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王族に生まれたので王様めざします  作者: 脇役C
第一章 幼少期
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第18.5話「罪について考えました」

 処刑人のジャイルさんの馬に乗せられて、村に向かう。

 村に着くまでにまだ時間はかかりそうだ。

 ノアサ村は山の端付近にある村だ。けっこう遠い。

 そういえば、ウィールがなぜそんなに遠くまで行くのかと不満そうにしていたな。

 ウィール……、…。


 ジャイルさんを横目見ると、涼しい顔をしたまま黙っている。

 この人が、俺の一言でウィールを殺す。

 内心ではどう思っているのだろう。

 仕事だから、特別な感情を抱いたりはしないのだろうか。


「ジャイルさんには、余計な仕事をさせてしまいますね」

 一言謝らないと思い、そう口にしてみた。

 俺がわがままを言わなければ、村に行くこともなかった。


「言われた仕事を遂行するだけです。余計な仕事などありません」

 きっぱりと言われる。

 感情も読み取れない。

 なんだか気まずい。


 ジャイルさんの言い方にも、気まずさの一因があると思うが、もちろん俺にもある。

 処刑人という職業に対する感情だ。

 人がやりたがらない仕事をやっているということは尊敬するが、気味が悪いと思ってしまう。

 それと、ジャイルさんの容姿も身なりも、ザ処刑人って感じなんだよな……。


「ジャイルさんは、今までにどれくらいの人を処刑してきたのですか?」

 返事が返ってこない。

 初対面で聞く質問ではなかったか?

 でも他に話題が見つからないし、実際に気になる。


「70件くらいでしょうか」

 そんなに多いわけではないのか。

 20代前半くらいに見えるし、単に経験が浅いだけなのか?


「頻度的にはどうですか?」

「月に十数件程度ですね。波がありますが。ほとんどは父が執り行っています」

 思ったより少ないな。いや多いのか?

 それにしても世襲制か。

 この国に職業選択の自由はあるのだろうか。


「処刑以外の仕事はされているのですか」

「医者です」

 エリート!

 処刑人って、カースト最底辺で、処刑以外の時は物乞いしているくらいに思ってた。

 偏見か。


 いや待てよ。医者!?

「じゃあ村の人たちの治療をお願いします!」

「もとよりそのつもりです。王から村人の治療も依頼されてきました」


 王から?

 王がそんな依頼をするなんて。

 いや、さすがに王をみくびりすぎか。

 この国には、社会保障的なものはないかと思ってたから。

 死ぬのは弱いからだ、みたいな。

 そもそも、この世界にもちゃんと医者っているんだな。


 俺へのフォローといい、村へのフォローといい、ちゃんと村のことを考えているんだな。

 俺が知らないだけで、優しい王なのかもしれない。


「じゃあ、急ぎましょう! 村人が待っています!」

「いえ、急ぎません」

 落ち着き払ってジャイルさんが答える。


「なぜです?」

「急いだところで1時間程度早まるだけでしょう。あれから一晩経っています。1時間が生死を分けることはほぼありえません。急いだことによる馬の疲労、事故の可能性を考えると、得策ではありません」


 そうなのか?

 その1時間内に、力尽きて死んでしまう患者がいそうなものだが……。

 その通りだとしても、苦しんでいる人を少しでも楽にしてあげたいと急ぐのが人情じゃないか?

 そういう非情とも思える判断ができないと、医者という仕事はできないのかもしれない。


「医術はよくわからないのですが、どんな感じで治療するのですか?」

 この世界の医術がどういうものなのか気になって聞いてみた。

 急げないなら、向こうで少しでも役立てるように、知識を入れておこう。


「病気になっている元の部分にマジカを流し込み、本来の状態に戻すのです」

 分かりやすくそう答えてくれた。

 子ども相手だから、言葉を選んでくれているのだろうか。


 そうか、マジカか。

 そうなると、俺にできることはないかもしれない。

 いや、身の回りの世話くらいならできる。


 それにしても、『陽』級魔術師か。

 7種類ある魔術の一つで、治療や回復を司るという。

 今まで陽級魔術師は会ったことがなかったな。

 7種類の中で、火や木、土なんかは多くいるが、陰や陽は希なんだそうな。

 このばらつきは何か理由があるのか?

 もしかしたら、そこに、俺がマジカを使えない理由のヒントがあるかもしれない。


「陽のマジカってどれくらいの人が使えるんですか」

「陽系魔術師は希少と言われていますね。医療として治療を施せるレベルで言うなら、さらに少なくなるでしょう。1000に一人、それより少ないかもしれません」

「1000に一人……」


 1000人が全員病気にかかっているわけではないにしても、1割が病気になったら100人の患者を抱えることになる。

 そうなると、診察を受けられるのは一部ということになる。

 この国は医療面でも問題を抱えていそうだ。


「医療を施せるレベル……、陽のマジカにも能力差があるのですね。陽の特性を持っていれば、誰でも治療ができるのだと思ってしまいました」

「能力差もありますが、それ以上に大きいのは知識の差です。人体の構造はもちろんのこと、病気や怪我の種類、薬や毒の知識、それから経験が必要です。適切な量のマジカを正しい箇所に送らないと場合によっては悪化することもあります。また、患者の体力や体調に合わせる必要もあります」


