第42話「助けがきました」
ここの獣人ごと自爆してやるわ!
この時はそう決意していた。
ヤケになっていたというほうが正しいか。
あと1秒でも遅かったら2度目の死を迎えていたと思う。ほぼ確実に。
人間追い詰められると、何をしでかすか分かったもんじゃない。
そんなヤケを止めたのは、獣人だった。
ぼぼぼ
長老獣人が窓の外を指さして短くそう言った。
するとすぐに2匹とも地面に突っ伏す。
何だ?
獣人たちは腕を口に当てて、空気を吸わないようにしているように見える。
まさか……。
毒ガス!?
俺も獣人たちと同じように口元に手を抑えようとする。
手が動かない。
そういや、両手両足とも縛られているんだった。
ヤバい。
このまま死ぬのか?
死にたくない。
ようやく、ここまで生きてこられたのに。
よし!
死ぬまで息止めてやる!
………
……
…
長い。
苦しい。
限界だ。
俺が緊張しているから長く時間を感じるのか、それとも実際に長い時間が流れているのか。
足の痛みが、思い出したかのように痛みだしている。
目の前の二人は、突っ伏したまま動かない。
待てよ。
これ息を止めたままなら、逃げられるんじゃね?
というか、毒ガス?は獣族なのか?
なんで獣族が倒れてるんだ? 内紛か?
それとも、他の種族の襲撃なのか?
そんな考えが頭の中を回っている時だった。
扉が開いた。
その隙間から、見知った顔があらわれた。
「殿下! いらっしゃいますか?」
先生の顔が、扉から少し顔を出した。
自衛隊が突入する際にやっているような、扉に体をぴたりと貼り付け、腰をかがめてこちらを伺っている。
「先生!」
「殿下!」
た、助かった!
先生が来てくれた!
よかった……!
いや、おかしい。
先生はガスか何かを仕掛けて、俺を助けに来てくれた。
獣人たちは何かに気づいていた。
そして、自分から身を伏せた。
つまり、獣人たちは見破っている!
「フリです! 先生! 倒れているフリをしています!」
そのセリフが終わる前に、先生の体が吹っ飛んでいた。
血の気が引いた。
もう獣人は二匹とも小屋の中にはいなかった。
外では激しくぶつかり合う音が聞こえる。
戦っているのか?
先生……!
体をくねらせ小屋の外に出ようとすると、小屋がミシミシ言い始めた。
小屋が、傾いてきてる。
もしかして、倒壊しちゃうのこれ?
ここどれくらいの高さなの?
え、せっかく先生が助けに来てくれたのに、こんなんで死ぬの俺?
体動かせないから脱出できないし!
落ちる! 落ちる!
そう思ったら、何かに抱えられた。
獣族の感触ではない。
先生が獣族をしとめて、俺を助けてくれたのだろうか。
とにかく助かった……。
顔をあげると、先生は遠くで、巨木の枝に立ち、獣人二匹と戦っているのが視界に入った。
え、じゃあ誰?
視線を移動すると、第二王子がいた。
「なんで!?」
思わずそう叫んだ。
そらそうだろ。
俺を虫けらのように殺したがっていたやつが、俺を助けようとしてる。
「あいかわらず、とろいやつだ。足を引っ張ることしかできないのか」
第二王子がそう言う。
はい、ごめんなさい。
もう虫でいいいです。
実際、虫けら以下ですし。
「こんな虫けらめを救っていただいてありがとうございます!」
そんな俺のセリフに、第二王子が心底いやそうな顔で俺を見つめる。
「別に、お前を助けようとしたわけじゃないからな。王族としての使命を果たしているだけだ」
前に、弱い者の駆除も王族の使命とか言ってなかったか?
まったく真逆のこと言ってるんですけど?
映画版ジャイアンなの?
地鳴りのような音が、耳を打った。
木が倒れた音だ。しかも大きい。
俺がいた獣族の巣があった木じゃない。
先生が生やした木だ。
「先生!」
思わず叫んだ。
あんな巨木が倒れるなんて、どんな戦闘したらそうなるんだ。
先生は無事なのか!?
