第31話「お友達を紹介しました」
「今日はメアリに、お友達を紹介します!」
メアリの部屋に入るなり、ベッドの下にいるだろうメアリに向かってそう言う。
義母親はタバコをふかしながら、何も言わずにそんな俺を眺めている。
安心してください。
娘さんは俺が責任をもってお世話させていただきます。
そして俺の秘策はというと、
友達紹介。
俺なりにメアリのことを考えたらこうなった。
友達ができれば、メアリも社交的になるかもしれない。
さて本日ご紹介させていただくお友達はこのお方。
といっても俺の友達なんて一人くらいしかいない。
向こうは俺のことを友達とは思ってはいないかもしれないが。
むしろ、嫌われている可能性のほうが高い。
つまり、アリスである。
「………」
「アリス、こっちこっち!」
扉に待機していたアリスに向かって、こちらに来るように催促する。
アリスは困ったような顔をしながら、かがんでベッドの下をのぞく。
2人の目が合う。
メアリはびくびく小刻みに震えている。
その反応を見たアリスは、困ったような顔でこちらを見てくる。
どうしたらいいの、って顔をしてる。
いきなり友達紹介とか、メアリにはハードル高かったか。
考えが甘すぎたかな……。
そんなことを思ってたら、アリスはかがんだ姿勢のまま、手のひらに火を灯した。
ベッドの下にも光が差し込み、メアリの顔が淡く照らされた。
メアリはぼうっとその光を見つめている。
火がちろちろと揺れるたび、メアリの陰影が揺れる。
そんなメアリに、アリスは火を灯していないほうの手のひらを見せる。
そこには、金属粉があった。
それをつまんで、火に振りかける。
オレンジ色の火は、淡い青色に変わった。
鉛の炎色反応だ。
続いて、銅のはっきりとした青緑。
塩の明るい黄色。
硫黄の妖艶な青。
鉄粉をまぶすと、パチパチ鉄粉が燃えてキラキラした。
メアリは、色が変わるたびに息をのみ、表情を変えた。
アリスはその反応を見て、優しく微笑んでいた。
俺は、心の奥から温かいものが溢れてきて全身にめぐっていくのを感じた。
うれしかったんだと思う。
これらの反応は、アリスに見せたものだ。
俺が見せたものをアリスは大事にしてくれていた。
それを、アリスはメアリのために見せてあげている。
ちゃんと準備をして。
硫黄なんか、アリスにとっては嫌な思い出でもあったろうに。
さっきのアリスの困った顔は、どうしたらいいのって顔じゃなかったのか。
俺がもうちょっと気配りできる男だったら、アリスやメアリの気持ちをわかってあげられるのだろうか。
ともかく、アリスをなでなでしてあげたいと思った。ハグでもいい。
メアリはベッドの端まで移動してアリスに近づき、アリスの手をまじまじと見ている。
それを微笑ましそうに見ているアリス。
メアリの顔には、もうすでに最初の頃の緊張はない。
2人に会話はまったくない。
それでも、仲の良い姉妹のような、そんな雰囲気すらも感じる。
これで、メアリも少しは変わっていけるだろうか。
さて、メアリとアリスを引き合わせたのには、実は他にも目的がある。
この東塔を見て回って気づいたことがあった。
この世界には合金の概念がない。
青銅があるから合金があるかと思ったら、俺が知っているような青銅じゃなかった。
鉛だった。
確かにかすかに青い光沢しているし、銅のような感じもするっちゃする。
どちらかというと、日本の青銅という言い方の方がどちらかというと特殊かもしれないな。
見た目は茶色いし。
ともかく、青銅は合金ではなかった。
この東塔に合金がないなら、少なくともこの国で合金は作られていないだろう。
金属同士を混ぜようという発想はなかったのだろうか。不思議で仕方ない。
なら、作っちゃえばいいじゃない。
合金を作り出せればかなりのアドバンテージとなるだろう。
とくにアルミ合金には期待できる。
超軽量で、超耐性。
最強防具ができる。
そう思って、とりあえずメアリに亜鉛と銅を混ぜてもらった。
そうすれば真鍮(黄銅)ができる。
つまり5円玉の素材だ。
最初からアルミ合金を作り始めても良かったが、それが本当にアルミ合金なのか残念ながら俺には分からない。
真鍮なら、黄金色になるから分かりやすいと思った。
けれど、まぜても銅の赤色が薄まっただけだった。
真鍮の黄金色がみじんも感じられない。
金属を混ぜただけでは合金にならないようだ。
なるほど。
ということは、アリスだな。
と思い立って、アリスを呼んできたのだった。
合金にならない理由は熱だ。
常温で金属を混ぜ合わせても、原子レベルで混ざらないのだろう。
たぶんね。
とはいえ、今は入りにくい雰囲気だな。
せっかく2人が仲良くなったのに、水を差したら悪い。
またあとでいいかな……。
そんなこと思ってたら、アリスがこちらを見て首をかしげている。
こっちにこないのって?
