第5話「勧誘しました」
月が出ていた。
パーティ会場の外に出ると、外はすっかり冷え込んで、冷たく乾いた風が頬をなでた。
パーティはまだ続いている。
今日の目的である男が外に出たので追って出てきた。
幸い月の明かりで、後を追いやすい。
「俺のあとをついてきてどうする気だ?」
ひと気がない場所まで来たところで、男は振り返りって俺に視線を向けた。
最初から尾行に気づいていて黙っていたのか。
尾行がバレても問題がないとはいえ、分かるものなのか。
兵長ともなると、勘も鋭くなるものなのかもしれない。
「月がきれいだったので」
俺がそう答えると、眉をひそめて不機嫌そうな顔をした。
男の彫りの深い顔に月の光が陰影を作っているのが見える。
「俺は気が長い方ではない。用件を早く言え」
俺が目をつけた人物は、兵長パトリック。
俺をさらおうと獣族が武道会会場に侵入してきたときに、先陣を切って獣族に向かっていった人物だ。
その後の獣族からの報復戦では、多くの活躍をした。
もう兵長ではない。
若いが大尉という役職を与えられている。
「失礼しました。第三王子、ジャン=ジャックです。話をしにきました」
俺がそう言うと、パトリックはさらに難しい顔をした。
「第三王子……、外で話さないといけない内容か」
第三王子と知っても、態度を変えない。
パトリックはいぶかしんでいる。
まあ、そりゃそうだ。
世間話なら、パーティ会場でもできる。
「貴方はここに来るようになって浅いから分からないかもしれませんが、僕は鼻つまみものです。人目を外したところで話をしたかった」
「分かっている。さっさと用件を言え」
落ち着いて見えるのは、自分の力に自信がある証拠か。
実際、功績をあげて貴族の一員になるくらいの実力だ。
実力者を抱えたがっている貴族はいくらでもいる。
いまだに武力の優劣が権威の優劣に直結するこの国では、引く手あまただったろう。
実力者を抱えるということは、俺は兵器を持っているぞと主張しているようなもの。
自分の護衛になるし、脅しに使えるし、有事の際には功績をあげられる。
そんな貴族の中でも、名ばかりとはいえ貴族の爵位を与えられるものとなれば、相当な実力者のお抱えになったことは想像もつく。
まあ、じじいだよね。
自分の脅威になるやつは、取り込んだほうがいいに決まっている。
そういうのは、じじいが一番わきまえているんだろうな。
「この国を変え、重税に苦しむ民を助けたいのです。お力をお借りしたい」
単刀直入に言った。
探ったり回りくどく言っても逆効果だと思った。
「国を変える? 民の味方をして民と兵を取り込み、内乱でも起こす気か。俺は内部争いに興味はない」
パトリックは背を向けようとする。
「それに、俺を見て震えている王子が何かを為せるとも思えない」
情けない話だが、その通りだ。
さっきから両手が震えている。
パトリックは、俺を瞬殺するくらい造作もない。
俺を亡き者にするメリット、第三王子とはいえ王族を手にかけるデメリットを考えれば、俺が殺されることはほぼないとは思っている。
でも怖いものは怖い。
そんなこと気にせず、手が出てしまう第二王子とかもいるわけで。
「貴方は、なぜ兵士になったのですか?」
パトリックにそう尋ねた。
ビビって、はいそうですねで終わらすわけにはいかない。
まだ伝えたいことの1/3も伝えきれていない。
対話を続ける。
粘り強く、何かしら糸口を見つけるまで付き合ってもらう。
それしか、俺が彼に対してできることはない。
「生きるためだ」
俺の問いに、そう答えた。
おお、生きるために働く。
シンプルでかっこいいね。
「それで、一番待遇がいいバラン侯爵に仕官することにしたわけですか」
「侯爵閣下はこの国に一番影響力がある方。その方に仕官できるということは、自分の腕をそれだけ買われているということ」
自分の腕を買われて、か。
なるほど。
国のためとか、正義を貫くためとか、大義で動くタイプじゃないと。
「パトリックさん。貴方は本当は地方貴族出身だそうですね。それが、貴方のお父上が、バラン侯爵の意にそぐわない行動をとったがために、相当貧しい暮らしを余儀なくされたとか」
俺がそう言うと、パトリックの雰囲気が変わった。
怒りがにじみ出ている。
「貴様は、人の過去に勝手に踏み入る無礼者か」
「私は貴方とケンカをしにきたわけじゃない。バラン侯爵に人生を狂わされ、それでなお、なぜ侯爵に仕官できるのか信じられないだけです」
声が震えないように気をつけながら返答する。
この話題を出して怒りを買うことくらいは想定していた。