 ジャイルさんの言葉から、俺のことを子ども扱いせず、きちんと説明を尽くしてくれているのを感じる。

 余計な会話をしないだけで、真摯な性格をしているのかもしれない。


「そこまでできる人となると、少ないんでしょうね」

「この国には圧倒的に医者が足りていません。若輩の私でも、多く患者を抱えています。患者たちは、こうしている今も診察を待っているでしょう」


 自分の患者が気にかかっているけども、ノアサ村の人々を救わなくてはいけない、そういうジレンマをジャイルさんの言葉から感じた。

 この事件が起きなければ、その患者の診察に時間を当てられたのだろう。

 ノアサ村の人たちも、ジャイルさん一人で全員を診られるとも思えない。

 そう考えると、ウィールの起こした身勝手な行為は断じて許されない。

 そう、許されないことだ。


「……もし死刑がなくなって、マジカを使わなくても人の治療ができる世界になったら、ジャイルさんはどう思いますか? 今の仕事がなくなってしまいますが」

 ジャイルはウィールの件を知っているのだろうか。

 俺は前世で、今の工場がなくなったら、他の仕事を探せばいいくらいに思っていた。

 ウィールは、そうは思わなかったのだろうか。


「そんな理想郷が実現するのなら、今の仕事どころか命さえ捧げてもいいでしょう」

「命を?」

 軽々しく言い過ぎではないだろうか。

 処刑と医療、どちらもこの国にはなくてはならない、食いっぱぐれのない仕事だ。

 そして俺も、王族というだけで生きるのに困らない。

 “恵まれた側の視点”だからじゃないか?


「お金がなくて治療を受けられない者、体が弱っていたり老いや幼さが故にマジカで救えない者、診察が遅れたために間に合わなかった者、私には救えなかった命がたくさんあります。彼らの命が……、年を経るごとに肩に重みを増していくように感じるのです。私の命と引き換えにするくらいで、罪と罰もなく、治療も必要がない世界なら、喜んでこの身を捧げます。……でも実際は、私が死んだら、治療できずに苦しむ人が増えるだけです」


 この人は、自分の生活のためなんて一切考えてないのだ。

 そう気づいたとき、夜中、寺社に迷いこんでしまったかのような薄寒さを感じた。

 この人は、ずっと死と向きあって生きてきたのだろう。


「医療と処刑、どちらも同じ命であるはずなのに、一方で命を守り、一方で命を刈り取っている。そして、受刑者は命を奪って生きてきたせいで、最後には自分の命を落としていく。人とは不思議なものです」


 ジャイルさんは、深い葛藤を抱えているようだ。

 浅はかにも、安穏と暮らしていける俺と同じ括りにして“恵まれた側の視点”と考えてしまっていた。


「どうしてジャイルさんは処刑人の仕事を兼任されているのですか? 医者に専念されたほうがいいように思ってしまいます」

 俺の言葉に、ジャイルさんは悲しそうな目を向けて、


「誤解されているようですが、処刑も医療もどちらも社会にとって必要なことです。必要とされている限り、どちらかを投げだそうとは考えられません。それに、処刑人は人体構造の熟知が必須です。首をひとつ切り落とすにしても、首の骨の構造を把握せねばなりません。その知識が基盤となって、私の医療技術があります。私は処刑人としての出自を誇りに思っています」