倒れた巨木から芽が生え、獣人目がけて貫こうとする。
同時に地面からツタが生え、獣人たちの足の自由を奪う。
獣人は、先生の2方向の攻撃にも動じず、それを切り裂き、枝をいなしている。
先生の姿は見えないが、木級魔術が発動しているということは無事なのだろう。
さすが先生だ。
巨木が倒れたさいに舞った、砂ボコリが落ち着いた。
先生の姿が見える。
先生は巨木に身を隠しながら、魔術を発動させていた。
血の気が引いた。
ここから分かるくらいに、肩から腹部にかけて、袈裟懸けに傷があった。
普通の人間なら、致命傷だ。
地面に降ろされる。というか投げ下ろされた。
俺を縛っていたヒモが切り落とされる。
「お前も王族の端くれなら、使命を果たせ。お前が俺に言った言葉は、ただの口先だけなのか?」
第二王子はそう言って、木の幹や枝を蹴りながら獣族に向かっていった。
俺が、第二王子に言った言葉……。
『この国を変えてみせます』
そうだ、俺はそう言った。
国を変えたいのに、ここでひるんでいてどうする。
大切な人のために戦えなくて、いつ戦うんだ。
突如、轟音が鳴り響いた。
地中から、巨大化したパックンフラワーのような、食虫?植物が現れ、獣人一匹を飲み込んだ。
これも木級魔術なのか……。
見た目がもう怪獣映画だよ。
昔の映画で見たことあるよ。
スペクタクル過ぎる。
いや、これ、無理だろ……。
国を変える以前に、ここから無事に生きて帰れるイメージすらわかない。
いわんや、こんな中に入っていける気もしない。
変に割り込んだら、確実に足手まといになる。
花弁があっさり切り裂かれ、その中から獣人が出てきた。
これでも仕留められないのか。
これが獣族……。
先生が獣族に見つかって、攻撃を受ける。
枝がすんでのところで防御した。
先生はやはり、近距離は不得手なのだろうか。
それとも長老獣人が強すぎるのか。
長老獣人との距離をあけられずにいる。
もう一匹のほうは第二王子が応戦しているが、こちらも苦戦している。
今は二匹だからなんとかなってる。
一匹増えただけで、このバランスは崩れるだろう。
これが群れで襲ってきたら……、考えるだけで恐ろしい。
いや、今も十分恐ろしいだろ。
ここは獣族の村。
いつ援軍が来てもおかしくない。
こんなところで、手をこまねいてる場合じゃない。
早くなんとかしないと!
倒壊した小屋をかき分ける。
体を動かすごとに痛みが走る。
でも、そんなのにかまっている場合じゃない。
ボウガンと弾と盾を見つける。
どちらも無事だ。
これで何か、何かできないか?
先生を助けられる何か。
その時、長老獣人のところに火柱があがる。
あれは。
アリス!
巨木の根元にアリスが立っていて、そこから火を放っていた。
アリスも、来てくれていたんだ。
こんな危ないところに。
長老獣人は先生の近くから消え、後ろに跳んでいた。
すごい。
こんな手の出しようもなさそうな戦闘で、先生の手助けるになる一打を打てるとは。
そう思った。
長老獣人のほうばかり見ていたから、もう一匹の獣人が消えたのに気づかなかった。
遠くから見ても、目で追えない獣人の攻撃だ。
アリスには何も見えなかったと思う。
アリスは吹っ飛ばされた。
吹っ飛ばされたと思ったら、アリスはツタに絡められていた。
アリスを攻撃から逃がしたのか。
それと同時に、パックンフラワーがその獣人を襲う。
そこを、第二王子がパックンフラワーごと串刺した。
何度も刺す。
パックンフラワーから獣人が現れない。
第二王子は終わったと判断したのか、長老獣人のほうに向かった。
本当に倒せたのか?
