのでしょう」
先生はそう答えてくれた。
信頼してくれている。
「しかし、具体的にどのように仲間に引き入れるおつもりですか?」
「それは今から説明します。作戦名は、泣いた赤鬼作戦」
「アカオニ?」
「むかしむかしあるところに赤鬼と青鬼が住んでいました」
「昔話!?」
赤鬼と青鬼の家は谷をへだてていましたが、お互いの家を行ったり来たりして、たいそう仲良く暮らしておりました。赤鬼は、谷を渡る途中に見えるふもとの村を眺めながら、いつもため息をついていました。
「人間たちとも仲良くなりたいな。」
しかし、村人たちは鬼の姿を見ただけで震え上がり、鬼のいる山に誰も近づこうとはしません。そこで赤鬼は、山の入り口に立て札を立てることにしました。
『心のやさしい鬼のおうちです。どなたでもおいでください。おいしいお菓子とお茶も用意してあります。』
「心のやさしい鬼なんているものか。人間をだまして、食べてしまうにちがいない。くわばら、くわばら。」
村人は恐がって、誰一人として遊びに行こうとする者はいません。赤鬼は、悔しくて悲しくてふさぎこんでいましたが、とうとうしまいには腹を立てて、立て札を引き抜いてしまいました。
赤鬼が立て札を引き抜いた次の日、ふもとの村では大騒ぎが起こっていました。青鬼が金棒を振り回して暴れ始めたのです。青鬼に追いたてられて、村人たちは逃げまどいます。そこに現れた赤鬼が、乱暴な青鬼をこらしめて村人たちを守りました。
青鬼が考えたこの芝居のお陰で、村人たちは赤鬼にすっかり心を許すようになりました。
こうして、何人もの村の人たちが赤鬼のところに遊びにきてくれるようになりました。赤鬼は、人間と友だちになれたことが嬉しくてたまりませんでした。しかし、あの日からぱったりと訪ねて来なくなった青鬼のことが心配で、心が晴れません。
赤鬼は、青鬼の家を訪ねてみました。青鬼の家は、戸が固く閉ざされていました。気がつくと、戸のわきに貼り紙がしてあります。
『赤鬼くんへ。人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれませんので、ぼくは旅に出ることにします。いつまでも君を忘れません。さようなら。君の友達、青鬼。』
赤鬼は、黙ってそれを読みました。何度も何度も読みました。そして、戸に顔を押し付けて、おいおいと泣きました。
(引用:『泣いた赤鬼』,浜田広介(著))
「要するに、魔族である先生に獣族の村で暴れてもらって、人族の僕たちが先生を倒すことを条件に、こちらへの協力を取りつけます。先生には危険で、汚れ役を演じてもらうことになってしまう……、…!?」
先生のほうを見ると、先生の目から涙が一筋流れていた。
「いえ、気になさらずに話を続けてください」
先生は涙をぬぐいながらそう言う。
「このような美しく悲しい物語に出会えるとは、長く生きてみるものですね。殿下は……、やはりただならぬお人です」
「いや、これは僕が考えた話ではなくてですね」
嗚咽が聞こえると思って音がするほうを見ると、アリスがボロボロ涙をこぼしていた。
もしやと思って見たアマリリスは顔をおさえながら、こっち見るんじゃなわよ!と涙声で言う。
ジャイルは沈痛な面持ちを下を向いている。
この世界の人たち、感受性豊かすぎない?
「殿下が望むなら、今生の別れとなろうとも見事にアオオニを演じてみせましょう」
「へ? いえ、物語はそうですけど、今生の別れにはなりませんよ」
「私を生かしながら、獣族を欺くと言うのですか?」
「ええ、そうですが?」
「それは、獣族を軽く見ていると言わざるを得ません」
先生は言った。
獣族の嗅覚、聴力、および動体視力は、魔族を超えた能力であると。
「それに、彼らが私の遺体を見ずして納得するとは思えません」
「先生は、本気で自分の命と引き換えに獣族を仲間にしろと言っているのですか?」
「必要なことなのでしょう? それで、この国を変えられるのでしょう? ならば、私の命を差し出すくらい、安いものではありませんか」
「……え?」
第二次世界大戦の兵隊みたいな台詞だ。
戦争がある世界に生きている人は、そういう考えが普通なのだろうか。
俺には考えられない境地だ。
死んだら何もかも終わりだと思ってしまう。
自分の命を最優先だとも思っている。
それに、先生が自分の命を軽く考えているようで悲しくなる。
「僕は、先生の命を安いとは思えませんし、そんなセリフを聞きたくありません。ずっと僕のそばにいてほしいと思っています」
先生にそう伝えると、先生は顔を赤くして口許をおさえた。
「もったいないお言葉です」
先生は小さくそう答えた。
「俺に茶番を演じろと言うのか」
話は今に戻る。
第二王子はにらみつけるようにそう言った。
「そして、国外に追放されたはずのアーリャ女史が在国していて、そのうえ魔族だと」
うなずく。
「しかも、獣族を仲間にするだと?」
うなずく。
第二王子は刻まれた眉間のシワをよりいっそう深くした。
魔族と戦わないかと持ちかけられて、それが獣族を仲間にするための演技で、その相手がかつて知ったる先生だとなったら、話が違うにもほどがあると思われてもしかたない。
しかもその目的は、今の宿敵獣族を仲間に引き入れるためときたものだ。
第二王子にとっては、断る要素しか見当たらない。
しかし、のんでもらわないといけない。
本気で獣族をだますために、第二王子は必要なピースだ。
なんとしてでも、この話をのんでもらう。
「いいだろう」
第二王子はそう言った。
断られたときのために用意したセリフが、つばとともに喉を通った。
「お前が描く絵、俺に見せてみろ」




