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王族に生まれたので王様めざします  作者: 脇役C
第一章 幼少期

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第42話「助けがきました」

 ここの獣人ごと自爆してやるわ!


 この時はそう決意していた。

 ヤケになっていたというほうが正しいか。

 あと1秒でも遅かったら2度目の死を迎えていたと思う。ほぼ確実に。

 人間追い詰められると、何をしでかすか分かったもんじゃない。


 そんなヤケを止めたのは、獣人だった。


 ぼぼぼ


 長老獣人が窓の外を指さして短くそう言った。

 するとすぐに2匹とも地面に突っ伏す。

 何だ?

 獣人たちは腕を口に当てて、空気を吸わないようにしているように見える。


 まさか……。

 毒ガス!?


 俺も獣人たちと同じように口元に手を抑えようとする。

 手が動かない。


 そういや、両手両足とも縛られているんだった。

 ヤバい。

このまま死ぬのか?


 死にたくない。

 ようやく、ここまで生きてこられたのに。


 よし!

 死ぬまで息止めてやる!


 ………

 ……

 …



 長い。

 苦しい。

 限界だ。


 俺が緊張しているから長く時間を感じるのか、それとも実際に長い時間が流れているのか。

 足の痛みが、思い出したかのように痛みだしている。

 目の前の二人は、突っ伏したまま動かない。


 待てよ。


 これ息を止めたままなら、逃げられるんじゃね?

 というか、毒ガス?は獣族なのか?

 なんで獣族が倒れてるんだ? 内紛か?

 それとも、他の種族の襲撃なのか?

 

 そんな考えが頭の中を回っている時だった。

 扉が開いた。

 その隙間から、見知った顔があらわれた。


「殿下! いらっしゃいますか?」

 先生の顔が、扉から少し顔を出した。

 自衛隊が突入する際にやっているような、扉に体をぴたりと貼り付け、腰をかがめてこちらを伺っている。


「先生!」

「殿下!」


 た、助かった!

 先生が来てくれた!

 よかった……!


 いや、おかしい。


 先生はガスか何かを仕掛けて、俺を助けに来てくれた。

 獣人たちは何かに気づいていた。

 そして、自分から身を伏せた。


 つまり、獣人たちは見破っている!


フリ(・・)です! 先生! 倒れているフリ(・・)をしています!」


 そのセリフが終わる前に、先生の体が吹っ飛んでいた。

 

 血の気が引いた。


 もう獣人は二匹とも小屋の中にはいなかった。

 外では激しくぶつかり合う音が聞こえる。

 戦っているのか?

 先生……!


 体をくねらせ小屋の外に出ようとすると、小屋がミシミシ言い始めた。

 小屋が、傾いてきてる。


 もしかして、倒壊しちゃうのこれ?

 ここどれくらいの高さなの?


 え、せっかく先生が助けに来てくれたのに、こんなんで死ぬの俺?

 体動かせないから脱出できないし!

 落ちる! 落ちる!


 そう思ったら、何かに抱えられた。

 獣族の感触ではない。

 先生が獣族をしとめて、俺を助けてくれたのだろうか。

 とにかく助かった……。


 顔をあげると、先生は遠くで、巨木の枝に立ち、獣人二匹と戦っているのが視界に入った。

 え、じゃあ誰?


 視線を移動すると、第二王子がいた。


「なんで!?」

 思わずそう叫んだ。


 そらそうだろ。

 俺を虫けらのように殺したがっていたやつが、俺を助けようとしてる。


「あいかわらず、とろいやつだ。足を引っ張ることしかできないのか」

 第二王子がそう言う。


 はい、ごめんなさい。

 もう虫でいいいです。

実際、虫けら以下ですし。

 

「こんな虫けらめを救っていただいてありがとうございます!」


 そんな俺のセリフに、第二王子が心底いやそうな顔で俺を見つめる。


「別に、お前を助けようとしたわけじゃないからな。王族としての使命を果たしているだけだ」


 前に、弱い者の駆除も王族の使命とか言ってなかったか?

 まったく真逆のこと言ってるんですけど?

 映画版ジャイアンなの?