硫酸弾を装着し、パックンフラワーのほうに向ける。
そこから飛び出してきたなら、俺が仕留める。
消化液なのか、粘液が傷から漏れ出している。
それが、獣族の色に染まってきた。
消化、されたんだ。
仕留めた……。
やっと一匹を。
これで2対1になった。
がぜん優位になった。
先生に視線を戻した。
先生は片膝をついていた。
いや、違う。
目まいがした。
先生の右足がなかった。
切断されていた。
それでも先生は攻撃し続ける。
攻撃というより、防戦一方になっている。
先生は動けない。
第二王子が攻撃に入って、ようやく長老獣人と互角に渡り合えている。
獣人は、第二王子の攻撃を受け流し、攻撃はもっぱら先生に向けていた。
手負いの先生を仕留めようとしているんだ。
獣人に硫酸弾を向ける。
……ダメだ、動きが速すぎて狙いが定まらない。
そもそも着弾に時間がかかるこの武器は使えない。
どうすればいい。
ちょっと何か間違えば、きっと先生は死ぬ。
そんなのは嫌だ。
先生が……。
考えたくない。
俺を助けに来たせいで、先生が死ぬなんて。
先生は呼吸をするのもつらそうだ。
きっと、そう長くもたない。
「兄様」
メアリの声が近くで聞こえたような気がした。
動揺しすぎて幻聴でも聞こえたのかと思った。
声がするほうを振り返る。
黒い塊が俺に覆いかぶさろうとしていた。
「うわああああああああ」
後ずさろうと体を動かす。
「兄様、動かないで」
黒い塊から、メアリの声が聞こえた。
え? ええ?
「メアリ?」
黒い砂が上の部分だけ落ち、顔が見えた。
メアリだった。
メアリが、来てくれた。
「メアリ、来てくれたんだ」
俺がそう言うと、メアリはうなづいてくれた。
外に出るのは大変だったろうに。
この黒い砂みたいなものは、メアリにとっての最終防衛ラインなのだろう。
俺を救出するために、今まで出てこなかった外の世界に踏み出した。
しかも、こんな命の危機にさらされる場所に。
そうとう勇気がいったろう。
「ありがとう、メアリ」
メアリが、アリスが、先生が、俺のために。
………。
泣きそうだ。
いや、泣いてる場合じゃない。
アリスもメアリも先生も、なぜだか第二王子も来てくれたんだ。
「私も来てますよ」
ウィールがメアリの後ろにいた。
「なんで!?」
「その反応、おかしくないですか?」
ウィールはアリスに肩を貸していた。
アリスは脇腹を押さえ、口から血が垂れている。
「私はアーリャさんを助けたい。でも、私には獣族を吹き飛ばすほどの魔力はありません。だから、考えて下さい。アーリャさんが認め、第二王子に勝った貴方なら、きっと何かあるはずでしょう」
ウィールさんは、じっと俺を見つめた。
懇願するような目で。
そうだ。
俺は今まで、マジカが使えないなりに、なんとかやってきたんだ。
自分を信じろ。
今、先生を助けられるのは俺なんだ。
今ある装備を確認する。
エナドリ缶、ボーガン、盾。
この戦いにおいてはオモチャみたいなもんだ。
唯一有効打になりそうなテルミットは、先ほどのアリスの攻撃より劣る。
着弾する前に距離を取られてしまうだろう。
硫化水素だって、鼻がきくやつらは異変に気づいてしまう。
有効範囲は、思っているより広くない。
距離をとられて終わりだ。
あいつらに致命傷を与えられる決定打にはならない。
早く何か思いつけ。
こうしているうちに、先生がいつ命を落とすかわからない。
足からの失血だって、相当なものだ。
俺もマジカが使えたら……。
いや、違う。
別にウィールは、みんなだって、俺がマジカが使えることを望んでいるわけじゃないんだ。
今だって、俺にだってできることがある。
そう、今なら。
一人じゃない、みんなが助けに来てくれた今なら。
考えろ、きっとある。
なくても作り出せ。
そうだ。
「ウィールさん」
「はい! なにか、思いつきましたか!?」
「お金ください。今あるだけ全部」
「え? お金? なんで?」
「いいから全額よこせ! この守銭奴が!」
「出します! 出しますけど! さっきから私の扱いひどすぎないですか!?」
この1秒でも時間が惜しいときにウダウダ言っているのが悪い。
金貨2枚、銀貨3枚、マグネシウム硬貨12枚。
これだけあれば、いけるか?
