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王族に生まれたので王様めざします  作者: 脇役C
第一章 幼少期
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第18話「任されました」

マジカは2種類あり、身体強化と魔術です。

程度に差はありますが、どちらも習得できます。

身体強化に特化した者が戦士、魔術に特化した者が魔術師と呼ばれています。


なお、魔術には、陽、陰、火、水、木、金、土の7系統あり、1系統のみ習得可能で、それは生まれながらに決まっています。

先生アーリャは木、モイは土、アリスは火、それ以外は使えません。

そんな説明を3話にちょこっと追記しました。

 暗くなりつつある道を進んでいく。

 街灯がない道は、数メートル先も見えないくらい、暗い。

 夜になったら、何も見えないくらい暗闇に包まれてしまうのだろう。


「こういうときは、火が使えるといいと思ってしまいますね」

 先生はぽつりと言った。

 先生は木級魔術師だから、火は使えない。


 先生は村で一泊するのを勧めたが、そんな気にはなれなかった。

 残れば看護の手伝いなどができるかもしれないが……。

 村の人たちも望んでいないだろう。

 いや、それは建前だ。

 薄情だけど、あの空気の中に一泊なんてできない。


「先生は、毒の臭いがわかるのですか?」

「いえ、あれはハッタリのようなものです。ほぼウィールの仕業だと思っていましたが確たる証拠がありませんでしたので」

 ハッタリであそこまで追い詰めるとは……。さすがだ。


「ウィールをどうしたいと考えていますか?」

 先生がそう聞いてくる。どこか不安そうな声だった。

 ウィールは縛られたまま村にいる。

 馬に乗れるのは先生とウィールだけだ。置いてくるしかなかった。

 村人に危害を加えられるかもしれないから、モイに護衛を頼んだ。


 『なぜ、こいつを守らなければならないんだ?』


 モイのストレートな問いに、俺は答えられなかった。

 もちろん俺は本心からウィールを守りたいわけじゃない。

 下手な道徳心でそうしているだけだ。

 それに護衛をつけずにあのままにしていたら、裁判もなく村人に殺される心配もあった。


 ふと、前世の流出動画で見た、リビア国の大佐の最期を思い出した。

 反対派に殴る蹴るの暴行を受け、血だらけになった後、銃殺されて死んだ気がする。

 その映像を見た時、思った。

 戦慄したのと同時になんか違うなという感覚。

 前世の、しかも70年以上も戦争もないような平和な国で育ったから、そう思うだけなのかもしれない。

 ウィールは、あれだけのことをしたんだから恨まれても仕方ないと思うが……。

 恨みのままに殺されるようなことがあっては、村の人たちにとっても良くないような気がした。


「死刑になってほしいとさえ思っています。でも、それは僕が決められることではありません」

 先生の問いに、なるべく正直に答えた。

 感情に任せて言っていいのなら、死刑にしてほしい。

 少なくとも、あの時はそう思っていた。

 今もその思いは消えていない。

「王の命令であれば、死刑にしますか?」

「王が下した判断なら、無罪でも死刑でも受け入れます」


 無罪。

 そうなるかもしれない。

 王が村人の命よりウィールを擁護するかもしれない。

 そして、なにごともなく明日からウィールが普通の生活をすることになったら。

 そうなったら俺は、どうするだろうか。

 ちゃんと納得できるんだろうか。


「先生、ウィールさんの言ってたことはどう思いますか? 自分の利益のために、人の命を踏みにじっても良いと思いますか?」

 俺の質問に、先生は言葉を選んでいるようだった。

 すぐに返答がくると思っていた俺にはそれが意外だった。

 先生はやがて重く口を開いた。


「その問いには答えられません」

「なぜです?」

「私も同じようなことをしていたからです」

 空気が止まったような気がした。


「どういうことですか?」

「私は戦争で多くの人を殺めてきました。私は魔族です。この国を守る義理も大義名分もありません。それでも私が人間社会で暮らすためという自分の利益のために、今回の騒動の比ではない多くの人の命を踏みにじってきました」


