第36.5話「声援にこたえました」
お久しぶりです!
37話をどうしても書き換えたくて、差し込みさせていただきます!
あっぶねええええええ。
今回ばかりは死ぬかと思ったわ……。
いや、毎回死ぬかもと思っていたかもしれないが、今回ばかりは格が違った。
目の前には、硫化水素中毒でぶっ倒れている第二王子がいる。
まったくいい気味だとは思えない。
生きててよかったと思うばかりだ。
それでも頑張って決めゼリフを言ってしまう俺の性格。
体中が痛い。
ゴムボールにでもなったんじゃないかと思うくらい、ぶっ飛ばされまくった。
マンガかよ、と消えそうになる意識の中でツッコんだね。
もちろん俺のほうがやられ役ですけどね。
身体中が痛いけど、骨とか折れてないといいな……。
それ以上に恐ろしかったのは、最短で俺を殺そうとした第二王子の剣技だ。
そこに一切の迷いもない。
ふつう、相手が死ぬかもしれないと思ったら少しくらい躊躇するよな……。
あんなにきれいに急所狙いに徹する冷酷さよ。
執拗に首筋やのど元を狙われた。
予見眼がなければ一発で死んでたな……。
予見眼で未来が見えていても、あんだけ距離縮められたらギリギリだ。
回避が間に合って本当に良かった。
おっと、振り返っている場合じゃない。
まだ審判はジャッジを下していない。勝負はついていない。
そう思って審判を見たら、審判がぶっ倒れていた。
あ、やべえ。
「ウィールさん!」
ウィールさんの名前を叫びながら右手をあげる。
すると数分後、小粒の雨が会場に降り注ぐ。
硫化水素は水に吸収されるのは実験済みだ。
雨が降り注いでいくとともに、不快な硫化水素の臭いが消えていく。
さて、今回の狙いは硫化水素。
使用したエナドリ缶は、2号と3号だ。
2号は三酸化硫黄を発生させる。
中身は硫黄とプラチナだ。
硫黄が燃えて二酸化硫黄、そこからプラチナを触媒として三酸化硫黄になる。
着火剤はリン。
発火しやすいように、威力重視のクロスボウを使った。
3号は硫化水素。
水と硫化鉄が入っている。
3号は、2号の三酸化硫黄があって初めて成立する。
三酸化硫黄と水が反応して、硫酸が発生する。
その硫酸が硫化鉄と反応して、硫化水素を発生させた。
硫化水素の毒性は、実験中に俺とアリスが身をもって体験している。
二人そろってきれいにリバースした。
俺は男だからいいが、女の子なアリスにはショックは大きかったらしい。
しばらく口をきいてくれなかった。
そもそも喋れないけど、雰囲気がね……。
そうでなくても、硫化水素の毒性はだいたいの人が知っているだろう。
温泉のにおいとか、硫黄のにおいとか言われているヤツは、だいたい硫化水素の臭いだ。
そういう硫黄のにおいが強いところにはたいてい、硫化水素の注意書きの看板が立っていたりする。
濃度によっては死ぬってね。
それよりか、中学校の硫化水素の実験のほうが有名か。
内容はあんまり覚えていないけど、あの強烈な臭いは覚えている。
理科の先生が、
「さあ、かいでみろ。卵が腐った臭いがするから」
とか言っていたが、正気で言っているのかと思ったね。
この世のものとは思えないほどの臭さだった。
そもそも卵が腐った臭いなんてかいだことがないっていう。
これ、オマエんちの臭いじゃね? とか言っているやつがいたが、お前は俺の友達かと。俺んちに来たことがあるのかと。
そんな比較的馴染みのある硫化水素だけども、毒性はばっちりある。
なんでも、ある濃度を超えると細胞が酸素を取り込めなくなるという。
怖すぎる。
そんな硫化水素に賭けたわけだが、第二王子にも効いてくれたようでホッとしている。
硫化水素が発生しても、しばらくは元気に動き回っていたので、失敗したかと思ったわ。
今は逆に、効きすぎていないか心配だ。
濃度によっては、人を即死させるほどの毒物だ。
慎重に濃度調整していたから、だいじょうぶだとは思うが…。
俺のほうは、手作りのマスクを装着している。
麻布を水で湿らした程度の簡単なものだが、それなりに効果はあるようだ。
ただ、ゴーグルがほしかった…。
目がめっちゃ沁みる。
この国にガラスの技術も概念もなかったから、しかたない。
俺も作り方も原料も知らないし。
鉄仮面をかぶっているから、幾分マシか。
呼吸で吸い込まなければ命に別状はないだろう。たぶん。
雨のおかげでだいぶ臭いがおさまり、体も楽になってきた。
「ウィールさん、ありがとう!」
そう言って左手をあげると雨がやんだ。
このときのためだけにウィールさんを呼んでおいた。
文句を言……っていたが、言われたとおりに遂行してくれてありがたい。
さて、第二王子は動く気配がない。
俺の勝ちで間違いないことは確かなのだが。
この場合の試合結果はどうなるのだろう。
スタッフに他の審判を呼んでもらうように頼むか。
そう思ったときだった。
剣が胸元に飛び込んできた。
………!
