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王族に生まれたので王様めざします  作者: 脇役C
第一章 幼少期

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第17話「怒りました」


「ジャン、起きて」

 朝、母親に揺すられて起きる。

 起こされるなんて久しぶりだ。

 いつも自然と朝早く目が覚めるので、目覚ましもいらないし起こされることもない。

 前世と違って起きててもヒマなのですぐ就寝しているせいなのだろう。

 俺は夜型だと思っていたのだが、こういう生活に慣れると、夜型だったときより心身ともにスッキリと感じる。

 年齢的なものもあるかもしれないな。

 前世の俺はよくもまあ、あんなに遅くまで起きていたな。


「母様、すみません。もう朝食ですか?」

 最近の疲れでもたまっていたのだろうか。

 朝食の時間まで眠りこけるとは。

「朝食はまだ来てないわ」

「そうなのですか?」

 朝食以外に起こされる理由が分からない。


「あなたを訪ねてきた方がいるの」

 俺に来客?

 ぱっと起き上がる。

 この部屋に来客なんかそうそう来ない。

 なんかあったのだろうか。誰が来ている?

 先生か? アリスか? まさか、王?

「今行きます」

 着替えて、出入り口に向かう。



「なんだ、お前でしたか」

 素と敬語が織り混ざって、変な言葉になってしまった。

 言われた相手は、明らかにムッとした顔をした。

 水級魔術師のウィールだ。

 あいかわらず、見事な小太り具合。

 秒で稼ぐとか言いそうな恰幅かっぷくだ。


「殿下、お迎えにあがりました」

 こいつ、俺のことを殿下と言い始めたぞ。

 王の後ろ盾で、態度を変えやがったな。


「なぜウィールさんが来てるんです?」

「王に殿下のサポートを仰せつかりました」

「だいじょうぶですよ? それより水不足に喘ぐ村を回ってください」

「それは、王の命令ですので」


 サポートなんていらないんだけどな。

 こいつが嫌いというわけではなくて、いや嫌いかもしれないけど、今回の作業で、非力でチビデブな水級魔術師はいらない。

 そんなこと、王も分かりそうなもんだが。

 こいつの水を今現在必要としているところに行ってくれたほうが何百倍もありがたいんだが……。

 まあ、そんなことを言ってもしょうがない。

 こいつを今日一日ヒマにさせて、明日にでも解任してもらおう。


「役人の方とお見受けしますが、この子がなにかしたのでしょうか?」

 母親が話に乱入してきた。深刻そうな顔で。

 王の名前が出て、母親がくいついてこないわけがなかったか。

 説明がめんどうだな。


「殿下は、王より水源発掘工事の責任者に任命されました」

 ウィールがさくっと答えた。

 そういうふうに言うと聞こえがいいね。


「この子が? 王に!? 責任者を!!!」

 喜びに充ち満ちた声で驚く。

 水源発掘工事の部分に疑問はないのだろうか。

 そんなことは考えもしないのか。

 まあこの子ったら、約束通り王に認めさせたわって感じで脳内はいっぱいなのか。

 ん、俺って王から認められたのか?