 地鳴りのような音が、耳を打った。

 木が倒れた音だ。しかも大きい。

 俺がいた獣族の巣があった木じゃない。


 先生が生やした木だ。


「先生!」


 思わず叫んだ。

 あんな巨木が倒れるなんて、どんな戦闘したらそうなるんだ。

 先生は無事なのか!?


 倒れた巨木から芽が生え、獣人目がけて貫こうとする。

 同時に地面からツタが生え、獣人たちの足の自由を奪う。

 獣人は、先生の2方向の攻撃にも動じず、それを切り裂き、枝をいなしている。


 先生の姿は見えないが、木級魔術が発動しているということは無事なのだろう。

 さすが先生だ。


 巨木が倒れたさいに舞った、砂ボコリが落ち着いた。

 先生の姿が見える。

 先生は巨木に身を隠しながら、魔術を発動させていた。


 血の気が引いた。

ここから分かるくらいに、肩から腹部にかけて、袈裟懸けさがけに傷があった。

 普通の人間なら、致命傷だ。


 地面に降ろされる。というか投げ下ろされた。

 俺を縛っていたヒモが切り落とされる。


「お前も王族の端くれなら、使命を果たせ。お前が俺に言った言葉は、ただの口先だけなのか?」

 第二王子はそう言って、木の幹や枝を蹴りながら獣族に向かっていった。


 俺が、第二王子に言った言葉……。

『この国を変えてみせます』

 そうだ、俺はそう言った。


 国を変えたいのに、ここでひるんでいてどうする。

 大切な人のために戦えなくて、いつ戦うんだ。


突如、轟音が鳴り響いた。

地中から、巨大化したパックンフラワーのような、食虫?植物が現れ、獣人一匹を飲み込んだ。


これも木級魔術なのか……。

見た目がもう怪獣映画だよ。

昔の映画で見たことあるよ。

スペクタクル過ぎる。


 いや、これ、無理だろ……。

 国を変える以前に、ここから無事に生きて帰れるイメージすらわかない。


 いわんや、こんな中に入っていける気もしない。

 変に割り込んだら、確実に足手まといになる。


 花弁があっさり切り裂かれ、その中から獣人が出てきた。


 これでも仕留められないのか。

 これが獣族……。


先生が獣族に見つかって、攻撃を受ける。

枝がすんでのところで防御した。


 先生はやはり、近距離は不得手なのだろうか。

 それとも長老獣人が強すぎるのか。

 長老獣人との距離をあけられずにいる。


 もう一匹のほうは第二王子が応戦しているが、こちらも苦戦している。


 今は二匹だからなんとかなってる。

 一匹増えただけで、このバランスは崩れるだろう。

 これが群れで襲ってきたら……、考えるだけで恐ろしい。


 いや、今も十分恐ろしいだろ。

 ここは獣族の村。

 いつ援軍が来てもおかしくない。


 こんなところで、手をこまねいてる場合じゃない。

 早くなんとかしないと!



 倒壊した小屋をかき分ける。

 体を動かすごとに痛みが走る。

 でも、そんなのにかまっている場合じゃない。


 ボウガンと弾と盾を見つける。

 どちらも無事だ。


 これで何か、何かできないか?

 先生を助けられる何か。


 その時、長老獣人のところに火柱があがる。


 あれは。

 アリス!


 巨木の根元にアリスが立っていて、そこから火を放っていた。


 アリスも、来てくれていたんだ。

 こんな危ないところに。


長老獣人は先生の近くから消え、後ろに跳んでいた。

 すごい。

 こんな手の出しようもなさそうな戦闘で、先生の手助けるになる一打を打てるとは。


 そう思った。

 長老獣人のほうばかり見ていたから、もう一匹の獣人が消えたのに気づかなかった。

 

 遠くから見ても、目で追えない獣人の攻撃だ。

 アリスには何も見えなかったと思う。

 アリスは吹っ飛ばされた。


 吹っ飛ばされたと思ったら、アリスはツタに絡められていた。

 アリスを攻撃から逃がしたのか。

 それと同時に、パックンフラワーがその獣人を襲う。


 そこを、第二王子がパックンフラワーごと串刺した。

 何度も刺す。

 パックンフラワーから獣人が現れない。

 第二王子は終わったと判断したのか、長老獣人のほうに向かった。


 本当に倒せたのか?