剣が鎧にはじかれ落ち、俺は衝撃で倒れこむ。
慌ててうつ伏せになり、頭を抱えて防御態勢になる。
何が起きた!?
第二王子のほうを見ると、立ち上がってこちらをジッと見ていた。
思わず、ヒッと声がもれた。
中学生くらいのやつがするような目じゃない。
虎が獲物を狙う目をしている。
やられたフリをしていた?
なんで硫化水素が効いていない?
いや、それよりもどうする?
もう一度2号を使うか?
いや、もうあたりは濡れきってしまっている。
手持ちのエナドリ缶はほぼすべて不発に終わってしまうだろう。
他に手を考えないと、やられる……!
そんなことを考えていると、再び第二王子は倒れた。
焦った……。
最後の力を振り絞ったのか。
マジで怖すぎるわ。
そうこうしているうちに、スタッフが来た。
審判と第二王子に駆け寄り、何かを確認して、マジカをかけ始めた。
あれが陽級魔術の回復魔法だろうか。
治療し始めたってことは、もう終わりでいいのかな。
なるべくここから早く立ち去りたいんだが。
第二王子が回復して俺を襲い始めたら、どうしてくれる。
そうこうしているうちに、審判みたいな人が駆け寄ってきた。
その人が俺らの試合会場で立ち止まり、手をあげた。
待ってました! 早く俺の勝ちをジャッジしてくれ!
「勝者! 第二王子 マルク・ド・アトランス!」
審判が叫ぶ。
よし、これでこの戦いも終わった……、って、え?
第二王子? マルク?
俺は第三王子、ジャン=ジャック。
「負けたあああああああ!」
思わず叫んだ。
なんで負けてんの俺!?
「今回、ジャン=ジャック王子自身ではない、他者によるマジカが確認されました。よって、反則負けとなります」
他者によるマジカ? そんなのあったっけ?
ないよな? そもそも、マジカが使えないから、着火でリン使ったりして苦労したんだぞ!
だよな?
………。
あ、あれか! ウィールさんの水級魔術か!
あんなの、もう勝負ついたあとじゃん!
「しかし、マルク第二王子は戦闘不能であると判断されたため、次の試合は不戦敗あつかいとなります」
そう審判が補足する。
どちらにせよ、この試合は俺が負けだということだ。
思わず、その場に座り込む。
「はあ……」
めっちゃ悔しい。
そう思う自分に、なんだか笑えてきた。
最初は、母さんを救うために嫌々参加しただけだった。
それが、マジカが使えない俺が、どこまで通用するか見たくなった。
いや、本当は認めてもらいたかった。
母さんや、先生に。
王にも。
こんなに悔しくなるとは、思わなかったな。
前の俺なら、死ななきゃ御の字くらいにしか思わなかったと思う。
「おつかれさま」
そう声がしたので、顔をあげた。
「兄様」
第一王子だった。
手を差し出してくれたので、手をつかみ、立ち上がる。
「来てくれたんですか」
兄様の気遣いをないがしろにして負けた手前、気まずい。
「当たり前だろ。お前が頑張ってるんだ。応援くらいするさ」
あ、やべ、うっかり泣きそう。
「思ったより元気そうだな。お前にはつくづく驚かされるよ。それに、お前があんなことを言ってくれるなんてな。正直、うれしいよ」
あのときの、セリフ。
第一王子の右腕になって、この国を救う。
アドレナリン全開で勢い任せのセリフだったが、まぎれもなく自分の本心だった。
「兄様、僕は」
「うん。俺もいろいろと話したいところだけど、まずは声援に応えてくれ。民衆の数少ない娯楽だ。民衆を楽しませるのも、王族の大切な仕事だぞ」
「声援?」
そう言われて、ようやく気づいた。
いや、騒がしいとは思ってたんだよ。
でも、それは試合中も同じなわけで。
それが俺に向けられているなんて、考えもしなかった。
だって、俺、マジカが使えない、王族の落ちこぼれだよ?
それに、マジカで戦ったわけでもなく、ボロボロにやられまくってる。
しかも負けてるし。
ジャンコールと王子コールが入り乱れてる。
王子コールは第二王子かもわからんけど。
前世から思い起こしたって、こんなに声援を送ってもらえたことなんて、ない。
兄様のほうを見ると、優しく頷いてくれた。
だから、手を広げた。
だってやり方が分からないからさ。
でも、たったそれだけなのに、歓声が空気を打つ。
第二王子に勝ったとは思ってない。
民の人たちの期待に、本当の意味で応えられているわけじゃない。
王に認められてもいないだろうな。
でも俺は、この日確かに、自分の生き方を見いだせたような、そんな感触を感じた。
お読みいただき、ありがとうございます(^^)!