その人を知りたければ、その人が何に対して怒りを感じるかを知れって、好きなマンガに書いてあったからね。
「誤解しているようだが、侯爵に対する私怨はない」
「私怨がない?」
この言葉は予期していなかった。
じじいのせいで貧しさを味わったんだ。
殺したいくらい憎んでいても不思議じゃないのに。
「なぜです?」
「この国を動かしているのは侯爵閣下だ。それを父は、視界の狭い己の正義のために、すべてをふいにしたのだ。恨むべきは愚かな父であって閣下ではない」
パトリックにとっては、自分の父の姿がそう見えているのか。
……。
全然違うな。
水源発掘作業の際に知り合った。
自分の領土を愛し、そこに住む民たちに愛されていた。
重税にあえいでいる民の代わりに、意見を申し立てた。
どこに愚かな要素があったというのか。
一緒に暮らしていても、いや近いからこそ、その人の本質を見れないのか。
もしかしたら、俺もそうだったのかもしれないな。
「貴方の父は、民のために行動を起こしただけです。立派だったと思います」
「俺に声をかけてくるやつは皆同じだな。きれいな正義をふりかざすだけで、現実を見ない。退屈で欠伸が出る。みな自分が正しいと思っているんだ。人の数だけある正義を振りかざしてどうする。その度に誰かが割を食っているんだ。誰がこの国を統べようとも、誰が政治家になっても同じだ」
言いたいことは分かる。
けれど、パトリック。
それは自分の経験と、浅い知識から導いただけの考えだ。
政治に関わらず、それでいて待遇されるほどの実力者だから、そんなのんきなことが言える。
さて、パトリックの人物像もつかめた。
前段取りとして仕入れてきた情報は役に立った。
パトリックを引き入れる。
考え方に頑なな部分があるが、ここまで俺の対話に付き合った。
俺の話に思うところがあったのだろう。
そこらへんの何も考えていない貴族より、よっぽど信頼できる。
それに、既に誰かが声をかけているようだが、それを匂わしても名前を言わないあたり、口が堅そうだ。
「話は終わりか?」
「貴方の了見の狭さにはがっかりしました。貴方はお父上を理解されていない。貴方の父上が立派なだけに、過度に期待し過ぎていたようです。愚かなのは貴方だ」
とことん煽ることにした。
「なんだと! 世間を知らない王族が何を言うか!」
「世間を知らないかもしれませんが、自分の目線でしか語れない貴方よりマシですね」
「なんだと!」
一瞬、剣に手をかけた。
やべえ、やり過ぎたと思った。
背筋がひやっとなった。
「……バカバカしい。こんな能力のない王子に何を言われても何も感じん」
剣にかけた手をおろした。
さんざん怒ってましたやん。
「パトリックさん、貴方は本当はお父上のことを心の中では肯定しているのではないですか? その頑なな怒りは、その裏返しにしか僕には見えません」
「今度は分析か。つきあってられない」
「僕はこの国を変えます。父上がどれだけ誇り高かったか、証明して見せましょう」
パトリックは動きを止めた。
「力がない者の言葉など、ただのお絵かきだ」
日本語でいうところの『机上の空論』か。
それには俺も同感だ。
こうして、力のあるところに力が集まる構図ができあがる。
力をもたないものはつらいね。ほんと。
「このことは黙っておこう。他の者が感づく前に立ち去ったほうがいい」
話を最後まで聞いてくれた。
ということは、俺の話にある程度の理解を得ている。
力がない者の言葉は聞けない。
それが、パトリックの俺の問いに対する答えなのだろう。
そうか。
力を示せばいいのか。
俺に仕官しようと思うだけの材料を示せば。
「パトリックさん。僕はあきらめの悪い人間です」
俺に背を向けようとしたパトリックに声をかける。
こちらを振り向いた。
「僕に仕官したいと思わせるだけの手札をそろえてきます。楽しみにしていてください」
パトリックは目を伏せて少し考えこむような仕草を見せた。
そしてそのまま前を向き、暗がりを歩いて行った。
更新が遅くなりましたが、なんとか書くことができました。
本当にお待たせしました。
申し訳ありません。
文章って、普通に書けるもんだと思ってました。
こんなことになるとは思っていませんでしたが、まだまだ自分の文章に自信が持てずにいますが、もう書くしかないと割り切ることができました。
今の自分には、自分の文章が小説のていをなしているかどうかもわかりません。
でも待ってくださる人に楽しんでもらおうという気持ちで、これからもがんばってまいります。
また、しばらくお付き合いください。
脇役C