第34話「戦いました」
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こんなに応援してくださる方がいるなんて…!
夢なんじゃなかろうか(´;ω;`)
コロッセオの中心から見た空は、青空を丸く切り取った形をしていた。
下に視線を下げれば、階段状になっている観客席に人がひしめいている。
前世のサッカースタジアムのピッチから空を見たら、こんなふうに見えたんだろうか。
まさかサッカー選手ではなく、武道会の選手としてこういう空を見上げるとは思わなかったけども。
人生生きているといろんなことがあるもんだ。
1回死んでるけども。
さて、目の前には先ほどのハート様が、ニタニタしながらこちらをご覧になっていらっしゃる。
まもなく開戦だ。
空を見て感傷にふけっている場合ではない。
そう思えば思うほど、あの雲はカツ丼に似ているとか鳥が飛んでるとか、どうでもいいことに思考が行くのはどうにかならんもんかね。
これがなければ前世でも、もうちょっとテストの点とか良くなった気もするなぁ。
「なんだよ、お前、そのかっこう。武道会と舞踏会を勘違いしているんじゃねえのか」
ハート様がそう言ってきた。にやにやしていたのは、主に俺のかっこうのせいらしい。
「必要だからこのかっこうで来たまでです」
そう言い返してみるが、ハート様の指摘ももっともだ。
全身甲冑のフルアーマーで、顔すらも見えない。
おまけに盾も俺の表面積よりでかい。
それでいて、武器はおもちゃのような小型のクロスボウだ。
周りからしたら、暑苦しいことこのうえないだろう。まあ実際暑いんですけど。
立ってるだけで死にそう。
「そんなかっこうじゃ、まともに動けないだろ。ぼこぼこにされるぞ」
対するハート様は、上半身ハダカでもんぺのようなズボンをはいている。手には棍棒のみ。
畑にスイカどろぼうが入ったから追い返してくるわ的なファッションだ。
「他の組も準備が整ったようです。まもなく開始します」
審判が俺たちの会話を割って言う。
他の組というのは、他の組み合わせだ。
1回戦は同時に4組行われるらしい。
出場者数も多いし、時間短縮のためそうならざるをえないだろう。
ただ、巻き込んでしまわないか心配だな。
「もう一度聞いてやるよ。本当に俺と戦う気かよ? 今なら気絶で許してやる。そして金はもらう」
ハート様が聞いてきた。
優しいところあるのね。
「こちらこそ聞いておきます。知っているとは思いますが、僕はマジカが使えません。なので、手段は選べませんし、手加減もできません。大けがさせてしまうかもしれません。それでもいいですか?」
ハート様のにやにや顔が一瞬で真顔になった。
「おいおい、本気で言っているのかよ。マジカが使えないお前が俺に大けがだと?」
「信じられないかもしれませんが、そうなんです。それが嫌なら降参してください。今のうちです」
ハート様の頭に血管が浮かぶ。
おお、分かりやすいお怒りぐあい。
なるべくプライドを傷つけないように努めたのだけども、逆にプライドを逆なでしてしまったろうか。
「わかった、俺も手加減はしねえよ……」
相手が戦闘態勢に入り、ゴリラの威嚇ポーズのように両手を振り上げる。
すると、筋肉がふくらみさらに体がでかくなった。
マンガかよ……。
身体強化のマジカって、体の体積も増やせるのかよ。
どうなってんだ、これ。
「こちとら、命かけて兵士やってんだ! 手加減だと! ガキがいきがってんじゃねえぞ!」
「それを聞いて安心しました。じゃあ遠慮なくいかせていただきます」
盾を構える。
前世の機動隊の盾をイメージしている。
この盾がやたら重い。
甲冑はアルミ合金なので意外と軽いが、この盾は鉄製だ。
先ほどのハート様のご指摘通り、この盾がある限りまともに動けない。
持ち運びするためにキャスターは付いてるけどね。
そう、機動性は捨てた。
もう開始は止められないと悟ったのか、主審が手をあげる。
息を吸い込む。
「始め!」
心臓に冷たいものが流れ込んでいくような感覚。
この感覚は久しぶりだ。
緊張はしているが、体が硬くなっていないときの俺だ。
コンディションは悪くない。
予見眼も、ハート様の単調な動きをよくとらえている。
あとは思惑どおりにことが進むのを祈るのみ。
盾から顔を出し、クロスボウを構える。
クロスボウには、特製の弾が装填されている。
この弾は実験に実験を重ねたものだ。