「金貨と銀貨はいらない!」
ウィールに返す。
「こんな小銭でどうするんですか?」
「説明してるヒマはない」
メアリに向き直る。
「この中に、アルミの時と同じように、できるだけ小さく、粉々にしていれてくれ」
メアリは大きく頷く。
マグネシウム硬貨を握りしめる。
手の下側から、マグネシウムの粉が出る。
この缶は、武闘会の一回戦で使った7号。
テルミット缶だ。
その中にマグネシウムを入れた。
「メアリ、今からここに水を入れる。そしたら、すぐにフタをしてくれ。密閉……、どこからも空気が漏れないように、完璧にやってほしい」
メアリがうなずく。
「水?」
ウィールさんが反応する。
「そうです。ここに水蒸気をかけて欲しいんです」
「水蒸気?」
「霧です」
「わかりました!」
ウィールが手をかざす。
すると、徐々にアルミとマグネシウムが湿り気を帯びる。
「メアリ!」
そう呼ぶと、メアリは缶を密閉してくれた。
どこにも、隙間も、つなぎ目すらもない。
「アリス、俺はこれからこいつをボウガンで飛ばす。地面や木にぶつかる前に、打ち抜いて欲しい。燃やすんじゃない。炎で打ち抜いて欲しいんだ。できるか?」
無茶な注文だ。
ボウガンは、目で追うのも難しいくらいに速い。
そんなものを打ち抜くなんて、ゴルゴでも難しいんじゃないか。
でもアリスは、うなずいてくれた。
俺は、アリスを信じる。
「みんな、俺がボウガンを放ったら、目を閉じ、耳をふさいでくれ。アリスは……、ごめん、たぶん耳も目もふさぐ時間がない」
アリスは首をふって、俺のことを指さした。
心配そうな顔で。
優しいな。
俺もそんな時間はなってこと、察してくれるんだ。
「だいじょうぶ」
エナドリ缶を見ると、膨張している。
水素が発生しているんだ。
頃合いだ。
覚悟は、決まった。
「先生! マルク兄様!」
思いっきり声を張り上げる。
「エナドリ缶を発射します! 目を、目を閉じてください!」
獣人にも聞こえただろう。
でも戦闘中に、目を閉じれる人がいるだろうか。
でも先生なら、きっと目を閉じてくれると信じた。
先生が目を閉じた時には、エナドリ缶は真っ直ぐに巨木に向かっていた。
この対第二王子のために作られたクロスボウは、威力もスピードもある。
だから、高さがあるところに向けて撃っても、着弾し爆発する威力はゆうにあるだろう。
ただし、弦が長く強いので、弾くのに力も時間もかかるので連射性はない。
子どもの力でも弾けるようにリール式になっているからだ。
けれど、今回は速射性は必要ない。
一発で仕留める。
俺の眼は、予見眼だ。
エナドリ缶の弾道も、先生が目を閉じるのも予見できている。
そしてアリスの炎が打ち抜くシーンも。
強烈な光がさした。
目の前が真っ白になる。
すぐ、耳をつんざく爆音がやってきた。
耳鳴りのような音で、何も聞こえなくなる。
視覚も聴覚も機能しない。
不安が襲ってくる。
何もできない。
だから、祈った。
先生。
生きててください。
視界が戻るまでひたすら祈った。
やがてボンヤリと視界が戻ってくる。
合わないピントを無理矢理、先生がいた場所に合わせる。
獣人が立っていた。
血の気が引いた。
脳が、メアリとアリスを逃がす方法をフル回転で考え始めた。
いや、違った。
獣人は、木に串刺しにされていた。
先生はかたわらにいた。
倒れ込むように座り込んでいた。
「勝った、んだ」
腰が抜けるように座り込んだ。
今回は本当に、生きた心地がしなかった。
「なんなんだ、今のは」
第二王子が言う。
「どうなっているんだ!」
「兄様、今のは光と音で視覚と聴覚を一時的に麻痺させる道具です。獣人は先生が仕留めてくれたのでだいじょうぶです! 目と耳もすぐに戻ります」