 先生の答えに、ホッとした自分がいた。

 先生の言ったことと、ウィールが一緒だとは、とうてい思えない。

「それとこれとは話が違います。先生はしたくもない戦争を、立場上、王の命を受け実行せざるを得なかった。ウィールは違う。自分のことしか考えていない」


「本質では同じです。正義をどこに置くかの違いでしかありません。私も結局は、自分のことしか考えていないのです」

 先生の言っていることはいまいち分からなかった。なにがどう同じなのだろうか。

 かといって、先生の真意を尋ねることも、反論する気にもなれなかった。

 ただ、先生はそのような思いを抱えながら生きていたのだと思うとつらくなった。



 沈黙が流れ、馬のひづめの音が響いた。

 このまま城に着くまで、沈黙が続くと思われた。



「ウィールとは、戦場で出会いました」

 先生は唐突に、何の脈絡もなくぽつりとそう言った。

 そういえば、戦場で2回一緒になったと言っていた。


「彼はまだ12歳で、幼さの残る少年でした。魔術はセンスがあったわけではなく、公務員になる技量にほど遠い状態でした。彼は一刻も早く家族を支えたいと思っていたようで、誰もやりたがらない戦場の給水係を志望し登用されました。飲料水の確保は重要で、技術に乏しいものでも登用されやすかったところに目をつけたようです。死の危険は第一線とほぼ同じなのに、見返りは低く、扱いも雑用と同等です。しかし、仕事をまじめに、彼なりに工夫をもって取り組んでいました。家族に少しでもまっとうな生活をさせてあげたい。彼は目を輝かせながらそう言っていました。やがて、仕事以外にも鍛錬を怠らなかった彼は、やがて公務員として採用されるレベルの技術を習得することができました。そんな彼に尊敬の念と、自分の幼い頃を重ね合わせていました」

 意外な話だった。あのウィールにそんな過去があったとは。


「今のウィールさんからは想像もつかない話ですね。怠け者で能力も低いのに偉そうに役人として権力を振りかざしている、そんなイメージでしたので」

 つい本音がぽろりと出てしまう。

「それはきっと今のウィールしか知らないから、そう見えてしまうのでしょう。本当の彼は努力家で責任感もあります。少なくとも私の知っている頃のウィールは……ですが」


 先生の言葉に、寂しさと悲しさが混じっているのを感じた。

 きっと俺の知らない色々なウィールの姿を見てきたのだろう。

 そうじゃなきゃ、人殺しと知ってまでここまで擁護しないだろう。


「なんで、ウィールさんは今のようになってしまったんでしょうね」

 先生の中のウィールは、物語の主人公のようだ。

 苦労して社会的な成功を収めていく、そんな物語の。


「そうですね…、なぜでしょうか。純粋すぎるがゆえに腐敗した環境に染まってしまったのか、それとも彼にしか分からない心境の変化があったのか。私にはいっこうに分かりません」

 先生はそう答えた。


「国土交通省に行った時に思いました。役人たちはどこか高圧的で品位に欠けている人物が多いように見えました。同情はできませんが、もしかしたら、その悪い環境に染まってしまったのかもしれませんね」

 仮にも王の子である俺をからかう連中だからな。

 もしかしたら真面目に働いているのかもしれないが、印象はとても悪かった。


「環境が人を変えるというのはよくあることです。とくにこのような権力争いの絶えない世の中では、自分の信念を維持する方が難しいのかもしれません」

 見た目が若いからつい忘れてしまうが、先生は俺とは比べようもないくらい長い人生の中を生きている。

 きっと色々と見て来たんだろうな。

 まるで何かを悟ったような言い方だ。


「少なくとも私の知っているウィールは努力家でした。この国で役人になりたい者はたくさんいます。誰でも簡単になれるものではありません。競争に勝った者だけが公務員になれるのです。その過程で、ウィールを変える出来事があったのでしょう」

