第6話「孤児院に行きました」
「昨晩は心臓が止まりかけましたよ」
先生から昨日と同じセリフを言われた。
ノアサ村の外れに向かう道中、俺と先生とアマリリスの馬が横に並んでいる。
先生の後ろにはアリスがしがみつき、アマリリスはあいかわらずぶつくさ言いながらも同行してくる。
「相手はパトリックですからね。彼が手に剣をかけたときは、彼が殺気を収めるのがもう少し遅かったら手を出していました」
「ありがとうございます。見守ってくれた先生にも、怒りを収めてくれたパトリックさんにも感謝しないとですね」
ちょっと昨日はやり過ぎたと思っている。
でも手ごたえはあった。
「ありがたい限りですが、殿下はもう少し自分を大切にされてくださいね」
先生の注意口調の奥に優しさを感じる。
「昨日、なんかあったの?」
アマリリスが聞いてくる。
「いや特になんもない」
「今の会話からなんもないと思うのは無理あるでしょ……。また私がいないところで危ないことしてんでしょ。もう少しは身の程をわきまえなさいよ! なんかあったら私のせいなんだからね!」
めんどくさいなぁ……。
いや、俺のことを心配してくれるなんて、嬉しいじゃあないか。
それに、この年でここまで責任感を持って仕事に当たれるというのは素晴らしいことだ。
そう思えばアマリリスにだって感謝の気持ちが……、わいてこないな。
なんでだろうね。
「今度はなにたくらんでんの? どうせまた徒労に終わるんだからやめとけばいいのに」
「お前ね……、よくもまあそんなに出鼻をくじくようなセリフを言えるよな」
「わざわざくじいてあげてるんだから感謝しなさいよ」
するわけないだろうが。
「それで、どうするの?」
「どうするのって?」
「あそこに行くんでしょ。学校、だっけ? もう無理でしょ。潮時なんじゃない?」
ノアサ村の外れ。
そこで孤児院を開いてみた。
戦争孤児であるアリスを、人身売買から助けて引き取ろうとしたときに先生から言われた言葉。
『人身売買は、この社会が生んだ必要なシステムなのです』
孤児は労働と自由を奪われる代わりに、衣食住が保証されること。
それに反論してアリスを引き取ろうとしたら、目の前の一人を救うことで何も変わらないと言われた。
俺がこの国を変えようと思った一つの理由でもある。
戦争孤児の受け入れシステムの現状が人身売買なら、違うシステムにすればいい。
しかし、この国を変えるほどの力が俺にはない。
そうだ、孤児院を作れば良いじゃない。
そう思って、それなりに頑張ってきて形になった。
それが、潮時か。
たしかにそうかもしれんね。…。
簡素な土作りの家の前に到着した。
高さ、広さがコンビニサイズくらい。
モイのマジカで作ってもらった。
窓という名の穴から覗くと、24の瞳、12人の子どもが真剣に黒板のようなものを見ている。
もちろん、孤児の人数は12人どころじゃなくもっといる。
本当はもっと受け入れたいが、子どもの面倒を見るというのは思ったより大変だった。
慣れてきて体制が整ったら、徐々に規模を大きくできたらと思っていた。
教壇に立つのはジャイル。
ノアサ村でウィールが毒混入事件をやらかしたときに、お世話になった処刑人、兼、医者だ。
ジャイルは、メアリ作の金属製人体模型から肝臓部分を取り出しながら説明している。
そして、黒い壁に石灰で文字をつづる。
うん、学校っぽい。
ここの生徒は字を読めない子のほうが多い。
国語の授業をやっているが、モチベーションが子どもによって全然違う。
生きていくのにどうして文字が必要なのか、説明するのは難しい。
アリスはしゃべらない分、文字を覚える必要があったからなあ。
まあ、文字が読めなくても授業はできる。
ジャイルはこちらを見た。
しかし、視線を戻して授業を続ける。
俺が来たからと言って授業を中断するようなことはしない。
この授業のテーマは、肝臓らしい。
半分以上切り取っても復活する。
酒を飲みすぎると腐る。腐った臓器は、陽魔術でも復活しない。
体内の解毒を担っていると考えられる。
そんな話をしていた。
ひととおり話し終えたらしく、ジャイルは外に出てきた。
「ジャン王子、いらしたのですね」
「あいかわらず素敵な授業ですね」
正直、ジャイルがここまで熱を入れて取り組んでくれるとは思っていなかった。
「いえ、彼らがこの先どう生きるか分かりませんが、この知識が少しでも生かされるのを願うばかりです」
青白い頬が紅潮しているように感じた。
ジャイルはここに来てから、生き生きとしてるような気がする。
ジャイルが教鞭を執るようになった理由は、『医療を施せる人を増やしたい』から。
陽魔術を使える人以外でも、やれることはあるはず。
そうジャイルに持ち掛け、アシスタントを欲しがっていたジャイルの需要にも合致して、誘うことができた。
これが成功すれば、ジャイルも仕事が楽になるし、子どもたちは自立でき、今まで医療を受けられなかった人も受けられるようになるかもしれない。
「先ほど生徒に、『半分切り取っても復活するなら、腐った部分を切り取ればいいんじゃないの』と言われました。私にはない発想で驚きました。肝臓を切りとるまでに体を切らなくてはいけないですし、そう簡単な話ではないのですが、可能性を感じました」
外科医療の発達している前世ではそんなことは常識だが、マジカの医療しか経験がないジャイルには新鮮に感じたのだろう。
それにしても、なぜ肝臓を切り取ったら再生することを知っているのだろう。
処刑に関係するのだろうか。
それともジャイルの趣味……、いや、変な推測はやめておこう。
「ジャイルさんに、話しておかなければいけないことがあります」
そう切り出す。
ジャイルはもう関係者だ。
ちゃんと説明しなくてはいけない。
「どうかされましたか?」
いつもと違う雰囲気を察ししてか、真剣みを帯びた顔でジャイルがそう聞いてきた。
「それが……、この学校を続けるのは厳しいかも知れません」
「……? それはなぜです?」
「それは」
孤児院を思いつきたとき、場所選びから始まった。
カルデラという土地柄もあって、ほぼ平地なうえに、森がほぼない。
つまり、未開の土地がない。
ほぼすべての土地を貴族の誰かが手の内に収めている。
誰かに協力者になってもらわないといけない。
土地を貸してもらい、なおかつ税金は目をつぶってもらえる。
そんな好条件。
あるわけないと思ったが、いた。
それが、ノアサ村を治めていたパトリックの父親である。




