第27話「妹に会いました」
東塔に着いた。
6階建てで、下の数階は窓が多くついている。
塔というよりは工房のような感じだ。
工房にありがちな金属を叩く音は聞こえてこないが。
ふらっと入ってもいいのだろうか。
入ろう。
「てめええええ! 製銑が甘いぞ、何やってんだ!」
「すみません!」
入ったらいきなり怒号が聞こえた。
マジこええ。昔のバイト先で怒鳴り散らされた記憶が蘇ってくる。
どこの時代でも、工場とかでは怒鳴り声が響くもんなんだろうか。
失敗は損失だからな。
とりあえず、おじゃましますと小声で言いながら中を歩いてみる。
職人は上半身裸でハチマキ姿みたいなものを想像していたが、マスクして白衣にエプロンというような、食品工場みたいな身なりをしている。
窓は多く空いているが、熱を逃がすというよりは臭いを取る目的なのだろう。全然暑くない。
内観は、割と中世ヨーロッパの工房のイメージに近い。いや中世ヨーロッパ知らないけど。
レンガ造りの壁に、大鍋、鋳造の型なんかが所狭しと置いてある。
「おい、ガキ。こんなところで何してる」
呼び止められる。
「私は第3王子のジャン=ジャックです。社会科見学に来ました」
この世界に社会科見学があるかどうかわからんが。
「見学か。ここは王族であろうと貴族であろうと特別扱いはしない。俺たちのジャマになるようだったら、即刻追い出すからな」
ジャマにならなければいいということだろうか。
普通ならどうケガするかも分からない子どもを自由にしたりなんかしないと思うが。
まあ、お言葉に甘えて見て回ることにする。
それにしても王族も貴族も特別扱いしないってことは、上位の金級魔術師はかなりの厚遇なのかもしれない。
大釜のところに行く。
鉄鉱石の発掘で作業していた男たちに似た人たちが、次々と鉱物を投げ込んでいく。
職人と思われる男が、その大鍋に手を当て目を閉じている。
釜を覗くと、圧巻だった。
放り込まれた鉱物が溶けていく。
やがて表層に液状のメタリックシルバーが浮き出てくる。
金属だ。しかも見た目からして純度が高い。
これが製銑か。
日本だっていろいろステップがあってようやく純度が高い金属ができるはずなのに、こんな短時間で……、マジカまじ恐ろしい。
それに金属が融けている温度なはずなのに、熱くない。
マジカで分離しているから温度とか関係ないのか。
すんげーエコだな。燃料がいらないんだ。
鍋からパイプが出ていて、融けた金属が鋳型に流れ込む。
冷えるまで時間がかかりそうなものだが、鋳型からすぐに取り出されている。
取り出されたのは剣だった。
剣にしては刃の部分がただの棒のように丸くなっていて、とても切れそうにない。
剣の形した鈍器かなと思っていたら、職人が刃を両手で包みながら根本から剣先までなぞると、薄くのばされ、刃先が鋭い剣になっていた。
ぎょえええ。
本当に魔法の世界だわ。
高炉もハンマーも高度な職人技術もいらない。
日本の職人が見たら泣くぞ。
いや、マジカのコントロールとかが高度なのかもしんないけどね。
それでいて分業して、マニュファクチュアなところが妙にリアルだ。
効率化されマジカだけに頼らないところが、工学系の心にグッとくるね。
他の階も見てみることにした。
1階と2階は鉄、3階は青銅やアルミを使った装飾品や美術品、4階より上は住居。
その上に上がろうとしたら、立入禁止だと言われた。
なんだろうか。気になるな。
まあ、よくよく考えれば予想がつくな。
金や銀などの貴金属がある部屋だろう。
貨幣か、高い装飾品でも作られているのかもしれない。
工程もだいたい理解できたし、3階でこっそりアルミを拝借したし、ここに来る目的は達成したからいいだろう。
いや、妹に会ってないな。
会わなくてもいいかとも思うが、せっかくだから顔を見ておきたい。
妹というからには俺より年下なんだろうが、どういう人物か知っておかないといろいろと心配だ。
そう思うのも全ては第2王子のせいだが……。
できるなら、兄弟で仲良くしたいしな。
しかたないとはいえ、前世で幼い妹と弟を置き去りにしてきた罪悪感もある。
俺のような劣等遺伝子なんて、お兄様と思うだけで虫酸が走るとか言われたら、そっと帰って涙で枕を濡らそう。
1階に戻り、最後に妹に挨拶したいのですがと先ほどの職人に声をかける。
妹と言って通じるかと思ったら、無言で下を指さした。
あ、地下があったのね。
地下?