「僕はマジカが使えないので分かりませんでしたが、公務員は誰にでもなれるわけではなかったんですね」

「少なくとも上級以上でないと務まりませんね。広い農地に水を撒き、農村のサポートをするなんて普通程度の者にはできないことです。これは以前も話したことがあるかもしれませんが、マジカの能力には優劣があります。同じ系統のマジカを持っていても、誰もが同じことができるわけではありません。能力の高い者とそうじゃない者との差は、殿下の想像以上に大きいでしょう」


 そうだったのか。

 先生が、ウィールはセンスがないというのなら、本当になかったのだろう。

 そのハンデを乗り越え、ようやく地位を手に入れた。

 努力して努力して自分のセンスの無さを呪ったりしてまた努力して、その努力が実ったと思ったら、すべて泡となって消えてしまう……。

 そんなことになったら、ヤケになったり、犯罪に走ったりする気持ちも分からないでもない。


 だからといって、許されることではない。


「失礼しました……。つい昔が懐かしくなり、思い出話と説明が長くなってしまいましたね」

 先生は少しハッとしたようにそう言った。

「いえ、僕はまだまだ、何も知らないということが分かりました」

 ウィールのことも、水不足の理由も、この国の問題も、分かっていたような気になって、何一つ分かっていなかった。

 俺はまだ “恵まれた側”の人間だ。

 問題の表面しか見ていない。


「あとこれは……、水源発掘に尽力している殿下の手前、とても言いにくいことですが、どれくらいの水源があるか分からない今の段階では、依然としてこの国でもっとも必要とされるのは水級魔術師です。今回のことを無視して言うなら、ウィールはこの国に必要です。……いえ、罪の前に、必要不必要などというのは愚かでしたね」


先生の言葉に、ウィールを擁護しないように中立的な視点で話そうと努力しつつも、心はウィールに寄っていってしまう、そんな葛藤が透けて見えた。


「ウィールは取り返しのつかない罪を犯してしまいました。ウィールの行動を止められたらと、今更どうしようもないことを考えてしまいます」

 そんな先生に対して、俺は何も答えられなかった。





 城の前で先生と別れ、一人で謁見の間に向かった。

 受付らしき男に、謁見したい旨を告げると、何の用件か、なぜ一人で、などいろいろ聞かれた。

 いつもの俺なら、きっとイライラするだろうやり取りも、ひとつひとつ丁寧に答えられた。

 