実験過程についた愛称は、エナドリ缶7号。略して7号。
「うおおおおおおおお」
ハート様が雄たけびをあげて迫ってくる。
予見眼が示す通りの動きだ。
予見眼は自分の動きも見える。
つまりエナドリ缶7号の軌道が見える。
7号の軌道は黒く放物線上に伸びていて、弦をひく強さ、向ける方向で軌道が変わっていく。
前世では、み○なのゴルフという国民的ゲームがあってだね。
タイトル通りのゴルフのゲームなんだけど、こんなふうに軌道が見えて、タイミングで○を押して強さを決める。
僕はそれが得意だったんですよ。
と、この世界ではまったく通じないであろう自慢話をこっそり心でつぶやいてみる。
7号とハート様が重なるタイミングで、引いた弦を離せばいい。
ゲームより簡単だ。的は大きいし、早くもない。確実に当たる。
そう思ってるはずなのに、手が震えた。
今までの実験の中で、人に向けては試したことはなかった。
前世では絶対にやってはいけない行為だ。
ゲームと現実は違うし、実験と実戦は違う。
けれど、ここは闘技場だ。
戦うために俺はここにきた。
やらなければやられる。
だいじょうぶ。
200ml程度の缶に入るレベルだ。大したことない。
スタッフとして、治療班や消火班も控えているというし。
さきほど本人からの了承も得た。
そうこうしているうちに、ハート様が射程距離に入った。
手を離した。
結局手の震えは止まらなかったけれど、我ながら完璧なタイミングだ。
7号は予見眼が指し示したとおり、角度45度の放物線を描く。
そしてハート様に着弾。
はしないだろう。
予想した通りに。
「俺にクロスボウなんてあたるわけないだろ!」
そう言って、ハート様は7号を叩き落そうと棍棒を薙ぐ。
やっぱ予見眼てすごいわ。
計画通り。
こん棒が7号の先端を押しつぶした。
瞬間。
強烈な光が疾走した。
あらかじめ盾に隠れて、目をつぶっていたにもかかかわらず、まぶたからフラッシュのような光が目を襲う。
すぐに爆発音が鼓膜を押す。
「ぎゃあああ!」
叫び声が響いた。
ハート様の腕や顔に火がついており、転がりながら鎮火させようとしている。
けれど、この火はそれでは消えない。
残念ながら。
火は酸素がないと燃えない。
だから火に土や濡れた布をかけたりして、酸素を遮断し鎮火させる。
逆に、火をおこしたいときにウチワであおいだ経験は誰にでもあると思う。
だから、ハート様も転がったりして火を消そうとしている。
けど、消えない。
この火は酸化した金属の酸素を使っているから。
真空中でも燃え続ける。
金属の還元が終わらない限り。
テルミット反応。
これがこの反応の名前だ。
アルミが燃焼する際に、酸化金属の酸素を奪いながら高い熱量を発生させる。
たしか3,000度くらいだったかな。
マジカでの防御がどれくらいかわからないけれど、相当熱いと思う。
前世では、溶接にも使われるし、合金を作り出すときにも使われたりするらしいし、焼夷弾として戦争にも使われる。
その威力は、戦争の歴史から言って、折り紙付きだ。
着火剤はリン。
こん棒による衝撃と、缶内での摩擦熱で発火した。
それが粉末のアルミと酸化金属の混合物に着火、テルミット反応が起きる。
これが7号の仕組み。
やがてアルミは燃え尽き、火は消えた。
すぐにクロスボウを構える。
「やめろおお! 審判がもうジャッジしているのがわからねえのか! 俺の負けだ!」
ハート様が叫ぶ。
審判を見ると、右手を握りしめて立っている。
うん、わからなかった。
審判、言葉で言ってくれよ。
鉄仮面を外す。
初夏のようなさわやかな空気が通り抜ける。
そうか……、勝ったのか。
あんまり実感がない。
いや審判のせいとかではなく。
と思ったら、足が震えてきた。
勝った実感よりも、恐怖が今になってきたらしい。
クロスボウを撃つ時も手が震えているし、どうしようもないな俺は。
でもがんばったよ。
今日くらいは自分を褒めていいよね。
観客席をきょろきょろ眺めていたが、知った顔はいなかった。
先生とメアリはいないのは分かっていた。
アリスとは良い関係を築き始めていたと思っていたが応援に駆けつけてくれるほどではなかったらしい。残念。
母様は……、いるわけないな。
けど、ちょっと見てもらいたかった。
マジカ使えなくても兵士と戦えるくらいにはなったよ。
残念ながら約束にはほど遠いだろうけど、少しは親孝行になるかな?