なんで王族であるはずの妹が地下にいるんだ?
そういえば、そもそも東塔にいること自体おかしい気がしてきた。
地下に行く階段を見つけて中を覗いてみる。
地下だけあって薄暗い。
ロウソクに照らされた階段を下りて地下に着くと、甲冑がところ狭しと並んでいた。
ここは倉庫か。
ここだけ夜かと思うレベルで暗い。
倉庫だから灯りがあるだけマシなのか。
歩いていると、チュッと鳴き声が聞こえた。ネズミがいるらしい。
こんなところ、人が住むような場所ではなさそうに見えるが、ここに妹がいるのだろうか。
「誰だ?」
急に女性の声がして驚いて声がでそうになった。
「わ、私は第3王子のジャン=ジャックです。社会科見学に来ました!」
本日2回目の自己紹介だ。声がうわずっているが。
「第3王子……。お前がそうか。ここには武器と防具しかない。見学なら他に行きな」
その女性は、この口調のわりに高校生くらいの子どもだった。
身なりはなぜかメイドの恰好をしているが、ご奉仕してくれそうな性格はしてなさそうだ。
この子が妹だったりして。
いやいや、前世では年下だが、現世ではかなりの年上だ。姉だとしても妹ではないだろう。
「ここには私の妹がいると聞いたもので。ついでと言ってはなんですが、一度お会いしたいなと」
「会ってどうする」
やはりここにいるのか。
「妹に会いに来るのに理由なんて必要でしょうか」
そう答えると、その女性は意外そうな顔をした。
「おい、何やってんだ」
今度は後ろから男の声だ。
「アンタ、今日も早いね」
「早くお前に会いたくてさ」
「調子のいいこと言って。……子どもはさっさと帰んな。娘に会うなら、そっちにいるから勝手に会うといい」
娘? 母親だったのか。
こりゃまたかなり若いな。
妹が何歳だかしらないが、下手したら12歳くらいで妹を生んだんじゃないか。
俺の母親とはキャラがだいぶ違うな。
貴族……には見えないな。
貴族しか結婚しちゃいけないってこともないのか。
なんにしても今は王族なんだから、身なりも口調ももうちょっと王族らしくてもいい気がするが。
それに、妹は王女になるんだよな。
勝手に会えって、扱いがぞんざい過ぎないか?
しかも幼い子どもだぞ。
誘拐しちゃうかもよ。しないけど。
「失礼しまーす」
いかにも立て付けが悪いですというような音を立てて扉が開く。
何回かノックをしても返事がないから開けてしまった。
テーブルとベッドしかない簡素な部屋。俺たちの部屋と似てる。
ただテーブルもベッドも年季が入ってるというか、古めかしい。
虫もはってるし、地下という環境のせいもあって牢屋みたいな場所だ。
っていうか、
「誰もいないじゃん…」
子どもだと思って適当なこと言いやがったな。
そりゃそうか。上の階に住居があるのに、こんなところに住む理由がない。
わかりやすいウソにだまされちゃったな。
まあいいや帰るか。
冷たい言い方だが無理に会う必要がない。
第2王子みたいなヤブ蛇突いたら大変だ。
まあ、あれは勝手にわいてきたが。
と思って立ち去ろうとしたらガタッとベッドが揺れてビクッとなった。
「なんだ……?」
のぞく必要はない。人の部屋だし。
でも気になるのが人の性というもの。
手で顔をガードしながらベッドの下をのぞいてみた。
そしたら人がいた。
「うぇえええええ!!!」
ネズミか蛇くらいのを想定していた俺には予想斜め上の存在にびっくりした。
だってベッドの下に人がいるとは思わないじゃん!?
アメリカだったらベッドの下に間男がいるのが日常茶飯事かもしんないけどさ!
思わず飛び上がるようにして距離をとった。
静寂。
なんのリアクションもない。
何かの間違いかもしれない。枯れすすきが幽霊に見えるあれさ。オバケなんてウソさ。見間違えたのさ。
そう自分を思い直して、もう一回のぞいてみる。
やっぱり人だった。
小さな、5歳前後の女の子?
ちょっと動いてる。生きてはいるようだ。
ちょっと冷静になってきたので、考えてみると一つの推論に行きつく。
「妹……?」
いやでも、こんな王女いるか?