 硫酸弾を装着し、パックンフラワーのほうに向ける。

 そこから飛び出してきたなら、俺が仕留める。


 消化液なのか、粘液が傷から漏れ出している。

 それが、獣族の色に染まってきた。


 消化、されたんだ。


 仕留めた……。

 やっと一匹を。


これで2対1になった。

 がぜん優位になった。


 先生に視線を戻した。

先生は片膝をついていた。

 いや、違う。


 目まいがした。

 先生の右足がなかった。

 切断されていた。


 それでも先生は攻撃し続ける。

 攻撃というより、防戦一方になっている。

 先生は動けない。


 第二王子が攻撃に入って、ようやく長老獣人と互角に渡り合えている。


 獣人は、第二王子の攻撃を受け流し、攻撃はもっぱら先生に向けていた。

 手負いの先生を仕留めようとしているんだ。


 獣人に硫酸弾を向ける。


 ……ダメだ、動きが速すぎて狙いが定まらない。

 そもそも着弾に時間がかかるこの武器は使えない。


どうすればいい。

ちょっと何か間違えば、きっと先生は死ぬ。


そんなのは嫌だ。

先生が……。

 考えたくない。

俺を助けに来たせいで、先生が死ぬなんて。


 先生は呼吸をするのもつらそうだ。

 きっと、そう長くもたない。


「兄様」

 メアリの声が近くで聞こえたような気がした。

 動揺しすぎて幻聴でも聞こえたのかと思った。


 声がするほうを振り返る。

 黒い塊が俺に覆いかぶさろうとしていた。


「うわああああああああ」


 後ずさろうと体を動かす。


「兄様、動かないで」


 黒い塊から、メアリの声が聞こえた。

 え? ええ?


「メアリ?」


 黒い砂が上の部分だけ落ち、顔が見えた。

 メアリだった。


 メアリが、来てくれた。


「メアリ、来てくれたんだ」

 俺がそう言うと、メアリはうなづいてくれた。


 外に出るのは大変だったろうに。

 この黒い砂みたいなものは、メアリにとっての最終防衛ラインなのだろう。

 俺を救出するために、今まで出てこなかった外の世界に踏み出した。


 しかも、こんな命の危機にさらされる場所に。

 そうとう勇気がいったろう。


「ありがとう、メアリ」


 メアリが、アリスが、先生が、俺のために。

 ………。

 泣きそうだ。


 いや、泣いてる場合じゃない。


 アリスもメアリも先生も、なぜだか第二王子も来てくれたんだ。


「私も来てますよ」

 ウィールがメアリの後ろにいた。

「なんで!?」

「その反応、おかしくないですか?」


 ウィールはアリスに肩を貸していた。

 アリスは脇腹を押さえ、口から血が垂れている。


「私はアーリャさんを助けたい。でも、私には獣族を吹き飛ばすほどの魔力はありません。だから、考えて下さい。アーリャさんが認め、第二王子に勝った貴方なら、きっと何かあるはずでしょう」


 ウィールさんは、じっと俺を見つめた。

 懇願するような目で。


 そうだ。

 俺は今まで、マジカが使えないなりに、なんとかやってきたんだ。

 自分を信じろ。

 今、先生を助けられるのは俺なんだ。


 今ある装備を確認する。


 エナドリ缶、ボーガン、盾。

 この戦いにおいてはオモチャみたいなもんだ。


 唯一有効打になりそうなテルミットは、先ほどのアリスの攻撃より劣る。

 着弾する前に距離を取られてしまうだろう。


 硫化水素だって、鼻がきくやつらは異変に気づいてしまう。

 有効範囲は、思っているより広くない。

 距離をとられて終わりだ。

 あいつらに致命傷を与えられる決定打にはならない。


 早く何か思いつけ。

 こうしているうちに、先生がいつ命を落とすかわからない。

足からの失血だって、相当なものだ。


 俺もマジカが使えたら……。


 いや、違う。

 別にウィールは、みんなだって、俺がマジカが使えることを望んでいるわけじゃないんだ。

 今だって、俺にだってできることがある。

 そう、今なら。

 一人じゃない、みんなが助けに来てくれた今なら。


 考えろ、きっとある。

 なくても作り出せ。


 そうだ。


「ウィールさん」

「はい! なにか、思いつきましたか!?」

「お金ください。今あるだけ全部」

「え? お金? なんで?」

「いいから全額よこせ! この守銭奴が!」

「出します! 出しますけど! さっきから私の扱いひどすぎないですか!?」


 この1秒でも時間が惜しいときにウダウダ言っているのが悪い。


 金貨2枚、銀貨3枚、マグネシウム硬貨12枚。

 これだけあれば、いけるか?