 いやいや、成果も何も出てないのに認められるも何もないか。


「……でもこんな子どもに、王が工事の責任者を任せることなんてあるのかしら」

 意外と冷静だった。

 ウィールが説明して母親は納得した。

 公務員なだけあって、人に説明するのは慣れているのか。




 朝食を済ませてから向かった。

 母親は、王が直々に命令された勤労奉仕なのだから早く行けと、鼻息を荒くしていた。

 日本だったら、国のために個人を犠牲にするのかとデモを起こされてしまうよ。

 ともあれ食事は俺の幸せだ。誰にも邪魔させん。


 食事と言えば、ジャンキーなものが食べたいなぁ。

 ラーメン、ファムチキ、マク。

 体に悪そうな濃い味付けのものをむさぼりたい。

 この世界にそういう食べ物はなさそうだよな。

 俺が王になったら作らせよう。

 王になれなくても、そこそこの権力者になったら作らせよう。


「ノアサ村に向かうということですが、何か意味があるのですか?」

 そんなこと考えてたら、ウィールが聞いてきた。


 ウィールはモイを後ろに乗せている。

 モイは馬が乗れないからな。

 今も怖がってウィールをぎっしり抱きしめている。

 ウィールは苦しそうだ。

 そんなに遠くまで行かなくてもいいだろってことなんだろう。


 ちなみに俺は先生の前に座っている。

 馬の安定感と後頭部に感じる大きなふくらみが大変に心地いいね。


「山の端付近が出やすいので、その付近の村から始めたいんです」

「山の端が出やすいと、なぜそんなことを知っているのです?」

「経験則です」


 ウィールと話しているとなんだか疲れるんだよな。

 それに、なんで人員を用意してほしいと言ったのにゼロなんだよ。

 昨日ですら三人くらい騎士がついてきただろ。

 いきなり人員なんて用意できません、今日は誰も都合がつきませんでした、ときたもんだ。


 なんだかうさんくさいんだよな……。

 俺のことが嫌いなのか信用できないのか。

 まあどっちでもいいけどね。

 いざとなったら、直接王に人員補充をお願いすればいい。



 村に着いた。

 ウィールは国家権力を盾につけ高圧的な態度で村長を呼び出す。

 説明をろくにせず、敬語ではあるが、すべて命令口調で村長に話している。

 話し終えて数分後には、掘削作業に必要と思われる人材がそろった。

 なんだよ早くしてくれよ忙しいんだから。

 村人たちはそんな顔をしている。

 話が早く済んでいいが、こういうやり方は好きになれないな。


 それでも、水を見た瞬間に村人たちの顔は驚きの表情に変わった。

 次々に掘り当てていくと、喜びにあふれた顔になった。

 そういう顔を見るとやって良かったなと思うね。

 これで王座に近づけるし、いいことして気分があがって最高だね。


「お役人様がた、お昼ごはんでもいかがですか?」

 村人にノウハウなどを伝えながらだったからか、2つ掘っただけでもう昼を過ぎているようだ。

 見ると、ふかし芋のようなものが用意されていた。

 ここは比較的、農作物が豊かなのだろうか。

 いや、違うな。

 村の精一杯の気持ちなのだろう。

 ふかし芋を物欲しそうに見ているのに、誰も手を出そうとしていない。


「僕はだいじょうぶです。みなさんの納めていただいた税が十分にありますから。これ以上、いただいたらバチが当たるってもんです。どうぞ、みなさんで召し上がってください」

 そう言ったら、村人がふかし芋に群がりはじめた。

 村長は村人と俺を交互に見て、俺に何度も頭を下げた。


「一つくらい食べてくださいよ」

 村人の一人がにっこり笑って持ってきてくれた。

「お役人様にとってはつまらないものかもしれませんが、感謝のひとつでも受け取ってもらわないと気が済みませんや」

「つまらないなんて、そんな」


 さすがに断ると悪いと思って食べてみた。

 味付けも何もないようなさっぱりした味だったが、水気たっぷりで美味く感じた。

 青空の下、労働した後の飯はいいもんだね。


 いい天気だなぁ。


 空から視線を戻すと、村人がいなくなっていた。

 村長が一人。

「あれ……? みなさんはどこへ……?」

「申し訳ありません。芋をもって家に帰りました。飢えている家族に分け与えているのでしょう。きっとすぐに戻ってくると思いますので……」


 申し訳なさそうに言う。

 自分が食べるんじゃなく、家に持ち帰るのか……。

 急に手に持っている芋に、重みを感じた。

 それを俺に感謝の気持ちとして渡し、残りを家族に持ち帰る。

 働いた本人たちが一番食べたいだろうに……。

 涙が出てきそうだ。

 思いがあたたかいなぁ。


 


 帰り道は静かだった。

 モイはもともと無口だし、先生は身バレが怖いのかお面かぶってしゃべらないし。

 唯一しゃべってたウィールが黙っている。

 こいつ何にもしてなかったのに疲れたのか?