百歩ゆずって地下にすんでたとして、ベッドの下に潜んでないだろ。
かくれんぼをしているようには見えないし、浮浪児が迷いこんだか?
ベッドの下から出てこようとしない。
俺のことを家主だと思って警戒しているのだろうか。
「ほら、何にもしないないからおいで。そんなところにいると体に毒だよ」
俺のセリフにも反応せず、むしろ態度を硬化させているようにすら見える。
このまま放っておいて、先程の女性に任せるという選択肢もある。
けれど、妹という可能性もゼロというわけではない。
母親の留守に女子部屋に侵入した変態男という誤解を幼心に植え付けてしまったとしたならば由々しき事態だ。
誤解は解かなければならぬ。
「怖くないよー優しいよー出ておいでー」
自分で言うとしらじらしい事この上ないな。
もちろん反応はない。
しかたない。
なだめてダメなら押してみよう。
「おらあ! 出てこいやあ! いつまでも俺がおとなしいと思ったら大間違いやでえ!」
ベッドを音が鳴るように大げさに蹴ってみた。
ガンガンガン。
……俺、人んちの部屋でなにやってんだろ。
改めてベッドをのぞくと、女の子はベッドの下で震えていた。
……うん、逆効果だね。
もうめんどくさいから、手引っ張って引きずり出しちゃおうかな。
いやいや、さすがにかわいそうだ。
そうだ。これがある。
アリスにあげようと思ってたパン。
ヘンゼルとグレーテルばりの配置でちぎったパンを置いていく。
このパンを一つずつ食べていくうちに、いつの間にか俺の目の前に現れる算段だ。
……いやいやいや、こんなパン食べるの小鳥くらいだわ。
と思ったら、出てきていた。
わお。
「やあ、はじめまして。だいぶ食欲旺盛だね?」
ほっぺたにパンを詰め込んでむさぼっている食欲全開な女の子に内心狼狽しながらも挨拶する。
まったく聞いちゃいないが。
それにしても、すごい身なりをしているな。
上下の服ともボロボロで、ヒザの部分なんか布地が擦り切れて、ヒザ小僧がこんにちわしてる。
しかもすごく痩せている。そりゃ食欲全開にもなるわ。
「………!」
食べ終わって状況が分かったのか、オドオドし始めた。
目を泳がせて、頬を赤らめて、手をせわしなく動かしている。
背が低いから小動物みたいだ。
身なりで気づかなかったが、すごくきれいな黒髪だ。
あんなベッドの下にいたら、髪の毛がホコリまみれになりそうなもんだが。
ただ、髪が伸びすぎてて目元まで隠れ気味で、表情が分かりにくい。
「なんだ、アンタまだいたのかい」
自称、妹の母親が帰ってきた。
「まだ妹に会えていないので……。どちらにいるんですか?」
「そこにいるじゃないか」
へ? この子以外に人の気配がないけどな?
もしや、この子は妹とかくれんぼをしていたのか?
もしかして? 本当にこの子が妹?
女の子は猛烈な早さで、自称妹の母親に抱きつき後ろに隠れた。
「メアリ。この人は第三王子だ。お前の兄さんだよ」
兄さんだよ…兄さんだよ…兄さんだよ…。
女性が発したその台詞が、頭の中でエコー気味にリフレインした。
「その子がメアリ、妹……?」
「そうだよ。他に誰がいるんだい。……ああ、そうか。この子が王女だなんて、普通は誰も思わないか」
その通りだ。とても王女には見えない。
農民なんかより、よっぽどひどい生活を送っているように見える。
俺なんか王族扱いされていないと思っていたけど、この子の足元にも及ばない。
「この子が人前に姿を現すなんて珍しいね」
「もので釣ったなんて言えない」
「すでに口に出てるぞ。……そんなところにいつまでも隠れてるんじゃない」
妹の母親は女の子――メアリを引き離して席に座った。
胸元からパイプタバコを取り出し、指に火を点してパイプの底をあぶり始める。
幼い子どもの前で喫煙なんて、なんて前世の常識を持ち出すのはナンセンスだな。
それでも、この親子関係はなんだか見ていて寂しいものを感じる。
「タバコが珍しいかい?」
しばらく眺めていたら、そう母親に聞かれた。
「いえ、妹が……なんというか……」
「王族にしては、みすぼらしい……かい?」
「あ、いえ、まあ、そのような感じです。王族なのにこんなところにいるのは珍しいなと」
「こんなところ? 子どもは素直だね。アンタたちにとってはこんなところかもしれないけど私には天国さ。屋根付き食事付き、それ以上望むのはバチがあたるよ」
なるほどな。食事付きの割には妹は痩せすぎてる感はあるが。
「……言いたいことはわかる。私もかつて豪華な生活を夢見ていた。でも所詮は農民出のメイドの身でそんな夢を見ちゃいけなかったのさ。ましてや、王に女として愛される夢なんて……」
おう……、父親め、メイドを手籠めにしやがった!