「金貨と銀貨はいらない!」

 ウィールに返す。

「こんな小銭でどうするんですか?」

「説明してるヒマはない」


 メアリに向き直る。

「この中に、アルミの時と同じように、できるだけ小さく、粉々にしていれてくれ」


 メアリは大きく頷く。

 マグネシウム硬貨を握りしめる。

 手の下側から、マグネシウムの粉が出る。


この缶は、武闘会の一回戦で使った7号。

 テルミット缶だ。

 その中にマグネシウムを入れた。


「メアリ、今からここに水を入れる。そしたら、すぐにフタをしてくれ。密閉……、どこからも空気が漏れないように、完璧にやってほしい」

 メアリがうなずく。


「水?」

 ウィールさんが反応する。

「そうです。ここに水蒸気をかけて欲しいんです」

「水蒸気?」

「霧です」

「わかりました!」


 ウィールが手をかざす。

すると、徐々にアルミとマグネシウムが湿り気を帯びる。


「メアリ!」

 そう呼ぶと、メアリは缶を密閉してくれた。

 どこにも、隙間も、つなぎ目すらもない。


「アリス、俺はこれからこいつをボウガンで飛ばす。地面や木にぶつかる前に、打ち抜いて欲しい。燃やすんじゃない。炎で打ち抜いて欲しいんだ。できるか?」


 無茶な注文だ。

 ボウガンは、目で追うのも難しいくらいに速い。

 そんなものを打ち抜くなんて、ゴルゴでも難しいんじゃないか。


 でもアリスは、うなずいてくれた。


 俺は、アリスを信じる。


「みんな、俺がボウガンを放ったら、目を閉じ、耳をふさいでくれ。アリスは……、ごめん、たぶん耳も目もふさぐ時間がない」

 アリスは首をふって、俺のことを指さした。

 心配そうな顔で。


 優しいな。

 俺もそんな時間はなってこと、察してくれるんだ。


「だいじょうぶ」


 エナドリ缶を見ると、膨張している。

 水素が発生しているんだ。

 頃合いだ。


 覚悟は、決まった。


「先生! マルク兄様!」

 思いっきり声を張り上げる。


「エナドリ缶を発射します! 目を、目を閉じてください!」


 獣人にも聞こえただろう。


 でも戦闘中に、目を閉じれる人がいるだろうか。


 でも先生なら、きっと目を閉じてくれると信じた。



 先生が目を閉じた時には、エナドリ缶は真っ直ぐに巨木に向かっていた。

 この対第二王子のために作られたクロスボウは、威力もスピードもある。


 だから、高さがあるところに向けて撃っても、着弾し爆発する威力はゆうにあるだろう。

 ただし、弦が長く強いので、弾くのに力も時間もかかるので連射性はない。

 子どもの力でも弾けるようにリール式になっているからだ。


 けれど、今回は速射性は必要ない。

 一発で仕留める。


 俺の眼は、予見眼だ。

エナドリ缶の弾道も、先生が目を閉じるのも予見できている。


 そしてアリスの炎が打ち抜くシーンも。


 強烈な光がさした。

 目の前が真っ白になる。

 すぐ、耳をつんざく爆音がやってきた。

 耳鳴りのような音で、何も聞こえなくなる。


 視覚も聴覚も機能しない。

 不安が襲ってくる。

 何もできない。


 だから、祈った。


 先生。

 