 受付の男は終始いぶかしげな顔をしていたが、しばらく待たされたあと通された。

 これから王に会う……。そう思うだけで緊張した。

 いや、この緊張はそれのせいだけじゃない。


 俺はウィールを死刑にしたいのだろうか。



「何の用だ?」

 王は以前会った時と同じようにそう言った。

「ウィールが、井戸に毒を流し込みました」

 余計な言葉を言わず、率直にそう言った。


「ウィールが? なぜそのようなことをする」

「この事業が成功した場合、職を失うことを恐れたようです」

「村の被害は?」

「把握できていませんが、何人か亡くなり、今も苦しんでいる者が多数います」

「なるほど」

 王はアゴに手を当て考える仕草を見せた。


 もしかしたら、それがどうした?くらいのことを言われるかもしれないと思ったから、王が考えてくれていることに少しホッとした。

 だから、王の言葉は想像を超えたものに感じた。


「ウィールを村人の前で処刑しろ。死刑執行人を手配させる。お前はそれに付き添え」


「死刑執行人…? 彼を死刑にするということですか?」

 思わず声が震えていた。不安と恐怖もどっと押し寄せてきた。

「それ以外になにがある? 国家事業を邪魔したあげく、複数の人間を殺めたのだぞ?」


 死刑。


 王から言われて初めて、重みを感じた。

 日本でも、カレー毒混入事件の犯人に死刑判決が出たような気がする。

 それだけのこと、いやそれ以上のことをしたのだ、ウィールは。

 だから、俺が少しも責任を感じる必要はないんだ。

 だけど、ひとつだけ気にかかる。


「なぜ村人の前なのですか?」


 王は俺の質問に意外そうな顔をした。

「わからないか?」

「わかりません」

 わかりたくない、というのが正しいのかもしれない。


「お前も王族なら覚えておくがいい。国を治めるのに必要な能力は、民の心を操ることだ。今回の件で国に対して不信感を持った者が多くいるだろう。だが、真犯人を処刑することで村人の怒りはおさまり、真犯人を突き止め、適切な処置をとった国に対して、より忠心を持つだろう。さらに、国側の人間であろうと厳罰に処するのを見て、国に対して逆らおうという人間が減る。一石二鳥だ」


 王はそう説明したあと、俺に言い聞かせるようにこう言った。

「いいか。危機を幸運に変えろ。運は自分でつかめ。今回の件でいうなら、もし犯人が出てこなくても、犯人を作りだせ」


 犯人を作り出すというくだりは極論としても、とても合理的な意見に思えた。

 一理あるとも思えた。

 でも違和感があった。


 王からそう聞いて、謁見中にずっと感じていたもやもやが何なのかわかった気がした。

 ウィールを処刑することで本当の解決はしない。 


 憎しみによる殺人だ。


「お願いがあります」

「なんだ?」

「ウィールの処遇、僕に決めさせてもらえないでしょうか?」

 王の眉がピクリと動いた。


「予の考えに不服があるのか?」

「そうではありません。ただ、試したいのです。僕の考えを」

「考え? それはなんだ?」

「ウィールには、村の復興を手伝ってもらいます。彼には本当の意味で償ってもらいたいのです」


「お前、怖がっているのか?」

 王がにらむようにして言った。

「いいえ」

「甘いな。それで村人が許すと思うか? 逆撫でするのがオチだぞ」

「お願いします」

「なぜそこまで、ウィールの肩をもつ。お前にとっても憎むべき相手ではないのか」

 俺もなんでそこまでウィールを擁護するようなマネをするのか分からない。


 ただ、納得して行動したい。それだけの理由だ。


「憎んでいますし、許せません。だけど、彼を処刑することが本当の解決になるとは思えないのです」

 王はやや前傾になり、じっと俺の目を見た。

 威圧感があった。だが目をそらさなかった。

 ここでそらせば、これから先ずっと自分の言葉が信じられなくなると思った。

  

 自分の言葉を信じられなくなったら終わりだ。


 やがて王は背もたれに寄りかかった。

「……いいだろう。今回の事業はお前の発案だ。お前の好きなようにしてみろ。

 だが、一度言い出したことだ。それなりの結果をもってこい」


『それなりの結果をもってこい』

 王の言葉が頭の中でもう一度繰り返された。 

 分かってる。

 言ったからには、それなりの答えを用意しなければいけない。

 王にも、村のみんなにも、ウィールにも、そして、俺自身にも。


 こうして、その日の王との謁見は終了した。




 朝になり、朝食をとっていると迎えが来た。

 もちろんウィールではなかった。


「処刑人のジャイルです。王から話を聞いていますか?」

 部屋を出てから、自己紹介と質問をされた。

 ジャイルという男は、上下とも黒いパジャマのようなものをきており、背中に大きなナタのようなものを背負っている。

 細身で青白く病的で無表情だが、顔がハンサムなので、その病的さが返って美しさと儚さを感じた。


「聞いていますが、処刑を猶予するという話だったと思いますが」

 王はなぜ、処刑人を派遣してきたのだろう。

 死刑を強行する気なのか?


「王から、ジャン=ジャック王子の許可が下り次第、ウィールを処刑しろと仰せつかいました。つまり、貴方様が望まぬ限り、私は何もしないということです」

 王なりのフォローか。

 王は本当に、この件を任せてくれたんだ。


「わかりました。そのときにはお願いします」

 俺のひとことで、ウィールが死ぬ。


 その覚悟だけはしなくてはいけない.

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