 そんな感じで、モイの村で先生とモイと別れ、ウィールと2人きりになった。


 さすがにしゃべらないと気まずいな。

「今日のことを王に報告しようと思うのですが」

「ええ!! 何を報告するというのですか!??」

 話題としては唐突過ぎたか。

 それにしても驚きすぎじゃないのか。

 こいつ、今日一日ほぼ働いていないから、それを言われるのが怖いのだろうか。


「今日の掘削状況ですよ。業務終了後に仕事内容を報告しないとまずくないですか? あと人員もほしいので王に言ってみます」

「いえいえ!結構です! 王はお忙しい方ですからね。私がしておきましょう。そういう役割ですからね、私は。人員も用意しますので安心してください」

「そうですか…?」

「そうですって! 殿下には学業もおありでしょうし、公務くらい私に任せてください」


 なんかこいつ、いきなり多弁になっているぞ。

 俺がなんか王に不利益なことを言うとでも思っているのだろうか。

 本当にうざいとか思い出したら言っちゃうかもしれないが、俺はそんなことを言うつもりはないのに。

 まあ、別に今日報告することなんてたいして無いし、任せるか。




 そんな感じで朝を迎えた。

 昨日とほぼ同じ感じで、ノアサ村に向かう。

「王への報告、どうでしたか?」

 そうウィールに尋ねる。

 王の反応は気になるところだ。

 そして、ウィールには他の村の水不足を解消していてもらいたい。


「え? ええっと。何も別に、ただ、そうか、と」

 ウィールはそう答える。

「それだけ?」

「それだけです」


 そうなのか。もうちょっと何か言われていると思ったんだが。

 ただウィールが黙っているだけなのか、実際に王がそんな感じなのか。

 やっぱり俺が直接話をしたいな。

 王自身の考えも知りたいし。




 村の入り口に着くと、村が騒然としていた。

 叫び声、怒号、泣き声、うめき声。

 誰かが亡くなったとか、そういうレベルじゃない。

 何か、尋常じゃない悪いことが起きている。

「なんでしょうか?」

「急ぎましょう」

 先生は俺の間の抜けた質問にそう返し、馬を走らせた。


「これはどういうことですか!」

 村長がそう叫びながら走ってきた。

 どういうことかと言われても何が起きているか分からない。

 そんな村長も、足取りが怪しく青白い顔をしている。

 明らかに体調が悪そうだ。


「何が起きているのですか!?」

「それは私も知りたいです」

 俺の問いかけに、村長は怒気を含めて言った。

「昨晩から元気だったものが急に腹痛を訴え、幼いものは泣きわめき、ついには痙攣けいれんして倒れ、弱っていた者はうめきながら亡くなりました……」


「原因は? 何か変わったことはありませんでしたか?」

 俺がそう言うと、村長は憎しみを押し殺したような目でこちらを見た。

「はっきりと変わったことと言えば、体調が変わった者はすべて水を飲んでいました」

 水を……?

「まさか、昨日掘った井戸からの水……」


 村長はまっすぐ見つめたまま、肯定も否定もしなかった。

 でも昨日の今日だ。ほぼ間違いないだろう。

 頭がまっしろになった。

 昨日の、ふかし芋を笑顔で差し出す村人の顔が思い浮かんだ。

 工事が終わって、水を美味しそうに飲んでいる村人の顔が思い浮かんだ。

 やせた手で、ぎゅっと俺の手を握った子どもの手が思い浮かんだ。


 地下水に毒が入っていたのか?