アリス、優しい顔してるな。
今までのような張り詰めた顔じゃない。
変われたのは、アリスもか。
それとも昔はこんなふうに笑う子だったのかな。
アリスは俺のほうを指さしたあと、自分の胸に手をあてて、メアリのほうに手の先を向ける。
メアリに何か言いたいことあるんでしょ、ってことか。
なんなんこの子。本当に娘にしたいわ。
「アリス、これ、火であぶってみて」
メアリに作ってもらった真鍮になれなかった金属を地面に置く。
「メアリも良く見てて」
アリスは手をかざし、火をバーナー並みの火力で発射する。
前世では嗅ぎ慣れた金属臭。
上昇する室温。
いきなり何してくれてんのって顔している義母親とメアリ。
………。
そういえばここ、人の部屋で室内で地下だったよ。
「アリス、ストップ!」
金属が熱で溶けきるまでまだ十分に熱し切れていないが、とりあえずやめさせる。
場所を変えよう。
そう思ったときだった。
「これはどういうことだ…!」
義母親が驚きの声をあげた。
見ると、さっきまで銅色をしていた銅が黄金色に変わっていた。
反応が終わっていないところがあってまだらだが、間違いない。
真鍮だ。
メアリは真鍮を拾い上げる。
さっきまで熱されてたアツアツの真鍮を。
「メアリ、ちょ、ま」
「ひぇあ!」
制止の声は間に合わなかったようだ。
メアリの腹から出る声はこんななんだなぁ。
かわいい声してるじゃないの。
じゃなくて。
「メアリ、水、水!」
メアリは水が入った桶を持ってきて、真鍮にぶっかける。
水の蒸発音とともに水冷される真鍮。
メアリ違う。そうじゃない。指冷やして、指!
そんな俺の言葉は届いておらず、真鍮を拾い上げるメアリ。
真鍮を握りしめ、マジマジと眺めている。
ほんと、すんげー根性してんなこの子。
その真鍮に心奪われているのはメアリだけじゃなかった。
アリスも義母親も、メアリが掲げるようにして持っている真鍮を、3人、体を寄せるようにして見つめている。
「どう、すごいでしょ」
そう言うと、メアリ、アリスとも頷く。
「どうやったの……?」
メアリが聞いてくる。アリスも目で聞いてくる。
「どうやったのって、メアリとアリスが作ったんだよ」
2人は納得していない顔をしている。
まあ、そうだよね。
はたから見たら錬金術だ。
それを自分でやったとは思えないのだろう。
「2つの違う金属を混ぜて熱すると、2つの金属が反応して違う金属になるんだ。アリスの火術、メアリの金術が生み出したんだよ」
不思議そうな顔して俺の話を聞いている。
詳しい話は俺もわからんから、これ以上の説明のしようがない。
でも。
「俺はね、こういう話を聞いたことがあるんだ。出会いっていうのは、化学反応なんだってさ。単純な1+1なんかじゃない。予想もしないものが生まれる。金だって生まれる」
合金の作り方はいたって簡単だ。
複数の金属が出会えばいい。
「メアリとアリス。そこに俺が入ったら、世界を変えるなんてワケないよ。3人で世界変えていこう」