 生きててください。


 視界が戻るまでひたすら祈った。


 やがてボンヤリと視界が戻ってくる。

 合わないピントを無理矢理、先生がいた場所に合わせる。


 獣人が立っていた。


 血の気が引いた。

 脳が、メアリとアリスを逃がす方法をフル回転で考え始めた。


 いや、違った。


 獣人は、木に串刺しにされていた。



 先生はかたわらにいた。

倒れ込むように座り込んでいた。


「勝った、んだ」


 腰が抜けるように座り込んだ。

 今回は本当に、生きた心地がしなかった。


「なんなんだ、今のは」

 第二王子が言う。

「どうなっているんだ!」


「兄様、今のは光と音で視覚と聴覚を一時的に麻痺まひさせる道具です。獣人は先生が仕留めてくれたのでだいじょうぶです! 目と耳もすぐに戻ります」


「そんなものを戦闘中に、仲間もろともとは、正気か? 少しでも時間がずれたら全滅してるぞ……」

「いやあ、先生を……、いえ、兄様を信じてましたから」

「なんと人任せで運任せなやつだ……、呆れて何もいえん」

 ですよね……。

 今回のエナドリ缶は、フラッシュバン。

 基本的にはテルミット弾だが、マグネシウムとアルミニウムは強烈な光を放つ。

 そして大きな音がする。


 前世でも、スタングレネードとして、軍事にも防犯にも使われていた。


 巨木はあっという間に枯れ果てた。


先生は、かろうじて起こしていた上半身が前のめりに倒れた。


 慌てて駆け寄る。

 仰向けにする。


 先生の顔が、青い。

 足からの流血が止まらない。

 脈動に合わせて、できそこないの水鉄砲のように血が流れている。


 落ちていたツタを拾い、足を縛った。

 ぞっとするくらい、血だまりができていた。


「殿下、ご無事で何よりです」

 先生は目を開き俺の姿を認めると、そう口にした。

 肩、足、脇腹に、獣族の爪で切り裂かれて、開ききって肉がめくれ上がっている。

 肩の傷は、骨すら見えている。


「先生、俺のことより、自分の心配をしてください」

「私は、殿下が無事なら、それでいいのです」

 先生はつらそうなのに、ほほえんでそう言う。


「なんで、どうしてそこまで僕にしてくれるんですか」


 先生は目を閉じた。

 呼吸を浅く繰り返している。


「……最初は、殿下が息子と似ていたからでした」


 初めて聞く言葉。

 そうだったのか……。

 猫耳をつけたいとか言っていたが、あれは先生なりのごまかしだったのか。


「息子は人間として暮らし、人間として命を落としました。私には息子の気持ちが分かりませんでした。私も人間として暮らせば、息子が見えた景色が見えるかもしれないと……。そう思い、この国に来ました」


「……、見えたんですか?」


「見えない。そう思い込んでいただけなのかもしれません。私には、息子が見ていた景色を見る資格がないと。しかし、今になってようやく、宮廷魔術師として王に仕えた日々、戦場でともにした仲間やウィール、そして、殿下に出会って今までの思い出が、今でも鮮明に目の前に広がっています」


 先生……。


 目の前に広がって……?

 あれ? これ走馬灯じゃないよね?

 まさか、まさかね?


「今となっては、殿下が息子に似ていたというのは、ただのきっかけに過ぎません。殿下にはいろいろと驚かされました。殿下の考え方、とらえ方、逆境にもめげない精神力、この国を変えるほどの知恵」


 ウィールが、目からボロボロ涙を落としながら、先生の手をにぎりしめる。


 え、なにこの雰囲気?

 よくある最期のシーンっぽいじゃないか。


 嘘だろ?


 嘘だろ?


「ウィール、貴方にもいろいろ思い出をもらいましたね」


 先生はウィールの手を握る。

 ウィールは涙をぬぐわず、何回もうなずく。


 先生はそんなウィールに微笑んだあと、俺のほうに向きなおる。


「以前、殿下に言いました。人の一生は短い。そのきらめきに魅せられました。殿下はまぶしい。強く生きてください」


「先生、なんだか遺言っぽいですよ。まさか、そんなことないですよね?」


 先生は俺の言葉に、これで死ぬほど私はヤワではありませんよ、と笑いながら言った。

 少し横になればだいじょうぶです、と。


「ようやく気づきました。大切なものはもうそばにあった。私が今まで生きていた意味はそこにあったのだと。その前には命の長さも何も関係ありませんでした。ようやく息子が言っていた意味が」


 先生は咳き込んだ。

 先生は手を抑えたが、手から血があふれてきた。


 すみません、少しだけ休ませてください。

 先生はそう言って再び目を閉じた。


「殿下、ここを出たら、いろんな話をしましょう。殿下ともっと話をしたいのです」 

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