 たしか日本でも、鉱山や工場から垂れ流れた鉱毒が、地下水を汚染したことがある。

 この時代だから、地下水を安全だと思い込んでいた。

 人的じゃなくても地下水が汚染されることだってあるかもしれないって、なぜ俺は思わなかったんだ。


 水質検査なんて当たり前だろ。なんでやらなかった。

 完全に俺の落ち度だ。

 俺が、村を、村人を苦しませ殺している。


「ウィールさん! あなたは急いで大量の水を村人に飲ませ、吐き出させてください!」

「は、はい!」

 ウィールは、迫力ある先生の言葉にたじろぎながらも、走り出した。

「殿下、捕まってください!」

 そう言って先生が馬を走らす。


「どこへ行くのですか!?」

 馬の揺れで舌を噛みそうになりながら尋ねる。

「井戸です。原因が分かれば、その対処もできます!」

 自分が情けなくなった。

 自分の失敗にショックを受けているだけで、何もしようとしていなかった。

 そんな場合ではないのに。


 昨日掘削した井戸に辿り着く。

 先生は馬をおりて、井戸につるべを降ろして水をくみ上げた。

 くみ上げた水を素手ですくい、それを口にふくんだ。


「………!」

 さっきの村人たちの苦悶を見ていたとは思えない行動だ。

 触るのはもちろん、口にふくむなんて普通じゃない。

 先生はそんな水を、口の中で左右に移動させたりしながら考え込んでいる。

 口から水を吐き出した。


「先生、だいじょうぶですか…?」

「口に含むくらいならどうということはありません。私は魔族ですしね。人より生命力はあります」

「そうなんですね」


 見た目が美人だから、魔族設定忘れてた。

 それでも、毒が平気なわけではないだろう。

 身の危険をかえりみず、この村を救おうとしている。


「殿下。これは、トリキシンですね。独特のえぐみ、舌の痺れ、それに村人の症状に照らし合わせて、ほぼ間違いないでしょう」

「トリキシン?」

「植物毒です」

「植物……?」


 先生の間違いじゃないかと思った。

植物の毒がなぜ地下水に?

 鉱物毒や有毒なバクテリアなら、話は分かる。

 植物性の毒が浸透するほどの浅さではないし、なぜ?


「この毒は、故意に誰かが混入したものではないでしょうか。……殿下を狙った可能性があります」

「俺を!?」

 なぜ? 俺を?

 なぜそんなことをする必要がある?


「毒性の植物は一般人には栽培も所持も固く禁止されています。確信があるわけではありませんが……。王族にとって毒殺とは切っても切れないものです。殿下が狙われていると思っておいたほうがよいでしょう」

 先生は俺に重く言い聞かせるように言った。

「これから先、殿下の命が狙われる機会は多い。そう覚悟しておいてください」

「そんな……」

「行きましょう。この話はまた後で」



 村長のところに戻った。

 先生は馬をおり、地面に手を当てた。

 すると、1アールあたり草が生い茂った。

「これは……?」

 村長が驚きながら尋ねる。


「解毒剤です。煎じてすぐ飲ませてください。まずは手当てにあたっている元気な者を集めてください。急いで!」

 村長はすぐに人集めに走り、草を煎じる作業に入った。

 俺もそれにならって手伝った。


 作業しながら、先生が言った、俺を狙ったという言葉がぐるぐる回った。

 そう聞いたとき、怖くなった。

 もう既に死にひんしている人がいるにもかかわらず。

 このに及んで、自分がかわいいらしい。 


 ただ、俺を狙ったにしては、おかしな点が多すぎる。

 まず、俺がその水を飲むというのが不確定だ。実際に飲まなかったし。

 それに俺を殺す方法はいくらでもあるだろうし、毒を盛るなら昨日のふかし芋でも良かった。

 なぜ、多くの人が犠牲になる井戸に毒を混入した?


 そう、井戸に毒を誰かが混入している。

 そんなことがあるのか?

 だって、罪もない多くの人が死ぬだろ。

 そんなの許されることじゃない。

 いや、許す許さないとかそんな簡単なことじゃない。

 おかしいだろ、そんなの。

 



 生きている者に飲ませ終わるころには、夕暮れにさしかかろうとした。

 大切な人を亡くした人もいたのだろう。

 すすり泣く声が至る所から聞こえた。


「おい」

 声のほうを見ると、男がウィールにつかみかかっていた。

「これはどういうことだ。お前らの言うとおりにやったら、このザマだ。どうしてくれる!」

「そう言われても困りますよ」

「なに!?」

 ウィールはあわてて手を前に出してガードしながら弁解する。


「私は国から命令されて作業しているだけです。その点だけ言えば、私は貴方と同じ立場です。それに、この工事の責任者はあそこにおられるジャン=ジャック王子です」


 一斉に俺のほうに視線が集まる。

 つかみかかった男だけじゃない、村中の視線だ。

 痛い。

 ひとつひとつの視線が針のように心に突き刺さる。

 視線が痛いと思ったのは初めてだ。


 しばらく沈黙が続いた。

 その沈黙の意味は、考えたくなかった。

「国は、なんでこんな子どもを……」

 視線はなくなった。

 子どもの俺を責めてもしかたないと思われてる。


 ……ちょっとホッとしてしまった。

 本当は、責められておかしくない年齢だ。

 俺が殺したわけじゃない、そう言い聞かせて正気を保とうとしている俺がいる。

 責任逃れだ。

 もしかして、誰かが俺を毒殺しようとしているというのは、先生が俺にショックを与えないためについたウソなのか?