「そんなものを戦闘中に、仲間もろともとは、正気か? 少しでも時間がずれたら全滅してるぞ……」
「いやあ、先生を……、いえ、兄様を信じてましたから」
「なんと人任せで運任せなやつだ……、呆れて何もいえん」
ですよね……。
今回のエナドリ缶は、フラッシュバン。
基本的にはテルミット弾だが、マグネシウムとアルミニウムは強烈な光を放つ。
そして大きな音がする。
前世でも、スタングレネードとして、軍事にも防犯にも使われていた。
巨木はあっという間に枯れ果てた。
先生は、かろうじて起こしていた上半身が前のめりに倒れた。
慌てて駆け寄る。
仰向けにする。
先生の顔が、青い。
足からの流血が止まらない。
脈動に合わせて、できそこないの水鉄砲のように血が流れている。
落ちていたツタを拾い、足を縛った。
ぞっとするくらい、血だまりができていた。
「殿下、ご無事で何よりです」
先生は目を開き俺の姿を認めると、そう口にした。
肩、足、脇腹に、獣族の爪で切り裂かれて、開ききって肉がめくれ上がっている。
肩の傷は、骨すら見えている。
「先生、俺のことより、自分の心配をしてください」
「私は、殿下が無事なら、それでいいのです」
先生はつらそうなのに、ほほえんでそう言う。
「なんで、どうしてそこまで僕にしてくれるんですか」
先生は目を閉じた。
呼吸を浅く繰り返している。
「……最初は、殿下が息子と似ていたからでした」
初めて聞く言葉。
そうだったのか……。
猫耳をつけたいとか言っていたが、あれは先生なりのごまかしだったのか。
「息子は人間として暮らし、人間として命を落としました。私には息子の気持ちが分かりませんでした。私も人間として暮らせば、息子が見えた景色が見えるかもしれないと……。そう思い、この国に来ました」
「……、見えたんですか?」
「見えない。そう思い込んでいただけなのかもしれません。私には、息子が見ていた景色を見る資格がないと。しかし、今になってようやく、宮廷魔術師として王に仕えた日々、戦場でともにした仲間やウィール、そして、殿下に出会って今までの思い出が、今でも鮮明に目の前に広がっています」
先生……。
目の前に広がって……?
あれ? これ走馬灯じゃないよね?
まさか、まさかね?
「今となっては、殿下が息子に似ていたというのは、ただのきっかけに過ぎません。殿下にはいろいろと驚かされました。殿下の考え方、とらえ方、逆境にもめげない精神力、この国を変えるほどの知恵」
ウィールが、目からボロボロ涙を落としながら、先生の手をにぎりしめる。
え、なにこの雰囲気?
よくある最期のシーンっぽいじゃないか。
嘘だろ?
嘘だろ?
「ウィール、貴方にもいろいろ思い出をもらいましたね」
先生はウィールの手を握る。
ウィールは涙をぬぐわず、何回もうなずく。
先生はそんなウィールに微笑んだあと、俺のほうに向きなおる。
「以前、殿下に言いました。人の一生は短い。そのきらめきに魅せられました。殿下はまぶしい。強く生きてください」
「先生、なんだか遺言っぽいですよ。まさか、そんなことないですよね?」
先生は俺の言葉に、これで死ぬほど私はヤワではありませんよ、と笑いながら言った。
少し横になればだいじょうぶです、と。
「ようやく気づきました。大切なものはもうそばにあった。私が今まで生きていた意味はそこにあったのだと。その前には命の長さも何も関係ありませんでした。ようやく息子が言っていた意味が」
先生は咳き込んだ。
先生は手を抑えたが、手から血があふれてきた。
すみません、少しだけ休ませてください。
先生はそう言って再び目を閉じた。
「殿下、ここを出たら、いろんな話をしましょう。殿下ともっと話をしたいのです」