 その言葉からは、強い仕事へのこだわりが垣間見られた。

 いや、そんな言葉では軽い。

 持って生まれた使命に、ジャイルさんは真摯に向き合っている。

 向き合わざるを得なかったんだ。


 ウィールはどうだろうか。

 ウィールの仕事は、農村の水不足から救うという大きな使命があったはずだ。

 その使命とは真逆の行為を行い、人命を奪った。

 そこにはただひたすら、ウィールの我欲があった。

 許されることじゃない、……。


 やはり死刑しか、ない。


………

……


 馬は順調に村を目指している。

 けっこう話し込んだと思うのだが、まだ着かない。

 もうそろそろだと思うけども。

 やっぱり遠いんだな。

 ウィールが不満そうにしていたのも、今ならちょっとだけ分かる気がする。


 空を見上げると、鳥がつがいで飛んでいた。

 飛行機があったら、もっといい土地を探して移住することもできる。

 そうすれば、こんなことも起きなかったかもしれない。


 この国の人も、空を飛びたいと思っているんだろう。

 絵画にも彫刻にも、翼が生えた子どもがモチーフや装飾に使われる。

 この国の宗教は太陽信仰で、肉体が燃えて魂が太陽に還る際には、翼が生えた太陽の使い、つまり天使が案内してくれる。

 この世界から離れて、悩みのない楽園へと……。


 ただし、罪が重い者は天使が支えきれず、途中で墜落してしまうという。


 罪が重い者、か。


『いま正しい事も、数年後間違っていることもある。逆にいま間違っていることも、数年後正しいこともある』


 飛行機を作った何たら兄弟がそんなことを言っていたのを思い出す。

 もし神様がいるとして、神様は何が正しくて何が悪いというのを、はっきり断罪できるのだろうか。


「どう思いますか?」

 思わずそう聞いてしまった。

「なにが、ですか?」

「ウィールさんの処刑のことです」


 俺の問いに、すぐジャイルさんはこう答えた。

「被告人への判決は、私の考えの及ぶところではありません。下された結果を、忠実に実行するだけです」

「そうですよね」

 聞くことじゃない。

 分かっていても聞いてしまった。ただ。


「悪い者は罰せられて当然ですし、ウィールがやったことは人として許されないことと今でも思っています。しかし、そこに罪を償う心があれば、刑の軽減があっても良いのではないでしょうか。死刑では、悔い改めることもできません」


「処刑は秩序を保つためにあります。今回の件で罪を軽くすれば、大切なひとを失ったものはどう思うでしょうか。また仮に貴方様の言うとおりだとして、被告人はどう罪を償えるのでしょうか?」


 ………。


 正論だ。

 ジャイルさんの言葉に、おかしいと思えるところは何もない。

 ないはずなのに、何かがひっかかる。


 そうだ、モイだ。

 もしモイをこの国の法で裁いていたら、この事業の成功はなかった。

 モイの家族の幸せも、モイ自身も。


「処刑が必要なのは分かります。しかし、死刑によって秩序を保つことが本当にできるのでしょうか?」

 そう疑問をぶつける。

「私はそう信じていますが、そうではないと?」

「死刑が有効ならば、この国の治安はもっと良くなっているはずではないでしょうか」


「治安が良くなっている状態が、現状だという考えにはなりませんか?」

「そうですね……、しかし最良ではないと思うのです」

 俺の言葉に、ジャイルさんの顔が険しくなった。

「この国の法と歴史は、人がより良く生きるために最良を求めていった結果です。先人たちの多くの犠牲と努力の上に成り立っています。処刑もそこに含まれます。王族である貴方様が、そのような軽々しい言葉を発してはいけません」

 冷静であったジャイルの言葉に、強い感情が混じった。


 思わず口をつぐむ。

 けれど、俺も軽々しく言ったつもりはない。

 法と歴史に敬意を払うのは正しいかもしれないが、法と歴史が常に正しいとは限らない。

 それらに人の幸せが踏みにじられるようなことがあってはいけない。


「この事業を始めるきっかけになった男がいたのですが、その男は人身売買をしていました。男は死刑を望んだのですが、僕の独断で裁判にかけず罪を許し、更生の機会を与えました。男はその機会を生かし、今でも事業を支えてくれています」

 “更生”の機会を与える。

 それが処刑の根本になくてはならないのではないか。


「それは結果うまくいっただけに過ぎません」

 ジャイルさんはそう断言するように言い、言葉を続けた。

「もしその男が更生の機会をふいにし、また罪を犯したらどうでしょうか。人身売買が生業とはいえ、必要になれば人を殺めることもあるでしょう。その罪人に情けをかけたがゆえに、なんの罪もない善良な民が命を失うのです。特に今回の件は、どうでしょうか。ウィールのしたことは悔い改める機会を与えるべき案件でしょうか?」


 何も言い返せなかった。

 ウィールは、自分のしたことが当然とも言える発言をしていた。

 モイのように犯した罪を悔い改める人ばかりじゃない。

 また犯罪をくり返す人も多いはずだ。

 それは前世でも一緒だ。


 何を言ったらいいのか分からず黙っていると、ジャイルさんはこう言った。

「死への恐怖が不法行為の歯止めになります。その結果、更なる犠牲者を生まなくて済みます。そして残された者の心も癒えるなら、死刑にはちゃんと意味があると私は考えます」


 目の前には村の入口が見えていた。 

 俺は、結論を出さなくてはいけない。

 この村の人たちに、ジャイルさんに、王に、そして俺自身に。

 何が正しいのか、正しくないのか。

 どうしたら、みんなが幸せになれる結論を出せるのか。

 いや、みんなが幸せになるなんて不可能だ。

 分かっている。分かっているのだけど……。


 ジャイルは村の入り口で馬を止めた。

 そして、こちらを向いてこう言った。


「立場をわきまえない数々の言動、どうかお許しください」

「いえ、とんでもありません! とても勉強になりました」

 人の死を前に勉強になったとは不謹慎なような気がして、また口をつぐんだ。


「ただ、どうかこれだけは心に留めていただきたい。貴方様が死刑を命じても、いえ、どのような断罪をされても、神はお許しになられるはずです。なぜなら、本当の意味で人を裁けるのは、神だけなのですから」

 そのジャイルの言葉は、俺に言った言葉なのか、自分自身に向けた言葉なのか。

「幼くあらせられる貴方様がこのようなご決断を迫られていることには、深く同情いたします」

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