 そうだったとしたら、俺はどうやって償えばいい?



「井戸の毒について、王に報告させてもらいます」

 ウィールはそう言った

 報告でもなんでもしろと思った。

 この事業は中止だ。


 中止どころの話じゃない。

 この村が、元に戻るまでどれくらいかかる?

 いやもう亡くなった人もいる。完全には元に戻らない。

 いっそのこと処罰されたら、心は少し楽になるかもしれない。


 王族に転生して、国や民のためだとか、変に使命感を帯びて行動した結果がこれだ。

 結局は何もできていない。できていないならまだ良かった。


 民を苦しめた。

 とんだお荷物だ、俺は。


「戻りましょう」

 ウィールは馬に乗ろうとした。

「待ってください」

 先生が呼び止めた。

「なんですか?」


「ウィール、貴方だったのですね。井戸に毒を流したのは」


 ウィールの顔から血がひいたように見えた。

 俺もそうだったかもしれない。

 聞き間違いだと思った。聞き間違いなら良かった。

 だって、国に仕えているやつが、そんなことするはずないだろ?


「何を言うのですか? 私がそんなことをするはずないでしょう。バカバカしい」

 ウィールがそう反論すると、地面からツタが生え、ウィールの両手両足を縛った。

「なにをする! 私を誰だと思っているのですか! 私に刃向かうことは国に逆らうということですよ!」

 そう言って暴れるウィールに、先生は近づいてこういった。


「井戸にはおけがありましたよ。トリキシンが付着した、ね」

「だから私がやったというのですか? 結論を急ぎ過ぎじゃありませんかね?」

「においですよ」

「におい?」

「貴方の手から、濃い濃度のトリキシンのにおいがします」


「は? におい? 仮に私が犯人だとして、そうとう時間が経過してますし、手に付着した毒を洗い流さないわけがないじゃないですか。こういうときに、誰かスケープゴートにしたい気持ちも分かりますがね、言いがかりもたいがいにしていただけませんか」

 そう弁明するウィールに、先生は仮面を外した。


「ウィール、お久しぶりです。あなたとは2度、戦場を共にしたことがありましたね」

 ウィールは先生の顔を見て、今度はハッキリと青ざめた。

「なぜ、貴女がここに」

「私が平時、王にどのような役割を仰せつかっていたか知らないわけはないでしょう。王は貴方の弁明と私の『鼻』、どちらを信用するでしょうね?」


 ウィールはガタガタと震えだした。

 汗がアゴをつたってポタポタ垂れた。

 下の方からも違うものが垂れているようだった。


「ど、どうか、王にはご内密に……」

 消えかかりそうな、そのウィールの言葉を聞いた瞬間、ウィールの鳩尾みぞおちにヒジを立てて体当たりしていた。

 ウィールを縛るツタが頑丈で跳ね返されて地面に倒れた。

 目の前に石があったからそれをつかんで、ウィールの頭めがけて振り下ろそうとした。


 何かに捕まれた。

ツタだ。

石はもとあった地面に落ちた。

俺は石を拾おうと捕まれた手を振り回したが、ほどけなかった。

ウィールが咳き込みながら、涙を浮かべた情けない顔でこちらを見ていた。


「なぜ、なぜこんなことを……!」

 怒りで出なかった言葉がようやく出せた。

「なぜだって? 考えてみてくださいよ。この事業が成功したら我々水級魔術師はどうなります? 戦時に役立つ水級魔術師なんてほんの一握りです。ほとんどお払い箱ですよ」


「え? そんな理由で?」

 たったそれだけの理由で?

「たったそれだけ……、ですか」

 ウィールは笑った。

 歪んだ笑いだ。


「王族や貴族はいいですよ。貴方みたいにどんなに役立たずでも食べていけますからね。俺はこのマジカでようやく人並みの生活を手に入れたんです。農村で地面に這いつくばってどんなに働いても、生きるか死ぬかの瀬戸際ですよ。手に入れた食料も、城に持って行かれちまう。そんな生活はもうバカバカしくてやってられないんですよ!」


「お前は……、そんな自分の生活を守るために、何人も殺したんだぞ……!」

 そう言うと、ウィールがそれがどうした、という顔をした。

「それが普通じゃないですか。強いものが弱いものを糧にして、それに何の罪があるというのです」


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