男なら一度は憧れるシチュエーションだが、うらやましいなおい!
いやいや、そうじゃない。
「身分がどうであろうと、王が夫で、妹にとって父親であることは間違いないのではないですか? こんな地下に押し込まれるのではなく、せめて別邸にでも住居を移すように願い出てもよいと思います」
マジカが使えない俺がぬくぬくと別邸で暮らし、妹がこんな地下で貧困にあえいでいる。
申し訳ないというか、この扱いの差はなんなんだろう。
「坊やにはちょっと早い話だったね。子ども相手に愚痴るなんてヤキが回ったもんだよ。本当なら国外追放だったのを、王が、メアリが金級魔術師としての才能があるとかなんとか理由をこじつけて守ってくれたんだ。私にはそれだけで十分」
メアリには本当に金級魔術師としての才能があるのか、それともウソで彼女たちを守ったのか。
それにしても、父親は愛されすぎだろ。
それとも母親たちが奥ゆかしすぎるのか、封建社会がそうさせるのか。
「うちの娘を妹として訪ねてくれたのはアンタが初めてだ。いろいろあって娘はこんな性格になっちまったけど、時間あるときに構ってやってくれたら嬉しい」
育児放置気味な母親かと思ったら、全然そんなことなさそうだ。
誤解して申しわけない。
「そういえば、名乗ってなかったね。私はカシス。ジャン=ジャック殿下、よろしく」
手を指し出されたので、握り返す。
……ゴツゴツしている。
母親のもちもちしている手とだいぶ違う。
「カシス王妃、お目にかかれて光栄です」
これで挨拶合っているんだろうか。
と思ってたら大爆笑された。
「王妃なんて! 初めて言われた! 私が王妃! ははは! ……いや、ハハ、あの女の子どもとは思えないね」
「そ、そうですか? えへへへ……」
あの人、この人になんて言ったんだ……。
知りたくないな……。
高すぎる貴族意識で、悪気なくヘイトスピーチしそうだからなあの人は。
話題変えよう。
「メアリは金魔術が使えるのですか?」
メアリのことを少しでも知って、今日は帰ろうと思う。
「知らないね。この子がマジカを使ったところを見たことがないから」
「そうなんですか?」
マジカが使えないなら大事件じゃないか。
「何度かメアリにやらせてみたんだけどね。ダメだったよ。まあ嘘だって分かっていたけどね。金級魔術を使えるなら、ここに住まわせられる建前になるし、まだ赤子だったメアリに金級魔術を使えるかどうかを証明させることもできない」
いろいろと大変だったんだな……。
王は王なりに二人を守ろうとしたのか。
俺は母親が貴族出身だったというだけで、衣食住昼寝つき。
かたや、メイドというだけで地下に押し込まれる。
理不尽だな。
「メアリ、また来るよ。俺のことあんまり好きじゃないかもだけどさ」
そう言おうとしたが、メアリはすでにいなかった。
ベッドの下をのぞくと、やはりいた。
仰向けに寝転がっている。
まあ、メアリそっちのけで、俺とメアリ母との話が長かったからな。
……いや、おかしい。
ベッドの下に潜りこんでいることじゃない。
メアリはベッドの裏側で、何かせわしなく手を動かしていることが。
もしやと思った。
ベッドをひっくり返す。
母親がびっくりしていた。
メアリもびっくりしたまま、天井を見上げている。
2人には唐突過ぎて驚かせてしまったな。
でも一番驚いたのは俺だ。
メアリがベッドの下でしていた、いや、作り上げていたものは。
ベッドの裏側にあるわずかな金属を引き延ばして作った、
今にも飛び出してきそうなドラゴンの彫刻だった。
ドラゴンを細部までイメージできる頭脳にも驚きだが、それを実現できる金属の加工技術。
先ほどの見学で装飾品担当の職人がいたが、メアリの作った装飾品のレベルは彼らと比較してもまったく引けを取らないトップクラスのものだと思う。
並々ならぬ集中力と執念がないとできないのではないだろうか。
末恐ろしいと思った。
「王はウソをついていなかった。メアリは天才です」




